紫が埼玉コミュニティに所属していたAIS達に状況を説明した。そして、今回の件は一時的なモノでしかない事も含めて説明した。
「AISが所属元を異動させる事が出来る状態の条件は3つ。まず1つ目が、所属元のコミュニティが運営不可能な壊滅状態にある事。コレはコミュニティが崩壊してオーナー及び権利者各位が死亡した事が実証された場合、成立する。
2つ目がコミュニティ・オーナー以下の権利者が該当するAISの所有権を何らかの形で放棄する事。コレはAISの廃棄処理が実行された……つまり捨てる行為となれば所属元からは抹消された形となる。死亡名簿に記載される場合も該当する。
3つ目がコミュニティ・オーナー以下の有権者によるAISの売買の契約が成立する事。早い話が人身売買による売買契約だ」
「……先に言って置くが君達の所属は埼玉だ。その契約は現在も有効の可能性が高い。故に客人としてでも乗組員としてでも置いておける期間には限りがある……」
「どうして……⁉︎」
辛うじて生存しエストレヤが保護したAIS。その全てが過去からの世界から迷い込んだ少女達であった。紫としては彼女達がAISにしては恐ろしく聡明であり此方の話に理解が出来ると言う事。識字率も非常に高い事からかなりの教育レベルに有している事が判明している。それを踏まえて現状を理解出来ていないギャップが存在していた。
「……現在の君達の異動条件がクリア出来ない。君達の名前を聞いたのも理由がある」
「理由、とは?」
「先も話した通り、異動させる状態の条件の1つにそのAISが死亡したと言う公文書がある。コミュニティにとってAISは資産の1つとして数えられる。死亡した場合は死亡名簿に記載する事が義務となっている。しかし、売り飛ばされる者も居れば廃棄処分として存在を抹消される場合もあるから、余りアテにならないのが実情だが、書かれたと言う事は所有権が抹消された事を明確に示す数少ない事実となる。部下の1人が偶然、発見してな……」
「……書かれていなかった、と言う事ね」
「理解が早くて何よりだ」
「じゃあ、其処にアンタが新たに書き加える事は出来ないの⁉︎」
ややヒステリ気味な少女がそう詰め寄る。地獄の様な牢獄の隷属的な日々は今迄平和だった世界に住んでいた彼女達にとっては耐え難い現実だろう。
「それは出来ない。過去にコミュニティの人間の1人がAISを無断で横領する事件があったらしい。その為、専用の入力機械による公文書でしか有効にならない。と言うよりもウチにその公文書を書く為の機械が無い」
「……そんな。折角、あの地獄の様な牢獄生活から抜け出せたと言うのに、また逆戻りになるって言うの⁉︎」
「痛いのは嫌だ。早く、早くお家に帰りたい……‼︎」
「どうして、私達が何をしたって言うの……?」
その言葉を切っ掛けに他のAIS達も動揺が走る。概ね、似た様な感情を抱いているのだろう。その気持ちは外面では気持ちは理解は出来る。
「……ねぇ、崩宮って言ったわよね?」
悲痛なる空気が立ち込める中、空気を突き刺す言葉を出す者が居た。重傷の状態で発見され別の医務室のベッドに放り込まれていた鈴音である。つい最近、目覚めた。まだ安静にするべき状態である為に医務室に皆を集めたのだ。
「……ああ。フォン嬢。質問なら答えられる範囲で答えよう」
「……別にこの状況をどうにかしろとは言わないわよ。無理な事を無理には言えないわよ。どう言う形であれ助けられた形だもの……それを踏まえて聞きたい事があるのよ」
「……?」
「その話、コミュニティの有権者が生きていた場合、よね?」
「そうだ。死んでいた場合はフリーの状態となる。一応、自由となるが……こんな世界環境で右も左も無い状態で生きるのは過酷であり危険を伴う。だからこそ人類はコミュニティと言う共同体を作り上げた」
「ええ。理解出来るし、理に適った行動ね」
「……現状では、生死不明の状態だ。壊滅的な被害を受けて逃げ延びた可能性もあるが……死んでいる可能性も充分ある」
その言葉に何人か溜飲が下がる。そして心の中では『男なんて死ね』と言う女尊男卑的な思考を浮かべている者達も居た。
「……別に追い出したいと言う訳では無い。脅かす様な事を言ってすまなかったな。隠しておくよりも話しておいた方が良いと思ってな、知らないままよりも知って置いた方が良いだろうとな」
「最悪の場合、腹を括っておけ。そう言いたいのね……」
「……まぁ、そうなるな」
「もう1つ良いかしら?オトゥールとウィキッド、その2人はどうなったのかしらね?」
——どう言う関係かは知らないが恐らく亀裂が走る。しかし隠していても艦内で行動して遭遇する可能性も無きに有らず……正直に伝えて置こうか。変に隠し立てして変な不和が起こるよりはマシかも知れない。
「……2人は公文書である死亡名簿に記載されていた。埼玉コミュニティでは2人は死亡済み、と言う形となっている。どうやら処刑される事が決まっていたが、コミュニティが壊滅した為に実行直前でオジャンになって命拾いしたかどうかはイマイチ微妙だが、生存し本人の口から直接聞いた」
「しょ、処刑……って」
「嘘でしょ……処刑されそうになっていたなんて。そんな事、一言も……」
「死亡名簿に記載されていた……それってつまり⁉︎」
「そうだな。あの2人は公的に死亡した扱いなので埼玉コミュニティの所属から正式に抹消済み。そう言う訳でお互いの利害が一致した結果、我がエストレヤに正式に所属が決まった。仮に埼玉コミュニティから返還要請が来たとしても埼玉コミュニティが記載した死亡名簿を見せれば相手は引き下がるしか無い。『同姓同名の別人。お宅の人は死亡済みでは?』ってな」
そして起こるは卑怯だのと言う声。気持ちは分からなくも無いが、コレばかりはどうしようも無い。割り切れとは流石に言いたくは無いが納得してもらわないと少々、困る。話が進まないから。
「そっか。生き残る奴は生き残るって事ね……」
鈴音はそう言い、眼を伏せた。相手は情に流される人物では無さそうだと何となく理解したからだ。今日、出会ったような関係、見ず知らずの人間に手を差し伸べる様な人間を鈴音は知っている。しかし、その様な真似を何の躊躇いも無く出来る人間は凄く限られている事もまた、知っている。
紫はコミュニティのオーナー、彼にも彼なりの事情と言うモノがある筈。
「で、でも……3つ目は⁉︎ 人身売買って奴の話‼︎」
それでも諦めたく無い少女が最後の希望を託す。人身売買と言う言葉に抵抗はあるが、それでもあの牢獄暮らしよりかはマシと考えたのかも知れない。
「ああ、それか。該当コミュニティの有権者達に対して君達の所有権を要求し、契約を締結させる。早い話が君達の所有権を俺が買うと言う形。売買契約成立した場合、所属元から買い取られた所属先へと異動が成立する……この場合は埼玉コミュニティに対して君達の所有権を金銭で購入すると言う形になる」
「そ、そう‼︎ それは⁉︎」
一縷の希望、この短時間で良く気付いた。少々ヒステリ気味だが頭の回転は早いのかも知れない。或いは生存への衝動が強く働いているのかも知れない。
「無理だ」
「どうして⁉︎」
だが、その希望も無残に打ち砕かれる。紫は即答で無理だと告げた。それもその筈、エストレヤの懐事情は余りにも厳しい上にオトゥールとの契約に予算を回す必要がある。冷酷ではあるが何より理由が薄い事情もある。
「仮に交渉が進んだとしても法外な金額を提示されるのが常だ。然も1人じゃなくて10人単位、恐らく合計金額は……億超えになるだろう」
「億、超えって……」
「そしてウチには金が無いんだよ、金が‼ 懐事情は火の車で、金欠上等の状態だ。そして、凄く言い方は悪いが……其処までして君達を買い取るメリットが無い」
「「「……‼︎」」」
紫が彼女達の所有権を要求し法外な金額を支払うメリットが無い。彼女達は埼玉コミュニティの様な牢獄暮らしが嫌だから『自分を買って欲しい』と思っている。しかし、権利ばかり要求しているような状態……そんな連中を買っても寄生するだけで何の役にも立たない。
「それもそうね。アンタから見て、私達はAISとして実績が無い。AISは戦闘員……進化したIS相手に戦わねばならない存在……戦えない奴を法外な金額を出してまで求める余裕は無い」
「……理解が速くて何よりだ。ああ、その通りだ……別の目的で所有権を要求する奴も居ない訳では無いがな……少なくとも俺が君達を買い取る理由は薄い……」
「……成程ね。アンタが『買いたい』と思えば良いのかしら?」
「余程の事で無ければ出せる金は無いぞ?そう思われると言う事は所属元から見ても『売りたくない』と言う感情が浮かぶ一因にもなる。だからこそ、高額で売買される」
「難儀な世界ね……ISと戦争している癖に、何をやっているのか、本当に呆れるわ。そんな状況に振り回されている私達はもっと滑稽じゃない」
鈴音が乾いた笑みを浮かべる。断片的にしか分からないが少なくとも人類から離反したISとの戦争が行われていると言う状況で、そんなくだらない事をしている連中に振り回されていると言うこの状況……笑うしか無いのだ。
「……だけど、やる事がハッキリしたのは
「……ほぅ?少なくとも、あの2人よりは学がある様だな」
鈴音は決意した顔を紫へと向ける。その顔に対して紫は良い面構えだと考えた。『納得させてやる』、ならばやって見せろと期待の念を抱いた。状況から、この女もヴォルヴァを相手に生き延びたのは明白と言える。実績は不明なので判断材料は無いに等しいがコレから自分自身の存在価値を示せば良い。
——さて、本音を言えば予算は既に組んじまっている。カツカツな上にこれ以上、割ける余裕も無い……IS共の動きがイマイチ読めなくなって来た以上、どうにもな。
彼女達を取り巻く状況、正直な話……紫から見た場合、どうする事も出来ない状態の一歩手前。埼玉コミュニティの有権者が生存云々の話……それには裏がある。鈴音達やウィキッド達がいた埼玉コミュニティはそのコミュニティの支部の1つ。つまり大元たる本拠地コミュニティの有権者が要請を出した場合も有効となるのである。
「ご主人様‼︎」
その時、暗い空気を突き破るかの様な声が医務室へと割り込まれた。
「メサル?何かあったのか?」
「ご主人様宛に秘匿メールが届いています」
其処はメサルティムが強張った表情で医務室に突入して紫の近くで小型の空間ウィンドウを展開させる。其処には秘匿されたメールのアイコンが表示されていた。