——……こりゃ凄い光景だな。
それが入室しての内心に抱いた感想。
暖色系の絨毯に書斎を兼任しているのか壁際には書架が並んでいる。向かいざまに配置された今では見る事自体が珍しくなった長ソファ。
「よく来た、立って話すのも悪かろう。好きな場所に座ると良い」
そして、正面奥の壁際にある執務机の奥の席に腰を沈める老齢の男性。中央政府の最高司令官、織斑 重蔵総督閣下。白髪に白髭を蓄えた威厳ある尊顔をしており、人類を率いると言う断固たる意志を感じさせるオーラを纏っていた。
彼の背後の壁際には4体のAISが配備されていた。漆黒のAISスーツに身を包み、標準装備の拘束具を嵌められ目隠しもされている。一切微動だにしておらず彫像だと思ってしまう所であった。
——どう考えても護衛用だろうな。入場前の説明からして権力者の肉壁役は必要だ。仮に此処で2人を暴れさせても、総督閣下の護衛だ、瞬殺もあり得る。
現に自分もオトゥールとウィキッドの2人を連れている。用途は理解している。
「では、失礼させて頂きます」
「敬語は不要だ。ありのままの姿を見せるが良い」
——……そう言われたからには従うしか無いわな。どう言う意図を汲んでいるのかまではまだ見えないな。
自身は長ソファの一角に座る。AISであるオトゥールとウィキッドはその後ろに立たせた。本音を言えば彼女達も座らせてあげたいのだが、現在の人類を統率する中央政府の最高司令官の手前、迂闊な真似は絶対に出来ない。
「総督閣下。今回、私を呼び立てた理由をお聞きしても宜しいか?」
「本題に切り込むか、良い。本題から入ろうか。貴官はラグナロク種がこの東京コミュニティの管轄圏付近に接近する可能性について何処まで知っている?」
「総督閣下の言葉通りまでだ。どのラグナロク種が到来するのかさえも把握していない。そもそも、東京コミュニティに来訪し此処までの案内役から初めてその話を聞いたのだ」
来訪していた他コミュニティの人間は知っていた状態で来ていた筈だ。そうでなければ彼処まで他コミュニティの来訪者が犇めき合う事は無い。観光なぞやっている余裕なぞ無く、仕事か任務の2択しか無い。
「そうか。つまり殆ど知らないと言う事で良いな」
「ああ、そう受け止めて貰って構わない。質問は後でする。先ずはその事態に対応する為の総督閣下の考えをお聞かせ願いたい」
変な横槍を入れると話がズレてしまう。先ずは織斑総督閣下の話を聞いてから判断する。
「うむ。情報部の観測の結果により万が一の可能性も考慮して東京コミュニティは臨戦態勢に移行する。貴官も理解しての通り、ISは日々自己進化を続けている……。この態勢が空振りに終わると言えど、最大限の警戒に努めねばならない」
ISは基本的に人類に対して敵対的だ。そのまま素通り、と言う都合の良い展開になる可能性は低い。
「今回、観測されたISはシグネチャータイプ『ラグナロク』、ネームド『メナス』だ。新たに自己進化の末に出現した新型ISだと考えられる」
——メナス。正にド直球な識別名称だな。単純に『脅威』である、と。
「……『メナス』一体により北アメリカの8割が壊滅的被害を被った。情報によると大型の巨大な鯨を模した姿であり、多数のエインヘリヤルや下位のISを内部に格納する機能を備えた大型輸送飛行船の役割を担う存在だと目されている」
「正に『脅威』だ……‼︎」
飛行空母。そう考えるとしっくり来る。エインヘリヤルを兵士、ISを艦載機と考えるとイメージが湧きやすい。しかもISやエインヘリヤルの輸送船と考えるとその脅威度は他のラグナロク種とは比較にならない、ヴァルキリーやヴォルヴァに匹敵するのでは無かろうか。
「輸送船と目してはいるが、当然ISの自己進化の末だ。メナス本体も当然、ISである故に各種武装やシールドバリアや『絶対防御』も完備している事だろう」
超大型ISの中に多数のISやエインヘリヤルが搭載されている。それだけでも頭を抱えたくなる存在だ。成程、それ程の存在が間近に接近してくるとなれば他コミュニティの戦力を招集しての迎撃態勢に移行するのも頷ける。正しく総力戦になる。
「本来の想定ではコレを迎撃、何としてでも撃退して退かせる流れであった」
——人類とISとの生存戦争。戦争とは言うがその戦力差は言うまでもなく一方的だ。ISの有するシールドバリアや絶対防御に阻まれ有効打を与えるには至らない。
精々、雑兵であるエインヘリヤルを排除するに留まっていた。雑魚を幾ら倒しても大本であるISに刃が届かなければ何の意味も無い。
「……だが、貴官ら『エストレヤ』はそれを成し遂げた。小さくともそれは人類にとっては漸く踏み出せた確かな一歩である」
——こりゃ、埼玉コミュニティの跡地の一件は把握されてら。確かにオトゥールとウィキッドは其処で小型と雖も蜘蛛の姿をした下位のISの撃破に成功した。
「加えて接敵した場合、即死は免れぬ『ヴォルヴァ』や『ヴァルキリー』と相対し生存出来たと言う事実もまた揺るがぬ事実。貴官には先見の明があるようだ」
——ヴァルキリーの件もバレてんのかよ。まぁ、アレは大事っちゃ大事だったしな。他のコミュニティの作戦区域が被っていたからな……。
「……お言葉ですが総督閣下。確かに下位種と言えどISの撃破には成功した。しかし、その技術は未完成であり汎用的な実用化には至ってはいない。克服すべき点が余りにも大き過ぎる」
コレだけは伝えておきたい。無茶の重ねがけは避けたいからだ。変な所で失う訳にはいかない。
「……私も貴官ら『エストレヤ』の財政状況が芳しく無い事も承知している。寧ろその状況下で良く成し遂げた事に驚きを感じている」
——もう核心を此方から投げてやるか。何時迄も2人を縛り付けているのも気分が悪い。
「……総督閣下。つまる所、我々に『メナス』
普通ならば撃退作戦となる。中央政府防衛の為に他の公立コミュニティを招集する程の戦力を集めて望んでも相応の被害を覚悟せねばならない。だが、織斑総督は僅かな可能性と言えどISの撃破と言う事実を見込んでいるのだろう。
故に案内役を用意してまで呼び出した。
「うむ。簡単に言えばそうなるな。仮に多数の犠牲を被りながらも撃退出来たとしても被害は終わらぬ。もし、撃滅出来たとすれば……大きな前進に至れるだろう」
「…………」
——危険過ぎる。そう言わざるを得ない。
オトゥールとウィキッドの顔は見えないが不安になる。シールドバリアを中和する機能は1発限りの上に3秒程しか持たない。そもそも大型のISに通ずるかどうかも分からない。
「無論、作戦内容がどのような形であれ危険な役回りになる事は理解している。その上で貴官は現状のまま望んだ場合、勝率は以下程か?」
「奇跡込みでも0%だと見ている。先ず無謀過ぎる。多数のISやエインヘリヤルを積載している上に『メナス』も、となるととても勝ち目が無い。そもそもその技術、俺は中和するエネルギーと呼んでいるが現状、1発限りで3秒しか持続しない」
「『零落白夜』、か」
「……何?」
織斑総督はその曖昧な単語に思わず聞き返した。
「それはISが登場してからの黎明期にして女尊男卑全盛期、とあるISに搭載された機能の名だ。エネルギー系統の兵器を無力化したり、シールドバリアを破壊する。正に対IS用と言って良い兵装だ」
——聞いた事が無いな。つまり総督閣下かそれに近しい者にしか閲覧出来ない情報と言う事になるな。
「……私からすれば初耳なのだが」
「……あの自称織斑 一夏。些か、半信半疑であったが、いいや、構うまい」
織斑総督は口元に手を添えながら暫し考え込んだ後、考えを纏めてから紫へと向き直る。
「貴官はその技術はまだ未完成と言っていたな」
「ああ、足りない物が多過ぎる。物資もそうだが、資金も足りないのが実情だ。実用性に足る様にするには改良を続けなければならない」
情けない話ではあるのだが、認めざるを得ないのもまた事実。
「ならば貴官にアレを譲ろう。技術部が解析を進めていたが、我々が持て余すよりも貴官ならばより有効活用出来る筈だ」
「アレ?」
「私も自称IS学園の生徒だと名乗る者達の件は耳に入っている。タイムスリップだと言う事も含めてな。私自身もその件は半信半疑であった。だが、その者達が所持していたモノに使われていた技術は紛れもない本物と言えよう」
——……オトゥール達の話によりゃ自称IS学園の生徒の中にはヴァルキリーの様な機械鎧を纏った者がいた、と。つまり、明確な自我を獲得する以前のIS、となるか。
「……そう言う手を使われたら参戦せざるを得ない」
総督閣下直々による下賜。自分達の目的の為にもあの技術の改良は絶対に必要。大きく前進する機会は早々に来ない事だろう。
それに今後の事を考えると此処で一気に名を上げる絶好の機会とも言える。それに此処で引き退ると後々に不都合が生じかねないと言う事情もある。
「総督閣下、そのメナスが東京コミュニティ近辺に到来する迄の猶予は?」
「情報部の観測及び計算上では3日後と予想されている。交戦予想地点の地形も把握は出来ている。後は作戦を詰める事になるな」
「……徹夜で進める他ないな」
「ならば今から搬出の手配を進めよう。エストレヤの参戦に大いに感謝する」
「そう言うのは作戦成功してからにして頂きたい」
「失敗した時は東京コミュニティを捨てざるを得んがな」
中央政府の後退。それは避けたい所であった。今の人類の秩序は中央政府が維持している、それが崩壊すれば紫としてもオトゥール達にとっても目的達成が困難になる。
「……明日、午前10時に作戦会議が行われる。案内役に案内させる故にエストレヤも出席するように」
こうして、エストレヤは東京コミュニティに襲来するラグナロク種『メナス』の討伐作戦に参加する事となった。