「何故だ?」
「なんでだろう。自分にもわからない」
別に生きるのが苦しくもないし、自分一人では足りない重荷を背負ってることもない。唯ひたすらに、特に理由も無く死にたい。
「死にたいとは言ったけど、今首に包丁を突き立てるのは嫌だ」
「む?死にたいのにか?」
「まだ慧音と生きていたいからね」
「...そうか」
僕の言葉に、彼女はすこし感じるところがあったようだ。まぁ考えてることは解るが。
例えば寿命。僕が自分から幕を引こうが人間の限界まで生きようが、彼女は間違いなく僕の死を看取ることになるのだ。その時まで別れていなければ。
もしかしたら、それも僕が死にたい理由の一つかもしれない。
でも僕は確かに生きていたいのだ。
「まぁ、いいさ。なんとかなる」
「そうだな。なんとかなる」
最近は子供達から冷やかされることもある。慧音と付き合い始めたからだ。
女の子はやはり色恋沙汰が好きなのか。
男の子はと言うと、特に何も変わらない。強いて言えば、時々嫉妬のような感情を感じるようになった。
「僕の方が魅力的だったってことさ」
勿論男の子達に言ったのではなく、心の中で言い訳しただけだ。
今日の午前だけの仕事が終わり、家路を歩いていると知らない人に呼び止められた。
「取材?」
「ええ。ご協力願います」
「構わないけど、僕なんかに?」
「貴方が射止めた人は、此処において重要な御方ですから」
「成る程」
とりあえず答えることにした。家の中に招く。
「...射命丸さん?」
「文でいいですよ。何でしょう?」
「近くないですか?」
「いえ、近いというのは...」
彼女は体を更に寄せ、ふくよかな乳房を僕の胸に押しつける。小さい手のひらが、僕の顔を捕らえた。
見つめあう形で固定される。解こうとしたのだが、想像以上の力で振りほどけない。
「......」
彼女は顔を近づける。
美しい、柔らかな唇が僕の唇に重ねられる。穏やかなキスであり、深い慈しみと愛情を感じるものだった。
そしてそれは、僕という人間を完全に虜にするまで続けられる。
「......」
腕はだらん、と垂れ下がり、体からは力が抜けていく。
思わず床に腰を下ろしてしまうが、彼女はのし掛かった姿勢のままキスを続ける。
口の端から唾液が零れ、床を小さく濡らした。
「...ぷあっ」
ようやく彼女が唇を離したとき、僕はもはや纏まった思考が出来るような状態では無かった。
頭がぼんやりとしか働かない。それは小難しい本を読み終わり、その中身を整理しようとする時の思考に似ていた。
「...私の想い、伝わりました?」
「...うん」
かろうじてそれだけ答えた。
「...受け取ってくれますか?」
「......」
惚けたふりしか出来ない。自分がどう答えればいいのか解らないから。