妹という魔力に魅了される男(あに)達 作:チャンドラ=グプタ
土曜日の朝早くに目を覚ました俺は身支度を整え、神奈と共に出掛けることにした。
外は晴天で、お出かけ日和と言っていいだろう。
「いいお天気ですね。お兄様」
「ああ、そうだな」
俺たちが向かったのは最寄り駅から二つ分離れた場所にある大型ショッピングモール。
店内に入った俺達は、まっすぐ映画館へと足を運んだ。神奈は見たい映画があるとのことだった。
「お兄様。ポップコーンはいりますか?」
「ああ。ちょっと買ってくるよ」
「すみません、お願いします」
ポップコーンと飲み物を二人分購入する。神奈の元に戻り、早速劇場内に入る。
「この映画、ずっと見てみたかったんですよね。すごく楽しみです!」
「そ、そうか……」
神奈が見たいと言っていた映画――そのタイトルは『呪いのハッピーエンド』である。
ジャンルはタイトル通り、ホラー映画で、主人公の女性がひたすら男の悪霊に襲われるという内容である。
正直なところ俺はこの映画を見たくなかった……というのも、俺はホラー映画が大の苦手なのである。
いつも俺が見るのはコメディとかアクションといったジャンルの映画が多かった。
やがて、館内が暗くなり映画の広告が始まった。上映前に流れる映画の広告はテレビで流れる広告よりも見に行きたくなるから不思議である。
広告が終わり、顔面カメラマンが違法アップロードの禁止を促し、映画がスタートした。
黒い家の描写から始まり、そして――
「いやぁ! すごく面白かったですね。お兄様!」
「そ、そうだな……」
怖かった怖かった怖かった! 映画を見ていて何度か漏らしそうになった。特に悪霊が主人公に襲いかかるシーンがやばかった。
こんな映画を清々しい表情で視聴できる妹のことが思わず心配になりそうだ。
「お兄様。お昼にしませんか?」
「ああ、そうだな」
フロアマップを確認して、レストランがある集積している場所へと向かう。その中で和風料理がメインのレストランに入ることにした。
「お兄様。どうぞ、先に料理を選んでください」
「分かった」
メニュー表を開き、注文する料理を選んだ。店員に料理を注文し、料理が来るのを待っている間、神奈とさっき見た映画の話をしながら待つことにした。
「最後、本当に衝撃的でしたね。まさか、主人公が殺されて男の悪霊と共に幸せにくらしていくだなんて、想像もつきませんでした!」
爛々とした様子で映画について語る神奈――この光景が俺にとってはホラーであった。
「お兄様。藍さんの様子はどうですか?」
神奈が藍の様子を訊く。
神奈と藍との直接対決から数日が経過している。藍は学校で俺に絡んでくる素ぶりはなかった。
「今の所、特に何かしてくる様子はないな」
「そうですか。それはよかったです」
だが、この数日間の藍の様子に違和感を感じていた。昼休みはしょっちゅうスマホを弄っており、まるで何かを必死で調べているようだ。なんとなく不気味である。
ただの杞憂であれば良いのだが。
「お待たせいたしました。こちら、鯖味噌煮定食とレバニラ定食になります」
料理が運ばれて来たため、俺達は昼食を食べることにした。
「あの、お兄様」
「ん、どうした?」
神奈に話しかけられ、一度箸を止める。神奈はかなり深刻そうな表情である。
「私達、誰かに見られています」
小さい声でそう話した。誰かに見られているだと? 全くそんな感じがしないが。
「本当か? 全然分からないが……」
「いえ、確実に誰かに見られています。とりあえずはこのまま平静を装ってください」
「わ、分かった……」
すごいな神奈のやつ。この前見た喧嘩っぷりといい、一体神奈はどんな訓練を受けているのだろうか。
俺は無理な笑顔を作ってみた。
「笑顔が硬いですよ。お兄様」
「そ、そうか……」
昼食を食べ終えた後、会計を済ませ、ショッピングモールの外へと移動する。
神奈は付けている人物を炙り出すらしい。ショッピングモールから離れ、人気(ひとけ)ない、開けた場所に向かう。
「そこにいるのは分かってるんですよ。隠れてないで出てきたらどうですか?」
木の影から姿が見え出した。いよいよ黒幕のお出ましか。多分、藍だと思うが……
「やるなぁ。まさかバレているとは思わなかったよ」
なんと、俺たちを付けていたのは氷川先生であった。
「ひ、氷川先生!? どうしてここに?」
「どうしてって……そりゃあ、君のことが目的に決まっているじゃないか」
「なるほど……この人が前に言っていたお兄様の貞操を奪おうとした先生ですか……」
神奈の表情がさっきのホラー映画で見たような恐ろしい表情に変わり、ギリギリと歯ぎしりする。怖い。
「初めましてだね。妹さん。君もお兄さんと似ていてとても美形だ……けど、あいにく私は女性に興味はないんだ。私が欲しいのは純也君。君だ」
「もう兄とは関わらないでください! 流出したら困るデータがあるのは知ってるでしょう?」
神奈は脅しを掛けるも氷川先生は全く動揺した様子を見せなかった。
「浅沼藍が持っているデータのことか? それは君達が持っていないだろう。それに、浅沼藍とも話を付けてきた。浅沼藍はすでに私の味方だ」
「どうして藍が……」
「それはだね。純也くん!」
氷川先生と反対側の木の影からもう一人姿が現れる。その人物はなんと藍であった。
「あ、藍!?」
藍の姿を見て、思わず驚きの声を出す。
「やはりあなたが一枚噛んでましたか。本当にしつこい女ですね……」
神奈は藍にゴミを見るような視線を送る。
「あぁ! その視線……本当にいい……もっと私を虐めて欲しい……!」
藍は神奈に罵倒されたのにも関わらず、恍惚の表情をした。一体、どうしたんだこいつ。
「い、一体……何があったんだ藍のやつ?」
「君の妹さんの影響だよ。純也君」
「ど、どういうことですか?」
先生の言っていることを俺は全くもって理解できなかった。
「前に妹さんに散々弄ばれて、私は妹さんじゃないと満足できない身体になっちゃったんだよ……純也君、君のことはもういいや……私、妹さんのことが心の底から好きになっちゃった……えへへへ……」
「おかしなのに好かれるのは血筋ですかね。お兄様」
「そ、そうかもな……」
両側から氷川先生と藍がジリジリと距離を詰めてきた。神奈は氷川先生と間合いを詰め、拳や蹴りを繰り出すが防がれた。
「全く、君の妹さんは乱暴だな」
「想像以上に強いですね。この方……」
「神奈。ここは逃げるか」
神奈に耳打ちする。逃げた方が得策だと考えた。
「……ですね。二対一だと流石に分が悪いです」
神奈は俺の手首を掴み、人気(ひとけ)の多いところに駆け出そうとした。しかし、氷川先生はものすごい速さで距離を詰め、俺の腰を掴み、逃亡するのを阻む。
「はぁ……純也君……早く一つになろう……」
氷川先生は俺の胸に顔を埋め、匂いを嗅いできた。
「や、やめてください!」
「お兄様から離れてください!」
神奈は氷川先生を突き飛ばした。尻餅をついた氷川先生は「いたた」と呟きながらゆっくりと立ち上がる。
「乱暴だなぁ。純也君の妹さん。藍、彼女のことをお願いするよ」
「分かりました。さぁ、神奈ちゃん。また一緒にしよう。私の身体、好きにしてくれてもいいからさ……」
「お断りします。お兄様。なんとか堪えていてください。私は藍さんの方をなんとかします」
「堪えるって言っても……うわ!」
氷川先生は俺に抱きつこうとしてきた。身を翻して避ける。
「どうして逃げるのかな? 純也君。私のこと嫌いか?」
「そ、そういう訳じゃありませんが……」
「お兄様! ここははっきり言ってやってください! 嫌いだって!」
神奈はキスをせがもうと顔を近づけている藍を必死に拒んでいた。くそ、この変態二人のせいで妹にまで被害が……そう考えるとなんだか炎のような怒りが湧いてきた。
「ああ、そうだ! 嫌いだ! お前なんかとっとと死んで元彼のところに行けばいい!」
怒りに任せて氷川先生を罵倒する。すると、氷川先生はプルプルと身体を震わせる。ゾクリという悪寒がした。
まさか、藍と同じで喜んでいるとかないだろうな……
しかし、俺の予想は全くのハズレであった。氷川先生から目の虹彩が消え、ポケットからなんとサバイバルナイフを取り出した。
「ちょ……先生!?」
ナイフの刃先がギラリと日光に反射する。
「そうか……君は私のこと死んで欲しいと思ってるんだね。ならば……君を殺して私も死んでやる!」
おいおいおい。どうしてこんなことに!? そもそも、どうしてナイフなんて持ってるんだ。銃刀法違反で捕まるぞ。
「うおおおおおお!」
氷川先生はナイフを俺に向けて、走り出した。全身が生命の危機だと叫んでいる。恐怖を必死に抑えながら、避けた。
「避けるなああああ!」
馬鹿野郎。普通避けるだろう。どうする? このまま避け続けるのは流石に厳しい。
俺は考えた。しかし、まるで妙案が思い浮かばなかった。
助けを呼ぼうにもスマホを操作する暇などない。周囲に人もいないため、叫んでも助けに来ないだろう。
「うわ!」
そうこうしている間に足がもつれて転んでしまった。腰が抜けて立ち上がることができない。氷川先生は両手でナイフを構え、俺を見下ろしている。
あ、これは死んだな。
「うおおおおお!」
氷川先生はナイフを振り下ろす。恐怖のあまり目を閉じる。
「お兄様!」
神奈の声が耳に届く。走馬灯かとある記憶が蘇ってきた。
それは神奈と仲が良かった時の記憶。
小学校の頃は一緒にゲームをしたり、外で遊んだりととても楽しい毎日を過ごしていた。
そんな毎日が終わりを告げたのは中学校の頃であった。
小学校の時、続けていたバスケ部を俺は中学校でも続けることにした。俺は一年生ながらもエースとして活躍しており、神奈は試合の度、毎回応援しに来てくれていた。
「お兄ちゃん! 決勝頑張ってね! これ、お守りだよ!」
地区大会の決勝戦前、神奈は俺に手作りのお守りを渡してくれた。俺はそれをありがたく受け取った。
「ありがとう。必ず勝つよ!」
最終クォーターの終盤まで一点差で俺の中学校がリードしていた。しかし、俺が出したパスがカットされ、逆転を許した。
その試合をキッカケに俺は部活を辞めた。その時からだろうか。神奈の俺への呼び方が『お兄ちゃん』から『お兄様』と変わったのは。
ゆっくりと目を開ける。目の前には両手を広げた神奈が立っていた。神奈の顔の数センチ先にナイフがあるが、氷川先生はナイフ持つ手を止めていた。
藍は地面に倒れ込んでおり、どうやら気絶しているようであった。
「お兄様に手出しはさせません! 例え命に変えても……」
氷川先生は手を下ろし、地面にナイフを落とす。
「ふ、ふふふ……君は本当にお兄さんのことが大切なんだな」
「もちろん。『妹』ですから……」
氷川先生は抵抗の意思を失った。スマホで警察を呼び、俺と神奈は長時間に渡る事情聴取を受けた。
警察が言うには氷川先生に協力していた藍はしばらくの間、停学になるとのことだった。
警察署から出ると、すでに外は夕暮れ時になっていた。
「大変な一日でしたね。お兄様」
「そうだな……あん時はマジで死ぬかと思った」
「お兄様は私が殺させはしませんよ……絶対に」
神奈が氷川先生から俺を守ってくれたシーンが脳裏によぎる。俺は足を止めた。
「神奈……」
「お、お兄様……どうしました?」
気づけば、神奈に抱きついていた。暖かく柔らかい神奈の感触が伝わる。
俺は自分が死ぬ以上に神奈を失うこと方が怖かったのである。
「神奈が死ななくて本当に良かった……」
「私も……お兄様が無事で本当に良かったです」
神奈は俺の頭を優しく撫でる。とても心地良い気分になる。
「それじゃ、帰ろうか」
俺は再び歩き出し、家に向かおうとした。しかし、神奈は付いてこようとしない。
「おい、神奈……」
後ろを振り向くと――神奈がキスしてきた。しばらくの間、唇を重ね合わせ、神奈は顔を離す。
風がサラサラとした神奈の茶色い髪を軽く揺らす。
「か、神奈……」
「お兄様。今からお兄様に自分の気持ちを正直に伝えますね。私……お兄様のことが好きです」