自分という存在が何なのか、分からなくなる時がある。
いつ生まれたのか、どこで生まれたのか。誰から生まれたのか。
普通じゃない、と思われるかもしれない。だが、自分が生まれたときのことをはっきりと、鮮明に覚えている者がいるだろうか。
大抵、親から聞くぐらいでしかそれを知る術はない。
俺にはその親がいなかった、それだけの話だ。それだけの話。気づいたらここにいました、なんて洒落にもなってない。記憶喪失でもあるまいし。
「何考えてるの?」
この少女には親がいるのだろうか。・・・たぶん居ないな。彼女の言から推測するに、この魔界と共に生まれたような存在だ。神がいるとすれば彼女自身のことを指すに違いない。
「ねぇ、聞いてる?」
「聞いてるよ。」
「それで、何考えてたの?」
「・・・神綺のことを考えてた。」
「え!? ・・・そ、そうなんだ。・・・えへへ。」
そういってだらしなく笑う。彼女・・・神綺は自称魔界神であり、俺が居候している城の主である。
今のところ俺との二人暮らしであるが、どうにも、彼女に危機感というものはないらしく・・・どころか、最近は彼女の方が誘ってくる始末である。
「ねぇ」
「どうした」
「ん。」
神綺が目を瞑って唇を差し出してきた。・・・ので、俺もそれに応える。唇が重なるだけにとどまらず、互いに舌を絡めあう。相手の味を確かめてから、舌で歯をなぞる。脳が焼けるような濃厚なキス。しばらくして離せば口端に銀色の橋が架かり妖艶な光を放つ。また、唇が重なりあう。
この行為が約数分続く。このディープキスが近頃の彼女のお気に入りらしく、日に何度も要求してくるのだ。そして、終わった後決まって――――
「ん・・・んぅ・・・ぷはぁ、・・・・・・ねぇ」
「・・あぁ、いいよ。」
それだけ聞くと彼女はニパッと笑って、俺を押し倒す。俺の服に手をかけて慣れた手つきで剥いでゆく。素肌が露になったところで彼女は一層興奮した様子で、笑みがますます深いものになる。自分の服を脱ぐ面倒は嫌ったようで、彼女の着ていた服がすべて、一瞬にして魔素に還る。
「やっぱりいつ見ても、おっきくて、えっちな身体だね。」
彼女が顔を俺の胸板に埋める。一呼吸置いて舌と、手で乳首を攻めてきた。先ほどから彼女になされるがままなのがなんとなく悔しくて、彼女の背中に腕をまわして背筋を指でなぞる。すると案の定、ビクンと身を震わせると同時に喘ぎ声を漏らし始めた。彼女の感じている姿が可愛くて、もう片方の腕で頭を撫でる。
彼女の弱点が背中にあるのは先日判明した。普段隠れている三対の翼。その付け根にあたる部分が非常に弱いようだ。ちなみに、背中を攻められ始めても、彼女は俺の胸への攻めをやめてはいない。彼女の眼には、男の胸というものが相当魅力的に映るらしい。男の体がそんなにいいものだろうか。神綺が特殊なのか、それとも女の子は皆こうなのか。残念ながら、神綺以外の人間や神を知らない俺には判断できない。
「んん・・・あっ、はぁ・・・」
彼女が俺の腿に股を擦り付けてくる。濡れていたので彼女が高ぶっているのが分かった。・・・実のところ、俺の方も、ちょっと色々と限界だ。・・そろそろ前戯も終わりだろうか。
「神綺・・」
「うん・・いくね・・・」
今日こそは俺が優位をとろう。そう思って俺は神綺との事に及んだ。
結論から言うと、俺のほうが先にダウンした。いつも通り。
「んふふー」
俺の背中にひっついている神綺はたいそうご機嫌だ。対して俺といえば、射精後の疲労感と倦怠感から、ベッドの端で死んだように目を瞑っていた。
もう無理だ。何もしたくないし何も考えたくない。途中で俺が攻め手に回ったのが彼女の琴線に触れたのか、今日はいつもより数段激しかった。本当に搾り取られた。流石に六回目以降は出なかったし、出なくなってもまだ続けようとするのはやめてほしい。本気で死ぬかと思った。
「あのねー」
「んー?」
神綺の声に滅茶苦茶気だるげに返事をする。神綺の方に振り向くことなく、目すら開けないで。
城に住まわせてもらっている上に、三食の飯まで用意してもらう身分で途轍もなく失礼だという自覚はあるが、今はどうか許してほしい。
「私、貴方のことが好きなの。」
「んん。」
「貴方も私のこと好きでしょ?」
「んん。」
「でもね、貴方の方が先に死んじゃうのよ。私は魔界神だけど、貴方は人間だから。寿命があるの。」
「んん。」
彼女の声を耳で拾えてはいるが、頭で理解できている自信はない。我ながら返事が適当すぎる。
「だから私考えたんだけど」
「んん。」
「魔術であなたの寿命を無くせばいいんじゃないかなって。」
「んん。」
「あのね、『不蝕の術』っていうんだけど」
『不蝕の術』――――曰く、生物に寿命があるのは穢れのせいである。この穢れというものは生や死に関連する事象から発生するものであり、これが地上に満ちているせいで生物は外的要因以外でも、寿命という足枷によって年老いて個体としての生命を終えるようになっている。妖怪や神、妖精といった精神生命体に限りなく近しい存在は自身の内的営力によって知らずのうちに穢れを遠ざけているために、強い存在になればなるほど寿命とは無縁になる。不蝕の術はこの絶対不変の真理とでも言うべき法則を破るもので、人間の身で神妖と同じく寿命という束縛から逃れることができる。そもそも、前提としてこの世界にある物質は一部の例外を除いて魔素から構成されている、という理論の基、人神妖その他魑魅魍魎も含め、理論上は全ての存在が魔力を扱うことが可能である。第四次元構成元素による干渉波で定常魔力回路を体内に形成し超振動崩壊理論より涅槃寂静原子で可確認存在を再構成する定常魔力回路により内的営力に代替する穢れへの斥力磁場が発生し不老になる他食事排泄などの生的泳動も必要なくなるが澗極間次元上の鬱螺旋蒼運動が直交補空間軸移動に支障が云々かんぬん――――――――――――――――――――――――――――――
上記のことを彼女はそれはもう得意げに話していたらしい。再三言うが、このときの俺は彼女が何を言っているのか理解できていない。通常時でも理解できないと思う。
わたしがつくったんだよすごいでしょー?へーそうなんだすごいねー。この程度のことしか言えない。つまり全く聞いてなかったので
「使っていいよね、『不蝕の術』」
こう聞かれたとしても
「んん。」
こう答えるしかない。すると、俺の返事を了承と捉えたらしく
「じゃあいくよ。動かないでね、危ないから。」
後から聞くととんでもなく怖い言葉の後に、彼女は俺の背中に手を当てて何やらぶつぶつと何かを唱え始めた。
このとき、動こうにも動く気力すらなかったのは不幸中の幸いというべきか。不蝕の術とやらは意外にもすんなりと終わり
「はい、終わったよ。えへへ、これでずっと一緒にいられるね。」
「んん。」
俺はどうやら、射精後の倦怠感のせいで不老不死の体になってしまったらしい。
「あ、でも血がドバーって出たりしたら普通に死んじゃうから気をつけてね。」
訂正。不老の体だった。普通に死ぬらしい。