オトゥールとウィキッドは件の自称IS学園生徒とは関わらない方針にした。
似た様な年齢と思われるが見ている世界は大きな隔たりがあるからだ。要塞艦とは言え、遭遇する可能性はあるのだが……出来る事ならば彼女達が売り飛ばされる時までは相互認知しない様に努めた方が好都合だ。
そんな訳で、自分達の部屋に戻って中断された勉強の続きをする事にした。
「れ、わ、み……?」
「……ら、を、ぬ……。うーん、ペンを折らない様に書くのは難しいわ……‼︎」
「焦る必要はありませんよ。さ、もう一度‼︎」
現在、メサルティムが自称IS学園生徒を誘導しているので、代わりにスピカが2人の文字を書く練習を見ていた。ウィキッドもオトゥールも揃って象形文字かと言いたい文字を何文字も書いていた。……まだまだ読める内容には程遠い。
何度も挑戦する事、約3時間程……。時刻は夕方頃へと差し掛かる。
「さてと、本日はこの辺で終了しましょう。……夕食の準備に入りますので暫く待っていて下さい」
エストレヤには食事をする為の食堂はある。しかし、現在は自称IS学園生徒の者達が居る。彼女達と鉢合わせするのは都合が悪い。その為、自室で済ませた方が良さそうだ。
「あと、メインエンジンの修理が完了していませんので、お風呂は無しとなります」
風呂を沸かす際にメインエンジンの動力を利用している。その為、メインエンジンが故障と言う事は否応無しに水風呂と言う事になる。
夜になれば地上は冷え込む……昔は地球温暖化と言って気温が上がり続けていたそうだが、それも既に過去の話。その最大の元凶と言える人類が減少し、その文明も大半が破壊された。出す要因が減れば自然とあるべき姿へと還るだけだ。
「ええ、今日は殆ど勉強していただけだし……それに、1週間以上も水浴び出来なかった事もあるから、気に病まなくて良いわ」
「……ん」
牢獄暮らしとなれば水を浴びせられるだけで済まされる。凍て刺す様な寒さの中では冷水を浴びせられ、凍える中、夜を過ごす事となる。AISの分際で風邪なんて引けば地獄を見る事になる。
それらに比べれば安いモノだ。
「…………。その、返答に困りますが、ありがとうございます」
そう返されてはスピカも返答に困る。色んな意味で申し訳ない気持ちも出て来てしまう。それ程までにAISの待遇は劣悪を極めているのだから。
「ご主人様、此方に居られましたか」
「徹夜すると、メサル。君が怒るだろう?」
エストレヤのオーナーの執務室。即ち、紫の執務室にて、執務机の椅子に腰掛けて紫は部屋に入って来たメサルティムに声を掛けた。
メインエンジンの修理の目処は立っているし、メサルティム達に例の件で負担を掛ける為、徹夜してメインエンジンの修理をすればそれはそれでメサルティムが止めに来るのは目に見えて分かっている。
「はい」
メサルティムは書類を挟むバインダーを小脇に抱えており、そう返した。
「やれやれ……少しは大目に見て欲しいモノだな」
「ご主人様は歯止めが無さすぎます故。して、自称IS学園の生徒だと主張する彼女達の資料を作成しました。ご確認を」
メサルティムはバインダーに挟まれた資料を紫に渡す。その資料には保護された者達の情報が記載されている(メサルティムの観察による主観的な情報も記載)。
一先ず、流し読み。
顔写真と正式名称だけでも把握していく。最も金欠状態なので全員纏めて売っ払うつもりなのだが
「ふむ。殆どが日本名だな……コイツは悲惨な末路を辿りそうだな」
保護された者達は名称から日本人である事を認識して、紫は嘆息交じりにそう評した。
それはIS、女尊男卑の発祥……否、元凶の国出身かつ根源人種であるからだ。女尊男卑思想が最も根強くかつ総数が多い為、日本人種のAISは特に強い憎悪に晒される事となるだろう。
「ご主人様、お茶をどうぞ」
紫が資料を見ている間にメサルティムはお茶の用意をしていた。そろそろ茶葉の備蓄も無くなって来る頃合だろう……そんな気がする。
「ああ」
「ご主人様、如何でしょう?」
「そうだな……。売却額に幅が出そうだよな」
備考欄のメサルティムの観察した際の感想から、女尊男卑思想がやはり強い……。AISとして運用可能かは未知数と言える。余りにも反抗的だと、兵器としては落第と言えるからだ。
「しかし、そんな事を言っても仕方ないな。東京コミュニティに音声通信を繋げる。メサル、下がっててくれないか?」
「はい」
メサルティムを一時退室させた後、紫は東京コミュニティの統合通信局へと連絡を入れた。
『ごきげんよう。オーナー紫』
真っ黒な空間投影ウィンドウ。其処から聞こえて来たのは人工音声に加工され男とも女とも分からない音声だ。
「突然の連絡、誠に申し訳ない」
『お気になさらず。ご用件を承りましょう』
「……明日から1週間以内に東京コミュニティへ入場予定だ。場所の予約を申し込みたい」
『移動要塞型コミュニティを有するのは貴コミュニティ以外に無いでしょう? 東側ゲートからご入場頂き、管制塔の指示に従って頂きたい』
「東側ゲートか、心得た。次に……以前にも連絡を入れたが……我がコミュニティにも漸く目星のあるAISを確保したので、AISスーツと拘束具の類を発注したのだが、進捗は以下程だろうか?」
『要請があった発注の件ですね。コード:O49とコード:U14のAISスーツ及び拘束具の準備は欠品無く完了しています。貴コミュニティが到着次第、受け渡しとなっています』
「確認したかっただけだ、感謝する。して、本題に入らせて貰う」
『お伺いしましょう』
「……今日、8名程の女のリムドロップを確保した。のは、良いのだが……我がコミュニティは諸事情で現状、AISを合計3名以上在籍出来ない」
女性=AISと言う方程式が罷り通っている。しかし、例外もあるのだが自称IS学園の生徒ならば、必ずIS適性はある為にAISにされるのは自明だ。
『エストレヤは数ヶ月前にヴォルヴァの強襲で大打撃を受けていましたね。その影響で資金不足、食糧不足、資源不足の三重苦に陥ったと』
「ご理解痛み入る。エストレヤの今後の予算編成の為、その8名を売却したい。現在、紙媒体でその者達の簡易的な資料は作成しておりデータとして送信する予定だ」
『売却手続ですね、分かりました。差し支えなければ売却品の簡単な特徴をお教え頂きたい』
「ふむ。その者達は自称、IS学園の生徒だと名乗ったそうだ」
『IS学園……。まさか、白い服装をしていませんでしたか?』
——まぁ、聞いてくるわな。IS学園といやぁ、女尊男卑の巣窟でこんな世界に追い込んだ元凶……誰もがそう知っている。
「ああ、その通りだ。……理解には苦しむが当人達の主張ではタイムスリップしたとか吐かしているが、私個人的な意見としては眉唾物の話だ」
『……その真偽は然程、問題ではありません。分かりました。あ、失礼……。送信された資料が私の手元に届きました。拝見致します……』
席を外したメサルティムが資料を送り終えた様だ。
『お待たせしました。簡易的ではありますが資料を拝見しました。改めて資料を確認した後、翌日に売買見積り書を送信します。不備、疑問点があればご連絡下さいますよう』
「感謝する。要件は以上だ」
『では、担当部署に通達しておき、捕獲の準備をした上で貴コミュニティの来訪をお待ちしております』
通信は終了した後、メサルティムが再び執務室に入って来た。
「ご主人様、話は纏まりましたか?」
「ああ、俺達側から見れば問題無い」
「と、言いますと……?」
「……IS学園のワードに引っ掛かりがある様子だった。こりゃ、既に東京コミュニティに件のIS学園の生徒が拿捕されてAISにされてるかもな」
IS学園の存在の悪名は今になっても伝わっている。何かしら思惑があるのだとしても個人的には興味が無いし、関係の無い話だ。
「他にも似た様なケースが発生しているのでしょうか?」
「かもな。だとしても、殆どのコミュニティは『IS学園の生徒』だの何だの名乗られても……然程、関係は無い。女尊男卑思想ならば待遇はより悪くなるだけだ。何故……そんな現象が起こっているのか分からんがな」
——IS側がそんな真似して何のメリットがあるんだろうな。まぁ、こればかりは考えても仕方ない。
「明日にはメインエンジンの修理を完了させたい所だ。要らん荷物はさっさと降ろしておきたいからな」