——『取引』をしたいから、か。
紫が退室した後、オトゥールはその言葉を反芻していた。何事も対価が必要となる。生きる為にも何かを犠牲にしなくてはならない。死んだ同僚でさえ喰らいながら生きて来た。特価交換、それはオトゥールは理解していた。
「改めて失礼致します。ご主人様もお人が悪い……」
其処へ先程、退室していたメイド服を着た女性が再び医務室へと入ってきた。その佇まいは正に
「……お初目に掛かります。この中型移動要塞艦コミュニティ『エストレア』所属、メサルティムと申します。当コミュニティのメイド長及び副艦長を務めております。ご主人様より所用を仰せつかっておりますので御用がありましたら何でも仰ってください」
メサルティムはその様な丁寧な言動でオトゥールに完璧なる自己紹介をした。
「え、ええ……」
「ご主人様は少々、不器用な事があります故にあの様な言動をなさります。主に代わり謝罪をさせて下さいませ」
「い、いえ。その様な事は……何も……」
——や、やり辛い人だなぁ。こんな人、初めて見た。
メサルティムの言動及び所作はオトゥールから見れば洗練されている為か、中々付いて行けない。見た事も無ければ会った事のない人種。
「……お名前をお伺いしても宜しいでしょうか?数多くのコミュニティで使われる識別コードでは無く貴方様ご自身の本来のお名前を」
——AISは名前を使う事は認めてくれなかった。大半が識別コードで呼び捨てられる。でも、この人は名前を聞きたいと言っている。
「オトゥール、オトゥール・エフェルリスよ。えっと」
「う、うに……?」
其処で今迄、寝込んでいたウィキッドが目覚める。布団の中でモゾモゾと蠢きながら寝惚け眼で起き上がろうとしてベッドから落ちた。
「うにゅ⁉︎ うにゅ〜……」
メサルティムは無言でベッドから落ちて小さい悲鳴を上げているウィキッドを抱き上げてベッドの上へと寝かせた。
「……うにゅ。あ、オト姉ッ‼︎」
「ウィキ姫ちゃん。良かった、目覚めたのね……」
——ウィキ姫ちゃんもかなり怪我していた。エインヘリヤル達に嬲られ続けていた上にヴォルヴァの攻撃、正直な所。心配はしていたけど、手当てもされて生き延びれた。それに、首に付けられていた首輪も外されている……。
「……えっと、この子はウィキッド。ウィキッド・ウェネーフィカ。私はウィキ姫ちゃんって呼んでいるわ」
状況が全く分かっていないウィキッドは小首を傾げながら頭に疑問符を浮かべている。オトゥールよりも幼い精神状態のウィキッドに説明しても半分も理解は出来ないだろう。
「オトゥール様とウィキ姫様で御座いますね。御二方、所用がありましたら何でも仰って下さい」
その時、ウィキッドの腹の虫が可愛らしく鳴いた。その様子を見てメサルティムは口元に手を当ててクスリと微笑んだ。ウィキッドとオトゥールは戦場で捕まえた黒光りする虫(
「……その前に軽食を。御二方の身体的状況を加味して消化の良い物をご用意しましょう。少々、お待ち下さいませ」
メサルティムはそう言うや否や、速やかに医務室を退室して行った。様子を察して即座に最善の判断を下す。迅速な行動と言えた。
「良く分からない人、ね。あの人は……」
「オト姉、オト姉。此処、何処?」
「あ、ウィキ姫ちゃん。ごめんなさい、起きたばかりだから良く分からないわよね。分かる範囲で説明するわね……」
状況が理解出来ていないウィキッドにオトゥールは現在の状態を説明した。自分達の居たコミュニティが壊滅した事、このコミュニティの者達に保護されたと言う様な状態の事。
「……うーん?理由が、分からない」
「ええ。確かにそうね……」
——助ける理由が思い当たらない。
悩んでも悩んでも答えが出て来ない。少し時間が経つとメサルティムがワゴン台を用意して再び入室して来た。ワゴン台の上には少量ながら確かに食事と言えるモノが乗せられている。
「……申し訳ありません。当コミュニティの懐事情は大変厳しくご満足頂けないと思われますが……」
「いえ、謝らないで。生きているだけで儲け物よ。それに、ウィキ姫ちゃんが生きているし私も生きている……それだけで充分なのよ。私達にとっては」
ウィキッドも自分も生きている。それだけで充分だった。自分達は戦う事しか出来ない、それでも構わなかった。戦わないと生きていけないのだから。最後まで生きる、そう決めている。どんな目に遭っても、其処だけは譲らない。
「……逞しいですね。ご主人様が興味を持つのも頷けます。少ないですが、どうぞ召し上がって下さい。牢獄内では腕を使えなかったでしょうから食器の扱い方は分からない筈ですので、食べさせる形になりすが宜しいでしょうか?」
2人とも箸やフォーク類を使った事が1度も無い、せいぜい手掴みか犬食いである。羞恥心の類は余り無かった為に、お願いする事にした。食事は味は薄めで飲み込みやすいスープ類や少し柔らかめのパンであった(保存が効くモノを選んだのだろう)。ISにより食糧の事情も激変してしまっている為に致し方無い。それでもウィキッドやオトゥールからすれば充分ご馳走と言えた。
「美味しかった……」
「……そう言って頂けると幸いです。まだ万全の状態では無いので安静にして下さいませ」
——確かに私達は重傷、今も身体の彼方此方が痛いわ。動くのも億劫ね……あの牢獄だとどれだけ怪我をしても戦場に放り出されていた。怪我をしていても体調が崩れていても『寝れば治る』と言われて殴られて蹴られて……。
「……酷いお話です。人、とは此処まで醜くなれるモノなのでしょうか」
「え?」
「……何でもありません。他に何か——」
「一つ質問、良いかしら?彼の『取引』とは、どう言う意味なのかしら?」
其処でオトゥールは気になった事をメサルティムにぶつける事にした。それは最後に告げた『取引したい』と言う事だった。
「……本来ならばご主人様本人から話すべきですが、
——確か色々、事情があると言っていたわね。
「当コミュニティ『エストレア』は規模と反比例する様に人員が少ないのです……それは数ヶ月にISの襲撃を受けた結果、大損害を被ったのです。元々『エストレア』にはAISは居らずISに対しての有効打になる様な手は無いに等しいのです」
「……戦力は皆無。そう言いたいのね」
「はい。移動艦と言う事で運送業が生業となっています。当然、移動し続けている為に道中にてISやエインヘリヤルと遭遇する事も多いのです」
——自分から突っ込んで行く姿勢……。
「……道中、この近辺を通りかかった際にオトゥール様達の様子を拝見させて頂きました。多数のエインヘリヤルを相手に大立ち回り、お見事でした。その後日に埼玉コミュニティの1つへヴォルヴァ・ヒムの襲来の末に壊滅状態に陥りました」
「…………」
「誠に申し訳ない事にある下心がありました。何分、我がコミュニティは懐事情が厳しい所があります。そして、生存者を救助する理由は……」
「戦力が欲しいから」
「ウィキ姫ちゃん?」
「……ッ‼︎」
其処でウィキッドが口を開いた。それはメサルティムが今、正に言おうとしていた事を的確に的中させた。だからこそ、メサルティムが目を見開いた。