共生。
複数種の生物が相互関係を持ちながら、共に生きる事。
共生にもタイプがあり、
互いに利益を得る「相利共生」
片方だけが利益を得る「片利共生」
片方だけが害を被る「片害共生」
片方が利益を得て相手が害を被る「寄生」
共生と聞くと、相利共生を真っ先に思い浮かべる方が多いかもしれないが、
相利共生のみが共生の形ではない。
そもそも上記の四つの間に明確な境界は無く、分類は困難を極める。
有名な共生の例として、魚類のクマノミと刺胞動物のイソギンチャクの共生関係が挙げられる。イソギンチャクの触手には、異物に触れると毒針を発射する「刺胞」という細胞が無数にあり、これで魚などを麻痺させて捕食している。
ところがクマノミの体表には特殊な粘液が分泌され、イソギンチャクの刺胞は反応しない。このためクマノミは大型イソギンチャクの周囲を棲みかにして外敵から身を守ることができる。一方で、イソギンチャクがこの関係からどの様な利益を得ているかはっきりせず、この関係は片利共生とみられる。
一説には、クマノミがイソギンチャクの触手の間のゴミを食べている、また、クマノミの食べ残しをイソギンチャクが得るといった相利共生とする説もある。
見方によって共生の在り方が変わるという話。
------------------------------------------------------------------
紫は最近一人の人間に興味を持っていた。
妖怪としてこの世界に生を受けてから早幾年。正確な数字など覚えてやしない。覚えて無いったら無い。
とかく割り合い古株だと言われることもある紫ではあるが、この様な人間など見たことも聞いたことも無い。いや、より正確に言えば人間とそれに付いている妖怪である。
付いている。
憑く、ではなく付く。人間相手に害をなすことも無く、ただ付き添っているだけ。
おかしい。道理に反する。驚天動地である。
その二人一組を見かけた時、紫はまず自分の常識を疑ったほどだ。そのくらいこの世界におけるレアケースであった。
人間の男の影に妖怪の女が入って、二人は行動を共にしている。人間の男の方は全く気にする様子も無く。
有り得ない。もう一度言う、有り得ない。
万歩譲って男女逆なら未だ分かる。人間の女と妖怪の男。女は男の体目当て、男は人間の恐怖が目当て。利害は一致する。それならまだ腰を抜かす程度の驚きで済んでいただろう。しかし違う。人間の男と妖怪の女だ。
紫は男の気が狂っているに違いないと少し同情の眼差しで観察していた。ところが、それもどうやら違うらしいと分かった。
男は妖怪と生活を共にしているという異常性を除けば、いたってまともらしい男。
女と会話できているし、普通に動いている。ここまでくると紫はもう匙を投げた。理解に対して。
反面俄然興味が出てくる。あの男は一体どんな人間なんだろうと。
幸いにして紫は観察を行うのに適した力を持っていたため、二人に気取られることは無かった。 「境界を操る程度の能力」 紫がこの世界に来た時授かった神にも匹敵する力である。ものの境界を弄ることで万物の倫理的創造と破壊を行う能力。まあ今は自身の能力等どうでもいい。観察に役に立てばそれだけで。
一般に生活を共にする男女というのは血縁でもない限り、往々にして肉体関係を持つと相場が決まっているが、その二人組も例に漏れず体の関係があった。自慢になるが紫自身は処女じゃない。昔そこら辺の男を襲って無事に卒業した。その紫の目からみて、二人の関係は実に愛に溢れたものだった。歯に衣着せぬ言い方が許されるなら、ラブラブセックスだった。和姦だった。純愛だった。
当然紫は嫉妬した。スキマから二人の行為を盗み見て自慰行為をした。落ち着いたところで理不尽にブチ切れた。一人で。
なんでそんなに男が乗り気なんだ。なんでちょっと男の方がリードしているんだ。なんで一発で終わらないんだ。おい女そこ私と代われと何度邪魔してやろうかと思ったか知れない。
「どうして・・・」
どうしてそこまでの関係になれたのか。不思議で、羨ましくてしょうがない。スキマの中で歯噛みする。
現在絶賛ラブラブの二人を見ながら紫は己の爪を、悔しさや嫉妬と共に噛んでいた。
あーあ、あんなに舌を絡ませてる。マジで殴りたい、あの女。
ただ、その思いは決して行動には移さない。
紫は武闘派ではないが仮にも大妖怪。しかも無敵の能力を持っている。その紫が女を殴ろうにも殴れない理由が確かに有った。
それは女の底知れなさ。あの妖怪は強い。紫をしてそう思わせるだけの力の片鱗が感じられる。身に纏う妖力や魔力の質がそこいらの木っ端妖怪とまるで違った。ただ力が強いだけなら紫の能力で如何とでもなったが、問題なのはその振る舞い。今二人が性行為を行っている此処は、人里離れた森の奥地である。そんな場所だから当然妖怪がうじゃうじゃいるわけだが、どういう訳か二人の周りには全く近寄ってこない。結界を這っているわけでも無し、ただ、その女の謎の圧力に妖怪達の本能が近寄らせなかったという事。稀に力量の差を解さない勘違い妖怪が近寄ってくるものの、一瞬で黒い何かに飲み込まれて男の視界に入る前に消える。紫が思うに自身と同等か、或いはそれ以上に危険な能力をもっている。あの女は。
------------------------------------------------------------------
やがて日が昇る。
朝の日差しが木々の合間を縫って『俺』の顔を照らす、そのじんわりと広がる熱で目を覚ました。
上体を起こし、大きく伸びをする。頭の方は半分寝ているのでこうやって体から起きなくちゃいけない。
「んーーー、あーーー。」
服を着るために立ち上がろうとして、腰の痛さで眉間に皺が寄る。
昨晩はっちゃけたツケが回ってきた、そんな感じ。
正確に言えば羽目を外したのはどちらかと言えばルーミアの方だと、どこの誰に対するのか心の中で弁明をする。
横目でルーミアを見る。今朝も可愛らしい寝顔をしている彼女を。
最近は彼女の起きるのも早くて、こうして寝顔を見るのも随分久しぶりな気がする。早朝のツンとした空気と低い位置にある朝日が、起床時間の早いことを教える。
ここ最近・・・そうだなあ、数十年くらいだろうか。俺とルーミアは各地を転々と周っていた。
人里で生活して、数年で違う場所に行って、偶に今みたいに森で野宿したり。
別に何か目的があるわけでもない。ただ、年を取らない俺は同じ場所にずっと留まって居られないだけ。
人との出会いの分だけ別れもあった。ルーミアという共同体が居てくれなければ、疾うの昔に俺はおかしくなっていたと思う。ルーミアが思っている以上に俺は彼女に感謝している。うん、感謝しているんだ。それは間違いない。
・・・だけど毎晩ヤるのは流石に辛いというか。
不老とはいえ基本的には人と変わらない身体の俺は、慢性的な腰痛に悩まされていた。・・・いや、ルーミアとヤるのが苦痛な訳ではないんだ。ただ頻度が頻度。
人里に住んでいる時はルーミアが人間の前に姿を現せないので、相手するのは夜だけでいいが、森の奥は駄目だ。人目が無い、逃げ場が無い、逃げる口実も無い。結果的に昼間から求められる。
ここ最近の俺は食事と睡眠と風呂以外の時間をルーミアとの性行為に使っていた。
「いいのかなあ・・・このままで」
そう一人ごちるのもしょうがない。
本来妖怪や獣の縄張りであるはずのこの森も、ルーミアが居れば其処は彼女の縄張りになる。人間の俺がこんな所に居て無事に過ごせるのもルーミアの力で守ってもらっているから。
朝起きて其処ら辺の獣殺して食べて、ヤって。終わったらまた何か食べて、ヤって。また食べて、夜になってまたヤる。
周りの生物を殺してルーミアとセックス三昧。
健康的。ああ、じつに健康的だ。健康過ぎて地獄に落ちそう。
・・・やっぱり駄目なんだよな、このままの生活じゃ。
倫理観とか、道徳とか、その他にも色んなものが駄目になる気がする。
服の皺を伸ばして木の根に腰を下ろす。腕を組んで考える、現状を打破する方法を。俺の体力がこれ以上削られずに、且つ良心に苛まれない生活を送るには一体如何すればいいだろう。
目下最善の策はやはり人生に目標を持つことだろうか。何の目的も無く旅を続けていても無駄に時間が余るばかり。ここは何か旅の目的でもつくって性行為に時間を割かない状況を作り出さなければならない。
しかし、目標と言っても特別やりたい事が有る訳でもないし、ルーミアを説得できるほどちゃんとした目標って何だろうか・・・
------------------------------------------------------------------
「はぁ・・・」
溜息がスキマの中で溶ける。
紫はすっかり男に見惚れてしまっていた。
朝に見る彼の裸体は格別であった。残念ながら今は服を着てしまっているが、腰を落ち着けて思考に耽る彼にもまた違ったエロスを感じる。願うなら彼の座る木の根になりたい。
「ていうか、これもしかして・・・」
彼に接触するチャンスでは?今ならあの女も寝ているし。
どうしよう、話しかけてみようか・・・でも、でももし、万が一、彼に拒否されたりでもしたら、紫はちょっと耐えられそうにない。三日寝込む自信がある。
ああ、だけれどもこんな絶好の機会を逃せば明日の私は今日の自分を責めるだろう、なんで行かなかったんだって。
今しかない、今しかないのよ、八雲紫。あなたが幸せと彼の竿を掴むには。
深呼吸。
うん、大丈夫。イケるわ。
紫、あなたは強い子。処女じゃない。
意を決して、スキマをつなげる。
「ごきげんよう。」
彼の隣に出ると同時に凛とした声での挨拶。
決まった。
そう思った。実を言うとちゃんと声が出るか不安だったのは内緒。
「あの・・・貴女は?」
彼の驚いた顔。しかし、そこに浮かぶのは純粋な疑問だけ。山奥でいきなり現れた女に警戒心の一つも無い。
この子大丈夫かしら。お姉さん少し心配。
「初めまして。私、八雲 紫と申します。こう見えて、妖怪をやっていますの。」
紫がここで妖怪であることを言ったのは、勝算が幾らかあったからだ。彼が妖怪相手に物怖じしない勝算。
案の定、彼は特に気にした様子もない。
「ご丁寧にどうも。それで、俺に何か用ですか?」
「ええ。妖怪と二人でいる人間の貴方が気になりまして、是非お話をしたいなと。」
紫は今自分でも驚いている。私ってこんなに男の人と喋れたのかと。しかも話をしようと誘うこともできた。
実際、まだ一言二言しか交わしてないが、それだけでも紫にとっては大事件である。男を前にしてどもりまくる昔の私はもういないのだ。
まあ、この誘いは多分断られるだろう。こんな胡散臭い女と話をしてくれる男がいるわけ
「そうなんですか、いいですよ。あ、隣どうぞ。」
いた。
・・いや、いくらなんでも警戒心が足りなさ過ぎやしないだろうか。男としての自覚が全く無いのか、女の本性が狼だという事を知らないのだろうか。
ただ、お近づきになりたい女の側としては好都合な事この上ない。
礼を言って彼の隣に腰を下ろす。肩と肩が触れ合いそうな距離になって、自分の鼓動が早まるのがはっきりと分かった。
何か話さないと、この緊張が彼にばれてしまいそうで、私は適当に話を始めた・・・
そこから先は特に当たり障りのない話ができた・・・と、思う。彼と密接な距離にいたせいで色々意識してしまって、言葉を重ねるほど動悸が激しくなるし、顔も熱くなるしで内容なんて覚えてやしない。
でも、楽しい時間だ。頭も心もフワフワして、良い気分。
紫がこの時間がいつまでも続いたらな、と思うのは当然だった。
だからきっと、話が長引いたのも仕様のないことで。
二人の密会に終わりが来るとしたら、いずれにせよこういう形になるのは避けられなかった事だろう。
ソイツが起きた。
紫は突然の出来事に対応できなかった。
談笑の途中、いきなり彼が黒い何かに捕まって紫の目の前から消えた、ように見えた。
警戒心が全く足りなかったのは彼ではなく、紫の方だったのだ。紫は彼の引っ張られた方、もとい女の方を睨んだ。
「ねえ、大丈夫?あの女に何もされてない?」
「ルーミアが心配することは何も無いよ。話をしてただけだ。」
あの女の事を失念していた。
彼を守る体で、彼の事を独占しようとするあの女を。
女は彼に確かめさせろと言って、あろうことか、彼の身体をまさぐり始めた。
とんでもない女郎だ。
神に代わって裁きを下したいが、紫は怒りを鎮めることに専念した。
近くに居るから解る。自分はこの妖怪には敵わないと。
悔しくて仕様がないがしかし、紫は我慢を選んだ。折角ここまで理性的で大人の女を演出しているのだ。怒りに身を任せては彼の印象も悪くなるだろうし、勝てないと分かりきっている相手に勝負を挑むほど紫も愚かじゃない。
だから紫は耐えた。
悔しさで腕が痙攣していても、怒りで固く握りしめた拳から血が流れていても、努めて平静を装った。
「ご心配なく。私は彼とお話をしていただけで」
「何?貴女まだ居たの?」
バキッ
紫の扇子の骨が折れる音。
女は構わず続ける。
「私の前から消えて頂戴。あと彼に二度と近寄らないで」
にべもなく、彼の身体により一層密着しながら言い放った。
女の足元から伸びる無数の黒い腕はユラユラと揺れながら、紫の接近を拒んでいた。
それはさながら黒い触手。
愛という名の猛毒を持って、自分の大切な者を守るための触手。
これまでも同じ様に彼を守ってきたのであろうソレが何よりも雄弁に語っていた。これ以上近づけばコロス、と。
何を言っても無駄だ、と思うまでに時間は掛からなかった。
紫が残念なのはただ一つ。
彼ともう一度話しができない事だった。
彼が望む以外では。
「落ち着いてくれ、ルーミア。」
彼の声が響く。
「彼女は、紫は本当に俺目当てじゃなく、別の目的があって話をしに来たんだ。」
「・・・別の目的?」
女が訝しげに問う。
対して彼は、何故か謎に希望に満ちた顔で答えた。
「ああ、そうだ。紫はな・・・
人間と妖怪の共存を目指しているんだ!!!」
・・・・・・は?
「紫は人間と妖怪が共に生きる理想郷を創ることが長年の夢らしい。
それで人間と妖怪の理想的な共存関係にある俺たちに協力して欲しい、と言っていた。」
紫は思った。
私そんなこと言ったっけ、と。
先程お伝えしたが、紫は極度の緊張で彼と何を話したか覚えていない。
彼との話しの中で自分の事を無害だと印象付けようと、思っても無い事を言っていたとして、そんなその場限りの戯言を覚えているはずもない。
そっか、私そんな馬鹿なこと言ってたのか。恥ずかし過ぎる。
しかし、なぜ彼はそこまで理想郷創りに乗り気なのだろう?
実際の所この男は、理想郷創りの協力にかこつけて、少しでもセックスを行う時間を減らしたいだけであるが、それを他の二人は知る由もない。
「私達がそれに協力するメリットなんて・・・いや、ちょっと待って」
女が私の方を見る。
何故かその目にはもう私への敵意が殆ど無かった。
「その理想郷って、例えば人里に妖怪が居ても問題になったりしないのよね?」
「え? ・・・まあ、そう・・ね。」
そんなこと聞かれても。
知らないわよ、私。
女はふむふむと頷いて、一言。
「私もその理想郷創りに協力するわ。」
見事な手の平返し。
果たして紫は困惑。
実際の所この女は、一日中男を搾り取るために人里でも隠れる必要のない環境が欲しいだけであるが、それを他の二人は知る由もない。
「ルーミアも分かってくれたか。」
「ええ、これって私と貴方の共同作業よ。」
「・・・そうだな。」
紫はもう付いて行けない。
なんか私の言ったと思しき与太話が勝手に進んでいる。
「あ、そうだ。紫って言ったっけ。貴女のお話しを詳しく聞かせて頂戴。今度は私も交えて。」
「紫、俺にできる仕事が有ったらどんどん回してくれ。」
黒い触手が道を開ける。
先程まで殺気を放っていたものとは思えないほどすんなりと。
紫はそれを見て、なんかもう、どうでもよくなった。
二人にどんな思惑があるのかとか、
そもそも嘘から始まった事だとか、
そんなことはどうでもいいのかもしれない。
お互いに利用しあったって良い。
互いに利益が有るってことは、良い関係ではないか。
そうして紫は
触手の中に足を踏み入れた。
触手に受け入れられた。
見方によって共生の在り方が変わるという、そんな話。