狂った法律
「うう〜……‼︎」
「はいはい、痛かったわね〜。ウィキ姫ちゃん」
エストレヤの医務室にて、病床に腰掛けたオトゥールは膝の上にウィキッドを座らせて頭を摩っていた。2人とも頭に包帯を巻いている。
つい先程、頭部に打ち込まれていた遠隔操作で起爆するナノマシンの摘出作業を終えたばかりだ。本来ならば部分麻酔を用いてやるのが道理ではあるのだが麻酔自体、中々手に入らない貴重品となっており、重傷であっても麻酔無して治療せざるを得ない状況が多々あった。
「うう、痛い……」
皮膚を切開させる為、かなり痛かったのかウィキッドは頬を膨らませて不満げな顔をしていた。泣いて叫んでいたが事が終われば泣き止んだが、不満を漏らしている。
「痛い思いをさせたのは悪かったな。麻酔が手に入らなくてそのままやらざるを得んかった」
「オーナー……」
「うにーッ‼︎」
摘出用の器具を埼玉コミュニティへと返却して来た紫が其の儘、医務室へと戻って来た。すかさずウィキッドは不満げな顔を見せる。分かりやすい。
「AISの所有権が他コミュニティへと移る場合、打ち込まれたナノマシンを差し替えなければならないって言うコミュニティ管理法がある。起爆用のナノマシンはコミュニティ毎に異なる信号だ。複数のナノマシンが混在していると電波干渉が起きて不具合が生じるのが理由だ」
そもそもAISに起爆用のナノマシンを入れる理由はAISがエインヘリヤル掃討やISの誘導(囮)作戦中の敵前逃亡防止の為である。作戦中は危険しか無い為、AISだけで行動する。その為、コミュニティの管理を脱して逃亡を企てるAISも現れる。それらの逃亡を未然に防ぐのが目的……即ち『首輪』の1つだ。
「つまり、エストレヤのナノマシンを私達に入れるつもり……?」
オトゥールは膝に乗せたウィキッドを両腕で抱き締めてそう訊ねる。自分達は公的にエストレヤが所有権を持つAISだ。契約は契約、もしそうなのだとしたら、自分の身をを差し出してウィキッドはしない様に懇願するつもりだ。
「しねぇよ、そもそもそんな物は
覚悟を決めた様な顔付きで訊ねたオトゥールに対して紫は手をヒラヒラと振りながら否定する。エストレヤにはそんは物騒なナノマシンは無いのだ。
「そう……。でも、良いの……?」
コミュニティは他にも多数ある。それに自分の目的の為には他のコミュニティと接触しなければならない。話を聞く限り他のコミュニティも埼玉コミュニティと似たり寄ったりの環境だと言われている。そんな状況で他のコミュニティから見てどう映るかは分からない。
「ナノマシンなんて外から見て分かりゃしねぇよ。聞かれたとしても適当に取り繕えば良いさ」
「……果たしてそう上手く行くかしらね?」
その時、医務室の扉が開かれて黒髪を靡かせつつ紫の背後からカタナが現れ冷や水を掛ける形で話に割り込んで来る。
「はい。頼まれていた最新のAISの運用法のファイルよ。舐め回す様に目を通しておきなさい」
じゃあね、と。要件が終わったのかそそくさと退室して行った。オトゥールから見て良く分からない人物だと思う。
「……オーナー、それは?」
「オトゥール嬢、君の目的の為にも他のコミュニティと接触する必要がある。それは分かるな?」
「……ええ」
「ウチは移動要塞のコミュニティだ。直に目標地点に移動出来るからな。しかし、エストレヤとしてはAISを所有するのは初めてだからな。
最新の情報は常に調べておかねぇと行けない。具体的に言えば……コミュニティの領域内にて他コミュニティ所有のAISの扱いについて、とかだな」
「……ッ」
その言葉にオトゥールは歯噛みした。所有権のあるコミュニティ内での散々たる扱いは既に身を持って知っている。
紫は近くの椅子に座りファイル纏められた運用法の文字を目で追って行く。
「……えーと、何々?
作戦行動中以外、牢獄、保管場所等ではAISは常に拘束。歩行以外の行動は禁止。
AISには基本的にAISスーツ及び付属品のみ着用させる事。
AISに対して管理担当者は常に懲罰用器具を携帯しておく事……。
AISの食料配給は投与してから最低でも1週間以上の間隔を空ける事。
また、1度に与える投与物は錠剤1個以下にする事。それ以上与える事は禁止。
うわぁ、その他にも予想通りの文字の羅列」
ファイルに留められた用紙を流し読みしつつ紫は予想通りの内容に辟易している。オトゥールも当たり前かと言う思いが耽る。
「それから他コミュニティ内へ護衛と言うか肉盾の理由でAISを持ち込む際は管理担当者或いは権利者の半径10m以内に留め、常に拘束しておき、視認可能な場所に許可証を付けておく事。
他にも携帯肉便器として使う際には当該コミュニティの決められた場所って、公文書でこんな文字を使うんじゃねぇよ……‼︎ 頭に蛆でも湧いてんのか、こんな法律考えた奴‼︎」
内容を理解すると同時に紫は『何だコレは⁉︎』とクソッタレな感想をしてファイルを閉じて頭を押さえた。
「外面からAISの扱われ方を見て大凡は理解していたつもりだが、いざ内容を見てみると壮絶だ。反吐が出る……」
——……彼らは私達を人間として見ていない。この世界に追いやった大罪を犯した雌豚の様な存在。
「……心配するな。此処に書かれている事は管理法で定められ遵守するべき内容だろうがエストレヤ内では、こんなクソッタレな内容はゴミ以下の内容だ」
「……良いの?」
秩序は守るべき。
こんな時代だからこそである。それに紫が見た内容はコミュニティ管理法で定められたコミュニティで生活し生きる誰もが遵守するべき内容である。オトゥールやウィキッドは兎も角、コミュニティ・オーナーであり公としての立場がある紫は無視する訳には行かない筈である。
「このエストレヤでは俺が法だ。俺が定めた、俺の法だ。だからエストレヤではそんな部外の管理法なぞお互い気にするな」
そう言い紫は切って捨てた。
「うにー、でも、なんでこんな話をしたの?」
ウィキッドは半分以上、理解出来ていない。難しい話なので聞き流していた。
「ああ、これから東京コミュニティに向かおうと考えている。東京コミュニティは各地に点在している公設コミュニティを統括する……言わば首都機能を持つコミュニティと言える。規模も相応にデカい。
基本的にエストレヤの方針としてはオトゥール嬢から聞き取った君らの家族の行方を追うが、聞いた時点で変動が発生している可能性があるからな。総当たりで行くのもアリだが……俺としても状況を整えたい。今後の為にもな」
「貴方にも目的がある。……そう言う契約。もし、他のコミュニティに行く必要があるのなら……好きにして構わないわ」
「……正直に言えば俺としては不本意の極みだ」
オトゥール達が東京コミュニティに立ち入る必要があるのならば、当然ながら拘束しておく必要がある。そう言う法律であるのも当然だが、『中央政府』が位置する主要コミュニティならば尚更だ。
「……覚悟はしている。エストレヤの外ではその管理法を守らなきゃ行けないんでしょ?」
「ああ、流石にな。今迄はAISを所有していなかったから割とフリーで動けたが……既に公文書で公表した以上はな。勿論、そう言う機会は極力は避けるつもりだ」
「もう一度言うけれど必要があるならば、雁字搦めでも何でもして頂戴。拘束されるのは、もう慣れているわ。どんな辱めだって構わない……皆を取り戻せるのなら、何だってする」
「……オト姉」
ウィキッドが不安そうに視線を向ける。オトゥールにそんな役目を押し付けるのは嫌だって顔をしていた。
「大丈夫……心配しないで、ウィキ姫ちゃん」
「……すまん。要らぬ負担を掛ける」
「謝らないで。貴方は、貴方達、エストレヤの人達は私達を人間として扱ってくれている、とても嬉しい……と思うわ。
でも、外では私達を奴隷として扱って頂戴。そうしないと、貴方達の立場が危ないわ」
エストレヤ内ではそれで良いのだろう。だが、エストレヤ外の社会ではAISは奴隷同然の存在だ。
「……本当、聡い奴だよ、君は」
「本当なら私達は貴方に扱き使われるだけの存在。でも、貴方は私達を案じてそして動いてくれる……だから私達も貴方の『兵器』として使われなきゃ、いけないわ」
「契約は契約。だな。その筋では期待させて貰うぞ」
「ええ……そう言う契約だもの」
お互い目的がある。
その利害が噛み合ったからこそ、今此処に居る。それだけは違えない。ウィキッド、オトゥールと紫の関係はそれで繋がっている。
「メサル」
「お呼びですか、ご主人様」
紫が呼ぶと又しても背後に今度はメサルティムが現れた。此処の人間はオーナーである紫の背後から現れるのが常識なのだろうか?
「話は聞いていたか?」
「はい。徹頭徹尾、お聞かせ頂きました」
「コミュニティで使用されている拘束具を手配してくれ。極力使いたくは無いんだが、必要になるかも知れんから、
「畏まりました。AISスーツに関しては如何しましょう?」
「それも同時に頼めるか? 管理法を見た限り流通している筈だ。埼玉コミュニティだけの技術ではないらしい……どうやら俺達は相当、情報に置いて行かれている様だ」
「畏まりました。では、暫しお待ちください」
メサルティムはそう答え、医務室を後にした。
「……取り敢えず、東京コミュニティには俺だけ要件がある状況だと思うがその間は、エストレヤ艦内を自由に行動してくれ。何かあればメサルやスピカに聞くと良い」
「ええ、分かったわ。その道中でエインヘリヤルとかに遭遇はしないの?」
「埼玉、東京間の航路は基本的に安全だとされている。仮にあったとしても東京コミュニティのAISによる掃討作戦が毎日やっているだろうよ」
「……そう、分かったわ。もし、何かしらの作戦があれば呼んで頂戴」
「ああ、そうさせて貰おう。それまでは休んでてくれ。休む事を知らない兵士に明日は無いからな」