エストレヤによって保護された鈴音達が本来所有権がある埼玉コミュニティへ引き渡される当日。エストレヤは埼玉コミュニティP3番へと向けて航行していた。引き渡し時刻は午前8時を予定している。
ヴォルヴァ種である『ヒム』が埼玉コミュニティ支部にて派手な破壊活動の傷跡が大きいのか道中でエインヘリヤルには遭遇しても幸いISには遭遇しなかった。IS以上だと厄介極まりないがエインヘリヤル程度ならば撥ね飛ばす事は出来る。移動要塞である利点と言える。最も、停止する場合は掃討の必要があるのだが。
「ご主人様、まもなくエストレヤは埼玉コミュニティの支部の1つであるP3番へと到着します」
艦橋にて紫はメサルティムからそう報告を受ける。今回の航路では特に筆舌するような問題は発生しなかった。それも当然だろう、既に埼玉コミュニティP3の周辺地域に進入している。
つまり、P3で所有しているAISによって日夜エインヘリヤルは掃討されている。
「エストレヤ、艦体状況オールグリーン。損害はありません」
艦橋の下方にあるオペレーター席に座っているのは水色の長い髪に眼鏡を掛けた女性、スピカから報告が飛ばされる。此処までは何事も無く事が進んでいるようだ。
「ああ、そうだな。……で、肝心のフォン嬢達は? メサル」
引き渡される事が決まっている生き残り組の鈴音達の様子をメサルティムに訊く。
「……大層荒れておられです。当然ですね、此の儘粛々と進めば再び今日を生き延びる為だけの生死、ギリギリの人生ですから」
「…………」
エストレヤコミュニティではそんな光景は存在しないが、大半のコミュニティでのAISの扱いは差はあれど大体が散々な扱われ方なのはもはや常識である。
AISに対して同情する者はほぼ居ない。全ては女尊男卑の元凶として見られているが故に。
「……だが、俺達が彼女達にしてやれる事は何も無い。こう言う時代だ、だからこそ秩序は遵守しなければならない」
AISの極端で迫害的な扱いはもはや公然の状態。彼女達が再び凄惨で隷属的で性奴隷な扱いをされるであろう事は容易に想像出来る。……だが、埼玉コミュニティにおけるAISの扱い方は違法では無いのだ。
組織を運営するオーナーとして、守るべき存在は決めねばならない。目に見える者達、全てを助けられると言う思考回路は極めて危険で、傲慢な感情だからだ。
「理解は出来ても納得は出来ない……彼女達の心境はそうだろう。だが、今の時代を生きる者達にとって先達の負債は余りにも大き過ぎる上に庇いようがないからな」
そして、時刻は午前8時間近。
エストレヤは無事に埼玉コミュニティP3番のゲート前へ横付けする形で停止した。
「当艦は無事に埼玉コミュニティP3番、正面ゲート前へと到着致しました」
「ああ……。メサル、フォン嬢達を出入り口ゲートへ誘導、スピカも手伝ってやれ」
「畏まりました、ご主人様」
「分かりました」
コミュニティの構造上、引き渡しはゲート前で行われる事となる。無論、その時にエインヘリヤル等の襲撃も考えられる為に、警備は万全で望まれる。
メサルティムとスピカの誘導でエストレヤから数日振りに外に出された鈴音達は精神的に未来が絶望しか無い事に憔悴しきっていた。
エストレヤから降ろされた彼女達が見たのは、ゲート前に立っている軍服姿の男性達、権利者やオーナーと思わしきこの荒廃した世界では色んな意味で引き立つ高級そうな服を纏った男性達。
そして、ゲートの周囲に配置されたAIS達。彼女達は見覚えのある戦闘用のAISスーツに腕に枷が嵌められた姿であり、スーツも幾つか破れ身体のあちこちが傷だらけな上に疲弊している様子が見て取れる。今にも倒れそうな者も居る事からかなり過酷な扱いを受けていると理解させられる。
「…………」
そして、最後にエストレヤから降りて来たのは当艦のオーナーである紫であった。紫は真っ直ぐ埼玉コミュニティのオーナーの1人の前に向かう。
「……この度は我々、埼玉コミュニティの所有するAISを保護して頂き誠に感謝する。私は破壊された埼玉コミュニティP2番のオーナーだ」
「ええ、ご無事で何より。ヴォルヴァに襲撃されたとか……。急死に一生を得ましたな」
「ええ、よもやヴォルヴァに襲撃されるとは……コミュニティは破壊されてしまったが勇敢なAISの決死の行動により私は無事に五体満足で脱出する事が出来た。私の為に忌々しいISにより散っていた部下達にも哀悼の意を示さねばなるまい」
上辺ではAISに助けられたみたいな態度だ。実際は身代わり捨て駒にしたのだがまぁ、指摘する理由は無い。
「さて、オーナー同士。互いに多忙の身だ。諸君」
埼玉コミュニティのオーナーが片腕を挙げると部下である男性達が前に出て鈴音達を取り押さえ手にしていた枷を無理矢理にでも取り付けに掛かる。嫌だ嫌だと叫ぶ者、暴れる者、諦めて抵抗しない者と反応は様々だったが、滞りなく『兵器』の梱包作業が進められていく。
「貴殿が保護し預かっていたAISは確かに我々が引き取った」
「此方も、確かに貴コミュニティに所有権があるAISを引き渡した」
オーナー同士による引き渡し契約の締結された。その頃には鈴音達は拘束具を付けられ、抵抗を奪われた末にゲートの奥へと歩かされていく。特に強く抵抗していた鈴音はマスク状のギャグを付けられ口答え出来ない様にされていた。
「さて、モノはついでだが1つ宜しいか?」
「ん?何かね? ああ、処刑しようとしていたAISの事かね?」
「既に死亡名簿に記載され、公的には別人扱い。しかし、まだ頭部に埼玉コミュニティのナノマシンが残っている。コミュニティ管理法の規則に則り、AISがコミュニティ間で異動となった場合、ナノマシンは所有コミュニティの物に変えなければならない」
「成程、そう言う事かね。今回、エストレヤには世話になった。君、ナノマシン摘出用の器具を持ってきたまえ」
「はっ‼︎」
近くにいた部下に器具を持って来させる様に指示を出す。
「流石に移動してから返却するのも面倒だ。暫し、ゲート前をお借りしたい」
「然程、時間はかかるまい。そんな事で目くじらを立てる程、私の器量は浅くは無い」
その後、埼玉コミュニティからナノマシンの摘出器具を借りた紫。
その日の内にオトゥールとウィキッドを医務室に呼び寄せて頭部に打ち込まれていたナノマシンを取り除いた(因みに麻酔と言う便利な道具は無い為、ウィキッドがガチ泣きしたので結構な時間がかかってしまった)。
無論、その日の内に摘出用の器具は埼玉コミュニティへと返却し、エストレヤは埼玉コミュニティを後にしたのだった。