鮮烈に眩む 作:あめも
「……うわ」
窓から差し込む光で、目が覚めた。
かわり映えしない休日の朝。それにしては眩しい光に細目で時計を確認すれば、昼前と言ってもいい時間を指している。
(今日は朝からゲームやろうと思ってたのに)
窓の外の青空が恨めしい。いっそ布団に戻ってしまいたい欲を押し込めて、小さくため息を吐く。
——とりあえず、腹が減った。
薄着でもなんとかなる季節になったな、と部屋着で階段を降りる。休日なので、家族も朝食はバラバラだ。この時間ならなおさらリビングは無人。軽く焼いたパンに冷蔵庫にあった夕飯の残りを乗せれば、遅い朝食はすぐに終わった。
水分をとって、諸々済ませ、戻った自室でVRマシンを起動。ダイブするタイトルは、ここ数週間ほぼ固定だ。
『サバイバル・ガンマン』。今主流のVRゲームの中では、「トップレベルというほどではないがそこそこ人気」位の中堅タイトル。
なら無難な良ゲーなのかと問われれば、そうではないと言い切れる。
少なくとも俺にとっては、誰もが夢見る「限りなくリアルに近い神ゲー」だ。
逸る鼓動を抑えて、ヘルメット型のマシンを被り深呼吸。一般プレイヤーには表示されないサーバー名を選択し、ダイブ独特の浮遊感に身を任せる。
待っているのはどす黒いダメージエフェクトと、回復アイテムにしてはしみったれたタバコと酒、制限無しの痛覚再現。それらが揃った隔離サーバーこそ、血と鉄とクソモンス飛び交う、俺達の最高の遊び場だ。
初めは困惑しかなかった孤島での生活も、一月も経てば慣れてくる。
弾切れに気付いて焦りを見せた襲撃者の銃を蹴り上げ、ついでに引き倒してこちらの弾丸を叩き込めば、本日最初の戦闘はあっさり終わった。懐を漁るもパッとしない品揃えだったので、弾だけ補充して場所を移る。
長い休みをほとんどこのゲームへのログインに費やしているからか、不意打ちされなければ殺される前に殺せる位には動き方も分かってきた。
……三回に一回は普通にやられるし、そもそも殆ど奇襲で始まるから勝率はまだまだだが。
じわりと痛む左腕も、酒は飲んだし少しすれば治る。最初の頃、これがあるから楽しいんだと笑っていた誰かにドン引きした覚えがあるが、確かになと思えてしまうようになった位にはこのゲームにハマってしまった。
とにかく妥協を許さないリアル再現の中での戦いは、他のゲームはもちろんリアルでさえ味わえない緊張感と高揚があって、なんというか、やみつきになるのだ。
「お、インしてたのか。μ鯖とγ鯖また戦争したらしいぞ。
消耗を回復すべく妙な味のタバコを燻らせていると、この頃良く話す奴が声をかけてきた。同時期に始めたらしい彼とは、野良の対モンスター連合で何度か組んでからよくつるんでいる。多少裏切られるとしても単独よりは生存率が上がるので、たまにドロップを巡って殺し合う位の友好的関係だ。
怪我しているのか、歩き方がおかしいので半分残った酒を投げ渡すと手を上げて返された。
「またやったってのは初めて聞いた。でもあれってPvPだろ? 俺はモンス狩ってる方が楽しい」
「俺は対人戦好きだけどな。読み合い楽しいじゃん。モンスターは強すぎてそれどころじゃねえし」
「圧倒的な力に立ち向かうのがいいんだろ」
「ドMかよ」
「んだとお前……っうわ!」
地面に積もる落ち葉の中に一瞬、青い何かが見えた。小型の蛇だと認識する前に、反射的に乾いた岩の上に飛び乗る。そうして距離を置くと、あちこちでカラフルな鱗が土を這っているのがよく分かった。
群生の蛇。ダメージはそこまで高くないが、噛みつかれると種類によって状態異常をかけられる。囲まれるとハメ殺しもあり得るし、別のモンスターと混合で襲ってくる事もある厄介な相手だ。ついでにニョロニョロ動いて気味が悪い。
足へ飛びついてきた一匹を何とか飛び退いてかわし、近くの枝を掴んで遠くへ跳躍、距離を取る。そのまま全速力で逃げ出した。
今ばかりは、別のモンスターにかち合わないことを祈る。密林の足場は悪いがたらたら走っていては追いつかれるので、着地点だけ選びながら前へ進んだ。一匹もとりついていないことに安堵していると、ついてきた彼がナイフで後方を指す。
「めっちゃ逃げるなお前。少し位戦おうぜ、毒とか落とすかも知れんし」
「一回麻痺毒のヘビに噛まれて酷い目にあったんだよ! 手が痺れるとナイフも握れなくて、自害もできないし、そのうちに視界いっぱいにうじゃうじゃ蛇が……」
「分かった逃げよう」
「多少麻痺したって痛えし、顎の方から登ってきた奴が眼球の方に近付いてきて、目の前で顎を開いて……」
「分かったって言ってんだろやめろ!!」
追いすがる蛇を何とか撒いたのは、それからかなり経った後だった。少し位牽制に攻撃した方が良かったかもと思いつつ少し考えて頭を振る。逃げる時は逃げる。トッププレイヤーでもない俺達が孤島で生き残るには、最低限の常識だ。
その辺をあまり考えていない奴の方を見ると、こちらも無事なようで何より。その拍子に、いつの間にか開けた場所に出ていることに気づいた。
ゴツゴツした岩の足場の向こうに、青い海が広がっている。海岸エリアだ。
密林エリアの、大概縮尺がバグっている木々が遠くに見えた。
とりあえず手頃な大岩の陰に座り、少し休憩をとることにした。追われながら走るのは、パラメーター以上に神経を削る。と言っても、このゲームにセーフエリアなんてものは無いからもちろん気は抜けない。
酒を煽りながら聞こえてくる音に注意したものの、潮騒に紛れて良く聞こえなかった。そういえば、と思い出す。このエリアには一つ、他にはない特徴がある。
「そういや、他サーバー行くならここからだよな」
お前知っててこっちに、と睨むと偶然だと主張するが、どうだか。短い付き合いでも、割と向こう見ずな面があるのはなんとなく分かってきた。巨大サイに轢き殺されてもけろっとしている辺り、孤島適性は高いんだろうが。
「つーか、そもそも筏ないし」
泳ぎじゃ
「だああ忘れてた……。なんだよもう……」
「なんだよはこっちだよ。ってか、PvPはそんな興味ねえって」
「新天地って憧れじゃん。見て回るだけでも面白いと思うぜ。死ぬまでやり合えば片道で済むし」
「お前は大概対人好きだよな
「まあな。……っつーか、さあ」
お前にもう少しのめり込んで欲しいんだよ、このゲームに。
口ごもるようにつぶやかれた言葉。思わず聞き返す前に、本人が慌てた声音で言い募る。
「文句出すとかそういうつもりじゃねーけどさ! こう、
「あー……。まあ、確かに」
「お前も楽しんでるのは知ってっけど、それでも割と冷静だからさ。
俺はこのゲームめちゃくちゃ好きだから辞めるつもりはねーけど、お前はずっといる訳じゃねーのかなと思うと、こう」
「……どうした急に」
「純粋に怪訝そうな顔すんのやめろよ! ——っリアルで卒業式だったからセンチ入ってたんだ! 忘れろ!!」
「ばっっかお前叫ぶなよ! ……ほら見ろ何か来た!」
「おーいそこの! やり合うつもりはないから話を聞いてくれない?」
急に立ち上がったアホを岩間に押し込んでいると物音が聞こえ、慌てて銃を握ったタイミングで大声が降ってきた。
拍子抜けする程無防備に頭を出したのは知らない顔だ。銃口を気にもせず、手ぶらで姿を現した女性は、背後の大海原を指差して言った。
「話は聞いた! 渡りの船あるけど、どう?」
殺すつもりなら声なんかかけずに銃弾だろ、という最もな指摘もあり、とりあえず大人しく後ろをついていく。
しばらく海の方角に進むと、数人が海岸に集まっていた。話は通っているのかこちらに武器を向ける素振りが無いのが、このゲームでは新鮮だ。
半円の中心にあるのは、既に海に浮かべてある木造の筏。簡単な手すりのようなものまでついていて、かなり頑丈そうに見える。
「壊れにくいように凝ったのはいいんだけど、動かすにはSTRが足りなくてさ。あと二人居れば充分な計算なんだ」
「報酬は?」
「新天地の景色。お代も結構。言っとくけど、ここまでの筏作るのも人集めるのも一苦労だよ」
「よし乗った!」
ぎょっとして振り返ると後ろから肩を組まれた。そのまま囁くように告げられる。
「まじでこんな機会そう無いぞ。……面倒な準備無しで外の空気を知れるだけでも儲けものだ」
「……分かったよ。俺も乗る。……これからの為にも色々知っておきたいし」
いまいちピンと来ていなさそうな顔に、仕方なく追加する。
「言われなくても続けるってことだ。
……あのな、ギリシャ鯖だぞここ。一回馴染んだ奴が、そんなにすぐ辞めるかよ」
「! よっしゃ!」
じゃあ伝えてくるわ、と見るからに嬉しそうな駆け足で船の前の集団へ向かう友人。何となくむず痒い気持ちで、頭を掻いて見送った。……あいつ、よくあんなこと素面で言えたな。
でも、確かにいい機会かもしれない。いつか外の奴と戦うとして、経験が0と1では立ち回りも違ってくるだろうし、……元々、新天地という響きに興味がない訳ではないんだ。
少しして、準備が出来たらしい彼らがこちらへ手を振る。海の向こうのことを思い浮かべて、少し軽い足取りで海岸へ向かった。
(そういや、強い固有種がいるならやり合ってみたいな)
人間離れした強さを持つモンスター達。それらに挑む事こそ、俺の一番のモチベーションだ。たとえ勝てないとしても、立ち向かう位なら。そんなことを思いながら、手渡されたオールを握った。
海に出れば、全方向ただ青い世界が広がっていた。リーダーらしいさっきの女プレイヤーが示す方向に、船首代わりの印を向けつつひたすら漕ぐ。海風に、短い茶髪が揺れている。
無駄なリアルさの賜物で、数分で到着とはいかないようだ。
最初はあった雑談も段々言葉少なになり、それでも腕を動かして暫く。深刻に飽きてきた頃、目が良いプレイヤーが声を上げた。
思わず手を止めて片側に身を近づけると筏が傾いて悲鳴が上がったが、それもすぐ歓声に変わる。ようやく、行く手に何かが見えた。どんどん大きくなってくる緑の大地は、間違いない、新天地だ。
そこからは今までで一番の速度で筏が進み、全員が新しい土を踏みしめた。顔見知りになった奴らと小さくハイタッチして辺りを見る。灰色の砂浜と、奥に見えるのは俺たちの島と同じく密林。ステータス画面を開くと、サーバー名に「μ」と表示されていた。
まだ喜び合いたい気もするが、休戦協定はここまでだ。一緒にいては無用な警戒が生まれてしまうので、キャラネだけ交換して一団から別れた。彼らはマッピングが目的らしく、とにかく行けるところまで海岸沿いを進むらしい。密林に向かって歩きながら、また二人旅になった相方に話を振る。
「μ鯖って暗殺特化だったか。不意打ち気を付けないとな。……ところで、変わったモンスターとか聞いたことあるか?」
「サーバーによって固有種がいるなんて聞いたことねえけど……あ、出現率は違うかも。レアな奴いるといいな」
「惨猿じゃなきゃなんでもいいや」
「誰だってそうだろ。……まあ、せっかく来たんだ。不意打ちで一瞬は勘弁だな」
聞いたことあるだろ、ここの二つ名持ち。振られた質問に頷いた。
プレイヤー間の殺し合いが手段でなく目的になることはザラだが、人間の価値がここまで低い島はそうない。ここがそうなった理由の一つ、有名なプレイヤーが一人いた筈だ。
「μ-……なんだったか、おしゃれな奴」
「μ-skYだよ。μ鯖のサイレント・キル・幼女。死角から訳分からん角度と速度で突っ込んでくるらしい。被弾しても止まらんから当たったのか分かんねえってさ」
「なんだそれ、人間かよ」
「知り合いが見たらしいんだよ、片腕折れたままパーティー全滅させるツインテ幼女。他の奴がやられてる瞬間に初めてちゃんと容姿が見えたって。そいつもすぐに肺のあたり刺されて酸欠判定死」
こっわ、と返しつつも、実際はそう警戒してはいなかった。島と言っても、サーバーはそこそこ広い。その中で、ログインしているかも分からないたった一人のプレイヤーに会うなんて、どんな偶然だよ。
そんな些細な考えすらすぐに忘れて、二人は密林へ入っていく。
——ならば、必然だったとしたら。
戦争の後、興奮が醒めない者達がいたとして。再侵攻を見越した彼らが、筏が着きやすい海岸を警戒していたとしたら。
遭遇率は、跳ね上がる。