とにかく、暇なのだ。
何しろずっと布団の中に居なければいけない。暇潰しがあれば違ったのだろうが、今は持っていない。今は。
今日の朝、洗顔ついでに髭を剃ろうとしたのだが、洗面台にあったのは剃刀だった。
今まで髭剃りしか使ったことがないので面食らったが、よく考えれば女の子ばかりの永遠亭に髭剃りがある訳がない。髭を剃れるだけ儲けものだと考え、鏡を見ながら慎重に剃ったのだった。
その後は部屋に戻り、ひたすらぼーっとしていた。暇だから。すると慧音が水菓子と本を持ってきてくれた。かなり嬉しい。
そして、その時に言われた。
「私のために生きてくれ」
「......」
考え事をしながらの読書なので、内容などまるで頭に入って来ない。ただ文字を読みページを捲るだけの単純作業になってしまっている。
僕はぱたん、と本を閉じた。そして本を持ったまま部屋の外に出る。
永遠亭はかなり広いし、明らかに内部構造がおかしい。何処をどう行けば戻れるのか解らなくなった。つまり、迷子だ。
「ん?」
目の端に、艶やかな黒髪が揺れるのが映った。
顔を向けると、横顔だけでも判るほどの美しい少女がいた。
「......」
見惚れた。それは絶対的に抗えない、必然的なことに思える。
ちらり、と少女が此方を見た。目が合った途端、金縛りにあったかのように体が動かなくなってしまった。
少女は微笑を浮かべたまま僕の方へと寄ってきた。
「貴方、此所に入院してるの?」
「ええ」
「それはそれは。退屈な場所でしょう?」
「愛する人に本を届けてもらったので、今のところは」
「あら、ちょっと見せてもらえる?」
少女は僕が持っていた本を手に取り、表紙をまじまじと見つめる。
「面白そうね。借りるわ」
「え?」
少女は背を向け歩き去ろうとする。慌ててその背中を追ったが、ついぞ追いつくことは出来なかった。
そして気がつくと、僕のすぐ側には病室のドアがあった。
「...本のお返しかな?」
独りごちて、ドアを開ける。兎の耳を生やした少女が、見舞品の水菓子に手を伸ばしていた。
「...ごめんなさい」
「まぁ、いいけどさ」
まさか患者の見舞品に手をつける者がいるとは思わなかった。この兎の少女は手癖が悪いのだろうか。
「林檎と桃、どっちが好き?」
「林檎!」
どうやら遠慮を知らないようだ。まぁ見た目通りではあるか。
林檎を一つ渡すと、兎の少女はどこからかナイフを取り出し、綺麗な兎形に切り分けていく。随分と慣れた手つきなので、普段からやっているのかもしれない。
「はい、あーん」
兎の少女は林檎の兎を口に咥えたまま、器用に喋る。言われたまま口を開けると、林檎の兎のお尻が僕の口に押し込まれた。
しゃくしゃく、と食べ進めていく。兎の少女の柔らかい唇が僕の唇に当たった。
どうせだからと唇も丹念に味わっておいた。
「じゃ、お大事にー」
そして、またこの部屋に独りになったのだ。暇潰しの無くなった状態で。