「此度の一件。誠にご苦労であった」
東京コミュニティの最下層、中央政府の最高司令官、織斑 重蔵閣下の執務室。
紫直筆により
「不穏な影の正体は下位種と言えど蜘蛛型の容姿を有するISであったか……。よもや目と鼻の先にISが潜伏していたとは。
我々、人類が立ち入り禁止にしていた場所を隠れ蓑にしていたとはな。人類が立ち入り禁止にしようがIS側にとっては守る理由は無い、正しく盲点であった。しかも撃破した挙句に損傷を最小限にして残骸の確保に成功した事に関しても驚きを隠せない」
「総督閣下がお望みであれば、そのほぼ損傷が無い残骸を東京コミュニティへお譲りするが?」
「いや、中央政府の開発研究班の玩具にするよりも君が研究開発にした方が有意義になるだろう。そもそも、IS学園跡地の取得物は君のモノだ。後から提出しろと言うのは筋違いと言うモノだ」
重蔵閣下は『不穏な影』の正体が判明した事に満足していた。中央政府及び東京コミュニティの人民の不安解消の一助となった。
不安は恐怖を呼び、やがて混乱を招いた挙句に崩壊へと至る。組織を運営する者にとって『不安』と言うのはいち早く取り除かねばならない要素である。
「さて……次は此方の調査結果を君に通達する番だな。此方も丁度、調査が終わり纏め終えた所だ」
重蔵閣下は紙媒体の書類を纏めたファイルを執務机の上に置いた。紫はそのファイルを手に取り、中身を流し読みする。AISのコード及び、名称に加えてマグショットの写真も掲載されていた。名前だけでは同姓同名の可能性があり、顔写真も備われば正確性が増す。
——……後でオトゥール嬢に確認して貰おう。それが1番だ。
「調査内容から東京コミュニティから1番近いのは山梨コミュニティだな。聞き覚えはあるかね?」
「……いえ」
「そうか。山梨コミュニティは簡単に言えば人類の食糧関連の生産を主に行なっているコミュニティだ。各コミュニティには自活能力を有しているがそれでも賄い切れない事が多々あるのだ」
コミュニティはアーコロジー、つまり生産と消費が自己完結する様に造られているが、各コミュニティにより差は結構大きい。
特に紫が率いる『エストレヤ』はコミュニティ其の物が移動要塞であるがその代償に食糧品の生産能力が著しく低く外部購入に頼らざるを得ない程に脆弱である。
「その中で山梨コミュニティは主に所有するAISは家畜型AISが多く、食糧生産に重きを置いたコミュニティだ。主に乳製品が主力として生産、製造されている。勿論、それ以外にも野菜や穀物の生産にも力を入れている」
「……成程」
——……人間の母乳も食用に適さない訳では無いからな。味の保証は兎も角。
今の時代、乳製品の要となる乳牛や未はほぼ死滅し絶滅してしまっている。その代替案としてAISを家畜化させる家畜型AISとして運用している。山梨コミュニティはその最大手のコミュニティとの事。
——……となると、家畜型AISとして運用されている可能性が高そうだな。乳牛の代わりに、か。
「山梨コミュニティは地理的にもエインヘリヤルの襲撃が他の地域と比べて少ない傾向がある。当然、ISの目撃情報ももっと少ない地域だ」
それだけを聞けば生存率が高い事に期待は出来る。……前者の家畜型AISの件を聞かなければ。
——やはり、ISは満遍なく襲撃、破壊を行っている訳では無い。明らかに偏りが出ている。人間が集まりやすい地域を優先する傾向がある……か。
東京コミュニティは言わずもがな、ともなれな他に候補になり得るのは人が集まり易い愛知コミュニティ、大阪コミュニティ、京都コミュニティ、長崎コミュニティ辺りか?
俗に言う田舎と言える地域はエインヘリヤルの脅威は薄いと見るべきだろうか。
「……調査内容の件、誠に有り難うございます。織斑総督閣下」
「うむ……だが、五体満足である保証は無い。それに中央政府の権限でAISの異動させる事は越権行為と言える」
「其処までお手を煩わせる訳にはいかない。コミュニティとの間の交渉は私自身の手で行いますので。寧ろ、此処までして頂いた事に感謝しかありません」
「これ位、造作も無い事だ。直ぐに向かうのかね?」
「ええ、多少の準備を終えた後、出発するつもりです。……他にも何かお有りでしょうか?」
「……いや、貴官らの健闘を祈っている。もし、また何かあれば、召喚命令を出すが故にそのつもりでいてくれたまえ」
「はい、畏まりました」
「……見覚えある顔ね。名前も相待って間違いないと思うわ」
「やはり、殆どがAISとしてコミュニティに所有されているみたいね」
「うにに」
執務室を後にしオトゥール達の自室にて、作成して貰った名簿ファイルをオトゥールに見せた。
「やはり相違は少ないか?」
「ええ。私の記憶にあるあの子達とは時間が経過して成長した顔立ちだけど、間違いないわ。名前もその通りだし……」
「それで、次の目的地は何処になるのかしら?」
ソフィアが次の目的地を訊ねて来る。
「此処から1番近いのは山梨コミュニティだ。主に食糧生産に力を入れたコミュニティらしい。
その区域周辺はエインヘリヤルやISの出現頻度が低い傾向があるそうだ」
「……あいえすにとって価値が低い?」
「そうかも知れん。山梨コミュニティがある区域は贔屓目に言っても地方に該当する地域だ。盆地の地帯でありIS側から見て戦略的価値が低いのやも知れないな」
「でも、皆無では無いのでしょう?」
「ああ。その通りだ。……それでオトゥール嬢、その山梨コミュニティなのだが、恐らく家畜型AISとして使用されている可能性が高い」
「家畜型AIS……」
オトゥールは東京コミュニティにて自分は家畜型AISにした方が良いと言われた事があった。具体的にはどのような扱われ方をするのか分からないがきっとロクな扱われ方をされない事は予想出来る。
「……乳製品を主に、と言う事から胸から母乳を搾乳しそれらを加工してかつて実在した乳牛の代替策としていると予想される」
「胸……‼︎」
胸は女性にとって敏感な部位だ。オトゥールは胸が大きい為に埼玉コミュニティではそれを理由に邪な視線を向けられ嬲られる事も多々あった。
「……うにー」
「実際はどうなっているかは分からん。其処は交渉が成立してからだな」
「……あの、オーナー」
「契約は契約だ。その時はその時、考える。悪い方向にばかり考えても埒が明かん」
紫は機先を制して不安を一時的にでも払拭する。
「これから山梨コミュニティへと進路を取る。オトゥール嬢達が回収したAIS4名を長居させる訳には行かないからな」
「え、ええ‼︎ 長いと此方の意図に気付かれる可能性があるものね」
オトゥールも気持ちを切り替える。不安になって悩んでも仕方がない。紫が『契約』を口にした以上、場合によっては何とかする筈である。
「進路先にエインヘリヤルやISの存在が確認された場合は何時も通り排除作戦を行なって貰う」
「ええ‼︎」
「うに‼︎」
「了解よ」
「……では、オトゥール嬢の『家族』を迎えに行こうか」