スターズ事務所でマネージャーと簡単な打ち合わせを終え、自室に戻って来た千世子は、そのままベッドに倒れこんだ。
服にシワが付くがそんな事気にする余裕もない。
「ふぅ…。なんかすごい疲れちゃったなぁ」
今日は彼女にとって最悪の一日だった。
半年振りの悪夢に魘されて目覚め、避けていた男性からセクハラを受けてしまった。お陰で1日の内に2度もトラウマを思い出す羽目になったのだ。
その為、何とか笑顔で乗り切る事が出来たが精神的な疲労はかなり溜まっていた。
それを一切外には出さない彼女は流石と言うべきだが、その反動で、側に誰もいない現在は完全にダウン状態である。
リラックスした為か、肩とお尻に触れられた松山の手の感触が甦ってきて嫌悪感が込み上げてきた。
──この業界はあんな男ばかりだ。
確かに松山ほど好き勝手やっている人は少ないが、セクハラ紛いの事をしている俳優、プロデューサー、監督、スポンサー達は何人もいる。実際、千世子にはどの現場に行っても邪な視線が必ず向けられていた。
こんな状態だから、アイツ──千世子にトラウマを植え付けた最低の男──みたいなのが野放しになっていたのだ。
彼らにとっては女優なんて新人もベテランも変わらず性の対象でしかないのかもしれない。
「嫌になるなぁ、全く」
そう小さく呟くと、彼女はそのまま目を閉じた。
──ピロンッ♪
スマホがメッセージを受信した音で千世子は目が覚めた。外はすっかり暗くなっており、月の光が窓から差し込んでいる。
時計を確認すると21時を少し回ったところだった。どうやら3時間以上寝ていたらしい。先程まであった疲労感が嘘みたいに消えていた。
彼女はテーブルに置きっぱなしにしていたスマホを取るとメッセージを確認する。
「松山さん、か。しつこいなぁ」
差出人の名前を見て千世子の気分は急速に降下した。ドラマで共演する都合で、仕事用のアドレスを交換していたが、彼からメッセージが送られて来るのは何度目だろう。
いつも仕事とは何の関係もない内容を送って来る彼の相手をするのが苦痛だった。
「ん? なにこれ」
メッセージを開くと動画のファイルが1つ添付されていた。その他には本文どころか件名すら書かれていない。
「あの人、俳優以前に社会人として問題あるよね」
いや、セクハラしている時点でそれは分かり切った事だったか。
千世子は少し迷ってから動画を再生させる事にした。
☆
最初に画面に映ったのは高校生くらいの少女だった。通っている学校の物だろうか、紺色のブレザーを着ている。10人中10人が美人だと評する様な恵まれた容姿をしている彼女だが、その顔には怯えの感情が強く現れていた。
『それじゃあ、右端の子から名前と所属を言っていきなさい』
画面の外から何処かで聞いた覚えのある男性の声が発せられる。
…いや、声だけではない。
良く見れば映っている少女の顔や、その背後に見える部屋の内装にも千世子は覚えがあった。
何年も前の事だった気もするが、つい昨日くらいにも見た様な気がする。
画面の中では、先程の少女が自分の名前と、そして所属していると言う中規模の事務所の名前を告げていた。
それが終わるとカメラは横にずれ、隣にいた違う女性を映し出す。大学生くらいの大人びた雰囲気の女性だ。先程の少女同様、随分と整った容姿をしている。
「あっ……」
その女性を見た瞬間、千世子はこの映像がいつ、どこで撮られた物なのか気付いてしまった。
大手の事務所と、そして、今もテレビで聞くことのある名前がその女性の口から発せられる。千世子と同時期にデビューし、今も彼女程ではないが多くのドラマや映画に出演している人気の女優だ。
映像の彼女が現在より少し若いのは、これが数年前に撮られた物だからだろう。
──千世子とその女性にはある共通点があった。
映像を見る千世子の顔が強張る。
何故、これを松山が持っているのか。これらはあの日、アリサによって全て処分された筈なのに。
混乱する千世子を置いて映像は流れ続ける。最初の少女を入れて6人の女性が自己紹介を終えていた。
その内の3人は千世子も知っている女優やアイドルだった。そして、それ以外の3人も「元」が付くだろうが同業者の筈だ。恐らく
少しずつ心を落ち着かせ、千世子は次の人物が映るのを待った。記憶が確かなら、次が
そして、横にズレたカメラは予想通りの人物を映し出した。
特徴的な白い髪。
自分が通っていた中学の制服。
毎朝鏡の中で見る顔。
『最後の子、自己紹介頼むよ』
『は、はいっ。…スターズ所属…も、百城千世子…です』
──そこに映っていたのはかつての千世子自身だった。
☆
数年前。
ある大手テレビ局に大物プロデューサーがいた。
芸能界の闇と言われる枕営業だが、それを率先して行なっていた人物と言えば分かりやすいだろうか。
彼はそのプロデューサーとしての地位だけでなく、買収や脅迫でもって多くの女性芸能人達をその毒牙にかけていた。被害にあった女性達は行為の際の屈辱的な姿を無理矢理撮影され、泣き寝入りする様に強制された。その所為で実に10年以上、
そして数年前、そんな彼が当時ハマっていたのがデビューしたての新人を集めて犯す事だった。
各事務所の期待の新人達を、時に騙して部屋に連れ込み、時に権力にモノを言わせて強引に自分の相手をさせていた。
その標的の1人がデビューした直後の千世子だったのだ。
スターズという業界トップクラスの事務所に所属しているだけでなく、その社長から目を掛けられている彼女だったが、欲望に狂った男の魔の手からは逃れる事が出来なかった。
彼女は半ば誘拐される形で彼のホテルに連れて行かれ、そこで身体を穢されてしまった。そして、その時の映像をネタに何度も彼によって抱かれる事になったのである。
もしアリサが千世子の変化に気付いてその男を潰さなかったら、今も彼女は彼のオモチャのままだったかもしれない。
結果的に千世子の地獄は一月足らずで終わりを迎えたのだが、その間に教え込まれた「男」と言う存在は、今もトラウマとして彼女を苦しめ続けていた。
☆
動画を見る千世子の指が停止ボタンを叩く。これ以上見ては精神的なダメージが計り知れないと判断したからだ。
もう見るまでもなくこの後の展開なんて嫌でも思い出せる。
(この後、私は──)
と、そこまで考えたところで、本当にそうだろうかという思いが彼女の頭をよぎった。
内容が内容だけに関わる人間は最小限にしたらしいが、当時、あの男の自宅にあった映像物は徹底的に処分されたと聞いた。だから、そもそもこの動画自体が残っている筈のない物なのだ。
もしかしたら途中までしか映っていない可能性があった。ただ、どこまで映っているのかが問題である。
この後のアレは映っているのだろうか。それとも最後の致命的な部分まで映っているのだろうか。それによって千世子の取るべき行動も変わってくる。
これが他の誰かなら兎も角、あの松山から送られてきた動画だという前提が、千世子の不安を煽っていた。
「………っ」
数秒迷った末、彼女は恐る恐る再生ボタンを押した。
☆
自己紹介を終えた7人の少女達が一列に並んでいる。年齢や服装が異なる彼女達だが、容姿が整っている点だけ共通していた。
不安げにカメラに目を向ける彼女達に、男の声で指示が与えられる。
『よし。じゃあ今から君達には自慰をして貰う。自慰。わかるか? オナニーの事だぞ』
軽い調子で告げられた言葉だが、その内容は最低な物だ。元から暗かった少女達の表情が一層悪くなった。
『千世子ちゃんだっけ?』
『は、はいっ』
『自慰出来る? 知らないなら先に言ってくれ。皆と別メニューにするから』
『…で、出来ますっ……!』
恐らく一番幼かったからだろう。男は千世子に名指しで声を掛けた。それは別に彼女を心配したからでは無く、少女達に一斉に自慰をさせると言う余興に水を差されたくなかったからだろうと、現在の彼女には理解出来た。
この当時の彼女はまだ自慰を知識でしか知らなかった。異性なんかより虫が好きで、自分が何かをするよりは他人を観察したいという少し変わった趣味の子だったのだから仕方ない。
だから性的な事は保健体育の授業で習った事以外では、これを撮影している最低の男から教え込まれた事以外知らなかった。
しかし皆と別のメニューをさせられると言われ、慌てて出来ると答えてしまったのだ。
『ふんっ。可愛い顔してやる事はやっているんだな。よし、なら始めろ。あ、カマトトぶってチンタラするんじゃないぞ』
千世子の返事に満足したのか、男は手を叩きながら少女達に自慰を促した。
画面の中で少女達が一斉に自分の身体に手を這わせ始める。
胸に手を当てて揉み始める子や、スカートの中に手を入れる子など様々だ。皆、男の命令通りに人前で自慰をするという異常な行為を行なっている。
それは無視した際に味わう事になる屈辱を身を以て知っているからだろう。
映像の中の千世子も隣にいる少女を真似て下半身を弄っていた。
「無様だなぁ私」
無意識に千世子の口からそんな言葉が出る。
出来もしない事を出来ると答え、恐怖に染まった顔で拙い自慰を披露している当時の自分は、今の彼女にはとても情けなく映った。
『なんか地味だな。ちょっと全員スカートを捲ってみようか』
男の指示で、7人がスカートを捲り上げた。その結果、彼女達の色とりどりのショーツが露わになる。
ピンク、青、黒、縞々。
世の男達が見れば舌舐めずりしてしまいそうな光景がそこにはあった。千世子が履いているのはフリルとリボンが付いた子供っぽいコットンショーツだ。
そのクロッチの部分を彼女の指が刺激していた。他の子達も手を止める事なく下着の上に指を這わせる。
それからしばらく、少女達の自慰する姿が映り続けていた。
自慰を始めて5分が経つ頃には7人の下着に染みが出来始めた。
差こそあるが全員快感を感じているという事である。良く見れば映像の中の千世子の白いショーツにも一円玉程度の小さな染みが見つけられた。
☆
動画はその後20分間続いた。
ショーツを脱ぐ様に言われ、震えながら晒した幼い割れ目も。
隣の子とお互いの秘部を愛撫し、高め合う姿も。
そして、自分達で準備した女の穴に男の一物を受け入れて喘ぎ声をあげさせられる様子も。
全てが映っていた。
少なくとも"天使"と呼ばれる人気女優を破滅させるには十分過ぎる映像だ。
映像の中の自分があまりにも今と違う為、千世子は自分でも驚くほど落ち着いた気持ちで眺める事が出来た。第三者の視点だった事もあるのかも知れない。
何にせよ、幸い彼女は取り乱さずに済んでいた。その冷静な頭で取るべき最善の行動を模索する。
一番に思い付くのは事務所の社長である、星アリサに相談する事だろう。
新人だった自分を助け出してくれた彼女だ。スターズの顔にまでなった今の自分なら見捨てられる事はない筈だ。
だが、1プロデューサーでしかなかったあの男と違って、松山は業界全体に影響力のある資産家の息子だ。当時の様に簡単にはいかないだろう。最悪、スターズに所属する全員に迷惑がかかる事になる。
次に思い付くのは警察に相談するという手だが、直ぐに却下する。どう考えても大ごとになる未来しか見えない。少なくとも自分は世間で晒し者にされ、今の地位は失われる事になるだろう。
そうなると選択肢はもう1つしかない。
いつも自分に向けられる松山のイヤラシイ視線を思い出す。彼が千世子にどの様な感情を持っているか考えるまでもない。きっとこの動画を送り付けてきたのもそれが目的なのだろう。
想像するだけで寒気がする。
だが、家族にも事務所にも迷惑を掛けない方法がそれしかないのなら選択しなければならない。
「…どうせ、初めてじゃないしね」
自分に言い聞かせる様にそう呟くと、千世子は松山に対してメッセージを送った。
百城千世子
【素敵な動画をありがとう。良かったら今から会えないかな?】
松山
【デートのお誘いかな? 今から迎えに行くよ】