『ご主人様。この先は電波妨害により通信不可です‼︎』
予備電源が入っている為、通路は明るくすんなりと連絡が途絶えた機密区画前まで到達する。
「さて鬼が出るか蛇が出るか、だな」
『ご主人様、ご本人が1番理解なされていると思いますが……くれぐれも、くれぐれもご注意して下さい。戦闘行為なんて以ての外です‼︎』
「分かっている……。それでも、不甲斐なさと情けなさ、申し訳なさで軋むんだよ」
『加工作業が限界です。戦闘と言う激しい動きは貴方の身体が持ちません‼︎』
スピカが何度も釘を押す理由。それは紫の身を心底、案ずるが故であった。それはオトゥールとウィキッドには少ししか話して居ない事。
エストレヤは過去に、ヴォルヴァ種の強襲を受けた事がある。そのヴォルヴァこそ、リーリスであった。
要塞艦は半壊、当時の乗組員もスピカ、メサルティム、カタナを除いて全員死亡。その暴挙が許せぬ紫は無謀にも挑んだ結果……敢え無く惨敗。後遺症が残る程の大怪我を負い、内臓を中心として重大なダメージを背負う事となった。
リハビリを通して加工作業程度は何とか出来る様にはなったのだが、戦闘はもはや自殺行為と呼べる状態であった。
この事実はスピカ、メサルティム、カタナしか知らない秘密となっている。だからこそ、紫が戦闘が前提の環境に赴くのは認めたがらないのである。
「……勿論、分かっている。今や過度の運動は俺にとっては最早、致命傷だ」
——嘆かわしい事にな。未完成ながらASEがあるとは言え、俺の身体が持つ保証は無い……。今は、武装にエネルギーを纏わせるだけが限界だ。
『何も起こらないで下さいよ……本当に……‼︎』
その言葉を最後に通信が途絶した。通信が届かない区域に足を踏み入れたからだ。此処からは単独で調査及び捜索をしなければならない。
「……独房区画か」
通路を進み、気色が異なる扉が見え無意識的に蹴り破ろうとしたが、身体に障る為に踏み止まって押し開ける。その先に見えたのは、複数の独房と思わしき鋼鉄製の扉が立ち並ぶ廊下であった。
——IS学園の地下には問題ある者を更生させる為の施設があるとは聞いた事があるが、結果的に機能はしなかったようだな……。
当時の女尊男卑の酷さぶりに関しては推測するしか無いのだが、この様な施設を造っても効果が無いのであれば無意味と言えた。
「…………」
廊下の一部、其処には白い粘着性の物質が付着し覆われている箇所が見えた。つまり、『此処』だ。
——……埼玉コミュニティ跡地に巣食っていた蜘蛛型ISの使用する粘着性の粘液と思われるな。無造作に蒔かれた点を見る限り、此処で交戦したか。
2人とも、大柄な武装を扱っている。この廊下の様な閉所では取り回し辛いだろう。それに、無理矢理剥がされたような跡が残っている。
「……ふむ。場所が悪く制圧されて捕縛され、ッ⁉︎」
「…………ッ‼︎」
その時、後方に気配を感じて思わず振り向いた。其処には見知らぬ少女が立っていた。色素が抜けた銀髪、無造作に羽織られたIS学園の制服の上着(少し古びている、恐らくこの学園に残っていたモノを使っていると思われる)に眼鏡を付けた少女であった。
——リムドロップか……? IS以外にもリムドロップも隠れ住んでいたのか……。
「「…………」」
暫しの無言。
まるで、お互いが思わぬ場所で遭遇したと言う体となっていた。
「貴方、見た所……。コミュニティと言う共同体の人間かしら?」
先に口を開いたのは銀髪の少女であった。目を細めて警戒しながらそう口を開く。
「その認識で間違いはない。ソレが分かるならば、幾つか省ける。俺はエストレヤ・コミュニティのオーナーだ」
「オーナー……。オーナーが自ら、この様な場所に赴くなんてね。とても信じられないわ」
「部下にも止められた。が、そうも言ってはいられない事情がある。このIS学園地下にてオトゥール嬢とウィキッド嬢と連絡が取れなくなって探しに来た」
「オトゥール……? まさかとは思うのだけど、オトゥール・エフェルリス? ウィキッドもウィキッド・ウェネーフィカ?」
「そうだ。む?」
銀髪の少女の質問には肯定した。
「……生きて、いたのね。詳しい話を聞かせて貰えないかしら?」
銀髪の少女の名はソフィア・グレティルト。
オトゥールが探していた『家族』の1人であった。離れ離れとなった後、あるコミュニティの所有物になりかけていたがドサクサに紛れて逃亡、紆余曲折を経てこのIS学園跡地に辿り着き、細々と隠れ住んでいたと言う。
彼女がこの地下区画に来たのも、IS学園内で突然、電気が復活した為、その確認に来たのだと言う。
ソフィアにオトゥールとウィキッド、その2人との出会いや経緯を話した。オトゥールとの『契約』、メナスとの戦い等を。
「オトゥールや貴方の事情は大凡、把握したわ。私の知る限り、貴方はこの世界において相当な異端ね」
「良く言われるな」
紫が彼女、ソフィアと話して驚いた事。それは彼女の知能がかなり高水準で纏まっていると言う事。本人曰く、学園に残されていた書物等を読んで知識を蓄えていたとの事。それから、冷静で冷徹にもなれる性格である事。そして、知識欲が非常に旺盛であると言う事。
「……私も同行させて貰えないかしら?」
「一応、聞くが……何故だ?」
「オトゥールが私を始めとした『家族』を探している。そして、貴方のコミュニティは考え得る限り、AISにとって最高のコンデションと言えるわ。それにあの、オトゥールが認めたのならば相応の信用が出来る」
「……嬉しい事を言ってくれる。が、AISとしてしか契約が出来ないぞ?」
「その質問が投げ掛けられる時点で、他のコミュニティとは一線を画しているわ。それに貴方達が調査に来た時点で、あの東京コミュニティにもバレているのでしょう?
遅かれ早かれ、他のコミュニティが来るのも時間の問題。……ならば、同じ状況、制約があれど相応の自由が認められ、『家族』が居る場所の方が精神的余裕が出来るでしょう?リスクヘッジと言うモノよ」
「成程……。オトゥール嬢との『契約』を抜きにしても是非とも欲しいな。分かった、今回の調査が完了すれば必要な手続きを進めよう」
「ええ、これからも宜しくお願いするわ」
ソフィアがエストレヤに加入する事をその場で決めた。紫としては彼女が部隊のブレーン役を担ってくれるであろう事を確信する。オトゥールもウィキッドもメサルティムの教育は進んでいるが不安要素が未だに付き纏っている。
「……ソフィア嬢。君の知る限り、このIS学園跡地にてISが目撃された事はあるのか?」
「私の記憶では、無いわね……」
「目の前のこの粘着性の粘液を見る限り、この地に蜘蛛型ISが潜伏している筈だ。……最近、来たのかも知れないな」
「その可能性は低いわ」
「何故、そう思う?」
「そもそもこの地下区画の予備電源が起動しなければ、地上からこの地下区画へ通じる通路の隔壁は開かなかった。今日、オトゥール達が予備電源を起動して初めて私は地下区画に入れた……。となれば、現状の情報から初めから地下区画に居たと考えるのが自然では無いかしら?」
「成程、何方の論も推論に過ぎないか。此処で議論を重ねても時間の無駄だな……」
「オーナー。その前にこの粘着性の物質、回収出来ないかしら? 何かしらに使えるかも知れないわよ?」
「……その発想は無かった。武装や修理関連に転用出来るかも知れないな」
自分とは異なる視点と言うのは中々、代え難い。本音を言えば、その蜘蛛型ISの武装丸々を回収出来れば御の字だが、今はその残片を回収するに留まった。