「ぐっ……はぁ、はぁ……」
——痛い、痛い、痛い。身体の彼方此方が痛い。刺されたり、斬られたり、撃たれたりした。殴られるのは慣れているけど……こう言うのは慣れて、無い。
拷問部屋内でオトゥールを実質的に人質として使われている状況でウィキッドは抵抗する術を失って一方的にエインヘリヤルから攻撃に晒されていた。
——エインヘリヤル、は。腕を落とそうが、足を落とそうが殺さない限り、動き続ける……頭を潰しても一緒……殺す定義は曖昧、らしい。
更に追い討ちを掛ける様に無線がウィキッドへと入る。
『ああ、言い忘れていたな。エインヘリヤルの損壊具合に応じて固定具の圧縮具合が変わるからな。圧迫具合が長期化すればそれだけで関節部分は壊れるだろうな?』
その言葉によりウィキッドは完全に攻撃出来る理由を失ってしまった。エインヘリヤルを殺すのもダメ、殺すまで行かなくても無力化する事も出来なくなった。その為、一方的に嬲られ続けている。
「くっ……ッ‼︎」
心身共にボロボロの状態でエインヘリヤルの1人に押し倒されてマウントを取られてしまう。機械のパーツと結合されている為にエインヘリヤルは見た目以上に重い。のしかかられた場合、押し除けられない事が多い。
小柄な体躯のウィキッドでは大の大人程の体格があるエインヘリヤルに押し倒されたら振り解くのは無理がある。ましてや身体がボロボロの状態では抵抗する体力も殆ど無い。
『おおっと遂に押し倒されたァ‼︎ 逃げる事も受け流す事ももう出来ません‼︎』
——あは。もう、良いや……オト姉。ごめん、なさい……もう。
ウィキッドが諦めたその瞬間。拷問部屋の天井付近に亀裂が入ったかと思うと轟音を響かせて天井が割れて落下し始め、その残骸が降り注いで来た。
『な、何事でしょうか⁉︎ ッ‼︎ ら、来賓の皆様方、至急、至急ご避難をお願い致します‼︎』
「な、何……‼︎」
突然の事態。コレはコミュニティ側からしても想定外の出来事らしく司会役の人間の声も焦りが混じっていた。次々と落下してくる天井の残骸は拷問部屋内に容赦なく襲い掛かる。
——無理だよ。逃げられない……。
その残骸の1つがウィキッドの居る場所にも降って来た。死ぬ迄戦い続けるエインヘリヤルに押し倒されている為に逃げられない。更に身体がもう動かない状態の為に死を覚悟してウィキッドは目を閉じた。エインヘリヤルに殺されるのが先か、それとも天井の残骸に押し潰されて死ぬのが先か、そのどちらかである。
——オト姉……。
「私の妹から、離れなさい‼︎」
その時、肌に吹き付ける強い風と共に身体にのし掛かっていた圧力が消える。そして、轟音が響き渡った。ゆっくりと目を開ければウィキッドの眼前には見慣れた人物の背中が見えた。
「ウィキ姫ちゃん。逃げましょう、今……この時しか無いわ……‼︎」
其処に立っていたのはモーニングスターを携えたオトゥールだった。つい先程まで磔刑台に頑丈な拘束具で固縛されていたのだが解放されていた。しかしながら、腕付近や足首あたりのAISスーツは剥がれておりその下にある皮膚部分も又、剥がれて内側の肉が出血を伴って丸見えの様な状態となっており非常に痛々しい。
「オト姉⁉︎ でも、なん、で……⁉︎」
「……落下して来た残骸が磔刑台に当たって壊れたのよ。その際の衝撃もあって拘束具も緩んでくれたわ……まぁ、強引に引き抜いた形だから……ちょっと無茶したのだけど、この程度で済むのなら安い方よ」
オトゥールはこの程度の怪我ならば安い方だと断じた。一時期はウィキッドを生かす為に犠牲になる事も脳裏に過った。しかし、その後のウィキッドが立ち直れるかどうかは正に賭けであった。最悪、其の儘後追いしかねない予想も確かに存在していた。
——む、無茶するなぁ。オト姉は……。
『だ、ダメだ。司令室が破壊された⁉︎ う、うわぁぁぁ‼︎ ヴ、ヴォルヴァだ‼︎ ヴォルヴァが襲撃して来たぁぁぁぁぁぁ‼︎ だ、誰か、助けてくれェェ、ごはぁ⁉︎』
突如として無線機から響き渡る男性の声。その言葉を聞いてオトゥールは悪い笑みを浮かべていた。それは本人も自覚していない微笑みだった。
「……今、このコミュニティはパニックになっているわ。逃げ出すなら、今しか無い」
「に、逃げる?で、でも……オト姉……」
「正直な話。
オトゥールはそう言いながらウィキッドへと血塗れの手を差し出す。皮はズリ剥けており見るからに痛々しい。だが、今はそんな事に躊躇している余裕なんて無い。
「む、無理だよ。だって、私達……ナノ、マシンが」
「……ウィキ姫ちゃんは知らないか。ナノマシンの遠隔操作に必要な機材は司令室と呼ばれる場所にあるらしいの」
何処で知ったのかと聞きたいがその前に女には秘密が多いのよ、と言われて教えてくれなかった。ならば、何故、今此処でその単語が出て来たのだろうか。
「ついさっき、司令室がISによって破壊されたって無線機で騒いでいた。つまり、現時点でこの事実を知っている私達を縛る拘束は無いわ」
ナノマシンさえどうにか出来れば、逃げる事は出来る。かつてはIS操縦者の暴力的なISの私的仕様や反逆を防ぐ意味で頭ナノマシンを注入していた。その為、命を握られて居たが制御する機械が破壊されたとなれば無意味となる。その為、この混乱に乗じて逃亡しようとオトゥールは即座に考え付いた。しかし……。
「でも、オト姉……コレ」
「……く、首輪……⁉︎ あの、連中……‼︎」
「遠隔操作出来る爆弾……だって。無理に、外せば……爆発」
ウィキッドの首に付けられた首輪。それを見たオトゥールは歯軋りする。ナノマシンに加えて首輪まで付けているとは流石に想定外だった。
『聞こえるか、コード:O13。お遊戯会の途中だが、緊急事態が発生した。現時点を以ってこのコミュニティを放棄する。現在、ISの上位存在である『ヴァルヴァ』が襲来している。貴様は我々が脱出する時間稼ぎの囮になれ。作戦放棄及び敵前逃亡した場合、分かっているな?』
「ヴォルヴァ……って」
——確か、ISには進化具合で呼び名が違ってた。普通のISより更に進化した存在をヴァルキリー……その中で全く異なる進化をしたのを、ヴァルヴァって呼んで居た……け?
ISと一言に言っても大別すると複数の呼び名に分かれる。自我を獲得し様々な進化を遂げて行ったIS達、形状は様々だが上位存在と呼ばれる者達が居る。それがヴァルキリーとヴォルヴァと呼ばれる区分の存在(車や戦車の様な呼び分けと言えば分かりやすいか)。
普通のISと違うのが『人間』と遜色無い程の存在へ変貌を遂げていると言う事である。
ISは元々ISコア自身が様々な情報を会得し学習し自己進化する事により独自で武装を作り出す事が出来た。自我を獲得し数多くの知識を手に入れ続けた結果、明確な個性が生まれるに至る。その結果、様々な姿へと変化する様になり、中には人の姿を象るに至るISコアが現れる様になった……らしい。
「……無線機の話でも出ていた」
——ヴォルヴァだなんて、見た事無いよ。それに、普通のISよりも何倍も強い……て、誰も勝てない、存在だって。
勝ち目なんて初めから存在しないと言われている。ヴァルヴァやヴァルキリーへと挑んだAISは、誰1人として生還する事は無かった。その為『即死不可避』とまで呼ばれている。
だが、ウィキッドは首輪の存在故に此処から逃げ出せない。恐らく無線機の相手がウィキッドの首輪の爆弾の操作を行える。逃げたと知られたら、ウィキッドは爆殺されてしまう。
「……うぅ、どうしよう……」
「私達を囮にしてさっさと逃げるって訳……」
恐らく安全圏に逃げた後に用済みとして爆殺される可能性がある。ましてや此方の動きが読めて居るかどうかも不鮮明。混乱の最中、不安が募るウィキッドに対してオトゥールは冷静だった。どうすれば、ウィキッドを死なせずに脱走出来るか、その手段は既に思い浮かんでいた。
「……ウィキ姫ちゃん。ちょっと賭けに出るわ。良い?良く聞いて」
「う、うん……」
『首輪』さえどうにか出来れば此方のモノ。強大な敵であるヴァルヴァを相手に真正面から挑むのは余りにも無謀。現状の自分達ではあっさり殺されるのが関の山。勝ち目の無い相手ならば逃げるが勝ちである。その為にもウィキッドに首輪を付けた人間の排除が最優先事項と言える。
「連中は私が生存して居る事に気付いていない。なら、私が貴方に首輪を付けた人間を仕留める。AISが人間を殺したら、もう後戻りは出来ない。必ずバレるでしょうね……でも生きる為にはやるしか無いの」
「う、うに…………」
二重の賭け、ウィキッドの居る此処にヴォルヴァが現れないか、標的がすぐに見つかるかの賭け。そしてお互い共にコンディションは最悪一歩手前、ヴォルヴァクラスのISは愚か、エインヘリヤル相手でも厳しい局面でもある。
「……直ぐに貴方の呪縛をどうにかするから。良い?ヴァルヴァが現れたら戦わずに逃げなさい」
「う、うん……」
念押ししてからオトゥールはモーニングスターを振るい壁を壊した後に粒子変換してペンダント状に戻し、軋しんでいた脚を鞭打ち走り出した。