「……ふぅ、助かったわ。オーナー……まさか、貴方自身が作戦区域に出向いてくるなんてね」
身体に巻かれていた糸を剥がし終えた後、オトゥールは脱力感が拭えないまま、口を開いた。圧迫するかの様に拘束されて口も塞がれていた為、身体的な疲労があった様である。壁に凭れ掛かり、呼吸を整えていた。
「作戦開始かつ音信不通で2時間以上、経過したんだ。何かあったと考えるのが自然だ。だが、メサル達にも止められているから、こんな無茶も今回限りだろうな……俺の事よりも、優先するべき事があろう?」
紫から自分の事は後で良いと言われ、視線を動かす……銀髪の髪に眼鏡を掛けた少女が其処に立っている。その面影は確かに見覚えがあった。
「オトゥール、久しぶりね。……ソフィアよ、覚えているかしら?」
「ええ、見間違えたけど……ちゃんと覚えているわ。無事で、本当に無事で良かったわ……‼︎」
『家族』の1人であるソフィア。ソフィア・グレティルト……ウィキッド以外で初めて再会出来た。まさか、この跡地に隠れ住んでいたとは思ってもいなかった。
「経緯を説明しないといけないわね」
ソフィアはオトゥールに自分が此処にいる経緯を説明した。
「……そう言う訳で、私も貴方達の旅路に同行する事に決めたわ。何時迄もこの地に居られる保証が無いものね」
「ええ、そう言ってくれるととても助かるわ。仮に拒否しても首根っこを掴んで連れて行くけど」
「……ふふ、でしょうね。それよりもウィキッドとは一緒に閉じ込められていないみたいね」
その言葉でオトゥールは目を見開いた。
「ハッ‼︎ ウィキちゃんは、何処に……⁉︎ 私と別の場所に連れて行かれたみたい……‼︎ あの子、蜘蛛嫌いだからとても心配だわ、早く探さないと」
「動けるの?」
「少し休んだから、動けるわ。オーナー、作戦継続して良いかしら⁉︎」
「……人の事は言えないが、止めてもやりそうだろ。大した外傷は無さそうだから、継続するか。
先に言っておくが、俺を戦力に数えるな。かなり無理を言って、メサルから2人を救助したら直ぐに帰還しろって言う約束の元で作戦区域に突入しているからな」
「分かったわ。ソフィア……」
「心配無用よ。戦わなきゃ生き残れない、そうでしょう? そうでなければ、今日まで生き残っては居ないわ」
「無理はしないでちょうだい」
「貴方に言われちゃ、お終いね。善処するわ」
オトゥールが復帰し、未だ逸れたままのウィキッドの探索を進める一行。
「オトゥール嬢。やはり、蜘蛛型のISに襲われたのが原因か?」
地下区画の通路。
オトゥール、ソフィア、その後ろに紫の順番で進む。先にも断りを入れた通り、紫はこの場においては戦力になり得ないからだ。その道中にて、紫はオトゥールに要因を訊ねる。
「ええ。細い通路上で場所が悪い上に奇襲を受けて、その後は私はあの場所で閉じ込められて居たわ……」
「良く良く考えると変な話ね。ISは人類に対して敵対的で殲滅する事が基本的な行動……捕縛して尚且つ、一室に閉じ込めておくと言うのは不自然に思えるわ」
「……ISは自我を持ち自己進化を続けている。視野を広げて他にも思考を広げているのかも知れないな。現状じゃ推論の域を出ないな」
ソフィアの最もな疑問に紫は推測の域を出ないとして返した。つまる所、確信が持てる判断材料が無く真相は不明であると。
「ただ、IS側にも派閥が出来つつあるのかも知れん。ヴォルヴァ種の行動が意味不明なように、下位種にもイレギュラー行動が生まれつつあるのかも知れないな。
行動が読めなくなると言う点では厄介かも知れない」
ただ、不明なだけでは話が進まない。その為、紫は自身の見解を述べた。ISも組織構図で行動している点はAISでも周知されている(ただし、無知なAIS自身が理解出来ているかは考慮しない)。人間と同等以上の知能を獲得し人間の社会構図と同じであると考えるのならば派閥割れが発生しても不思議では無い、と。
「……一理、あるでしょうね」
紫の見解にソフィアは一定の理解を示す。勿論、それらは『推測』に過ぎず絶対的な解答では無い。紫自身も、コレが答えとは思っては居ない。『推測』は『推測』に過ぎないからだ。
「……2人とも、静かにして」
その時、先頭を歩くオトゥールが唐突に立ち止まり尚且つ、後続する2人に静かにするように告げた。
「如何した、オトゥール嬢?」
「……何か、聞こえるわ。ソフィアの話によれば、この地下区画には今日まで入れなかった。つまり……」
ISか、エインヘリヤルか、或いはウィキッドの何れかだ。状況的にISかウィキッドの2択となる。
「音の方角は分かるかしら?」
「此の儘、真っ直ぐみたい……」
「オトゥール嬢。心配する気持ちは分かるが、焦るなよ。勇んで飛び込んで罠に嵌るかも知れんからな」
今にも駆け出したかったその時、紫が静止の声を掛ける。下位種にも明確な自我及び、人間と同じ様に戦略を講ずるようになった場合、今が絶好の機会だからだ。
「……。わ、分かったわ……‼︎」
その声を聞いてオトゥールは踏み留まり慎重に音が聞こえてくる通路の先へと進む。進む程に、音は徐々に鮮明になって来る。その度に、オトゥールの顔が悲痛に染まって行く。
何故ならば、その音は声であり、ウィキッドの嫌がる悲鳴であったからだ。
「……音が聞こえるのはこの先の空間みたいね」
カーブ状の通路の進む先、円形の部屋と思われる入り口の縁から部屋の中の様子を窺う。
「や、やぁ……‼︎ 離れて、離れてってばぁ‼︎」
部屋はやはり円形のホール状を形成している。そのホールは正に蜘蛛の巣と化していた。彼方此方、壁や天井の至る所に粘着性の糸が四方八方に張り巡らされていた。
「……その元になった姿形の行動に似せる必要があったのかねぇ」
ISとしては非効率な光景に紫は半ば呆れ気味の顔を覗かせるが、コレばかりはIS本機に聞くしか無いのだが、聞く耳は持たないだろう。
「ウィキちゃん……‼︎」
そして、その中央部にて立体的な蜘蛛の巣の中央にウィキッドが粘着性の糸で形成された粘着性の檻に囚われていた。
その身体には小型化した蜘蛛型のISが複数、まとわりついており、胸部や秘所に集中して密着して苛んでいるのが見えた。AISスーツ越しに敏感な部位を刺激している様子が遠目からでも想像出来た。
「……野郎の身としては目のやり場に困る光景だな」
幼女が蜘蛛の巣に囚われて尚且つ、小さな蜘蛛に責められている光景はかなり目のやり場に困る構図であった。その為、この世界ではまだ良心がある紫としては直視したくは無い光景だった。
「……蜘蛛型ISは、確認されないわね」
ホール内は広いと言えども彼方此方に粘着性の糸が散乱しており、足の踏み場が殆ど無く、狭い廊下の時よりも場所が悪いと言える。回避しようとした場合、設置されていた粘着性の幕や巣に触れて動きが封じられた挙句に粘着糸で絡め取られるのが関の山だ。
「……何処に行ったのかは知らんが、居ないなら居ないで今の内にウィキッド嬢を救出して即退散しようか。調査は明日、改めて行えば良い。別に今日中に終わるとは俺も考えて居ねぇからな」
紫はウィキッドを救出したら撤退の旨を提示する。元々、そのつもりで自身も作戦区域に突入したのだ。目的が達成されれば即座に撤退する。自分と言う戦力外を抱えた状態での深追いは危険だからだ。
「分かったわ。ソフィア、手伝って‼︎」
「ええ、任せてちょうだい」
オトゥールとソフィアが蜘蛛の巣で跋扈するホール内へ踏み込み、蜘蛛の巣に囚われたウィキッドの元へ向かう。
「オーナー、其方に飛ばすから受け止めてちょうだい‼︎」
「良し、何時でも来い‼︎」
ソフィアが蜘蛛の巣の檻を斬り裂き、オトゥールがモーニングスターでその下から掬い上げる様に振るいウィキッドの背中に密着させてから勢いよく振るい、勢いを付けさせてホールの入り口方面へと殴り飛ばす。
その勢いに任せてウィキッドの身体に絡みついていた粘着糸が引き千切れ、その身体が宙を舞い放物線を描いてホール入り口へ近くへと落下して行く。
「よっと。ちと、退いて貰うぞ‼︎」
地面に落下する直前で紫がウィキッドの体を受け止める事に成功し、身体にくっついていた小型の蜘蛛型ISらを力尽くで引き剥がし投げ捨てたり、地面に落として踏み潰して破壊する。
如何やら小型化した個体にはシールドバリアが備わっていない様で、小型ISと言うよりもドローンに近い様である。
「良し……2人とも、撤退するぞ……‼︎」