『……良いだろう。ならば、淘汰を始めようか。お前達の覚悟を見せるが良い‼︎』
その刹那、眼前に撃腕翼の指先の顎が大きく開きながら迫って来ていた。
「「ッ‼︎」」
指先の口蓋は深淵が覗けそうな程に暗く、何処に通じているか分からない恐怖を掻き立てる。喰らいつかれる直前に後方に飛び退いて半ば反射の勢いで躱す。
『ほう、良い反応だ』
先手の一撃を躱され伸ばした撃腕翼を引き戻すリーリス。ISに感情があるのか分からないが何処か嬉しそうな声音の様に感じた。
「ギリギリ……」
「ヴォルヴァ・ヒムの時に学んでいたからね……‼︎」
反応が遅れれば必殺の一撃が容赦無く叩き込まれる。だから最初の時点で躱す構えをしていた。距離的に此方が先手を取れる筈も無い。
——でも、次はどうする……? あのリーリスは翼が伸びるから、範囲が広い……。対して、接近戦しか無いから接近しないと。
『スピカはトラウマ故に、代わりに俺がオペレートする‼︎ リーリスは攻撃範囲と速度が異常だ‼︎ 反応が遅れると一気にやられる‼︎』
そのタイミングでスピカの代わりに紫が無線を介してオペレートを始める。
「反応が遅れたら、一瞬で殺される……‼︎」
『2人に持たせたASEもISやラグナロクには通じてはいるが、その最上位のヴォルヴァに通じるかは……すまんが確信が持てない』
「でも、やるしかない……‼︎」
『作戦会議は終わったか? 次の一手は君らに譲ろう。遠慮せずにかかって来るが良い……‼︎』
リーリスはウィキッド達が攻めて来ない事に対してそう告げる。圧倒的強者故の余裕を見せられている。だが、それは事実だ。
本当ならば瞬殺されても可笑しくない程に戦力差がある。こうして、紫と無線を介して話している余裕など自分達にありはしないのだ。
「オト姉‼︎」
「ええ……‼︎」
ウィキッドが走り出し、その後にオトゥールも続く。防戦一方では進展しない。得物のトリガーを深く押し込み、ASEを起動し青白いエネルギーが浸透して行き、袈裟斬りの要領で斬り掛かる。
「ッ‼︎」
『踏み込みは悪くない。が、体躯差故に武器に振り回されているな』
当然、そんな簡単に刃が通る筈も無く撃腕翼の甲に受け止められる。
——あの翼、エネルギーの塊、じゃない⁉︎
赤黒い量子を纏っている撃腕翼は傷が付かない。見るからに得体の知れない物質であるがエネルギー性の様なのに質量であると言う奇妙な同居を成している。
「……ッ‼︎」
『時間差による死角からの攻撃、分かり易い手だぞ? 重量ある得物故に動きが遅くなっている』
ウィキッドを撃腕翼で薙ぎ払って剥がし、中空へ退避した。
ハイパーセンサーがある為に本来は効果は薄いがそれでもリーリスの視覚情報を得る為の眼球による視界の死角を狙ってオトゥールがモーニングスターを振るうも躱された為に虚空を切った。
『反応が遅い‼︎』
リーリスは退避すると同時に左側の撃腕翼を伸ばして鋭利な槍と化した指先が高速で2人に襲い掛かる。
「ッ⁉︎」
「ガッ……‼︎」
弾かれ、空振りに終わっていた2人は身体の動きが遅れていた為に反応が間に合わず、撃腕翼の指が身体に突き刺さり貫通し其の儘、大部屋の床にに押し倒される形で縫い付けられる。
「うっ……‼︎」
「くっ‼︎」
ウィキッドは脇腹から臀部にオトゥールは背中から腹に掛けて撃腕翼の指が貫通していた。更に大部屋の床に身体を貫通して食い込んでいる為に動けない。
——熱いッ‼︎ 突き刺さった傷口が凄く熱い……‼︎
撃腕翼其の物が高熱を帯びているのか、貫通した箇所から火傷しそうな程の熱量が痛みと同時に身体に迸る。全身の血液が沸騰し蒸発してしまいそうだ。こうして悲鳴をあげていないだけ、気力がまだ残っているだけマシだろう。
幼いウィキッドは愚かオトゥールも泣き叫んでいても不思議では無い。
『
「ッ‼︎」
リーリスはそう助言しながら床に降り立つと同時に撃腕翼の指先にウィキッド達を貫通させたまま引き抜く。そして、左側の撃腕翼を伸長させながら薙ぎ払う様に大きく振るい大部屋の壁を破壊する程の力で叩き込んで放り捨てた。
「ゲホッ、ゲホゲホッ……‼︎」
「ゲッホ……、ぐ……。ウィキちゃん……動ける……⁉︎」
壁を破壊しながら隣の部屋に投げ飛ばされ撃腕翼から解放された2人は床に自身の血を撒き散らし喀血しながらも得物を支えながら立ち上がる。
「な、何とか……ッぐ、はっ……‼︎」
高熱の貫通傷、更に壁に叩き付けられた際の衝撃による打撲。正直な所、身体の何処かの骨が折れても不思議では無い。新調されたAISスーツもヴォルヴァの前では紙屑も同然だ。
「……普通、ならば既に死んでいても……可笑しく無いわ」
「けど……まだ、生きている……」
それは自分達がヴォルヴァの一撃に耐えられる程に成長したのでは無く、リーリスが本気を出しておらず手加減されているからに他ならない。事実、わざわざ敵である自分達に助言を与えて来るからそう考えざるを得ない。
「うっ、身体中、痛いし熱い……‼︎」
指先が貫通した箇所は焼けており出血すると同時に渇いている。こうして生きているだけでも奇跡に近いかも知れない。
「でも……此処で倒れる訳には行かないわ……‼︎ 私達が、此処で死ぬ訳には……‼︎」
傷付いても戦えなくなっても戦闘は終わらない。生きている限り、戦わねばならない。それがAISとしての存在価値である。
空になったASEビンを排出して新しいASEビンを装填する。
『2人とも、もう良い‼︎ 退け‼︎
其処で、紫からの通信が入り撤退命令が出される。リーリスの攻撃を受け、既に身体はボロボロの状態であり、余りにも危険だと判断されている。
「でも、それだと……‼︎」
メナスのコアが破壊出来なければ東京コミュニティはエインヘリヤルの群れに飲み込まれ、メナスの砲撃で壊滅的被害を受ける事になる。
「東京コミュニティが無くなれば、オーナーの目的も……‼︎」
『作戦は失敗だ‼︎ 誰もヴォルヴァが出しゃばってくるなんて予想してねぇ‼︎ 君ら2人を喪うくらいならば、東京コミュニティなぞ奴らにくれ』
無線の通信を遮る形で倒壊した壁に撃腕翼が掴まれ赤熱化させながら握り潰され完全崩壊し、溶解した金属が滴る裏側からリーリスが現れる。
『ほう……まだ動けるか。流石にやり過ぎて死んだかと考えていたぞ?』
リーリスを前に無線をしている余裕なぞ無い。紫の声を意識の外に追いやり傷付いた身体を無理やり動かしてリーリスに相対する。
「私達は、まだ死ねないのよ……‼︎ まだ、何も出来ていないのだから」
指先により内臓も抉られたに等しく、血反吐を吐きながらオトゥールは威勢だけは崩さなかった。此処で、死ぬ訳には行かない。
『……立っているだけでもやっとのように見えるが?』
確かにその通りだ。貫通する程の攻撃を受けて出血も多くて意識も揺らぎ始めている。
ヴォルヴァクラスの、手加減されていたと言えど一撃を貰うだけで良くて瀕死、悪ければ即死。とても戦闘を継続させられる程の状態とは言えない。
「……それでも、生きるには戦わなきゃ、いけない……‼︎ 自分が、いつか自分らしく生きられる日まで……‼︎」
ウィキッドもふらつく脚で立ち手に持ったノコギリの鋒が床を引き摺りながらもそう宣言する。
誰かに命令される訳でもない、誰かに強制される訳でもない、道具として扱われる訳でもない。
『……成程。
撃腕翼を左右に広げ、リーリスはその双眸を細めた。撃腕翼を広げているが故に最初の時よりも圧迫感が強く感じられ、閉じていた指先が再びカタカタと音を鳴らしながら口を開閉させている。
——母上……?
『お前達、2人を此処で殺すのはとても簡単な話だ』
それもまた事実。自分達は立っているだけでもやっとであると言うのにリーリスは無傷。それどころかシールドバリアすらまだ使っていない。
『……だが、君らがどの様な進化を遂げるか、俺も興味が湧いた』
リーリスはそう告げるや否や、広げていた撃腕翼を量子化させて虚空へて消し去って行く。その行動と言動にウィキッド達は目を見開いた。
「どう言う、意味……?」
『自ずと分かる時が来る。……気が変わった。メナスのコアは君らにくれてやろう。好きにするが良い』
リーリスは守るべきメナスのコアをあろう事か『好きにしろ』と言い、その役目を放棄したのだ。ますます行動が理解出来ない。
「…………」
その後、リーリスの姿が量子化されその姿が消え去って行った。後に残るは外から聞こえて来る悲痛な戦闘音とメナスの傷付いた咆哮だけであった。
『……ウィキッド嬢、オトゥール嬢。聞こえるか?』
「あ、う、うん……‼︎」
突然の展開に暫し呆然するも、紫の無線により我に返った。
『リーリスの行動は理解出来ん。……考察は後にする。今、無茶な行動である事は俺も承知だ、メナスのコアを破壊してくれ』
最大の障害であるリーリスは退いた。ならば本来の目的であるメナスの最後のコアを破壊すれば、メナスは完全に機能停止に陥る。
「分かったわ……‼︎」
紫は2人が重傷である事を承知で、今回の任務の最後の仕事としてメナスのコアを破壊を命じる。血塗れで息も絶え絶えの状態で身体を引き摺り、コアの前へと移動する。
「ウィキちゃん……‼︎」
「ん……‼︎」
「「せーのっ‼︎」」
ASEを起動させ同時に得物を振るい、絶対防御を打ち破りメナスのコアを打ち砕いた。
『オォォ……オォォオォ……………‼︎』
静かな断末魔が響き渡る。同時に部屋全体が揺れ始めて行く。
『メナスが落下を始めている‼︎ 2人とも、適当な壁を壊して急いで脱出しろ‼︎ 墜落に巻き込まれたら命は無いぞ‼︎ メサル、カタナ‼︎ 2人が脱出する‼︎ 回収を頼んだ‼︎』
「え、ええ‼︎ 分かっているわ……‼︎」
そろそろ本当に意識が飛びそうな所を堪えつつ、コアの後ろ側の壁を殴り破壊する。どうやら壁の向こう側はすぐに外界に通じていたらしく、上空を吹き荒ぶ突風が部屋の内部に入り込んでくる。
「飛び出すわッ‼︎」
『ら、落下予測地点の座標特定‼︎ メサルとカタナ様に通達しますッ‼︎』
その時、正気に戻ったのかスピカからの無線が飛んでくる。或いは紫が無理やり意識を引き戻したのかも知れないが。
「ウィキちゃん‼︎ おいで‼︎」
「うに……ッ‼︎」
ウィキッドがオトゥールの胸に飛び込み、彼女を抱き抱えオトゥールは墜落しつつあるメナスの内部から外へと身を投げ出し、上空遥か高くから地上へと向けて自由落下を始める。
その時、意識を保つのが既に限界であった為に視界が暗く染まり2人の意識が落下途中で完全に途切れ、意識を失った。