鮮烈に眩む 作:あめも
「来るぞ!」
「分かってる!!」
密林に入って1分も経たないうちに、交戦が始まった。死角から投げられたナイフを友人が咄嗟に弾いていなければ、片方は戦闘不能になっていただろう。
木の枝を飛び移りながらナイフを投げてくる小さな影。見えているから避けるなり弾くなりでなんとか対応出来ているが、ミスれば当たる。当たれば痛む。避け損なった傷がヒリヒリと集中を乱すが、自棄になったら死ぬのはこっちだ。
第一こちらから狙おうにも、枝に邪魔され思うように射線が通らない。良く言えば威嚇、普通に考えれば弾薬の無駄に何発か消費してからは、渋々回避に専念していた。腐葉土が水を含んだ足元はいつにも増して滑りやすく、考えなしに動けば大きな隙を晒すことになるだろう。
対して身軽な影は、小柄な体を生かして悠々と空を駆け回っている。猿かよ、なんて罵倒がこぼれたが、遠く木の上には届いていないようだった。
二対一なのに、明らかに不利な戦況。それでも、もどかしさに耐えているうちに、段々と攻撃が減ってきたことに気付く。
(手持ちが減ってきたか)
目配せすると、相手も同意見らしく頷く。油断させたところで奥の手、の可能性も十分あるが、おちおちインベントリも開けなかった俺達からすれば初めての反撃の機会だ。隠し玉があるなら、抱え落ちして頂きたい。
「使うぞ」
「……しゃーないか」
一言断って、後ろ手でそれを喚び出す。その間跳んできたナイフは相方が叩き落とした。準備完了、と目配せすると、不審に思われない程度に前に出る。
また飛んできたナイフが一本、二本。その場に留まって、愛用の厚いナイフで弾く。三本目が木々の間から光ったのが見えて。
「——っらあ!!」
飛んでくる凶器への回避を捨てて、拳大のそれを全力で投擲した。
「!!」
伸びきった左腕に嫌な衝撃。同時に小さな影がその場から飛び退くのが見えた、が。
「——移る先が無かったら、どうしようもないだろ」
直後に轟音。作成に二週間はかかった特製の爆弾が、半径数メートルの木枝を根こそぎ吹き飛ばした。
「あ゛ー、酒切れたんだった。後で寄越せ」
「そこだけ切り取るとクズだな」
爆音でクラクラする頭を左手で押さえようとして、持ち上がりそうになく諦めた。まともに食らった最後のナイフは急所には当たらなかったものの、左の二の腕を深く切り裂いていったようだ。意識してしまうと痛みが余計に頭に響いて、眉を顰める。腱でも切れているのかもしれない。
右のナイフを銃に持ち変え、土煙が上がった方に向ける。あの爆風だ。落ちる時受け身は取れなかった筈だが、完全に仕留めきれたかは分からない。何かあればすぐ対応しようと油断なく注視していた、筈で。
なのに煙から飛び出てきた影に、一瞬反応が遅れた。
一拍の後、気付くと一人の少女がうつ伏せに倒れていた。飛びかかろうとしたのだろう。握り締められたナイフは友人のほんの数十センチ手前まで迫って、小さな手から滑り落ちていた。
「……焦った……。」
疲れと緊張が一気に来たのか、友人がその場にへたり込む。思考が追いつく前に、引き金にかけていた俺の指は反応してくれたらしい。こちらの銃口からは細く煙が上がり、たしかにその小さな胴体を射抜いていた。
一応もう一発頭に打ち込んで、反応は無し。小さな後頭部が無機質に揺れる。流石にもう飛びかかってはこないだろう。
「助かったぜ。……しかし流石μ鯖だわ、殺意がすげえ。最後のアレ、自棄じゃなく普通に俺の事殺す気だったよな」
「ああ。お前こそ、よく最初の気付いたな」
「褒めろ褒めろ。偶然だけどな」
聞けば、飛んでくるナイフの光の反射が見えたらしい。晴天の日光はさっきまで狙いの邪魔をしていたが、少しは恩恵もあったようだ。
「よーっしゃ、戦利品戦利品。さっきの音でやべえのくる前にはよはよ」
「モンスターなら歓迎……、いや、まず回復してからか」
近付く前に、周囲をよく警戒する。木々の上まで確認しても、おかしな影や異音は無し。やっと起き上がった友人を尻目に、オブジェクトの前に座り込む。
「俺が仕留めたんだ、先にもらうからな」
ボロボロの上着の下、ベルトに括り付けられていた酒を見つけて一気に煽る。半分も入っていないが、左腕の痛みは大分マシになった。尚も漁ると、何か液体が入った瓶が目に入る。持ち上げてみるも、両手に収まるサイズのそれは初めて見るものだ。
足元に転がる少女の黒髪が、瓶の薄い赤に透けて見えた。
「なあ、お前これ見たこと、」
起き上がろうと地面に手をついたその時。
——さくり、と。後方で、いやに軽い足音がした。
影は無かった。音も無かった。たった今まで!
考えている余裕はない。近くの木を盾にするべく横へ転がる。屈んだ背中の裾を、突っ込んできた小さな影が掠めた。新手、またプレイヤーだ。二つ結びの金髪が一瞬視界によぎり、前方の茂みへと消えた。
(連戦かよ!)
なんとか辿り着けた大木の影から、あたりをつけた茂みに何発か撃ち込む。弾薬を惜しんでいられる状況ではない。ちらりと確認した、既に生きてはいないあいつの惨状を見れば、相手が上位プレイヤーだとすぐに分かる。
広がり続ける血だまりの中に倒れこんでいた背中。……その首の後ろに、嫌になる程くっきりと赤い横線が一筋。自信が無い奴は、あんな小さな的狙わない。その代わり、神経の束と血管が通るあそこを深くやられたら、いくら体力が残っていても一発で終わりだ。
弾が切れた事に舌打ちし、腰に差していた予備の銃を引き抜く。安全装置を外してすぐに向こうの発砲音。隠れている木と足元の土が弾けてくぐもった音を立てる。
途切れた一瞬にこちらからも反撃を、と腕を上げた瞬間、読んでいたかのように再度銃弾が降り注ぐ。被弾覚悟で何発か撃ち返したものの、右肩が抉られもう一度陰へ。
(一発くらい当たってるといいんだが)
傷を確認すると、直撃はしていなかったようで胸を撫で下ろした。そもそも威力が弱いのだろうか、これならまだ動く。……ナイフを十全に扱えるかは怪しいが。
影が潜む藪は深く、おまけに範囲も広い。どこから銃弾が飛び出すのか、予測さえできれば楽だろうが。
(右奥、正面……また右)
相手の発砲を確認したそばから弾を打ち込むものの、手応えは無い。
向こうはどう出る気だろうか、……あの殺し方が出来る奴が遠距離特化とは到底思えない。小回りが利くことを生かして突っ込んでくる可能性もある。
とっさに逃げ込んだものの盾にするには心もとない細さである木の陰で、相手を殺すための作戦を練る。残りの弾数を考えるとインベントリを開きたいが、隙を晒す選択肢は取れない。
状況を、変えるには。先ほどから何度か視界に入る、左後方のそれを確認した。
(あの大岩。……行けるか?)
インベントリも開けないここにいてはジリ貧だ。移動中無防備にはなるが、あちらにたどり着ければかなり余裕が生まれる。
(一か八か)
賭けに出るか。
元から掴んでいるのは自動小銃。連射性に優れたそれを惜しみなく使い、茂みを横薙ぎにする。銃弾の嵐に晒され、煙った向こうの確認もそこそこに陰から飛び出した。
(当たってりゃ儲け物、5秒でも様子見してくれれば充分だ)
有利な場所にたどり着く、そのための時間さえ稼げれば。一、二発撃たれても駆け込んでやる。
しかし、半ばまで走ったところで頭上を何かが掠めた。背後から投げられた拳大の塊が、前方の地面に落ちていく。
——まさか。
「……っクソ!」
咄嗟に身を屈め、爆風に備える。しかし一拍待っても、予想した事は起こらなかった。
(ブラフかよ!)
先程の戦いを見ていたのか。まんまと騙された自分に歯噛みする。
すぐ身を起こしても、失った時間は痛い。足音は聞こえないが、追いかけてこない訳がない。振り返ると、もう背中を向けては走れない距離まで相手は迫っていた。意外と幼い姿をしている、と乱れそうになる集中を抑える。
細い木が立ち並ぶこの環境。身軽な奴の方が、有利だ。
向き直って腹を決める。策を考えるより、武器を構えた方が早い距離だ。
どちらに転んでも、時間はかからなそうだった。
目測15m。
弾薬が残る最後の銃を前へ向ける。当たれば一撃で動きを止められるだろうに、小さな的が不規則に向きを変え銃口が追いつけない。
それでも掠めた弾は木を砕き、華奢な体に傷を付ける、が。
「怯めよ少しは!」
動きも速度も、一切変わらない。低く走る、表情が見えない相手の、両の目だけがちらちらと覗く。
目測10m。
最後の一発は脇腹に当たった。ダメージエフェクトが派手に散る。それでも、というか、正直予想はしていたが。
(……マジでプレイヤーか?)
少女は止まらない。
見開かれた赤い瞳、地を這うような姿勢。犬歯を見せる口元は、楽しくて仕方ないとばかりに歪んでいる。こちらを殺すことだけを目標に動く姿は、ヘタすればモンスターAIよりモンスターらしい。
向こうの表情が分かる距離にまで近づかれた事に舌打ちする。役に立たない銃を捨ててナイフを握った。重心を低くして、正面から迎え撃つ。ああ、近づかれる前に殺したかった。
向こうが握るナイフをどう迎撃するか、そればかり考えていたその時ふいに、少女はナイフを握った右手を大きく振りかぶった。
(投擲!?)
驚きつつ、顔の中央を狙うそれを叩き落とす。視界の隅で、相手が足元に肉薄してきたのが分かった。それでもこの距離なら蹴りが当たるだろう。武器を手放した意図が読めないが、ナイフを手放した今相手は無手だ。例え一発食らおうが、たかが知れている……!
「これで!」
正面から、異常な速さで突っ込んでくる少女の胴体を狙った靴先。が、皮一枚で避けられ代わりにその脛を掴まれた。地面を蹴るのをやめた小さな影は沈み込むように屈み、落ち葉を巻き上げながら鋭いカーブを描く。
(俺の足を、支点に……!)
背後に回り込まれた、と認識すると同時に、引かれた足が重心を大きく崩す。死角に入った相手を警戒するか、まず体勢を立て直すか、反射的に選んだのは後者だった。
浮いていた右足を引いて、土を踏みしめる。
その瞬間、両足の裏に鮮烈な激痛が走った。
「っな、あ!?」
切られた、何故、確かに奴は、素手だったはず。混乱する脳を置いて、体はもう一度崩れ始めた体勢の維持を図る。が、どちらの足も言うことを聞かない。
完全にバランスを失うまで、数秒もかからなかった。
倒れこむ瞬間片腕で受け身をとり、ナイフを持つもう片方で襲い来るであろう攻撃をいなそうと上を向く。だが。
(っ速えんだよさっきから!)
認識した時にはもう遅い。両手を使ったかち上げに、構え切れていない状態では耐えられなかった。しびれを残して武器が落とされる。
悪あがきに伸ばした拳より早く、少女のナイフが迫りくるその時、視界の中、相手のプレイヤーネームをようやく認識した。
(……「サンラク」。μ鯖の、二つ名持ち)
不思議なほどすとんと理解できた。
(ああなるほど、
妙な納得が胸に落ちてきたその時、強烈な衝撃によって意識が刈り取られた。