鮮烈に眩む 作:あめも
「——、——」
ふつ、と意識が浮上する。リスポーンした感覚はない。どうやらまだ生きているらしかった。刃じゃなく、柄で殴られたのか。……何のために?
聴覚は復活していたものの、耳鳴りがひどくて何も聞こえない。気絶すなわち死のようなゲームなので珍しい体験だが、がさついた音が脳内を埋めつくしていて不快だった。
やり過ごそうと大人しく時間経過を待っていると、ふと異質な音が混ざって聞こえた。何とか拾おうと集中する。
(鼻歌?)
少し掠れたような高い声の、どこかで聞いたような旋律が流れてきた。恐らくはさっきのプレイヤー。頭の上から降ってくるあまりにも異質な歌声に困惑しているうちに、いつのまにか途切れた。
そうしている間に時間も過ぎ、段々と感覚も戻ってくる。全身が鈍く痛んで、特に切られた両足と揺らされた頭は重傷のようだ。背中側は湿ったような冷たさで、平らな土の上に寝かされているのが分かった。
(捕まったか)
試しに足に力を入れてみたものの、ぴくりとも動かない癖に痛みは強くなり舌打ちしたくなった。頭痛もやまない。大方何かの餌にでも使う気だろうが、これでは抵抗することも難しい。
(……いや)
暗くなりかけた思考を振り払う。さっきのあいつ。訳の分からない速さだが、ここはゲームだ。ステータスはある意味平等で、つまりあの速さには代償がある。恐らくは、筋力と耐久力。
長い抵抗は無理でも、ただ一発だけ有効打を叩き込めれば、殺せる。
痛む頭を叱咤して、即席でチャートを練る。むざむざ利用されるなんて御免だ。
まずはあいつの位置を確認。意識がこちらから離れたところで、なんでもいいから武器を握る。後は、近づいてきた所でそれを振り回すか撃つか刺すか。我ながら作戦と呼べたものじゃないが、無いよりはよっぽど動きやすい。
立てなかろうが幸い右手はまだ使えるし、左も動かない訳じゃない。どうせこのままなら餌になるんだから、失敗のリスクは無いようなものだ。
……遠距離から撃たれたらどうしようもないが、その可能性は無視していた。殺さずにおいたことに意味があるなら、そう闇雲に止めは刺さない、はずだ。
自分なりに考えたつもりだった。少しずつ息を吐き出して、まぶたに力を入れる。初めはだだっぴろい空が見える筈で、そこからは慎重に周囲を確認する予定。
だから目を開けた瞬間、目の前に広がったこちらを見つめる赤と、視界を流れる金の髪に一瞬思考が止まった。
「……っ!」
ずっと、覗き込まれていた?
慌てて腰へ手を伸ばす、が、右手はむなしく空を掴んだ。……普通武器は取り上げられるだろなんて常識さえ、頭から抜ける程本調子じゃなかった。そんな言い訳が通る筈もなく、無防備に晒された手首を捩じり上げられる。
関節が悲鳴を上げるが、無視して抵抗、こちらへ引っ張り返す。力はこちらに分があった。数秒もすれば解放される手ごたえに、引き寄せた相手を左で殴るべく思い切り体をひねる。
失策続きで焦っていた。掴めそうな突破口に夢中になった。だから、相手のもう一方の手に握られたナイフに、気付くのが遅れた。
「づぁっっ!?」
視認してからでは間に合わない。無理な体勢のせいで軽く開いていた指の間を縫う様に、ナイフが通される。気付いた時には、右の親指が根元から切り落とされていた。
それでも左拳は何とか降りぬいたが、感覚はそこそこ程度。それをかみ砕く合間もなく、伸びきった左腕に幼い少女が抱き着いた。少なくないダメージを負ったはずなのに、そのそぶりも見せない。
左肩に、嫌な感覚が走る。何とか振りほどこうとしても、しっかりとしがみ付かれてどうしようもなかった。その最中に体の向きが変わる。相手の表情が見える。
——彼女は笑っていた。優しい瞳に、かわいらしいものを見るような色を乗せて。ゆるい弧を描いた口のその下で、締め付ける力は段々と強まる。
何かが破綻したような一瞬の音の後、肩の関節が外れた。激痛が走り、否応なく腕から力が抜ける。
しかし、上に持ち上げられていたそれが地面に叩きつけられることはなかった。腕を抱えた彼女が、ゆっくりと下におろしたから。
そのままナイフを拾い上げて立ち上がる。先程の戦闘時とは似ても似つかない柔らかい表情とその動作に、ともすれば全身の痛みを抑えつける程の困惑が広がった。
「っ意味、分かんねえ。何がしたいんだよお前」
「……」
「笑ってないで、何か言、っっ!」
声を張り上げた拍子に体を起こしてしまい、それを支えようとつい手を使おうとして、バランスが崩れる。情けなく土の上に倒れ伏し、睨み上げた視界でも、彼女は変わらず笑っていた。
余裕かよクソが。デタラメに召喚したナイフを掴もうとして、手から滑り落ちたことに目を見開く。愛用のナイフは、四本の指で持つには重すぎた。
握り直す間はない。代わりに、白い手首と共にあちらのナイフが降ってきた。
「くっ……!」
武器がない今、盾に使えるのは己だけ、動かせるのは右腕だけだ。体の中心を狙う軌道になんとか割り入れる。深く刺さったナイフに脳裏がチカチカするが、そのまま横薙ぎにふるうとリーチから外れたナイフは相手の手から剥がれる。
開ききった体勢、武器は無し。でもそれはお互い様だ。一発入れられるなら、腕が駄目になろうと知ったことか。渾身の力で体をひねり返し、奴の顔面を……!
——視界の隅。小さな手の中、空けてやった筈のそこに、何故、
「また、かよ……!」
召喚時のエフェクトが未だ残るデリンジャーが、右腕を撃ち抜いた。
「っは、はあ、クッ、ソ……!」
冷たい地面に逆戻り。悔しさに地面を掴むことも難しい傷が、動きと思考の邪魔をする。
からくりはわかった。戦闘と並行したウィンドウ操作、おそらく視覚での確認すらしていない。STRもDEXも関係ない
——分からないといえば、結局こいつの目的は何なんだ?
尋ねようと口を開いて、言葉に詰まった。いくら言葉をぶつけてもまともな反応を返さなかった奴に、今更何を言えばいいのか分からない。特定の何かで豹変するのか、それさえ予測がつかないから、なおさら。
口を閉じて押し黙った俺を不思議そうに見やり、彼女は答えるようにゆっくり瞬きをした。
続けて差し伸べるように右手を持ち上げる。その指が跳ねるように踊り、次の瞬間にはその空間にシャベルが喚び出された。幼い少女の背丈ほどもある、武器というよりは採集にボーナスが付くような装備品だ。
何をするつもりかは分からないが、ロクなことじゃないのは確かだろう。重量のあるそれを両手に持ち替えた彼女は、こちらに歩み寄ってくる。
「何だよ、今度は埋めるつもりか?」
「……」
だんまりかよ。
憎まれ口をたたいても、時間が稼げないどころか反応すら見せてはくれない。そこに浮かべられた笑みは同じだ。花壇の花でも眺めているならぴったりだろうに、何故死に体の俺にその表情を向けるのか。相手の考えも目的も何一つ理解出来ない状況で、それでも黙って待つのはごめんだった。
上手く動かない体でなんとか距離を取ろうとした俺の努力を数歩で無に帰した彼女は、笑みはそのままに、困ったように眉を下げた。いたずらした子供を見るような目。
片手を空け、瞬く間に喚びだしたのはハンドガン。そのままの表情で、こちらにその銃口を合わせた。
パス、パスと特有の音に合わせて銃弾が放たれる。なんとか避けられたのは初めだけ、三発目で膝の皿が砕かれた。
鋭い痛みに喉がつまる。反射的に体が跳ねそうになるのを、つい孤島でついたクセで堪えた。動かしたら、痛みは悪化する。
無意識に動きが鈍くなった瞬間、僅かに開いた視界に、シャベルを持つ細い腕が勢いよく振り下ろされるのが見えた。
「っっっあ、ああ゛ぁあああ!?」
右足に強い衝撃。一瞬頭が真っ白になる。それからすぐに、酷く鮮明な痛みがやってきた。頭も回らず、とにかく振り下ろされた膝が痛くて、無意識に抱え込もうと体が動く。そうして足の感覚に、酷く違和感があるのに気付いた。
歪んだ視界で、必死に状況を把握しようと頭を上げて初めて、膝の横にいた彼女が移動している事を認識する。
ザリザリと重そうに引きずりながら運ばれているのは、切断された、俺の左足。
「————っっ!」
幼い少女が、千切れた足をモノのように扱っている。それこそホラー映画の様に現実味がない光景から目を逸らしても、鮮明な映像は気持ち悪い喪失感と一緒に焼き付いてしまった。
断面が、脈打つように痛む。遠くの方から、ドサリと何かが落とされた音がした。それに続いて軽い足音。
彼女が、戻ってくる。
距離が縮まっていくのが音で分かる。これで終わりな訳はない。何か、何でもいい、手は残っていないか。奴を殺せる、身を守れる、何かは。
這って逃げる? この体で? いっそリスポーンするにも、武器も持てないのにどうやって。
あれ。
これ、どうしようもないんじゃないか。
足音は腰の手前で止まった。さっきとほとんど同じ場所。違うのは右か左か、それだけだ。
持ち上げられたシャベルが鈍く光を反射する。ここまできてようやく、とうに詰んでいた現実に認識が追いついた。それでも受け止められず、予想できてしまう痛みをなんとか回避しようと思考は空回りを続ける。
呼吸が勝手に浅くなる。乾いていくのを自覚しながらも、ぼんやりシャベルを追う目は瞬きをしてくれない。
ふいに、予防接種の時みたいだ、なんて場違いなことが頭をよぎり。もう一度、鉄の凶器は振り下ろされた。