「さてと、懸念事項が向こうから去ってくれたわ」
真耶達が艦橋から去った事を見計らって紫はそう言う。居たら居たで言葉を選んでの交渉に臨むつもりであったが、居ないのであれば遠慮なく交渉に望める為、好都合と言えた。
「……流石に当人達の前で売り飛ばす交渉は中々、やり辛いでしょうしね」
ソフィアが含み笑いを見せながらそう言う。当人達に悟らせずに交渉をするのは中々、面倒なのは否定出来ない。
「それで尚も君らも無言を貫いてくれ」
「ええ、勿論よ」
「んにー……」
オトゥール達もAISである以上、他コミュニティの前では発言する権利は無い。分かっている為にオトゥールは何時もの様にウィキッドの口に手を添えて塞いでいる。
「では、音声通信を繋ぐぞ」
真っ黒な空間投影ウィンドウが開かれる。連絡先は山梨コミュニティの通信担当部だ。因みにエストレヤはその余裕は無い為、外部通信は全て紫へと繋がる様になっている。
「突然の連絡、誠に申し訳ない。エストレヤ・コミュニティのオーナー、紫だ」
『ご高名は予々。数週間前の『コード:メナス』の一件は耳に入っています』
音声通信に乗せて聞こえてくる通信部の人間の声。どうやら東京コミュニティで発生したメナスが襲来し撃滅した件も伝わっている様である。
『して、当コミュニティに何かご用件がおありでしょうか?』
「商談交渉に臨みたい。貴コミュニティもご存知かは存ぜぬが、我がエストレヤ・コミュニティは自活能力に乏しく……外部から食糧関連は仕入れねばならない。故に山梨コミュニティの生産品を直接購入したい為に寄港許可を申請する」
『成程。御用命は理解しました。何時頃に到着かわかりますか?』
「エインヘリヤルの集団を避けつつ進行中。……何事も無ければ明日には到着する予定だ」
『分かりました。他には何か事前に通達する内容はお有りでしょうか?』
「AISの売買交渉だ」
その言葉を告げた時、相手側は一時的に沈黙した。AISを売却するならば兎も角、購入交渉を持ち掛ける……。動揺が走るのも無理は無い。
『オーナー・紫。山梨コミュニティは食糧生産に比重をおいたコミュニティです。故に家畜型AISが多いのですよ?』
「無論、承知している。後、此方からリムドロップを4名、売却したい」
『売却手続と購入手続を同時に行うのですね。分かりました。この件は当コミュニティのオーナーへ間違いなく通達します』
「感謝する。貴コミュニティのオーナーと良き商談になる事を切に願う」
『差し支えなければ貴コミュニティが購入を検討しているAISを教えて頂けないでしょうか?』
AISを購入する際、指定する場合はやはり割高になる傾向がある。見た目が良く、顔が可愛い場合はやはり高額で取引される。
「コード:E31とコード:T11とコード:V35の3匹だ」
AISの数え方は中央政府公式では『匹』である。紫本人としてはその呼び方に抵抗はあるが、外部との交渉の手前、そうする他に無い。
『全て家畜型AISですね。……戦闘員としては使い物にならないと思いますが宜しいのですか?』
その言葉にオトゥールは固唾を飲む。紫と契約を結ぶ際に『五体満足、精神が保っている保証は無い』と警告されていた。
エストレヤの内部事情を外部から俯瞰して見た場合、やはり戦闘員として欲していると見られても不思議では無いだろう。
「構わない」
事前連絡は恙無く完了した。通信が終了して紫は大きな溜息を吐いた。
「やはり、五体満足であると考えるには希望が薄そうだな。あの含みのある言い方だと、な」
そもそも家畜型AISが普段、どの様に扱われているのか分からない。普通、戦闘員として運用されているAISも連日の戦闘や暴行、虐待行為で酷く損耗しているケースが多い。其処に加えて家畜として扱われている以上、より酷い状態である事が予想される。
「埼玉コミュニティでの私達の扱いから、他のコミュニティでも扱いの酷さは変わらないみたいね」
今でこそかなり体調は良くなってはいるが、埼玉コミュニティに所有されていた時は酷い状況だった。ソフィアは例外で、やはりコミュニティに所有されている時点で衰弱や疲弊していると考えるべきだろう。
「気分を害する事前提で言わせて貰うが、不良品扱いならば価格は安くなる可能性がある。気休めにもならんがな。
取り敢えず、医務室の準備はしておく。売買契約が締結次第、直ぐに医務室で対応させる」
「ええ……お願いするわ」
方針は既に固まっている。後は山梨コミュニティのオーナーとの交渉次第となる。
その後、道中はエインヘリヤルと遭遇する事は無く山梨コミュニティ近くへと到着した。