ぐだ男が他のマスター候補生に奪われたマシュを奪い返すまでの話 作:大中小
ここに、1人の青年がいる。
彼の名前は藤丸立香。なんの変哲もない、普通の人間だ。
そんな彼は今、短期アルバイトに訪れたカルデアの食堂にて、たった1人で夕食を食べているところだった。
食堂には他にも人はいる。何だったら、彼と歳の近い男女の姿もちらほらと目に出来ている。
それなのに、その誰もが立香をいないもののように扱っていた。
無言で、無表情で、ただトレイの上に乗せられた皿から料理を口に運び続ける立香。
黙々と食事を頬張るだけのその姿を見て、周囲の人間たちからは哀れみの視線か、あるいは嘲笑を向けていた。
そんな扱いにももう慣れたとばかりに元来の図太さを見せる立香であったが、そんな彼に数少ない好意的な感情を寄せる人々が近づき、声をかけてくる。
「……ここ、いいか?」
「どうぞ」
やや不機嫌そうにそう尋ねてきた銀髪の青年に即答すれば、彼は少しだけ怯みながらも立香の正面の席に座る。
そんな彼の横にもう1人、立香の隣の席にもう1人……と、たった1人での食事から一変して一気に騒がしくなったテーブルで、立香の隣に座った人物が口を開いた。
「元気……とは言えないみたいだけど、しっかり食事を取る気力はあるみたいね。感心、感心」
「安心したぜ。お前もお友達が後ろ向きに生きてなくてほっとしただろ、カドック?」
「黙れ、ベリル。別に藤丸と僕は友達じゃない。特異点で共闘した同僚ってだけだ」
「でも、彼のことを心配してたんでしょう? 少しは素直になりなさいな」
どぎつい外見のオネエ風の男性の言葉に小さく舌打ちをした銀髪の青年……カドック・ゼムルプスは、しかしてその言葉に反論も否定もしなかった。
彼がそれなりに自分のことを心配してくれていることを心の中で喜ぶ立香に対して、隣の席の男性が少しだけ残念そうに言葉をかける。
「……マシュちゃんのこと、残念だったわね。私は、あなたが彼女のマスターになるものだと思ってたわ」
「特異点でも息の合ったチームワークを見せてたしな。俺も良いコンビになると思ってたんだが、我らが所長様の命令とあっちゃ仕方がねえな」
オネエ風の男性……スカンジナビア・ペペロンチーノの言葉に賛同したのは、カドックの隣の席に座すチンピラのような風貌をした飄々とした兄貴分……ベリル・ガットだ。
歳の近い青年たちが2人と、そのお目付け役の大人が2人。
非常にバランスの取れたメンバーたちの話題は、本日最大のニュースへと及んでいく。
「マシュのマスター権限を取った男、どこぞの名門家の嫡男だっけか? それなりに権力もあるし、派閥も出来上がってるみたいだしなあ」
「世界で唯一のデミ・サーヴァントにして、現在のカルデアが抱えている数少ない戦力の一角だもの、誰だって欲しがるわよ。所長もきっと物凄く悩んだと思うわ。あんまりあの子を責めないであげて」
「……大丈夫です。俺は、皆さんみたいな魔術師の家に生まれた人間じゃあないですし、この状況下で持ち得る戦力を有効的に運用しようとしている所長の判断は、正しいと思ってますから」
そう言ってから、温かい緑茶を啜る立香。
自分を気遣い、声をかけてくれた3人に感謝しながら、彼はここ最近の出来事と、今朝伝えられたあまり喜ばしくないニュースについてのことを思い返す。
つい数日前、この人理継続保証機関フィニス・カルデアに集められた立香を含む48人のマスター候補生たちは、初めての
人類絶滅の危機を生み出している謎の領域、特異点を破壊するための戦いに臨もうとした彼らであったが、その動きは最初の一歩目から大きく阻まれることとなる。
カルデアの顧問であり、所長であるオルガマリー・アニムスフィアも厚い信頼をおいていたはずの人物、レフ・ライノールによって引き起こされた爆発事故。それによる、多数の負傷者の発生。
幸運だったのは、事故の寸前に異変が察知されたことで、ある程度の被害の拡大を防げたことだろう。
重傷を負った者はいたが、死者は出なかった。その後に起きた特異点Fでの一件も、奇跡的に無事だったメンバーたちの手で見事に収束したことは幸運としか言いようがない。
そんな、非常に慌ただしい事件の最中で意外な活躍を見せたのが、この藤丸立香だ。
何の魔術の才能も持たない一般人であった彼は、爆発事故の際にデミ・サーヴァントとして覚醒した少女マシュ・キリエライトと協力し、特異点での戦闘にて非凡なる采配を取り、戦いに貢献してみせた。
その活躍は精鋭揃いであるカドック達Aチームも目を見張るものであり、この苦境で見事な活躍を見せた立香の功績は決して無視出来ないものである。
……そう、そのはずだった。彼は今回の一件を機に、今後の任務でも活躍を期待されるマスターとなるはずだった。
しかし、無我夢中で戦いを切り抜けた彼を待っていたのは、予想もしていなかった冷たい対応であった。
この一件についての功績は、労いの言葉一つで済まされた。
そのことに関しては立香は何も怒りを覚えていない。現在、世界はこのカルデアを残して壊滅状態に陥ってしまった。そんな状況で褒美などを与える余裕がここの職員や所長にあるはずがないし、今は世界を救う方が優先順位が圧倒的に上だ。
だから、別に特異点での活躍に応じて何をしてくれだとか、彼が望むことはなかった。問題は、ここから先の話なのだ。
特異点Fでの事件の収束後、改めて今後も活動が可能なマスター候補生たちは、自分たちに与えられた使命を所長のオルガマリーから聞かされると共に今後の戦力として、カルデアが召喚に成功したサーヴァント若しくは礼装を与えられることとなった。
元々、物資が潤沢とはいえないカルデアではあったが、四十数名のマスター候補生たちに何らかの戦力を提供することは不可能ではなかっただろう。
サーヴァントとの契約を許された者は精鋭であるAチームを含むほんの一握りだけであったが、それ以外の者たちも何らかの魔術礼装を入手することは出来た。
ただしそれは……立香を除いての話、だが。
カドックやペペがサーヴァントを与えられ、それ以外のメンバーたちが礼装を与えられる中、立香だけが何も与えられることはなく、会議室に集められた時と同じ、手ぶらの状態で部屋へと戻ることとなった。
冷遇、と言われても納得出来る話だが、ここに関しても立香は困惑することもなかった。
この時点での彼は、まだオルガマリーをはじめとするカルデアの職員たちを信じていたのだ。
自分を先輩と呼び、慕ってくれる存在。あの危機を協力して乗り越え、確かな絆を紡いだ少女。
デミ・サーヴァントとして覚醒した少女マシュ・キリエライトが、自分の正式なサーヴァントになると信じていた。
決して、長い時間を共に過ごしたわけではない。だが、生死の狭間とも呼べる危険な戦場を共に戦い抜いたことで、立香とマシュの間には信頼の感情が芽生えていたのである。
立香はこれからもマシュと戦い続けることを望んでいたし、マシュもそうだと信じていた。
今回、自分にサーヴァントや礼装が与えられなかったのは、後々にマシュとの契約を済ませることを考慮してのことだろう。
他のマスター候補生たちが不公平を感じぬよう、立香にはここで何も与えない。その代わりに、マシュを立香のサーヴァントとして専属させる。これならば平等な扱いであるはずだし、話の筋も通っているはずだ。
別に、立香はマシュのことを熱烈に愛しているわけではない。ただ純粋に、彼女のことを信用し、これからも一緒にいたいと望んでいるだけである。
恋人のような特別な関係にならなくてもいい。彼女に愛されたいわけでもない。デミ・サーヴァントを使役するマスターとしての栄光だって欲しくも何ともない。
ただ純粋に、何処か人形のような空虚な雰囲気が漂っていた彼女のことを深く知って、もっと笑顔になってほしくて、そのために一緒にいたいと願っただけだ。
これから先、きっと苦しいことは山ほどあるのだろう。だが、マシュと一緒なら乗り越えられるはずだ。
彼女と絆を結び、他のマスター候補生たちとも協力して、特異点Fでの戦いの時のように諦めさえしなければ、きっと未来を掴める。
その時はきっと、マシュも笑顔を浮かべてくれるだろうと……そんな、生温い想像を浮かべていた立香の想いは、今朝方木端微塵に打ち砕かれた。
所長室に呼び出され、オルガマリーと対面したあの時のことを……彼女の申し訳なさそうな、重い罪悪感を感じているような、それでいながら自分の責務を果たすために懸命に虚勢を張って強気であろうとする彼女の姿を、立香は忘れることは出来ないだろう。
そんなオルガマリーが微弱に震える声で口にした、残酷な宣告も合わせて、だ。
「マシュは、他の魔術師をマスターとすることに決まったわ。これは所長としての判断だから、あなたも納得してちょうだい」
そんな、あまりにも信じ難い話を口にしたオルガマリーは、続けてマシュの正式なマスターとなった男性を立香に紹介した。
立香よりも年上の、まだ若々しさを残す美男子。名門魔術師の家系に生まれた彼の話は、立香の耳に入ってはこなかった。
ただ彼が自分を嘲り、この状況を狙って引き起こしたということを理解した立香は、ようやくここで自分が他のマスター候補生たちから排除されようとしているという事実に思い至ったのである。
それは、とても単純な話だった。
魔術師というのはプライドが高い人間が大半だ。自分の家の地位を上げ、魔術をより研鑽するためにならばどんな手段だって取る悪辣さも兼ね備えている。
そんな彼らにとって、一般人である立香が活躍している状況というのは非常に面白くないものだ。なんの魔術の才能も持たない人間より、自分たちの方が下であると思われかねないこの状態は、何としてでも打破しなければならない。
だから彼らは立香を徹底的に妨害することに決めたのだ。
徒党を組み、団結することで、カルデア側に自分たちの要求を飲ませることに成功した。外の世界は滅びているとはいえど、元々は名門家出身の魔術師も多い。
そんな彼らに頼るしかないカルデアからしてみれば、相当に無茶な要求でもない限り、それを飲むしかないのだ。
これから先、立香には戦力は一切与えない。サーヴァントも礼装も、それを得る機会すらも絶対に与えない。
召喚の媒体となる聖晶石が配布される量も、立香と他のマスター候補生たちとでは雲泥の差があった。サーヴァントを召喚するための機器も使えなくなっていることも含めて考えると、カルデアの職員の中にマスター候補生たちの息がかかった者がいて、立香に対する嫌がらせを行っているのだろう。
そのトドメとなるのが今朝のオルガマリーからの宣告……マシュのマスター権限の移行だ。
あれだけの功績を挙げ、マシュとの相性も良好で、今後も恙なく任務を行えるはずの立香から彼女を引き剥がす理由などありはしない。
そのあり得ない事態を引き起こしたのは、恐らくこうしてベラベラと中身のないことを喋り続けているこの男なのだろうなと、立香はそう思った。
(仕方がないんだ。俺には何の力もない。後ろ盾だってない。こうなったって、どうしようもないんだから……)
朝からずっとそう自分に言い聞かせ、立香は納得しようとしていた。
立香には戦いに臨めるだけの戦闘能力はない。魔術師としての才能もない。名門家の後ろ盾もなければ、他のマスター候補生たちを従わせられるだけの血筋もないのだ。
オルガマリーは悪くない。今、彼女は必死に世界を救おうと努力している。今のカルデアが有する戦力を適切に割り振れば、自分の元からマシュが引き剥がされても仕方がないことなのだ。
大丈夫、マシュのマスターとなった男は自分よりも優秀なはずだ。
彼女を上手く指揮し、仲間たちと連携して、きっと世界を救ってくれるはずだ。
マシュのことを大事にして、絆を深め、共に成長し、彼女を笑顔にしてくれる……そんな風に自分を無理に納得させようとしている立香の耳に、聞き覚えのある声が届く。
「上手くいきましたね、グドンさん。これでグドンさんが誰よりもカルデアで力を持っているマスター間違いなしですって!」
「ハハハ! そうだな! 爆発事故が起きた時はどうなるかと思ったが、お陰でAチームのリーダーが昏睡状態陥ってくれた。精鋭揃いのAチームといえど、要がいなくなれば戦力は大きく弱体化だ。俺たちの派閥が、カルデア内で相当な権力を握ってるのは間違いないだろう」
その声が今朝、所長室で対面した男のものであることに気が付いた立香の目が大きく見開かれる。
誰に憚ることなく、多くの職員やマスター候補生たちが集まる食堂で不快な話を続ける大きな声は、嫌でも立香の耳に入ってきていた。
「10名を超えるチームメンバーに加えて、デミ・サーヴァントまで自分の物にするなんて……流石ですよ、グドンさん!」
「まあ、あの藤丸とかいうガキには勿体無い代物だったしな。所長がチョロくて助かったぜ」
「馬鹿が多いですからね、ここは。にしても羨ましいな~! あのデミ・サーヴァント、顔も体も上物じゃないですか。こりゃあ、魔力供給が捗りますね~!」
「クハハハハッ! 確かにな! 性格は暗いし、どうにも一緒にいて面白くない女だが、妾としては優秀だ。あれを一から仕込んで、子供だって孕ませてやったら、我がドーン家の名声も高まるに違いない」
「デミ・サーヴァントに子供を産ませた魔術師なんて、グドンさんが初めてですよ! どんな子供が生まれるのかが楽しみですね!」
下劣で、低俗な会話。もっと言うならば、最低最悪の会話だ。
マシュを馬鹿にし、道具としてしか見ていないことも許せない。だが、それと同じくらいに許せないことが立香にはある。
先の会話の中で出た、Aチームのリーダー……キリシュタリア・ヴォーダイム。
彼が昏睡状態に陥っているのは、爆発の寸前にその異変に気が付き、仲間たちを守るために防衛魔術を行使したからだ。
キリシュタリアは、自分ではなく仲間たちを守るために力を行使した。結果、彼は爆発の影響を大きく受け、死にこそしなかったものの深手を負ってしまったのである。
部屋の外にいた立香はともかく、Aチームのカドックやペペ、あそこで話しているグドンやその取り巻きが無事でいられるのも、全てはキリシュタリアのお陰だ。
それなのに、グドンはキリシュタリアを嘲るような言葉を吐いた。
彼への怒りが高まる中、遂に立香の我慢の限界を迎えさせる一言をグドンが口にする。
「……まあ、デミ・サーヴァントとはいっても所詮は珍しい使い魔程度の存在だ。やるべきことを済ませたら、お前たちにも
「おおっ! 流石グドンさん、太っ腹~っ!! 今からあのマシュマロボディを好きに出来る日が楽しみです!」
「クハハッ! せいぜい使い潰させてもらうぜ。デミ・サーヴァントっていう特異な存在であるあの女をな。それ以外は顔と体くらいしか価値が無いんだから、マスターである俺のために必死に奉仕しろってところだな」
「っっ……!!」
ブツリと、立香の中で何かが切れた。
体の底から怒りが湧き上がってくるような、心の底が冷え切っていくような、そんな感覚がじんわりと体の隅々へと伝わっていく。
怒るべきだ。殴るべきだ。あんな男を許してはおけない。あんな男にマシュを預けたままにはしていられない。
この感情のままに立ち上がり、グドンの元に駆け寄り、あの憎たらしい面に拳を叩き込むべきだと、立香はその考えを行動に起こす寸前までいっていた。
それが現実のものとならなかったのは、テーブルに叩き付けられようとしていた彼の拳をペペがそっと包み込んだからだ。
振り下ろされた拳の動きを完全に静止させ、鳴るはずだった大きな音を消滅させた彼は、立香へと小さく首を振ると視線で語る。
あれは挑発だと、そうペペは言っているのだ。
グドンは完全に立香を除け者にするための理由作りをしようとしている。
ここで立香が暴力沙汰を起こせば、それを口実にしてマスター候補生としての権力を完全に取り上げようとするのだろう。
そうなれば、全てはグドンの思うがまま……それを察したペペは立香を制すると、普段通りの様子でグドンたちの元に歩み寄り、彼らの言動を注意し始めた。
カドックもそんな彼とグドンたちの間でトラブルが起きても構わないように、ペペを援護するために席を立つ。
正面と隣の席から人がいなくなった瞬間、立香の瞳にはじわりと涙が滲み出し始めた。
立香の心の中で燃え盛る激しい怒りの炎は、グドンや彼の取り巻き、もっといえば自分を妨害する多くのマスター候補生やカルデア職員たちに向けられているものではない。
彼らにも腹が立つが、今、立香が最も許せないのは……他の誰でもない、
自分には何もない。力も頭脳も権力も、何一つとして有していない。
下劣な人間の策に嵌り、何もかもを奪われたとしても、反撃の術を何も持っていない。
自分を慕ってくれた、信じて命を預けてくれた、そんな
強引に自分を納得させようとした。グドンはマシュを大切にしてくれる素晴らしい魔術師なのだから安心だと、そう自分に言い聞かせ、無理矢理に諦めようとしていた。
だが、あの会話を聞いてしまった今、そんなことは出来はしない。このままではマシュは、グドンをはじめとする男たちの慰み者になってしまうだろう。
そうなった時、彼女はもう二度と笑ってくれない気がした。もっと沢山の幸せと楽しみを知るはずの彼女の心が、粉々に壊れてしまう気がしてならなかった。
それでも、だとしても……自分には、何も出来ない。
このまま指を咥え、ただただマシュが壊されていく様を見ていることしか出来ない自分自身が、情けなくて腹立たしくて、仕方がなかった。
(俺に力があれば……! 自由に操れるサーヴァントさえいれば……!!)
グドンからマシュを取り返すためには、彼よりも自分が優れていることを証明するしかない。
手柄を立て、功績を挙げ、藤丸立香という人間の優秀さをオルガマリーに認識させれば、彼女もマシュのマスター権限について考え直してくれるかもしれない。
だが、そのために必要な戦力が立香にはないのだ。
英霊召喚システムはグドンの息がかかった職員に監視されているから使えない。新たな戦力を得ようとしても、何らかの妨害にあってしまうだろう。
逆に、既に召喚されているサーヴァントたちの中には、専属のマスターを持たない
そういったサーヴァントたちは、個々のマスターからの要請やカルデア職員たちからの指示によって活動している。
彼らの協力を取り付ければ、あるいは……と考えたところで、立香はその無謀な考えに小さく首を振った。
(無理だ。やっぱり誰かに妨害されるに決まってる……)
先も述べた通り、明確なマスターを持たないサーヴァントたちは、実質的にカルデアスタッフの管理下にある。
そうなれば、どれだけ立香が英霊たちにアプローチを試みたとしても、それを快く思わないマスター候補生たちがスタッフに指示を出してその動きを妨害することは目に見えていた。
つまりは八方塞がり、詰みの状況だ。
新しい戦力は得られない。既に得ている戦力も回してはもらえない。
立香がサーヴァントを得ることは、どう足掻いたとしても不可能ということになる。
サーヴァントを得られない以上、立香が功績を挙げることも土台無理な話であり、グドンからマシュを奪い返すことも絶対に不可能ということであった。
本当に……もう、どうしようもなかった。
自分はこのまま、マシュがグドンたちの色に染まり、元々の彼女の愛らしさを失っていく様を見続けることしか出来ないのだ。
全てを諦めて、何もかもを投げやりにして、こうして1人で拳を握り締めて……そうして、悔しさに涙を流すことしか出来ない自分自身の弱さが憎らしくて、苛立たしくて、憤りが治まらない。
諦めるしかないとわかっていても、諦めることなんて出来ない。
あのマシュが、ただただ壊されていく様を眺めているだけの傍観者になどなれはしない。
何か、何でもいい。力を得る方法が欲しい。
たった1騎、それだけの戦力で構わない。それが相当に贅沢な願いであることも理解しているが、それでも今の自分には自分の自由になるサーヴァントが必要だ。
傍から見れば完全に負け犬。されど、今の自分の心の中には先のグドンの話を耳にしたが故に首を擡げ出した欲望が膨れ上がっている。
マシュを奪い返す。そして、他の誰にも渡さない。
彼女自身が当たり前に持つはずの自由を奪われないようにするために、彼女が少女としての幸福を感じられる生を送るために、この欲望は叶えなければならない。
無気力に自分を騙していた数分前の彼とは打って変わった、瞳の奥に欲望の光を灯した立香。
食堂にいる人々は、グドンたちとペペのやり取りに目を奪われているが故にその変化に気が付く者はいない。
……ただ1人の男を除いては。
「……いいね、立香くん。さっきまでは負け犬の顔してたが、今は違うな。やりたいことを見つけた、欲望剥き出しの目をしてるぜ」
そう、覚悟を固めつつあった立香に声をかけたのは、彼の斜向かいに座す男……ベリル・ガットだ。
飄々とした態度はそのままに、何処か野蛮さを感じさせる鋭い瞳を立香に向けた彼は、立香が抱く欲望をピタリと言い当ててみせる。
「このまま終わりたくないんだろ? 馬鹿にされて、マシュちゃんを奪われて、蚊帳の外に追い出された負け犬のままじゃあ終われないって目だ。いいね。俺、そういう目をした奴は嫌いじゃない。気が変わった、行こうぜ」
「……どこに、ですか?」
音を立てず、誰からも注目を浴びず、座っていた椅子から立ち上がったベリルは、静かな動きで立香の背後に回り込む。
そして、人の欲望を刺激する悪魔のように微笑みながら、彼の耳元でこう言ってのけた。
「お前の部屋に、だよ。先に行って待っとけ、お兄さんが良いものをプレゼントしてやる。それをどう使うかは立香くん次第だ。ただ、上手くいけば……負け犬からの脱却どころか、マシュちゃんを奪い返すまでいけるかもしれねえなあ……!」
クククと喉を鳴らしてそう口ずさむベリルのことを、どこまで信用していいのかわからない。
だが、今の立香にはたとえそれが悪魔からの誘いだったとしても断る理由はなかった。
小さく、無言で、ベリルに対して頷く。彼の手助けを受ける意思表示をした立香に対して、ベリルは嬉しそうに一層笑みを強めてみせた。
カドックにも、ぺぺにも、他の誰にも気づかれないようにして食堂から出る。
薄暗い、電気の落ちた廊下に響く足音と、立香とベリルの瞳に燃える妖しい炎だけが、視界の通らない闇の中を歩む彼らの存在を証明していた。