本当に弱いのは?
襲来して来たヴォルヴァクラスのIS、ヒム。暴力の権化たるその存在を前にしてウィキッドとオトゥールは為す術も無く圧倒され秒殺されてしまった。
ヒムは赴くままにコミュニティ内を蹂躙して行く。確固たる目的は無く目に映るモノを全て破壊し鏖殺して行く、正しくそれは生きる希望を悉く処刑して行くかの様であった。
「良いか⁉︎ 貴様らは俺達が逃げ切る迄の囮になれ‼︎ 良いな⁉︎」
コミュニティの男性達はAIS達を次々と囮要因にしてコミュニティから脱出を図っていた。牢獄から引き摺り出されたと思えば見た事も無い敵相手に命懸けで戦えと言うのである。殆どのAISは逆らう意思は無かったが。
「巫山戯んじゃ無いわよ‼︎ アンタ達だけが逃げる⁉︎ 下らない世迷言は口だけにしておきなさいよ‼︎」
勝気な性格でこの様な環境であっても諦めが悪い鈴音が看守の男性に向けて噛み付いた。
「貴様……AISの分際で歯向か……」
「いい加減に我慢の限界なのよ‼︎ チェイサァァァァァ‼︎‼︎」
鈴音の裂帛の気迫と共に凄まじい勢いの蹴り上げが男性の股関節の間に向けて叩き込まれる。早い話が金的である。
「ご、ガッ……あッ‼︎」
軽い衝撃であっても金的を喰らえば鋭痛が伴う。よもや物理的な反抗されるとは露知らず碌な防御姿勢さえもしなかった看守はその場に崩れ落ちて悶絶した。
AISの拘束は両腕を後ろに回されているだけである。つまり下半身たる両脚に拘束具の類は一切無い。コレは歩かせる際に拘束具があると動きが遅いと言う理由からである。その為、蹴り技は普通に使える。特に鈴音は元々は『代表候補生』と呼ばれるISの操縦者の1人だった。その存在は何かと狙われる可能性がある故に護身術の1つや2つ、体得しているのだ。
「ふん。男が女が、とか弱いのは何方って話よ……‼︎ 神楽、逃げるわよ‼︎ こんな連中の戯言に何時迄も付き合っては居られないわ」
「ですが、まだ拘束具が付けられたままではどうしようもありませんわよ……?」
この先、腕が使えないままと言うのは死活問題と言える。だからと言って看守共が素直に外してくれるとは神楽は思えない。既に反逆行為をしてしまっている……最悪、反逆罪で射殺されても可笑しく無い。
「じゃ、コイツに外して貰おうかしら?」
鈴音はそう言いながら股間を押さえて悶絶している男性の頭を踏み躙る。マウントは取った、コレで脅迫すれば少しは有利に運ぶかも知れない。
「き、貴様ら……‼︎」
「もう1発、打ち込まれたいみたいね?嫌ならさっさと私達の拘束具を外して頂戴。無理なら、次は眼球を潰すわ」
鈴音は踏み躙りながら見下しつつその要求を突き付ける。拘束具の類さえどうにか出来れば後は何とか出来る。牢獄内に押し込められていた為に他の仲間達の動向も分からない以上、自力で探し出すしか無い。その為にもこの様な牢獄暮らしはそろそろお終いにしたいのである。
「……お、己。貴様ら、ただで、ゴホッ⁉︎」
「あちゃ、足が滑ったわ〜」
反抗的な声が聞こえて来た為に鈴音は足を態と滑らせて男性の耳付近を踏み潰す。一応、靴の類は履かせて貰えている為に硬い靴底と硬い床に柔らかい耳たぶが挟み潰されて痛みが発生する。
「ほら、さっさとしないと、耳が千切れちゃうわよ?」
「ぐ、くそ……‼︎ い、良いだろう……外してやるッ‼︎」
口調は悪いが観念したらしい。一応、警戒しつつも鈴音は足を退けた。押さえが無くなった所で蹌踉めきながらも看守の男性が立ち上がり、鈴音と神楽の腕を封じる拘束具を外した。
「ふぅ……やっと自由、って訳には行かないわね」
外されたのは拘束具の連結。腕を纏う金属質の器具は付けられたままだ。如何やらこの拘束具の連結自体を外す鍵を持つ人間は限られているらしい。
「……そう簡単に、貴様らの思い通りにはさせんぞッ‼︎」
「……ッ⁉︎」
だが看守の男性も良い様に事が進む事を良しとしなかった。拘束が外され油断と隙が生じた所で神楽を腕力で自身に引き寄せて首元にサバイバルナイフの刃を突き付けて人質とした。
「くっ……放して……‼︎」
「……ッ‼︎ そんな余裕があったの⁉︎」
「AISの分際で好き放題言ってくれたな。良い事を教えてやる……貴様らが自由と呼ぶ場所はこの世界の何処にも存在しないッ‼︎ AISである以上、貴様らは人間扱いされる事は無いッ‼︎」
「そんな事、勝手に決めんじゃ無いわよ‼︎」
醜い言い争い。だが、その争いは唐突に終わりを迎える。壁を破壊して現れた白いヴォルヴァ……ヒムが姿を現すなり十字架槍を射出して男性の頭部を破砕し吹き飛ばす。
脳漿が飛散し、眼球が根元から抉れ千切れ落ちて床に転がって行き、弾け飛んだ看守の舌が鈴音の右耳を掠めて落ちた。一瞬で出来上がる血溜まりの池。その池に沈むは言葉も無い骸。
「な、何よ。アイツ⁉︎」
鈴音は突如現れた闖入者に対して動揺が走る。純白のドレスを纏いし姿は神々しく天使かと思わせる。だが、周囲に侍る十字架槍は下方が真っ赤な鮮血に染まっている事から寧ろ、白い死神と形容した方が良いだろう。
「……どうやら、アレが襲撃者、みたいですわね」
看守が頭部を破砕されて死亡した為に拘束から逃れた神楽が鈴音の近くまで走って逃げて来てそう予想する。現在、このコミュニティは襲撃を受けている。少なくとも目の前の存在は見た事が無く、鮮血を撒き散らしている事から襲撃者は目の前の存在である事が分かる。そして、周囲の十字架槍の鋒が此方に向いている事から……対話の余地は無さそうである。ヒムは視線を向けたまま、様子を伺っている様にも見える。その顔立ちは何処かの誰かに良く似ているが、雰囲気が違い過ぎる。
「どうも……話をしてくれそうには、無さそうね」
「丸腰では、流石に……」
「ええ。生身でISに立ち向かうなんて無茶よ」
——専用機は此処に来た時、野郎連中に取り上げられてしまった。エインヘリヤルとの戦闘時には一時的に武装が貸し出されたけど……劣悪な耐久性しか無いガラクタばかり……まぁ、無いよりマシだったけど。少なくとも、ISと戦争している事から目の前のアレもISでしょうね……。
「神楽、逃げるわよ」
「ええ、分かり」
神楽はその先の言葉は言えなかった。何故ならば神楽の足元、真下から突き上げる形で生えた白い十字架槍に胴体を刺し貫かれたからである。
「え、か、神楽……⁉︎」
「……あ゛が……はっ……⁉︎」
喀血と共に絞り出される嗚咽に似た悲鳴。その光景は正しく串刺しによる処刑にも見えた。その様子を目の当たりにした鈴音がその場から逃げようとしたその時、ある事に気付いた。
——は、はは。何で……私、身体が動かないのかしら……あ、そっか……左右、斜めから十字架みたいな槍に身体を刺し貫かれているから、か。
鈴音が動こうとした時、身体が動かなかった。何故ならば左右の脇腹から脚へ向けて十字架槍がクロスする様に刺し貫き地面に縫い付けられていた。当然、脚を抉り進む様に貫かれている。そう、自覚した時、全身に沸騰するかの様な激痛と共に刺し貫いた傷口から出血、そして口からも多量の血を吐き散らした。
——あ、……け、無いわ、ね。死ぬ、時……こ、んなに……あっさ……………り、だ、なんて……。
美しくも無い人生の終幕。人間、死ぬ時はこんなにもあっさり死ぬのかと鈴音はそんな事を考えながら意識を暗闇へと落とした。
「ご主人様。件のコミュニティ……埼玉小コミュニティの近辺にてヴォルヴァと目されるISの出現が確認されました」
「……なぁ、その呼び名。いい加減、止めないか?」
某所。厳かな雰囲気が保たれた一室にて王である紫と従者のやり取りが行われていた。
「いいえ。私にとってご主人様はご主人様です」
「…………言ってみただけだ。で、例のコミュニティか。天罰でも降ったか?で、状況は?」
「確認しました所、出現されたヴォルヴァは『ヒム』と呼ばれる個体との事……ご主人様、如何なされましたか?」
襲来したヴォルヴァは『ヒム』である事が判明した時、紫の様子が微かに変化した事に従者は不安げな声を掛ける。
「いや……聞き覚えのある
「畏まりました。状況としましては埼玉の小コミュニティは概ね壊滅寸前。いいえ、ほぼ壊滅状態であると思われます。生身の人間、男性如きでは『ヒム』相手に勝てる道理はありません」
「……成程、其の儘くたばったか」
「埼玉コミュニティのコミュニティが1つ壊滅した所で、多少の誤差しか変化は無いかと……経済的利潤の意味で」
——埼玉コミュニティ。複数のコミュニティから成る。群体コミュニティの一種。1箇所が潰れても別のコミュニティにて生存が可能なコミュニティ体制を取っている。
「ふむ……ヴォルヴァは普通のISよりも我が強い。そう言う種族だ……。粗方、壊滅させたら其処には長居はしないだろう……」
——襲来して壊滅させて居座る。って言うタマじゃねぇ。少なくとも『ヒム』はそう言う奴
「ご主人様、如何なさいますか?」
「……そうだな。ちょいと気になった事もある。進路を件の埼玉コミュニティの1つに向けて進めてくれ。ダメ元でも構わない」
——気になる事が出来たと言えば出来た。此方も此方で、火の車、って奴だからな。それに……もし、運が良ければ儲け物……。
「宜しいのですか?」
「……最初に焚き付けたのは何処の誰だっけ?」
「さて、何の事でしょうか?」
——ま、見て見ぬフリは誰にでも出来る。少々、気になる事もある……無論、全員が死亡しており何も得られないと言うダメ元になる可能性も充分あり得る……それに虎穴にいらずんば虎子を得ず。別の意味でも、向かう価値はある。