ウィキッドとオトゥールが『エストレヤ』の一員になって数日後。瀕死の重体であり包帯塗れであった2人だが数日も経てば身体に負った傷の殆どが癒えてしまい普通に歩ける程に快復した。この事実に流石のメサルティムも驚きを隠せなかった。
『白昼夢の様な、驚きの快復力』
と言う言葉を残している。2人にとっては慣れてしまった当たり前の現象だったがメサルティムや報告を聞いた紫からすれば驚く様な出来事であった。そう言う訳で数日後には医務室から移動する事が出来る様になった訳である。
「オトゥール様、ウィキ姫様。お二人のお召し物がご用意出来ました」
医務室から用意された部屋に移動する際に服が必要と言う事で新しい服を用意された。瀕死の重体の時に身体測定もしていたらしくサイズは問題無い様にされていた。
用意された服は黒を基調とした外套付きの衣服でスカートは膝位まではある黒いセーラー服に近い衣服であった。
「……そう言えば今迄はAISスーツしか着ていなかった」
「そうね……服の概念さえも忘れていたのね。私達……」
埼玉コミュニティの牢獄で過ごしている時は常に全身を覆い尽くすAISスーツを身に付けていた。その為、身体のラインは常に丸分かりであり男性陣からも舐め回すかの様な視線に晒されていた。最も慣れてしまっていた為に気にならなかったが。
「……その白兵戦仕様のボディスーツは材質等を解析した所、かなりの技術力が窺えますね……耐衝撃に優れ、耐熱、防塵共にも及第点以上の耐久性がありました」
「そんなに凄いモノだったの?」
「はい。ご主人様も舌を巻いていました。『何処の誰だ?こんな良い代物を開発した奴は?』と」
牢獄、戦場問わずに常に着ていたAISスーツはかなり高性能な機能を備えた戦闘用スーツだったらしい。単純に奴隷に着せる服は無いとも思っていた。
「それらに対して私がご用意出来た衣服の耐久性は一般的な衣服相当程度の耐久性しかありません。ISは愚か、エインヘリヤルの攻撃でさえ簡単に破けてしまいますのでご注意を」
「……戦闘用では無い事は理解しているわ。ね、ウィキ姫ちゃん」
「ん、ん……」
「……流石にその状態でISとの戦場に出すのも危険です。御二方が宜しいのであれば再びAISスーツを着用をお願いしたいのです。技術の転用をするにしても……相応の時間の資金が必要となります故に、何卒ご容赦を」
「ん……その程度なら、構わないよね?オト姉」
「ええ……今更、着る服に頓着なんて持っていないもの……」
身体のラインが丸分かりなボディスーツで行動する事が多かった為に衣服に対しての拘りは無い。埼玉コミュニティでは娯楽と称して卑猥な衣装を着せられて視姦された事もあった。
「有難う御座います。ご主人様からお二人のお部屋をご用意する事、それからある程度の一般教養の教育を行う事を仰せつかっています」
「一般、教養……?」
「はい。主に文字の読み書きと言った事と食器類の扱い方、お風呂の入浴方法、衣服の着方、その他、至極当たり前の事……となりますね。他にも追加の戦闘関連は少し考慮は必要となりますから後回しとします」
他にも色々と教えるべき内容はあるが紫からは『生きる事』を優先して教える様に伝えていた。学校の様に蛇足なる事を教えても無意味となる。
「……少々詰め込み教育となりますが御二方、宜しいですか?」
「私達は何も知らない。教えてくれると言うのならば受けるのが得ね。何も知らないよりも知って置いた方が良い……そうよね。ウィキ姫ちゃん」
「うに……‼︎」
「承知致しました。このメサルティム、責任を持ってお二方の家庭教師を務めさせて頂きます。お二人の部屋に案内した後に早速始めると致しましょう」
こうしてこの日からメサルティムの家庭教師による一般教養の教育が2人に向けて行われる事となった。今迄はずっと言いなり同然で思考力さえも覚束なく未来も希望も無かった牢獄の中で生かされて来た。コレからは自分達で生きる必要がある。その為にも自分の足で生きる力が大切と言える。そう言う理由もあり行う事を踏み切った。
「ふむ。成程……そう言う事か」
エストレヤ某区画。其処で紫はある作業をしていた。部屋の壁際の棚には工具の類が大量に置かれており此処が技術関連の部屋であると言う事がよく分かる。その部屋の中央の作業机には巨大な鋸の様な大剣が置かれている。それはウィキッドが戦闘の際に使っていた大剣である。2人には事前に使っていた武器を見せて欲しいと通達して本人が良いと許可を得ている。
——本音を言えばAIS、AISとは言うがどう言う仕組みで生み出されているのかさっぱり分からない。生体ナノマシンと拘束具の概念位しか知らないのが現状。かと言って名前だけが広まり詳細は全く分からない……それにISはシールドバリアの存在故に一般的な兵器を遺物と化した。
故に対抗策はシールドバリアを突き破れる程の破壊力のある兵器かエネルギーを中和出来る機構を備えた武器。ならばAISの必要性が無い筈……なのに固執して運用している。その答えがこう言う事か。
「目には目を、と言う事だな」
ISは自我の獲得により進化した。故に既存の方法はまるで意味を成さない。それは言うまでも無い……ならばどうするか?答えは
——ウィキ姫とオトゥール嬢。映像で見る限り武装は手に持っていた。回収時には持っていなかったと聞いている。何処に行った?そして、AISはIS適性を有する者に限定されている。
「量子変換、か」
——2人が身につけていたペンダント、それが量子変換されて武装に変化する。それは本来のISの拡張領域に格納されていた武装を取り出す機能、だった筈。つまりこのペンダントは……領域は小さいながらも拡張領域を有する……ISコアなのか? いや、拡張領域はISコアに依存する筈……そして現在の定義では全てのISコアが反旗を翻したと聞くが……。
ISコアが離反した。しかし技術は残されていた。その技術を用いて対抗する術を辛うじて確立させた。そうでなければ……。
「…………疑問が解けたと同時に新たな疑問が生まれたな」
——IS共の目的が分からなくなった。いや、それよりも……これは。
紫は嫌な予感がした。量子変換の技術転用は可能であるのならば大きな進歩となり得る。コミュニティ同士で技術提携が行われる事はかなり限定的であり、エストレヤとしてはコミュニティ絡みで言えば孤立気味な状態。経済的にも懐事情は芳しくは無い。それでも成さねばならない目的がある。
「……解析すれば何か分かる筈。打てる手は全て打つとしようか」
——量子変換の技術は使われてはいたが……本体たる武装の強度は然程高く無い。有り合わせの廃棄鋼材を使って繋ぎ合わせただけに思われる。こんなんでISのシールドバリアを破れると思っていたのか、甚だ不思議だ。いや、利益第一主義ならば……最小の労力で最高の利益を得るつもりだったのならば筋は通るか……消耗率は凄まじい事になるが……。
「それに、ついでに回収出来たコレらも解析しないとな」
視線を壁際へと移す。其処には埼玉コミュニティで発見された複数の機械鎧……それは正しく確認できた資料に存在するISの機体、其の物であった。つまる所、明確な自我を獲得する以前のIS、となる。何故、埼玉コミュニティに存在しているのか……明確な自我を獲得出来ていないのか、謎は深まるばかりである。
——ISコアも確認出来た。そうなればコレはISと言う事になる。今のご時世、この様な状態のISは殆ど見受けられない。コレが最初期の姿であるとは聞いている。解析すれば……使い様はある筈だ。
解体して解析、そして改造すれば野望に一歩近付く……そう考えた紫は腕が鳴ると言わんばかりの笑みを浮かべていた。
——最適な人員を最も活躍出来る場へ用意する。そして、
「ご主人様、失礼致します」
其処へメサルティムがこの部屋へと入って来る。彼女は紫がこの部屋に居ると知っていた様である。彼女は今、ウィキッドとオトゥールの教育係を任されている。
「メサルか?」
「お嬢様方を浴室へと案内致しました。やはり入浴絡みは初体験の様でして……おっかなびっくりなご様子でした。流石に高温の浴槽は怯えるかと思い多少の微温湯にして起きました。身体の洗い方、拭き方は事前にレクチャーして起きましので暫くは大丈夫かと……」
「……冷水の放水による洗浄だけだったみたいだからな。まぁ、のぼせなない程度の様子は見てやってくれ。して?」
「はい。そろそろ、埼玉コミュニティに所属し現在、保護しているAISの子達にも此方の事情の説明を為さる頃合かと……」
「ん、そうだな。ウィキ姫とオトゥール嬢に掛り切りだった……本音を言えば2人にしか注視していなかったからな……」
——2人は重傷、状況からヴォルヴァと交戦していたしその2人も事実を認めている。だが、他の面々は牢獄内にて幽閉された状態だった。その内、別の2人も重傷だったが快方に向かっていると言う(その2人も交戦していたと思われる)。つくづくAISの快復力は異常と言わざるを得ない。生体ナノマシンの影響……いや、流石に考えすぎか。
「出来れば1度に説明したいが、無理があるか?」
「本来ならば、安静にさせてあげるのが筋。かと言って医務室に大量に詰めかけるのも……」
「医務室送り以外での保護人数は何人だ?」
「約15名程です」
——その人数ならば何とか収まる範囲内だな。
「分かった。医務室にお嬢達を集めてくれ、其処で皆に説明する。無論、彼女達の今後の状況も含めて話す」
「……酷な話になりますね」
「ああ、カタナが情報を集めては居るが件の埼玉コミュニティのオーナーが存命であった場合は、残念だが……諦めるしか無い。狂っているとは言えど、秩序が無ければ最悪な状態になる。
彼女達が死亡名簿に記入されている場合ならば、強引に帳尻を合わせて誤魔化す事は出来る。無い場合は、契約は生きている事になる。さて、命を金に変える様なお嬢達で無ければ良いがな」
「ご主人様。解決策になっていませんよ?」
「確かにな。後は野となれ山となれだ……やる事は山積みなんだ。俺の目的の為にも人数的な問題でもウィキ姫とオトゥール嬢の2人では余りにもキツ過ぎる……オトゥール嬢の探している面々、戦える面子である事を切に願おう」
——情報が必要だ。カタナ、失敗るんじゃ無いぞ……。