いつその記憶を思い出したのかはもう覚えていない。ただ、自身には弟子にした男がおり、最早それは生とは言えない時間ではあったが、自身にとって間違いなく至福の一時であった。
意識が浮上していくのを感じながら彼女――ライネス・エルメロイ・アーチゾルテは考える。
この世界は既にあの世界にはなり得ない。人理は焼却されずに時は刻まれている。ならばこの世界では彼はただの一般人だ。没落間際とはいえ、ライネスが当主を務めているアーチゾルテ家で彼を探すのは容易い事だ。
目を覚ました彼女は珍しく権力を使ってとある少年を調べさせた。
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「ねぇライネス。これ本当に意味があるの?」
ライネスの私室で黒髪の少年が溜息を吐く。
彼はライネスが権力を使ってまで見つけた少年であり、彼にとっても都合が良かったのでスカウトに快く応じた。
表向きの彼の肩書はライネスの弟子ではあるが、実際はただの雑用係に過ぎない。魔術を彼に教える気はなく、彼にはただの一般人として生きて欲しい。
彼が魔術を学んでしまったらもしかしたらあの世界線のようにこの少年は何かを救うために自身を傷付けながらも前に進もうとしてしまうからだ。
「勿論。君がこうして私に膝枕をする事で私の脳が安全に安らぐというもの。なぁに君も私のような美少女に膝枕を提供出来て役得と言うモノだろう?」
「……いや、まぁ、それはそうだけどさ」
少年――藤丸立香からすればライネスは最上級の美少女だ。
最大の欠点である性格を除けば一目惚れする類のものであり、実際立香も初めて顔を合わせたときは思わず見惚れてしまった。まぁ、直ぐにからかわれてしまったが。
太腿に乗せているだけなのにふわりと香ってくる彼女の匂いは蜂蜜のように甘い。彼女が
瞳を閉じて立香の頭撫でを享受している姿は本当に絵になる。苦笑いを浮かべながらも彼女が良いと言うまで立香は頭を撫で続けていた。
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藤丸立香の人生は苦難の連続だ。
幼い頃に両親を亡くしてからは親戚たちの間をたらい回しにされた。どこに行っても厄介払を受けてきた彼はいつの間にか愛想を良くする事を覚えていた。
自分さえ我慢すれば良い。彼らにとっては自身は異物なのだから仕方ない。そう諦めを覚えていた彼がライネスからのスカウトに応じるのは当然の事だった。
住む場所だけではなく衣服や食事も提供してくれるだけではなく、ライネスの望むことをすれば給金も貰える。彼女が望むものは大抵簡単なモノだ。唐突に抱きしめて欲しいと言われて、給金のためと必死に自身に言い聞かせて抱き締めたのを今でも覚えている。
心臓がバクバクと鳴っていると言われたときは赤面せずにはいられなかった。見た目通りに華奢で力を入れたら折れてしまいそう。年頃の少年である立香にとっては無茶に等しいような望みばかりだが、人の温もりに飢えていたので立香もまた安心する。
ライネスから伝わってくる体温や息遣い。自身が異物ではなく、こうして求められているのだと思うと堪らなく嬉しくなってしまう。顔に出せば間違いなくからかわれるので出してはいないが。
「あのなライネス。確かに俺と君は主と雇用者の関係だ。だけど添い寝は流石に無茶じゃないか?」
「なんだい? 君は私のお願いを断るのかな? 君が好きだと言うお菓子も買えなくなるかもしれないけど良いのかい?」
「……それは卑怯じゃないか?」
「ふふん、どうとでも言うと良い。君はもう私のモノなんだ。まぁ、モノと言っても君の意思は尊重するつもりさ。君は私と一緒に寝るのが嫌かい?」
「……嫌じゃないけど……」
ライネスが立香の匂いで安心するように立香もまたライネスの匂いで安らぎを覚えるようになった。
こことは違う世界で嗅いだ匂いと変わらない立香の匂い。ああ自分は今彼の傍にいるんだとライネスは安心する。彼との生活のためであればなんだって出来る。そう思えるのだ。
両親を失ってからは世界から弾かれたかのような人生を送ってきた立香を受け入れてくれるライネス。依存にも近い感覚を彼女へと持ってはいるが自覚はしていない立香。
だが、それでも意識は健全な少年であり、隣から聞こえてくる息遣いや熱を感じると頬が熱くなってしまう。
「……ふむ。このまま眠るというのも悪くはない。だが、そうだね。立香、私を抱き締めてくれないか? ふふっ、前にもしたのだから出来るだろう?」
「……」
「そんなに顔を真っ赤にされたらもっとさせたくなってしまう。あまり私の前でその顔をするのは勧めないよ。で、どうする? 私を抱き締めてくれるかい?」
「……分かった」
仰向けから身体を動かし、隣で横になっているライネスの身体を抱き寄せる。布団や空気に混じっていた彼女の匂いが濃くなる。クラクラとしちゃうような甘い匂い。
「ああ、やっぱり君の腕の中は良い。大きな腕に抱き締められるとホッとしてしまうよ」
頭を動かし、立香の胸に頬擦りをするライネス。
子猫が親猫に甘えているような様子だが、そんな微笑ましさを感じる余裕は立香にはない。寧ろ今もガリガリと立香の精神は勢い良く削られており、理性の糸が切れないように掴んでいるので精一杯だ。
「そんなに身体を強張らせないでくれたまえ。君は私を抱き締めて安心してくれないのかな? こんなにも私は安らぎを感じているというのに……」
珍しく、本当に珍しくしおらしい態度を取られると言葉が紡げなくなる。悲しげに瞳を伏せ、長い睫毛が目に入る。
「……いや、その……安心はするんだけど俺にはちょっと刺激が……」
寝るとの事で今のライネスの身に着けている衣服は生地が薄い。こうして抱き締めているだけで彼女の身体のラインが立香に伝わってしまうぐらいだ。
慎ましいが、それでもしっかりとあるのだと主張をする胸。出不精でありながらも小食という事もありほっそりとした腹周りや腰。もう子供が産めるのだと言うかのように気持ち大きめな臀部や、いつもは黒タイツに包まれているが今は剥き出しな肉付きの良い脚。
どれもが魅力的であり、ライネスを抱き締めている立香は思わず腰を引いてしまっている。
「ふふっ、そうか刺激が強いか。うんうん、こうして直に君に言われると嬉しいものだ。あ、いや前も言われたかな?」
立香を己のモノにしたライネスではあるが、関係が進展しないことにやきもきしていた。
今のライネスにとっての最重要なのは立香であり、あの世界とは違って自由ではないがそれなりに彼との時間を楽しめてはいる。あの時間を過ごしたのは違う自分だと思いつつもまるで普通の少女のように恋をしていた己へ嫉妬せずにはいられなかった。
始まりは歪だった恋だったが、こうやって触れ合う内に本物へと昇華している。立香を視界に入れるだけで胸が弾み、言葉を交わすと思わずスキップしたくなる。
「前に……?」
「あー、いや何でもない。忘れてくれ。……しかしそうか。君は私を女と認識してくれてるんだね?」
「そりゃあそうだろ。世の中には男と女って二種類なんだから男じゃないライネスは女だろ?」
「……そう言う事を聞いた訳ではないんだけどね。まぁ、いい。ならこうやってまずは抱き締める所から慣れて行こうか。今日からは毎晩こうやろうじゃないか」
「え゛っ」
立香は天国のようでありながら地獄でもある時間をこれから過ごすことが決定した瞬間だった。
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立香とライネスが同じベッドで眠るようになって一月が経過した。
当たり前にまでなったおかげでライネスを抱き締めても顔が赤くなる事はなくなった。だが、やはり心臓は高鳴ってしまう。
そして今日も二人はいつものようにベッドで抱きしめ合っていた。
「今日は疲れた……」
「お疲れ様、ライネス」
「……うん」
いつになく憔悴したライネスを優しく抱き締める。
隠す事もなく腕の中でぐったりとしている頭を撫でるとふにゃりと笑みを見せてくれるのが堪らなく嬉しい。
「駄目だ……もっと君と話をしていたいのに眠い……ごめん、今日はもう寝るよ」
「うん、おやすみ。ライネス」
「すまないね。おやすみ立香……」
静かに寝息を立て始めた彼女をぐっと強く抱き締め、髪に鼻を埋める。ライネスが先に眠るのが多いので、こうして直接匂いを嗅ぐようになった。
日本にいた頃はそんな性癖も趣味もなかったのに、ライネスの匂いを嗅いでいる内に好きになってしまった。強く嗅ぎ過ぎて起こさないように気を付けながら堪能する。
今日も彼らは幸せだった。
リクエスト。覗いて書いてみたけどダメですね。執筆時間一時間で眠い頭でとなると何を書いたのか分かりません。
折角書いたので投稿はしますが、供養のようなものですねこれ。
今度はしっかりと考えてからライネスの書こうかなぁ。原作のライネスは知りませんが、FGOの師匠的なライネスって本当に好きです。