吸血鬼は淫魔の夢を見るか? 作:マスター冬雪(ぬんぬん)※休止中
本番無し/オリキャラ視点/ディオ様は添えるだけ
第9話
篠原敦は焦っていた。
約束の期日は目前で、その道の先輩からは再三の催促が携帯端末を鳴らしている。その様はまるで取り立て屋のようで、恐れ知らずの極度の楽観主義である敦も流石に肝を冷やす程。
「(協力は取り付けたにしろまだ何も考えてないとか言えねぇ……!)」
痛む腰とあらぬ所。
しかし同時に迫り上がるような得体の知れない快感を思い出してしまい、大袈裟に頭を振った。
─────1度だけでいいんだぜ?
蕩けた蜜のような……甘やかで官能的な声が、まるで彼を愛しているとでも言うように、敦の耳に注がれる。
─────加減はする。ハジメテだろ?お前は俺とビジネスパートナーになるんだ、壊してしまったら愉しくない……
足元から這い上がるのは蛇のような、蟲のような怖気。
─────俺にすべて任せておけよ……お前の望むもの、全部俺が叶えてやるから
あの頃よりも数段、何十倍にも
篠原敦が、─────“
*
出会いは幼少期。幼稚園のクラスの中でひどく浮いているのに、何故かみんなの中心にいた京一郎に関わりに行ったのが始まり。
「(なんだあいつ、きもちわりぃ)」
その頃から、敦は京一郎が生理的に受け付けない、気持ちの悪いモノだと思っていた。
儚げな大人しい子供だったからか、休み時間も静かに教室で本を読んでいて。それでも人と話す時は爛漫と笑っていたから、周りには常に人がいた。その容姿はまるで少女と見紛う程のそれはそれは大層な美少年で、母親とはとても仲が良いと近所でも噂だった。
……敦はふとした時、京一郎の目が淀むのを知っていた。雨の中の道端の、粘土のようにぐちゃぐちゃになった泥。そんな、気味が悪い墨色になるのを。
関わりに行ったのは、京一郎と話していた1人の少女の事が好きだったからだ。その女の子と話したいという意味半分、コイツに取られたくないという意味半分。
……案外、つるんでいて楽しかったのが意外だった。悪い事も肯定したし、彼から提案する事もあったから。とても居心地が良かったのだ。
それでも嫌悪感は拭えないまま腐れ縁は続き、小学、中学と進学する時も彼らは一緒だった。
小悪党的に好奇心旺盛だった敦はある時、クラスメイトに夜の旧校舎へ肝試しに誘われた。悪い事はやってみたい年頃だった。
敦は大体京一郎とセットか、もしくは約束自体が京一郎目的であったから、それには当然京一郎も付いてきた。それだけは非常に不満だったが、楽しい事をしていればその嫌悪感も直ぐに忘れられたので、寧ろ誘いがたくさん来る京一郎は体のいい誘蛾灯だった。お零れに預かった結果、最高に気持ちがイイ思いが出来たのだ。
それが何故か今回ばかりは違った。興味無さげなのを隠して笑みを浮かべていた筈の京一郎が、横から煙に巻いて約束を先送りにしたのだ。
「……敦、やめた方がいい」
「……何で?びびってんの?」
不満だ。なんで。折角楽しそうなのに。特に鍵を壊して忍び込むってトコが。
「ちげぇよ。あそこさ、」
授業開始のチャイムが鳴る。気を削がれたような素振りを見せた京一郎は机から教材を取り出しながら言う。
「ハッテン場だぜ」
「……、……は?ハッテン……なんて?」
「変態野郎の巣窟。週末夜七時以降は特にヤバイ」
夜な夜な中学や付近の高校のOBが集まって、無理矢理連れてきた女だの男だの子供だのを食い物にしているのだという。食い物、というのは勿論、“性的に”。
「……なんでそれ、知ってんの?」
「……、……父親が。そこに俺を突っ込もうとしてやがった」
まあ、途中で思い留まったようだが。
眉間に皺を寄せた京一郎は皮肉げに笑う。
「だから、やめとけ」
「……そうする」
授業が終わった後は直ぐに担任によるSHRが始まったのでその後、敦は京一郎を連れて部活動場所まで競争した。毎週金曜は競争をして、負けたら1日勝った方のパシリをする約束だ。
クラスメイトに忠告するのなんて、すっかり忘れていた。
週明け、そのクラスメイトは学校を休んでいた。
まずったなぁとは思ったが大して仲のいい友達でもなかったので。京一郎の取り巻きになってお零れに預かろうとしていた奴であったし。ひっそりと転校していった時も直ぐには理由が思い至らなかった。あーあ、そっかあ、ごめんね、ゴシューショーサマ。けどおれ悪くねーよな?
「悪くねぇよ。下調べしなかったアイツらが悪い」
京一郎は全て知った上で見捨てたのだとは、敦は欠片も思わなかった。知っていたとしても自分には関係ないので、恐らく直ぐに忘れた。
幼稚園の頃の初恋は初恋の内に入らないと思っている。ので、中学2年の頃のそれが敦の初恋である。
好きな子程虐めたがる敦はその子に嫌われており、しかし一人の人間なりに恋の悩みに悩んだ末、猥談でもAV鑑賞でも最も余裕のあった京一郎に相談した。聞けばなんでも答えてくれたから、京一郎に相談を持ちかけるのは最早癖だった。
「付き合いたいの?」
「ん゙……うん」
「んー……ま、いいよ。協力してやる」
「マジで?!サンキュー京ちゃん!!」
「言っとくが正攻法はもう無理だぞ。お前本気であの子に意地悪し過ぎ」
「えっ」
「……なにその、“えっ”て。無自覚かよ、サイコパスじゃねぇか」
高校受験の為に敦は頭を抱えながらも京一郎に教えを乞うていた。
「あああああ……もっと簡単な方法ねぇの?!頭痛てぇ」
「お前これ中2初期の問題……」
「もうだめ、もうむり、京ちゃん何とかしてぇ……定期試験みたいにヤマ張ってよ、おれソレ丸暗記するから!」
「無茶言うな馬鹿。……ヤマは張ってやるから死ぬ気で解き方覚えろ」
「ひぇ……キチク……ひとでなし……」
「そう言うなら今からでも志望校下のに下げるか?オレは志望通り〇〇高校行くけど」
「あーーー!!折角オレが京ちゃんを1人にしないように頑張ってんのにンな事言うんだああああもげろ!!!」
「うっせ……」
「ねー京ちゃん」
「なあ京ちゃぁん」
「京ちゃん助けてぇ〜……!」
そう言えば京一郎は仕方ないなという顔をして敦を陰に日向に手助けしてきた。
転機は、高校3年。
「敦……俺もう駄目だ」
「……、……、め、ずらしいね???どしたの京ちゃん、あっくんに話してみなさぁい!」
夕陽の差し込む高校の玄関で、京一郎はぽつりと呟くようにして弱音を吐いた。軽い気持ちだった。
「俺の家……家庭環境がよくねぇの、知ってるだろ」
「まあねえ、色々愚痴ってたから……」
この頃には京一郎の母親と父親は来る日も来る日も喧嘩ばかりで、母親は更に京一郎に傾倒し、養育費と引き換えに京一郎からの愛欲を求めていた。ほぼほぼ脅しに近かった。……そんな“京一郎に”父親は我慢ならなかったのだろう。……制服のシャツの合間には大きな痣が覗いていた。既にその暴力は日常化していた。
「元から親を親とは思っていなかった」
「殺したい程の興味もなかった」
「でも」
「耐えられない。……耐えたくない」
「もう、アイツらの顔も見たくない」
「いいんじゃねぇの?」
「……いいんだろうか」
「ずっと耐えてきたじゃん。いいと思うよ、オレは」
ふーん、へー、あっそう。正直興味がなかった。
だって他人事だもの。
だから、それから3日経たずで両親を離婚させた上精神病院にぶち込んだと聞いて。表ではヘラヘラと笑いながらも─────心底気持ち悪いと思ったのだ。
こいつ本当にやりやがった。
人でなし。
血の繋がりの情はねぇのかよ。
信じらんねぇ。
血も涙もない。
化け物。─────悪魔だ。
敦の馬鹿な頭でも、京一郎が相容れないイキモノなのだと漸く理解出来たのだ。
─────でも、京一郎の傍にいる事で吸う甘い蜜が惜しかったので。
敦はその後も京一郎と行動を共にする。
血の繋がりのある両親を切り捨てられるんだ、きっとお前はオレも切り捨てるんだろ?
「アイツ?別に友達とかじゃねぇよ……腐れ縁だって」
「アイツの近くにいると色々便利なんだよなぁ。頼めば何でもしてくれるし」
「あはは」
「アイツは玩具箱なんだよ。愉しい愉しい道具箱」
「たったそれだけ」
*
「やっと来たか敦よォ〜〜〜〜……!!」
「い゙、痛いっす痛いっすスミマセンデシタァ!!」
腰は痛いし、孔はヒリヒリするし、……腹の奥は未だに疼くし。センパイにはこめかみをグリグリされるし。今日は厄日だ。一応マッサージはされたものの痛いものは痛いまま。
あの後逃げるように部屋を後にしたので、もっと言うとその後京一郎を避けたので、話を詰める所ではなかったのである。
とはいえ敦は自称するくらいには馬鹿なので、事業を立ち上げる方法も業務形態も何もかも決められない。分からない。そして学ぶ気もない。
「それで?もう待てねぇけどよォ……ちゃんと考えてきたんだろうなぁ」
「そ、それは、……」
……敦の知らぬ事ではあるが、この“先輩”。敦に対し何の期待もしていない。馬鹿だし、今までは運が良かっただけ。それだけならばこの世界では掃いて捨てる程いたからだ。コイツはもう駄目かもな、とも思っている。チョットした悪さをする自分に酔うチンピラ。半グレ未満。裏の世界で脛を齧り、上納金も払えず好き勝手して。そういう青い子供を食い物にするのが裏社会の常。本気で敦を組織の一員にするつもりは、そもそもの話なかったのである。
そも、どのコミュニティでもルールを守れない奴は爪弾きに遭うのが当然だ。
段々顔色が険しくなるセンパイに敦は真っ青になりながらしどろもどろと口篭る。
「実は、」
「敦!」
「「!!」」
センパイにとっては聞き覚えのない声。敦にとっては聞き覚えしかない声。双方がなんで、という心地でその声を振り向く。
艶やかな黒い髪。
桃色に染まる薄い唇。
ぼんやりと薄く靄がかっているような、垂れ気味の切れ長の目。
悍ましくも美しい─────悪魔のような男。
礼儀正しく先輩に会釈した京一郎は、一見嫋やかにも見える仕草で敦に向き直る。眉根を下げた、困ったような顔だ。
「忘れ物だぜ。駄目じゃあないか、折角説明しに行ったってのに、資料も金も何もかも忘れてちゃ……」
説明?
資料?
金?
……なんの話をしているんだ?
「初めまして。事業主……篠原敦の旧友の水瀬京一郎です。先輩の事は、敦からかねがね」
「、おお。こんな別嬪が出てくるたァ思ってなかったわ。やるじゃねぇか敦」
「え、あ、はい……?」
一変して愛らしく微笑んでみせた京一郎は丁度いいからと手に持った袋から分厚い茶封筒を取り出す。個数は2つ。
「一先ず、1ヶ月分です」
「……、……何だって?」
「ヤですね、売上ですよ」
敦の手にそのひとつを握らせ、先輩に手渡させる。
「漸く軌道に乗ったばかりなので多くはありませんが、40万。そしてこちらが……××組は月の上納金は、新参が20万でしたね?敦がどれだけ借金してるのか分かりませんが……120万。半年分程此方に用意してあります。それ以上ならまた後日お伺いする事にはなりますが」
「……ほー?随分羽振りが良いじゃねぇか」
「協力してくださった方やお得意様の手があってこそですよ。……と言っても上納金自体はほぼ私のポケットマネーですけれど」
もうひとつの茶封筒も敦に手渡し、京一郎は生き生きと話し出す。
「説明の方は、入用でしょうか?」
「……、ふは!はははっ!イイねぇあんちゃん、肝座ってるなぁ。気に入ったッ!!ヤクザの支部に堂々と入り込んでは強面のオレにンな口を聞いて……お前さんホントはどっかの組員か?」
「真っ白な一般人です」
「んな訳!ははは……ッいや、笑わせてもらったわ。事業内容書を見る限りグレーって感じだが、よくもまあ法律の穴を突いてある……察するにコネもツテもかなりあるんだろう?」
「友人が多いだけの男ですよ、私は」
「ふはっ……顔も良けりゃ鼻も利く。金もある。どうやらその身体も極上のようだしなぁ」
「……フフ、」
その指先、が。おとがいを這い、首筋を伝い、胸から腹へ太腿へ、際どく、婀娜やかに。
ごくりと誰かの喉が鳴る。
「味見してみますか?」
なんて。
京一郎は目を細めて笑う。
「いざとなれば私を売れば宜しいでしょう。担保程度にはなるかと。末端とはいえ組の者である敦は兎も角、他ならぬ私に逃げ道が残るのはフェアじゃない」
「……おいおい、本気かよ?」
「正気ですよ」
京一郎は檻である。道を塞ぎ、逃げ場などないと獲物に知らしめたいが為だけに身を売る、正気を装う人非人。狂気をアクセサリーのように身に飾る悪魔のような男。
だって自分を追い詰めるそれすら、興奮の一要因にしかならないのだから。打算も勿論あるけれど。
「是非とも、これからもどうぞ宜しくお願い致します」
な、敦。びくりと身体を震わせた様に、京一郎はクスクスと悪辣に嗤う。
「これを機にお前さんも組に入らねぇか?口利きしてやるし歓迎するぞ、イロイロとな」
「私はあくまで敦に雇われた一般人ですので……」
「なぁに言ってんだ、シマでここまで稼いでおいて」
「……私は何か悪いコトでも致しましたでしょうか?既に国に届出は出していますし、後ろ盾もなく、組の援助もなく、ここまで軌道に乗せたのはほぼ独力なのですけれど。ああ、勿論、敦のね」
「……、……、フハッ!!もー、いいわ。オレの負けだ。好きにやれよ。上にはオレが言っておく。事業内容書はよく出来ていたしな、それで結果が出たならそれでいいだろうよ」
敦には何が何だか分からないまま。
金さえ入れば文句はねぇさ、と先輩は笑い、中々面白かったと敦と京一郎の頭をくしゃりと撫でて踵を返す。
無言のまま、敦と京一郎は並んで歩く。
帰路に着く訳でもなく、宛はなく。
居心地の悪い沈黙に敦は恐る恐る口火を切った。
「あの……、京ちゃぁん?そのぉ、なんてーの、……えっとぉ、」
「なんだよ鬱陶しい。言いたい事があるならハッキリと言え」
「うっ……その、結果的に金とか工面して貰っちゃったしィ?仕事?の件とか……」
「だから?」
「その!あ、ありが─────」
「……はは、ふははははっ─────
─────何を勘違いしてるんだ、お前」
冷たく凍てついた、熱く蕩けた声。
ぞわりと背筋を震わせるそれは正しく、あの夜の熱情に侵された京一郎の声で。
敦はヒュッと息を呑んで足を止める。
「分かってねぇなァ敦……。フフフ、だからお前は馬鹿なんだ」
「な、ん、」
「俺が。この俺が。無償で。お前の為に身を削ったとでも?お前如きの為に?」
這い上がるのは怖気だ。昔感じたそれよりも何十倍にも濃く、甘やかな、恐怖による悦楽だ。
感じるのは毒霧だ。鼻腔へ入り込み、肺を侵し、五臓六腑を爛れさせる、色慾の毒だ。
「敦」
ひたりと触れる。
「お前は俺の親友だろう?」
けしてそんな事など思っていないような顔で口にする。
「既にお前と俺とは一蓮托生だ」
愉悦を含んだ上擦った声が、敦の脳裏をガリガリと掻き毟る。
「安心しろよ、俺がいればお前は大丈夫だから、な?」
甘く、密やかな、それでいて噎せ返るような甘苦い匂い。
「逃げられると思うなよ」
それは紛れも無く怨嗟だった。
それは紛れも無く、愛の言葉だった。
*
「───♪」
持ち込んだ紙束に走り書きしながら歌を口ずさみ、片手はさらりと金の髪を撫でる。
男─────ナミセ改め水瀬京一郎は上機嫌であった。
“全て”が手に入ったという訳ではない。寧ろそれを、京一郎は望んではいなかった。
─────追い掛けられて、追い付かれて、引き離したかと思えば回り込まれて。 その繰り返しによって絶望と希望に振り回されては疲弊して、それでも目の前に垂らされた蜘蛛の糸に縋りついて。
そのようにして、絶頂から悪夢に引き摺り落としてやりたいのだ。
生かさず殺さず。
不幸なお前はいっとう愛らしい。
愚かで可哀想なお前を、一生飼い慣らして可愛がりたい。
だからまだ壊れないようにしなければ。
「───♪……フフ、」
“神の声を聞いたことはあるか?”───などと聖句の皮を被った悪魔の話を歌いながら、京一郎は夢と現実を行き来する。
水瀬京一郎は幸福である。
エピローグ補足。
閑話は短編もどき。
自営業( )の内容は考えたけども外道臭に吐き気がしたので敢え無く省略。書いててこれはダメだと思ったの初めてなんですが。
p.s:えろいのかきたい。