脅威の吸収冒険者 ~ラルゴの這い上がり珍道中~ 作:ターキン
――光すら届かぬ暗い森の中、呻く隻腕の悪魔。
傍らには貝殻頭の異形と、金黒入り混じった髪色の男が立っている。
「おいたわしや伯爵……いや、同志スカル・マダガーよ」
わざとらしく嘆く貝殻頭に、倒れ伏したグレーターデーモンは手を伸ばす。
「スカラー……早ク治癒ヲ……」
「同志、誠に残念なのじゃが……お主の身体は解除できない非常に強力な毒に侵されております故……流石のワシにも手の施しようがない」
「ソンナ馬鹿ナ……私ハ……コンナトコロデハ終ワラヌ!」
「案ずるな、お主の魂は無駄にはせぬ」
倒れた巨躯に金黒髪の男が近寄ると、右手に禍々しい魔力のオーラを渦巻かせた。
「ヴォイド!? ……止メロ! 待テ!」
「ここまでご苦労さん、あばよ」
――ドスッ!
男は無遠慮に、悪魔の鳩尾へと右腕を突き入れた。
「グアアアァァァ……」
断末魔と共に、悪魔の姿が男の腕の中へと吸い込まれていく。
やがてその場には、息を引き取ったふくよかな貴族服の男が残った。
「どうだヴォイド……右腕を欠いてはいるが、紛れもない上級悪魔の魂よ」
「ハァ、ハァ……なんとか平らげたぜ……感謝するぞ爺さん」
「なに、お主を強くするのもワシの楽しみの1つじゃからの」
そう言って貝殻頭は機嫌良さそうに笑った。
ヴォイドと呼ばれた男は、息を荒げながら目の前の異形に問いかける。
「それで爺さん、これからどうすんだ?」
「誠に残念じゃが、こうなってしまってはあの拠点はもう使えぬ。 じゃが、同志の1人が面白い物を手に入れたと報告が入ってな。 当たってみようと思うのじゃ」
「ほぉ~、一体どんな代物なんだ?」
「実際見てみないことにはわからぬ。 何しろ、色々もったいぶる面倒な輩じゃからのう」
「おいおい……大丈夫なのか、そいつは?」
「なーに、腕だけは確かじゃ。 気に食わぬか?」
「いや、問題ねぇ。 そんじゃやってくれや」
「うむ、では……――
貝殻頭の叫びと共に、歪んだ空間から魔法の門が召喚される。
不吉な音を立てながら門が開くと、二人はその中へと歩を進めていった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
――夜明けと共にエアがいなくなって数刻。
俺は伯爵がいなくなった後の屋敷の事後処理に努めていた。
本音を言えば一刻も早く霊峰エルプルに向かいたかったが、これをやらなきゃこの場に残された者達を見殺しにするのと同義だ。
幸い屋敷には、この場に集めた全員分を賄っても半月は保つほどの大量の食料の備蓄があった。
俺はウルや有志の捕虜たちの手も借りて、デーモンの
ついでに、ガチガチに拘束してやった意識不明のグローリオとシーマもその場に並べた。
「なぁお前ら、とっくに意識は戻ってるんだろ? 何とか言ったらどうだ」
「……ぺっ!」
「うおっ、てめぇ」
間近で話そうとしたらシーマに唾を引っ掛けられそうになった。
「てめーらギルドの尋問官突き出してやるからなぁ、楽しみに待っとけよ」
「……」
「ったく、だんまりか。 弁明の1つもありゃ、多少は気分も晴れるんだが」
そうごちる俺の下へ、遠くから叫ぶ影がある。
「おにいちゃーん!」
すっかり調子を取り戻したウルは亜人特有の身体能力で、早々と俺の下へ駆け込んできた。
あの後ウルの衣服を探したところ、丁度余っていたのか貴族のお嬢様のシャツとスカートに下着、そして冒険者用の靴を与えてもらったらしい。
ついでに全身タイツも着込んではいるが、それだけでは寒そうなので俺の黒のコートを羽織らせている。
そして、そのウルの後ろには何人もの捕虜として捕らえられていた冒険者達の姿もある。
「手伝ってもらってごめんなウル、皆」
「気にしないで、わたしたちもおにいちゃんの為に何か力になりたかったの」
ウルと共に捕虜たちが一斉に頷く。
「そう言ってもらえると助かるよ、ありがとう」
――それから更に経つこと数刻、全ての兵士たちが目覚めた頃には懐中時計は朝の10時を示していた。
「ラルゴ殿、私めから皆に真相を伝えさせていただいてもよろしいでしょうか?」
投獄されていた初老の執事、ジルバ・ザンが声をかけてきた。
解放した当初こそ消耗していたものの、ウルたちの介抱もあってか容態はすぐに回復した。
流石は執事、といったところか。
「俺が言うよりも説得力があるだろう。 よろしく頼む」
そうして、執事は兵達に事の経緯を細かく伝えた。
デーモンによって行われた略奪行為、冒険者狩り、人道無視の人体実験、etc……
そしてその悪魔の行いに終止符を打った俺達について。
「まさかそんな……」
「嗚呼……伯爵様……なんてことだ」
真相を知った兵士たちの反応は様々だった。
全く記憶のない者、伯爵の死を嘆く者、あやふやだが覚えている者、罪の意識に苛まれる者……
だがその誰もが、俺を同じ目で見る。
「悪魔を退治してくれてありがとう……これで伯爵も安らかに眠れるだろう。 ありがとう冒険者……いや、英雄ラルゴ殿!」
「よせよせ、そんな柄じゃない」
事を収めたのは俺じゃない。
俺はたまたまエアを連れてクエストの報酬を貰いに来ただけだ。
しかも、肝心のデーモンには最後の最後で逃げられている。
「いえ、それでも貴方様は我々にとっての英雄なのです。 どうか謙遜なさらず」
「ああわかった、気持ちは受け取っておくよ……」
複雑な気分だ。
本当に称えられるべきなのは、この場にいないエアなのだから。
「それでだ。 この後の処理なんだが……ギルドの役員が来るまで、ここの人達の管理を執事さんに頼みたいんだ。 幸いここは敷地も広いし部屋もたくさんある。 何日後になるかの保証はできないが、自力で戻れない人たちの面倒を見てもらいたい。 頼めるか?」
「他ならぬ貴方様の頼みであれば、おやすいご用でございます」
「助かるよ」
ふと、俺はエアの器となっていた少女に目を移す。
結局、あの子は未だに眠ったままだ。
エアのやつ、あの娘について殆ど何も話してないじゃないか。
目覚めたら一体なんて説明すれば良いんだ?
それに、俺1人ですら登るのに苦労するエルプルを、身元も判らない少女を連れてこいだなんて冗談きついぜ……
「おにいちゃん……」
ふと、俺の裾を引っ張るウルに気づいた。
呼び捨てでいいって何度言っても、結局この呼び方は変わらないな。
正直兄弟のいない俺にとって、この呼び方は心のどこかにクるものがある。
「どうした、ウル?」
「おにいちゃん、わたしも一緒に連れてって」
「え? おいおい、突然何を言い出すんだ」
ただでさえお荷物を抱えてくってのに、ウルのお守りまでしろってのか?
だが、ウルの眼差しは真剣そのものだった。
「本気で言ってるのか?」
「うん……」
ウルは強く頷いた。
正直、嫌なのかと言われると嘘になる。
俺自身、旅のお供は多いほうが好きだ。ってもせいぜい4人くらいが限度だが……
だが、こんな安直に決めさせていいのだろうか?。
ちゃんとウルの将来も見据えて話をしたほうがいいな。
「何故だウル? ここにいた方が絶対安全だぞ? しばらく待てばギルドから救援が来……」
いや、待てよ?
そもそも群れからはぐれた亜人の奴隷を、ギルドが面倒見るとは限らないよな……
ならこの屋敷に留まらせるか?
確かに、ここの連中なら面倒見てくれるかもしれないな。
思い出はどうあれ、同じ捕虜同士顔見知りではあるのだから。
「ラルゴ殿、そういう事でしたら」
俺の顔を見ただけでそこまで察するとは、やはり執事。
「ああ、頼めるか? きっとウルにとってもそのほうが良い」
「かしこまりました。 ではこの子の面倒は私達が責任を持って」
――「いや!!!」
ウルが大声で執事の声を遮り、俺の足にしがみついた。
「おいおい、ウル……」
「おねがい! おにいちゃんの為ならわたし、なんでもするから!」
そう言ってウルは、子犬のような瞳を潤ませて俺を見上げた。
なんてあざといんだ、こんな事されたら余程の鬼畜じゃない限り首を縦に振るに決まってる。
「彼女の決意は固いようですな。 ラルゴ殿、どうか私めからもお願いいたします」
そう言って執事が水平に頭を下げた。
そこまで言われて断るのは恥ってもんだろう。
俺は観念して、静かにウルの頭の上に手を乗せた。
「んっ……」
「危険な旅になるぞ? いつも俺が守ってやれるとも限らないし、命の保証もできない。 それでもいいのか?」
「うん。 おねがい!」
「……わかった」
俺なんかについて来るのに、そこまで言うやつ初めて見たかもしれん。
いや、リック? カーラ?
そんな事を考えたら、過去に組んだ奴らの事が頭をよぎった。
なんだかわからんが、視界が滲んできやがる。
「それじゃあ執事さん、ウルとそこの女の子は連れて行く。 馬車を頼めるか?」
俺は涙ぐんだのをごまかしながら、執事に最後の確認をした。
「既に用意させております」
そう言って執事が手を叩くと、兵士が立派な装飾を施した馬車と、それを引く鞍をかけた大きな白馬を連れてきた。
馬車の中には宝箱が用意されており、中には金貨がこれでもかと敷き詰められている。
「いやいや、俺たちが来る時に乗ってきた奴の事を言ったんだが。 あれレンタルだし」
「その点は心配いりません。 動ける冒険者達を町に返すついでに、返却していただきますので」
「たってよぉ、これはちょっと豪勢すぎないか?」
そう言って俺は馬車を見る。
山羊の紋章の入った豪奢な鉄篭、扉を開けば向かい合った立派なシート、悠に4人はくつろげそうだ。
しかも、それを1頭に引かせるというのだからこの馬もかなりの物なんだろう。
「お気づきになりましたか。 こちらは当家の秘蔵っ子、ラグナレクでございます」
「すげー名前だな……それによ執事さん、この宝箱の中身……俺らがもらう予定だった額より遥かに跳ね上がってる。 ひぃふぅみぃ……1000万くらいあるぞ!? 流石にこんなにもらうのは不味いだろ」
「ラルゴ殿にしてもらった事に比べれば、これでも全然足りぬくらいです。 ですが今は屋敷も復興せねばなりませぬ、この程度の報酬しか用意できないこと、お許しくだされ」
「いやいやいや……わかった、それじゃ有難く受け取るよ」
まさか一晩でこんな成金野朗になるとは思わなんだ。
普段から貯金という概念と無縁だったせいか、大金を持つと妙な緊張感がある。
「ラグナレクの好物なども馬車の中に用意しております。 もし、旅の途中で連れていけぬような状況になった時は、お手数ですがギルドにお預けくだされ」
「ああ、至れり尽くせりだな……それじゃ、そろそろ行くとするよ」
俺はえらく立派な馬車の中にエアの器の少女を寝かせた後、ウルと一緒に御者台へと座り込んだ。
行きの時とは御者台の座り心地が格段に違う。
「ラルゴ殿、もしギルドでお嬢様に会ったら、今回のことをお伝えしていただけないでしょうか?」
「お嬢様? 伯爵に娘がいたのか? こいつは初耳だ」
「ええ、領主様の一人娘でございます。 その昔家督を継ぐのを拒んで出奔してしまいました。 ですがその後、冒険者として様々な功績をあげているとお聞きしております」
「貴族出身の売れっ子冒険者か……名前は?」
「リリー。 リリー・マルレーンお嬢様にございます」
「リリー・マルレーンか……そういえば何度か、ヴァリスの月間金級成績表で見た気がするな」
記憶が確かなら、俺より成績が良かったような……
「左様でございましたか……このままでは当家は継ぐ者もおらず、他の何者かに取って代わられてしまうやもしれません。 どうか一報いただけるだけでも良いのです、お頼み申し上げます」
そう言って執事は、深々と頭を下げた。
「わかった、その時はよろしく伝えておくよ」
リリーお嬢様はまだヴァリスで活動してるだろうか?
そうだとしたら、会える日もそう遠くないかもな。
俺の身体異常の解決策もわかったし、そしたらまたラスターの皆と一緒にやれるかな?
エアとウルも入れたら6人PTか……少々定員オーバーだが、それも楽しそうだ。
「それじゃ、長くなったな。 後は頼んだぜ執事さん」
「またね」
ウルが静かに別れを告げると、俺は馬車を走らせた。
「どうか、よろしくお願いいたします」
――執事達が見送る中、馬車は陽の光を浴びながらゆっくりと街道を駆けて行く。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
――同日、正午
自由都市ヴァリスの中心に位置するギルドの本部。
三本の尖塔が一際目を惹く豪華な建築物、その左ブロックの1階に設けられた大きな講堂には、数え切れない程のヴァリスの冒険者達が集められていた。
中にはかつてのラルゴのPT、【ラスター】のメンバーである白金級冒険者、カーラ、ネリー、ケヴィンの姿もある。
突然の召集に、席についた冒険者達は皆が騒然としている。
「緊急招集だなんて、一体何があったのかしら?」
「見てみろネリー……これは凄いな」
そう言ってケヴィンが指差す先、講堂の壇上には他の冒険者とは一線を画する雰囲気を漂わせた、3人の男女の姿がある。
――特級冒険者(ブリンク)
特筆すべき功績を上げた者のみが厳しい審査を通過してようやくなる事が許されるという、最上級の冒険者。
現状、その数は10にも満たないと言われており、各々が宝石の名を冠した称号を付与された特別な存在である。
「サファイアにエメラルド……それにアズライトまで!?」
「私も生で
だろう……カーラ?」
ふと、ケヴィンは横の席で遠い目をしているカーラに気がつく。
「あ、ああ……凄いよな。 特級……早くなりたいな」
そう応えるカーラは、心ここにあらずといった様子だ。
「全く……またラルゴの事を考えていたのか。 まだ彼が去ってから1週間も経っていないんだぞ? 君がそんな調子でどうする」
そう言ってケヴィンは、間接的に渡されたラルゴの置き土産である剣を撫でた。
横にいるネリーもまた、右手の薬指に嵌めた金色の山羊の指輪に目を泳がせる。
「切り替えなさいよ……多分、これからもっと大変になるんだから」
「今頃どうしてるんだろうなラルゴ……無事に故郷に戻れたのかな」
「この筋肉バカ、全然人の話聞いてないじゃない」
ふと、会場が一斉にどよめきだつ。
その視線の先、壇上に置かれた演説台の前に巨躯を誇る特級冒険者の1人が立った。
「アズライト……ドレイク公爵だ!」
「
自身の象徴ともいえる青金の甲冑に身を包み、グリフォンを模した兜で顔を覆った男。
――デイビット・ドレイク
アズライト、先駆者……そう称えられる彼はこの自由都市ヴァリスのギルドマスターでもある。
大陸の開拓に最も貢献した冒険者と謳われ、冒険者でありながら公爵の地位を任されている唯一の存在だ。
ふと、兜の奥から重々しい声音が会場内に響き渡った。
「静粛に」
その瞬間、さっきまでざわめいていた冒険者達が嘘のように大人しくなる。
「ここに集まってもらったのは他でもない。 急を要して伝えたい事が諸君にあったからだ。
私も先日この話を聞いたのだがね……驚いたよ」
そう言ってドレイクは、ゴホンと喉を鳴らした。
「諸君、アスピラについてはご存知かな?」
――聖教国アスピラ
自由都市ヴァリスの遥か西にある宗教国家。
盾に十字を刻んだイメージシンボルが特徴で、ヴァリスを含む各地に教会を設置し神の教えを広めている。
その信徒数は多く、このミドラシアで最も普及している宗教と言っても過言ではないだろう。
「アスピラ? アスピラで何かあったのか?」
「俺アスピラ教徒なんだけど……」
ドレイクは再びゴホンと喉を鳴らした。
「数日前、このヴァリス南部、及びリベルタスにて巡礼の儀を執り行っていたアスピラの聖女が行方不明になった」
それを聞いて、会場内は一斉にどよめきたった。
「あろうことか聖教会からは、聖女の失踪について我々冒険者ギルドの関与が疑われている。 当該地域では冒険者狩りなどといった物騒な事件が起こっているとも聞く。 もし聖女に何かあれば、我々の沽券に関わる」
「聖女様が行方不明!?」
「なんてこった……そんな、聖女様が……」
ドレイクは、より重い声音ではっきりと告げる。
「最悪、戦争になるやもしれぬ」
それを聞いて冒険者達はよりざわめきだった。
「戦争!? 冗談じゃない!」
「あんな大国とやりあったら只じゃ済まないぞ……」
「事態は急を要する。 腕に自信のある者はすぐにでも南へ発ち、聖女の捜索に協力してほしい。 見つけた暁には、多大な報酬を支払う事を約束しよう」
それを聞いて、会場内は一斉に湧き出した。
「以上だ。 諸君らの活躍、大いに期待している」
そう言って、ドレイクと壇上に立っていた特級冒険者の二人は舞台袖へと消えて行った。
冒険者達が沸き立つ中、カーラがおもむろに席を立った。
「……行こう、皆!」
追って、ネリーが席を立つ。
「アンタねぇ、行き先聞いた途端目の色変えて、わかりやすいわよ」
「待て、二人共! 一大事だというのに何を浮き足だっているんだ」
二人を追いかけながら、ふとケヴィンは静かに笑った。
「いや……私もか」
「おーいケヴィン、早くしろ!」
「もたもたしてると置いていくわよ!」
「ああ、今行く!」
――走る3人を、燦々とした陽の光が照らし出す。
それはまるで、再会の道しるべを描き出すように――
――To be continued
1章はここで終了となります。
ここまで読んでいただきありがとうございました!
続く2章も、応援いただけたら嬉しいです。
会話(特にHシーン)の♡マークについて
-
絶対いる。 今後も続けて欲しい。
-
あったほうがいい。
-
ないほうがいい。
-
絶対いらない。 今までのも修正しろ。
-
どっちでもいい