※この作品はR-18です。

脅威の吸収冒険者 ~ラルゴの這い上がり珍道中~   作:ターキン

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第9話  貝頭、狼娘、山羊鎧 ♡

――俺たちは屋敷の地下に潜伏し、敵の目を掻い潜りながら奪われた装備を探していた。

 

「ラルゴ、そこの曲がり角から1人来ましたわ」

「任せろ」

 

 にしても、あれ以降身体の調子が以前とは比べ物にならない。

 まるで芯から力が沸き上がってくるようだ。

 

 この状態なら一体どれ程の力が出せるのか……試してやる。

 

「――ッ! 冒険者発見! 支給応援要せぐぉっあ!!」

 

 兵士の腹部に蹴りを叩き込む。

 

――ぐにゅり

 

 甲冑がひしゃげる音と共に、兵士が白目を剥いて沈黙する。

 普通に蹴りを放っただけのつもりなのに、こんなになるとは……

 

 デーモンの力ってのは一体どんだけ規格外なんだ?

 

「……死んでないよな?」

「ええ。 でもラルゴ、もう少し実力差を考えて力を振るったらどうかしら? 今のあなたの力は、ちょっと前とはまるで違うんですのよ?」

「一応、加減したつもりなんだが……」

 

 俺は倒れた兵士を隅に隠すと、持ち物を物色する。

 

「しかし妙だ、こいつらからはあまり魔力を感じない。 この屋敷にいるのが全員デーモンってわけじゃないのか?」

「そんなにありふれた種族ではありませんのよ? それに、デーモンの器にはある程度の力量が問われますもの。 この者達は魔力で良いように使われているだけでしょう」

「デーモンってのはそんな事もできるのか?」

「身体を乗っ取れるのですから、それくらいできても珍しくないですわね。 ただこの規模の兵士を操るとなると、デーモンの中でもかなりの実力者だと思いますわ」

「そいつは厄介だな……元には戻せないのか?」

「魂が無事なら、可能でしてよ」

「おお、どうすればいい?」

「これは精神操作(ソウルハック)という魔法の一種……いわば深い暗示が掛かっている状態ですの。 なら、強い衝撃を与えて暗示を解けば良いのですわ、今あなたがやったように」

「なるほどな……お、こいつは!」

 

 俺は兵士の懐の中から鍵の束を見つけ出した。

 

「いきなり鍵がゲットできるとは、幸先いいぜ」

「やりましたわねラルゴ。 あと調べてない部屋は1つだけ……ただ、中に小さな魔力の気配をたくさん感じますわ」

「魔力を把握できるってのは便利だな……俺はどうにも探知には向いてないらしい、実際に触れないとそいつが魔力を持ってるのかすらわからん」

「それは難儀ですわね……でも、あなたに対してはワタクシも同じですの」

「前もそんな事言っていたな。 どういうことだ?」

「どんなことも何も、言ったとおりですわ。 あなたには気配がない。 それこそ、実際に触れるまで、あなたの中の魔力がわからないくらい」

 

 そう言ってエアは俺の目の前まで腕を伸ばし、止めた。

 

「こんなの、あなたが初めてでしてよ?」

「そうか、ならそれは俺の特質……なのかな?」

「かもしれませんわね」 

「逆にだ、俺も頑張れば魔力を察知できるようになるのか?」

「そればっかりは才能かも……ワタクシにはなんとも言い難いですわ。 それで、どうしますの?」

「無論、行くぞ」

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

――そうして、俺たちは屋敷の地下の最奥にある大きな鍵のかかった扉の前にやってきた。

 

「思ったんだが、今の俺ならわざわざ鍵なんて使わなくても開けられるんじゃないか?」

「それもそうですわね。 試してみたらどうですの?」

「ああ、やってみる」

 

 俺は扉にかかった大きな錠に力を込めると、それはまるで腐ったトマトのようにあっさりとひしゃげた。 

 

 予想外の結果に、唖然としてしまう。

 

「おいおい、これは日常生活に支障をきたすレベルだぞ」

「器としての格が上がってきた証拠ですわ。 あとは早く力の扱い方に慣れることですわね」

「……努力する」

 

 そう言って俺は目の前の巨大な鉄扉を開いた。

 中には金銀財宝や、冒険者達が身につけたと思われる装備の数々。

 その中に、俺の装備一式とバックパックが無造作に置かれている。

 

「やっと見つけたぜ……しかし伯爵の野郎、滅茶苦茶溜め込んでやがるな」

 

 俺は取り返した装備を着込んでいく。

 エアが編んだという全身ラバースーツの上に、暗色のシャツとズボン、黒鉄と銀を基調とした全身用の軽鎧に黒のコート、愛剣(トリリオン)と鉄のバックラー、貴重品の入ったベルトとポーチを次々と装着し、エアに振り返った。

 

「やはりこれが一番しっくりくるな、どうだ?」

「まさにラルゴって感じですわね。 それはそうと、まだ奥に部屋があるようでしてよ?」

 

 エアが指差す方向を見やると、冒険者の装備が陳列された棚の横に更に大きな鉄の扉があるのが目に入った。

 山羊頭の装飾を施された錠が、青銅色に怪しく輝いている。

 

「こいつは……魔力錠か」

「どうしますの?」

「正規の開け方をしないと罠が作動したりするからな……さっきの鍵束に調度いいのはあるかなっと……あったな」

 

 俺は鍵束を取り出し、その中の青銅色の鍵を錠に挿しこんだ。

 

――ガチャリ

 

 音を立てて錠が外れると共に、鉄の扉が開いた。

 

 俺は警戒しながら、開かれた小さな通路の中へと足を進めていく。

 やがて、明かりの無い開けた部屋に出る。

 

「ラルゴ、明かりは持っていまして?」

「ああ」

 

 俺は懐から取り出した松明に火をつける。

 すると、目の前に異様な光景が浮かび上がった。

 

「うおっ……こいつは!?」

 

 開けた広場を挟んで横一面に広がる牢屋の数々、中には老若男女問わず大勢の人間達が壁に繋がれている。皆意識は不確かで、どこか遠い瞳でうめき声を漏らすだけだ。

 

「冒険者だけじゃねぇ……あの野郎、一般人だろうがお構いなしか!」

 

 俺は一目散に牢に繋がれた人々を解放した。

 皆消耗していたが、幸い命に別状はない様子である。

 

「本当にすごい数ですわね……」

「解放したはいいが、どうしたものか」

 

 そう言った直後、捕虜の掠れた声が耳に飛び込んでくる。

 

「ぼ、冒険者殿……?」

 

 その捕虜は背丈の高い肌黒細マッチョと言った感じで、老いてはいるがどこか只者ではない風格を漂わせている。

 

「おっ、意識があるのかおっさん?」

 

 捕虜は掠れた声で答える。

 

「私めはこの屋敷の執事……名をジルバ・ザンと申します」

「執事? ……が何故こんなところに」

「2月程前でございます……1人の冒険者と、貝殻のような被り物をした怪しい老魔術師がこの屋敷を訪れてきたのです……ケルゲー様は、その日を境に突然人が変わってしまいました……それを諌めたら……このザマでございます・・・…ごほっ!」

 

 執事は苦しそうに咳き込んだ。

 

「おい無理すんな執事さん。 ……にしても2ヶ月前か、丁度冒険者狩りが現れた時期と重なるな。 やはり正体は伯爵で間違い無さそうだ」

 

 そう俺が呟いた途端、執事は怒鳴りだした。

 

「違うのです! ケルゲー様は心優しいお方……こんな事、何かの間違いです!」

「う、うお! 悪かった! 悪いのは伯爵に取り付いてる悪魔(デーモン)だ、俺達はそいつを何とかする為にここまで来たんだ」

「ケルゲー様は悪魔に操られている、と? そう仰いますか」

「ああ、実際俺も似たような目にあった。 間違いないだろう」

「そうですか……心の隙を突かれ、乱心されたわけではなかったのですな……」

「詳しい事情は知らんが……きっとそうだろう。 な? エア?」

「素直に首を縦には振れないですけれど、今はそういうことにしておきましょう」

 

 それを聞いた執事は、涙を浮かべて俺に頭を垂れた。

 

「おお……神よ、ここに英雄を遣わしていただけた事、心より感謝致します」

「おいおいやめてくれよ…… 英雄ってなぁ……俺はそんな柄じゃないぜ」

「頼みます英雄殿……どうか、あの扉の先にいる子を」

 

 そう言って執事は気を失った。

 よく見れば、その皺の目立つ大きな手は奥の小さな扉を指差している。

 

「気を失っているだけみたいですわね」

「大分消耗してるみたいだからな……にしても次から次へと、どんだけ部屋があるんだこの屋敷は」

 

 捕虜達をその場に残し、俺とエアは部屋の隅にある人間の肋骨を模したような装飾の施された鉄扉の前に立った。

 

「気味悪い扉だな、これの製作者は絶対悪趣味だぜ」

「この扉……魔力が完全に遮断されているみたいですわね……用心なさい」

「ああ、開けるぞ」

 

 俺は気味の悪い鉄扉の取っ手を掴んだ。

 

――ギィ

 

 静かに扉が開く音がする。

 

「鍵は開いてるな……そら!」

 

 俺はそのまま扉を開け放った。

 

 すると――

 

「うッ!」

 

 扉を開いた瞬間、凄まじい薬剤の臭いが鼻を突いた。

 形容しがたい様々な臭いが入り混じった……頭が痛くなる臭いだ。

 

 続いて目に入ったのは、何かの作業に没頭する長身痩せ身の異形の姿。

 その頭はまるで貝殻のようなものに覆われている。

 こいつが執事の言っていた老魔術師だろうか?

 

 ふと奥にある手術台から、少女の呻き声が響いた。

 

「んーッ! んーッ!」

「おーヨシヨシ……良い子だからじっとしてなさい」

 

 老人のような声音で喋る貝殻頭の手には、得体の知れない液体の入った注射器が握られている。

 

 俺はたまらず狭い通路の前に乗り出した。

 

「てめぇ、何してる!」

「ッ!?」

 

 突然叫んだ俺に驚いたのか、貝殻頭は手にした注射器を床に落とす。

 

――パリンッ

 

 高い音と共に割れた注射器からこぼれた液体が、シュワシュワと魔力の気を上らせた。

 

「馬鹿者! 部屋に入る時はノックくらいしろとあれ程言っておろうに……ん!?」

 

 貝殻頭は俺を見ると、怖気もせず横に立てかけてあった細長い杖を手に取った。

 

「貴様ら、知らん顔だな……何者だ?」

 

 俺は剣を抜き、じりじりと貝殻頭との距離を詰めていく。

 

「こいつもデーモンか?」

「ただのデーモンではないようですけれど……」

「曲者め……衛兵共は何をしておる!」

 

 貝殻頭は魔力を込めた杖の底部を床へと突きたてた。

 

「きぇい!!!」

 

 掛け声と共に杖から魔力の波動が放たれ、俺たちを弾き飛ばした。

 

「ぐっ、凄い力だ」

 

 咄嗟に受身を取るが、波動は絶えず放出され続けており前に進めない。

 

「ラルゴ」

「……なんだ?」

「これを使いなさい」

 

 そう言ってエアは、以前俺が渡した銀のナイフを取り出した。

 

「どうしてこれを俺に?」

「やはり知らなかったんですのね。 これは魂凍刃(ソウルフリーザー)、文字通りデーモンの魂を凍らせる事ができますの」

「そんな大層な代物だったのか……わかった、使うぜ」

 

 俺はナイフを受け取り、足に魔力を集中し始める。

 

「これならどうだ貝野朗、止めれるものなら止めてみやがれ」

 

――ゴォ

 

 低い着火音と共に、俺の両足先に炎が宿った。

 

「エンチャントファイア――」

 

 炎を込める事で、身体能力を強化しつつ炎属性を付与する俺のオリジナルだ。

 更にこれを足先に集中することで、脚力のみを集中的に上昇させる。

 俺の装備は炎に強い特殊な材質を厳選しているから、溶ける心配もない。

 さらにこの状態で加速すれば、この波動を潜り抜けて奴にも食らいつけるはずだ。

 

「赤熱走破(レッドブーストダッシュ)!!」

 

 掛け声と共にロケットスタート。

 狙い通り、波動を受けようが俺の勢いの方が上だ。

 

「な、この中を進んでくるとは!」

 

 そして、間合いを詰めると同時に右手に持ったナイフを振り下ろした。

 

「オラァッ!」

 

――ヒュッ

 

 しかし、貝殻頭はその外見からは想像できないほどしなやかな動きで俺の一撃をかわした。

 

「なっ、速い!」

 

 その一瞬、貝殻頭の視線が俺の得物にそそがれる。

 

「ッ!? 魂凍刃だと!? 冗談ではない!」

 

 貝殻頭の左手が一瞬ぶれる。

 

――ドゴッ!

 

 気がつくと俺は宙を舞っていた。

 

「ぐおっ!」

 

 俺は後ろにいるエアに受け止められる形で体勢を立て直した。

 

「だ、大丈夫ですの?」

「ああ、ダメージはない……だが、奴の動きを目で追えなかった」

「あの者、ああ見えてかなりの手練のようですわね」

 

 そのまま、貝殻頭は流れるような動作で右手の杖を床に突く。

 

――カンッ!

 

 杖の金属音が響くと、底面から床に向かって貝のような紋様の魔方陣が浮かび上がった。

 

「転移門(トランスゲイト)!」

 

 そして、瞬く間に魔方陣の中から小さな門が出現する。

 

「な、何だあれは!?」

「ラルゴ! そこにいたらワタクシが動けませんわ!」

 

 魔力が渦巻く音と共に門が開かれ、凄まじい閃光が放たれる。

 

「なっ、エア! 伏せろ!」

 

 俺はすぐさまエアを庇う。

 

 この異様な輝きはなんだ、目が眩んでしまう。

 続けて押し寄せてくるのは、異常な程の魔力の波――

 

「うおおおお!!!」

 

――ズゥン……

 

 門が閉まる音と共に、光が収まった。

 

「オオオ……お?」

 

 なんだ、何が起こった?

 俺も……エアも無事だ、ピンピンしている。

 

「なっ!」

 

 気がつけば貝殻頭の姿が消えている。

 

「……はぁ」

 

 エアは俺の後ろで、深い溜息をついた。

 

「逃げられた……のか?」

「あなたがもたもたしているからですわ、全く」

 

 エアは頬を膨らませ、ぷりぷりと怒っている。

 

「わ、悪かったよ……初めて見たんだ。 あの魔法はなんだ?」

「知らないのも無理ありませんわね。 あれは転移魔法……魔力に秀でた者の中でも、ほんの一握りしか使えないとても高度な魔法ですわ」

「そ、そうなのか?」

 

(何故そんな事を? 魂凍刃の事といい、謎ばかりだが……言ってもはぐらかされるだけだな)

 

「何をぼさっとしてますの?」

「おっと、そうだった」

 

 俺は部屋の中央に駆け込む。

 

 よく見れば、この部屋は研究室のようだった。

 部屋一帯に漂う薬剤の臭い、壁に綺麗に陳列された人間の頭蓋と、怪しげな液体に浸けられた臓器の数々。

 中央の手術台には、肩まで伸びた黒灰色の髪の少女が、一糸まとわぬ姿で拘束されている。

 筋肉質で細い白い身体……ほぼぺったんこの胸……小さな乳輪と桃色の乳首。

 頭の上からは狼のような黒色の耳が、腰の付け根からは同じような色の大きな尻尾が生えている。

 しかしその特徴的な尻尾以外、身体には体毛の1つも見られない。

 首には鉄製の首輪が付けられ、少女の白い肌のあちこちには注射の痕や、大小さまざまな青痣が見受けられた。

 

(狼の亜人(デミウルフ)か? 初めて見たが……こりゃ相当怖い目にあったようだな。 さしずめ、物珍しさに奴隷にされた挙句、なんかの実験台にされてたってところか……)

 

「おい無事か?」

「ふーッ!ふーッ!」

 

 少女は興奮状態で、瞳に涙を浮かべながら息を荒げている。

 

「もう大丈夫だ。 今助けるからな」

 

 俺は素早く少女の拘束を解き、容態を確かめる。

 幸い命に別状はないようで、今の状況に怯えていることを除けばあまり問題はないようだ。

 俺はポーチから包帯を取り出すと、それに取り出した緑の液体を浸け少女の手当てをした。

 いつかの青年に貰った薬草がこんな所で役に立つとは。

 

「いや!」

「大丈夫ただの傷薬だ、変な薬じゃない。 それにしてもあの貝野朗、ひでぇことをしやがる」

 

 俺は暴れる少女を落ち着かせながら、包帯を巻き終える。

 そしてひとしきり部屋の中を見渡した後、頭を抱えた。

 

(にしても、伯爵をおかしくした主犯格の1人があの貝野朗だとすると、もう1人は冒険者……つまり、俺達ギルドの中に裏切り者がいるってことになるな……一体どこのどいつが、こんなふざけた事を企てやがんだ。 自分が誇りをかけた仕事が、どこの馬の骨かもわからねぇ奴に汚されてると思うと反吐が出るぜ)

 

 ふと、狼少女がひょいと手術台から地面に降り立った。

 

「なんだ、もう立てるのか?」

「うん……おにいちゃん、ありがと」 

「そうか、よく頑張ったな」

 

 俺は少女の頭を撫でた。

 何故だか知らないが、子犬みたいでそうせずにはいられなかった。

 

「あっ……」

 

――じょろろろろ……

 

 ふと薬剤の臭いに混じって、アンモニア臭が俺の鼻を突いた。

 

「うおっ!」

 

 狼少女は顔を赤くして俯いている。

 

――パシン!

 

 高い音が部屋の中に響くと同時に、頭に鋭い痛みが走った。

 

「うお! じゃありませんわ、全く」

「な、なんだよ! びっくりしただけだ」

「いいから、あっちを向いていてくださる?」

 

 エアは少女に静かに手を翳した。

 

「――即興生成(イージー・メイクシフト)」

 

 エアの手から放たれた魔力の糸が、少女の身体を包んでいく。

 

「なに?!」

 

 怯えた少女が悲鳴をあげる。

 

「案ずる事はありませんわ」

「え……」

 

――ミチミチ……

 

 少女の凹凸のない身体を覆うように、黒い魔力が染み渡っていく。

 やがて、それは少女を覆うラバースーツとなった。

 

(うお、なんてこった)

 

「簡易的ですが、何も着ないよりはマシでしょう? それに、見かけによらず丈夫さには自信がありますわ」

「……しかし、魔力で防具を作るなんて便利なもんだ……」

 

――パチン!

 

「痛いっ!」

「なんでまじまじと見ていますの? あなたったら本当にデリカシーがないですわね」

「いやぁそれ程でも……」

 

――バチン!

 

 もう、本当に痛い。

 

「どうだ、少し落ち着いたか?」

 

 少女の緊張は徐々に解れ、声の調子も戻りつつあった。

 しかしこの格好、如何せん下半身によろしくない。

 俺はコートを脱いで少女に羽織らせる。

 

「それだけじゃ目のやり場に困るからな、着ておきな」

「あったかい……あの、おにい……ちゃん?」

「ああ、俺の名前はラルゴ。 こっちはエア」

 

 エアは優雅に礼をする。

 

「よろしくお願いしますわね。 あなたのお名前は?」

「わたしはウル……ウル・ネブラスカ」

 

 少女はたどたどしい口調でそう名乗った。

 

「ああ、よろしくなウル」

 

 ふと横を見やると、エアが静かに部屋の中を物色し始めた。

 あいつ、何をしてるんだ?

 

「おにいちゃんたちは、どうしてここにいるの?」

「ラルゴでいい。 そうだな……騙されて捕まって……その仕返しがてら屋敷の中を回ってたんだ。 ウルの方は何があった? いや、言いたくないなら言わないでいいぞ」

 

 ウルはぶんぶんと首を振った。

 

「わからない……群れからはぐれたところを人間に捕まって……」

 

(亜人を毛嫌いする連中は腐るほどいるからな……こんな可愛いのに、人間と何がそんな違うっていうんだ)

 

「それで、この首輪を嵌められて……みんなわたしのことを物みたいにあつかうの。 それでね、太ったおじさんがわたしを買い取って……おじさんは、最初は優しくしてくれたんだけど、さいしょだけだった」

 

(伯爵か……恐らく、途中からデーモンに乗っ取られたんだろうな)

 

「それからまた、みんなわたしを物みたいに……なんどもひどいことしたの。 わたしがいやっていっても、絶対やめてくれなかった」

 

 言葉と共に、少女はわんわんと声を上げて泣き出した。

 俺は優しく抱き寄せ、頭を撫でる。

 そうすると、ウルが俺の腕を強く握った。

 

「辛かったな……もう大丈夫だからな」

 

 俺はウルの首輪を静かに引きちぎった。

 

――ゴトッ……

 

 重い鉄が床に落ちる音が響く。

 

「どんなにがんばっても取れなかったのに……」

「良かったな、これで自由だぞ」

「ありがと……おにいちゃん」

 

 涙を流す少女の顔が、ぱっとほころびを見せた。

 

「気にすんな」

 

 ふと、エアが戻ってきた。

 なにやら俺たちが話してる間に、部屋の中を調べ終えたようだ。

 

「お邪魔しますわね。 ラルゴ、さっきのデーモンですけれど」

「ああ、あの貝野朗がどうした?」

「あの男の手記が見つかりましたわ。 中々興味深い事が書かれていましてよ」

「なに? どんな内容だ」

 

 そう言って俺は、エアが取り出した手記に目を通す。

 

「うわ、きったねぇ字」

「なんとかワタクシなりに解読したのですけれど……筆者は古代悪魔(エルダーデーモン)、スカラー・シェルキオール。 ご丁寧に自身の種族まで記してありましたわ」

 

「エルダーデーモン?」

 

「デーモンよりもずっと歴史の長いデーモン……というところですわね。 どうやら、魔術の適正のない人間に無理矢理、魔術の素養を開花させる研究をしていたらしいですわ」

「なるほどな、さっきの捕虜達はその為に集めたのか。 ……ウルは魔法を使えないのか?」

「前はちょっとだけど使えたと思う……でも、首輪をはめられてからまったく魔力を感じられなくなったの」

「そうか……また使えるようになるといいな」

「うん、ありがと」

 

 そう言ってウルは笑う。

 

「にしてもすげーもん見つけたなエア」

「あの手の者は、やたらと自伝を書きたがる傾向がありますから……」

「なるほどな。 まるで身内にそういう奴がいるかのような……」

 

 そう口走った直後

 

――ガチャガチャガチャガチャ

 

 部屋の外から、慌しい足音が聞こえてくる。

 俺は慌てて臨戦態勢を取った。

 

「しまった、部屋に気を取られすぎたか」

「仕方ありませんわね。 ラルゴ、打って出ますわよ」

 

 俺は研究部屋を出て、牢のある大部屋に戻る。

 エアはウルの手を引きながら、後ろをついてきた。

 

 大部屋に戻ると、伯爵が大量の兵士を伴って待ち構えていた。

 

「ん~、随分手間をかけさせてくれたじゃないかぁ」

 

 伯爵自身も、山羊を模した白金製の全身鎧を身に纏い、1,8mはあろう体躯と、それ以上に大きい戦斧を手にしている。

 

「おねえちゃん……」

「ウル、心配ありませんわ」

 

――パチン!

 

 指が鳴る音が響くと、大部屋の松明が一斉に点火され、眩しいほどに視界が広がった。

 捕虜達は部屋の隅の牢の中で縮こまって、息を殺している。

 

――パチン!

 

 続けて伯爵が指を鳴らすと、投擲用の槍を持った大量の兵士達が一斉に陣形を組みはじめた。

 

「なぁ伯爵! あんたは立派な器が欲しいんだろう? ここで俺達を殺しちゃ意味ねーんじゃねーか?」

「脅しのつもりかい? 生憎君レベルの冒険者なんて、探せばごまんといるんだよぉ」

「そーかい……そいつはご挨拶だな」

 

 俺はバックパックをエアに預け、愛剣(トリリオン)を抜いた。

 そして、剣で盾を打ち鳴らして奴らの注意を集める。

 

「やってみろよ、雑魚共」

「金級冒険者風情が……よろしい、諸君、わからせてやりなさい」

 

――パチン!

 

 伯爵が再度指を鳴らすと、陣形を組んだ兵士達が手にした投擲用の槍を構えた。

 

「――号令(オーダー)・筋力強化(ストレングス)」

 

 伯爵が手にした戦斧に魔力を込めると、兵士達を黄色のオーラが包み込んだ。

 

(なんだ、補助魔法か? 筋肉が、甲冑越しにわかるほど膨れ上がってるぞ……だが、俺だってなぁ)

 

「――エンチャントファイア!」

 

――ボオヮゥッ

 

 着火音と共に、身体中に炎を纏わせる。

 状況はあれだが……不思議と絶望はしていない。

 

「怯むな、我が精兵たちよ! 目に物見せよ!」

「来な!!!」

 

 伯爵が手にした戦斧を指揮棒のように振り下ろす。

 

「放てェッ!!!」

 

 

――伯爵の号令と共に、ラルゴ目掛けて凄まじい数の槍が投げ放たれた。

 

 

 

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