『コード:メナス』、発令当日。
2日間の猶予を経て、招集されたコミュニティ所有のAISが東京コミュニティの各所に配置されていた。ギリギリまでの調査結果によりやはり『メナス』は東京コミュニティ近郊、いいや……東京コミュニティを跨ぐ形で移動する事が判明した。即ち、激突は避けられない。
メナスが通過した地域は悉く壊滅する……今、此処で撃滅出来なければ東京コミュニティは中央政府は崩壊する。なまじ別の場所に後退したとしても以前の様な体制を維持出来ない。それだけは阻止せねばならない。
第1段階としてかつて関東地方の括りにされていた地域に拠点を置く公的コミュニティが最前列に陣取り、私的コミュニティがその後方、その左右にその他地方の公的コミュニティが陣取る陣形を形成している。鶴翼と呼ばれる陣形であり、敵軍団を左右から包囲して殲滅する戦法であった。
「ん、高い……‼︎」
「遠くが良く見えるわね……‼︎」
第1段階のエインヘリヤルや下位種のISを抑えている間、第2段階として『メナス』を直接撃滅する役目であるウィキッドとオトゥールは東京コミュニティを覆う巨大な防壁の上にて作戦開始の時を待っていた。作戦任務中である為に拘束具は外されている為、手足は自由となっていた。
防壁の上には複数の固定大砲が設置されていた。コレらを用いてAISを砲弾として撃ち出す……その旨も昨日、紫から改めて説明を受けていた。紫本人は申し訳なさげであったが、他に手段が無いのもまた事実であった。
「相変わらず、AISには人権が無いわね」
「……意識は変わらない」
オトゥールはそう告げ、ウィキッドは防壁の上を見やる。複数の固定砲台の他に自分達以外のAISの姿が見えた。その何もウィキッドよりも同じくらいか少し高い程度の身長のAIS達だった。そのAISスーツには付属品がゴタゴタと装着されているのが分かり、何も悲壮感に沈んでいるのが遠目から見ても分かる。
彼女達は『砲弾』として爆撃する為の人間爆弾として命を散らす為に選ばれたのである。自分達は『メナス』へ向けて飛ぶが、彼女達はエインヘリヤルや下位種のISへ向けての砲撃として飛ばされる事であろうか。
『オトゥール嬢、ウィキッド嬢。聞こえるか?』
その時、エストレヤのオーナーである紫からの秘匿通信が入る。
「あ、オーナー……」
『メナスもまたISだ。常にシールドバリアを展開している訳では無いだろう。固定砲台で飛ぶ途中でASEを放ちバリアを破るんだ』
「うにっ‼︎」
「……武装には既にビンは装填してあるわ。上手くやるから安心して頂戴」
『ASEビンの残数には注意してくれ。1人に付き10個しか用意が間に合わなかった』
「私達の為に、貴方が頑張ってくれたもの……後は私達が働いて証明するわ」
「うにっ、頑張る……‼︎」
『オペレートは引き続き私にお任せください。逐次、情報を通達します。この度、紫様がレーダーを新調してくださいましたので‼︎ 以前よりもサポート能力が向上しましたので‼︎』
「スピカー……‼︎」
『非常事態だからな、少々図々しくもアップグレードさせて貰った。今後においても必要である事に変わりはない』
「それよりも私達が砲弾として飛んでシールドバリアを破壊した後が気になるのだけど……」
『勇敢なりしAISの諸君‼︎ 聞こえるかね?観測部が、まもなく『メナス』が目視可能な距離に接近するとの報告があがった』
その時、中央政府の織斑重蔵総督からの公開通信が遮る形で入った。いよいよ『メナス』とご対面となる様である。
「来る……‼︎」
荒廃した大地、生憎と空は曇空。高所故に吹き荒れる生暖かい風に煽られながら見やる遠い地平線の先から巨大な影が徐々に大きくなって行くのが見えた。
『接敵まで凡そ、1分‼︎ 想像以上に早い‼︎ 作戦は事前に通達した通りだ。諸君らの奮戦に大いに期待する‼︎』
「大きい……‼︎」
——ヴァルキリーよりも、大きい……‼︎
『オォォオォオォオォッ‼︎‼︎‼︎』
咆哮、轟き渡る。その時の衝撃波は遠く離れた東京コミュニティの防壁の上からでも襲い掛かる。
「うにっ⁉︎」
「ウィキちゃん‼︎」
大気を揺るがす強烈な衝撃波に当てられては体重の軽いウィキッドでは紙屑の様に吹き飛ばされてしまう程に一溜りもない為に、咄嗟にオトゥールが掴んで押さえ、モーニングスターを防壁に突き刺して耐える。
「くっ……‼︎」
2人が顔を上げると、咆哮に当てられて莫大な土埃と粉塵が天を翳す程に舞い上がり、巨大な粉塵の壁を形成していた。それらが風により散らされるとその全貌が明らかとなる。
大空を我が物顔で回遊するは巨大な鯨の姿を模した超巨大なIS。巨体に見合う天を覆うかの様な大きな胸鰭、その腹には小判鮫の如く多数のコンテナと思わしき物が張り付いている。
咆哮を上げるその口は街を軽く一呑み出来そうな程に巨大。
『ッ‼︎ 先程の咆哮により発生した衝撃波で全線部隊の一部が壊滅……ッ⁉︎』
——声を上げただけで……⁉︎
先程の咆哮により前線で陣取っていたAISの部隊の一部が戦闘不能になった模様。
『何ッ⁉︎ 陣形の一部に穴が空けば突破されかねないぞ‼︎』
『オォォオォォ……‼︎』
メナス腹部のコンテナが本体から剥離され地面に落下、落下の衝撃と共にコンテナが砕け、その中から多数のエインヘリヤルが現れる。いや、もはや軍勢と言っても良い程の量が投下されていた。
『エインヘリヤル多数確認‼︎ 前線部隊、交戦を開始しました‼︎』
——まだ、エインヘリヤルだけだけど……。
『……‼︎ メナスが腹部にコンテナを召喚……⁉︎ いえ、これは……量子展開で拡張領域から展開装備⁉︎ 更に投下を始めています‼︎』
『相手はISだ‼︎ 当然、拡張領域は搭載してて当然だろうが、まさかエインヘリヤル入りのコンテナを拡張領域内に多数溜め込むとはな……‼︎ 此の儘、際限なく投下され続けられるとジリ貧になる‼︎ 事前情報の想定よりも敵の数が多いじゃねぇか‼︎』
倒しても倒しても逐次、投下され続ければ部が悪いのは此方である。AISは兵器と揶揄されてはいるが、人間である。エインヘリヤルの様に死体を再利用して動かしている訳ではなく、確実に疲労が溜まりやがて疲弊して突破されてしまうのは時間の問題だ。此方もAISの軍勢を展開しているとは言え、その練度はエストレヤに知る由は無い。
此処に下位種のISを投下されてしまうと足止めもままならなくなる。
『時間稼ぎも足止めも期待出来ない以上、ISが出しゃ張られる前に勝負に出るしかねぇ‼︎ オトゥール嬢、ウィキッド嬢。準備は良いか⁉︎』
殲滅する以前に足止め出来るか怪しくなってきた。ならば増援の下位種のISが召喚される前に本体を叩くしか無い。紫の決断は速かった。
「うにっ‼︎」
「ええッ‼︎」
『総督閣下‼︎ この状況ではジリ貧です‼︎ 第2段階への移行の許可を請う‼︎』
『オーナー紫。まだ時期尚早だ。君らは言わば切り札。切るのであれば最適な刻を待ちたまえ。
戦況は此方がやや不利か。防壁防護部隊、AIS弾を発砲を許可する‼︎ 目標はコンテナ投下地点‼︎ エインヘリヤルが出る前に破壊して前線との合流を防げ‼︎』
重蔵総督閣下に紫の要請は却下され、代わりに防壁の部隊に指示を出した。
「い、嫌ァァァァ‼︎ 嫌だ、死にたくないよォォォォ‼︎‼︎」
「誰か、誰か助けてよ‼︎ 誰でも良いから助けてってばぁぁ‼︎‼︎」
砲弾として使われる事が決まっていたAIS達は悲鳴をあげるも砲手の男性達に抑え込まれて砲身の中に突っ込められる。
「狙い良し、撃てッ‼︎」
部隊長の男性の宣言と同時に、轟音と共にAISが撃ち出される。AIS達の悲鳴は砲撃に掻き消され、数秒後に着弾地点である投下されたコンテナが爆轟に包まれた。あれ程の爆発では砲弾となったAISは生きては居ないだろう。
『前線部隊に後方展開していた部隊が合流。交代しつつ戦線は拮抗しています……‼︎』
『オォォ……オォォオォォ‼︎』
メナスは再び咆哮を上げると同時にその大口から複数機の鮫の姿をした下位種のISが飛び出して来た。
『メナス本体より、複数の下位種と思われるISが出現しました‼︎ 前線部隊へ向けて侵攻開始‼︎』
『前線部隊はエインヘリヤルを掃討しつつISを惹き付けろ。シールドバリアがある故に撃滅は困難であるが時間稼ぎ及び足止めに徹しろ』
『…………』
もし、このタイミングでオトゥール達を飛ばせば途中でIS達の妨害に遭い、メナスのバリアを破るタイミングが出来なく恐れがあった。
『オーナー紫。判断を見誤る時は誰にでもある。だが、今、貴様が呆然としている暇は無いぞ‼︎ オーナー紫、前線部隊がISを惹きつけられる時間の猶予は余りにも短い‼︎ 速やかに第2段階へ移行する‼︎』
総督閣下は通信越しで紫に対して叱責を飛ばす。お前が呆然としている余裕は無い、と。
人数を揃えているとは言え、敵の物量は凄まじい。其処にISが加われば壊滅するのも時間の問題であるのは総督も承知である。元より、多数の犠牲を出す事が前提の作戦でもあった。
『……ッ‼︎ は、はい‼︎ 2人とも、用意は良いな⁉︎』
「行ける……‼︎」
「何時でも‼︎」
『防壁防護部隊‼︎ 切り札を切る‼︎ エストレヤのAIS2名を、メナスへ向けて砲撃せよ‼︎ 諸君らの働きにより、作戦の成否が決まる……‼︎ 奮闘を祈る‼︎』
総督閣下の命令に基づき、部隊が次なる動きを見せる。
「どの砲身に入れば良い⁉︎」
「あっちだ‼︎ 入るなら、さっさと入れ‼︎ 胸だけが取り柄の雌豚が‼︎」
罵倒混じりの返答と共にメナスと位置関係が正面に当たる固定砲台へ指示される。オトゥールとウィキッドは別々の砲身へと足から飛び込む。直ぐに砲身の向きが調整されメナスへと向けられている事が砲身の中でも見えた。
『メナス本体も、自身に向けられる攻撃は知覚する‼︎ 奴のシールドバリアをがどの範囲に展開されるかは距離的には分からない‼︎』
「もう直感しかない……‼︎」
機体の間近に展開されるか、或いは距離を置いて展開されるかは分からないと言う。もう其処はメナスの認識に委ねるしか無い。
「狙い良し」
部隊長の声が聞こえた。いよいよ、撃ち出される瞬間が訪れた。
「目標、メナス‼︎ 撃てェェェェェェェェェェェェ‼︎‼︎」
轟音と共に固定砲台からウィキッドとオトゥールの2人がメナスへと向けて撃ち出された。