ぐだ男が他のマスター候補生に奪われたマシュを奪い返すまでの話 作:大中小
あくる日の午後、全体ミーティングを終えた立香は、自室でカルデア職員たちに全員に与えられている携帯端末を操作し、現在のカルデアが保有しているサーヴァントを確認していた。
召喚自体の回数がそこまで多くなく、召喚システムも不安定な状況であるため、その数は決して多いとは言えないが、それでも彼らは貴重なカルデアとマスター候補生たちの戦力だ。
そんなサーヴァントのクラスやステータス情報などを確認しながら、立香は考えを巡らせ続ける。
「候補は、この6騎……この内の1騎を、俺は……!!」
現存の未契約サーヴァントたち。その中から立香がピックアップしたのは、全て女性のサーヴァントであった。
そのどれもが見目麗しく、タイプこそ違えど美女、美少女と呼ばれる存在なのは間違いない。
彼女たちの写真を目にし、ゴクリと息を飲んだ立香は、ダッシュボードの上に置かれたピンク色の小瓶を見つめた後、昨日のベリルとの話し合いを回想し始めた。
「女性サーヴァントをモノにする? セックスで?」
「ああ、まあそういうことだ。……いやいや、俺は大真面目だぜ? その理由もちゃ~んと立香くんに説明してやるよ」
食堂での騒ぎの後、自室でベリルと合流した立香は、彼が口にした突拍子のない計画に疑惑の目を向ける。
完全に悪ふざけとしか自分の言葉を捉えていない立香の対応に少し慌てたように笑いながら、ベリルは自身の言葉の真意をきちんと彼に説明し始めた。
「いいか? 立香くんがグドンの奴からマシュを奪い返すには、まずは功績が必要だってことはわかってるな? 今のお前は交渉のテーブルに座る権利もねえ。カジノで言えば、1枚のチップもない状況なんだ」
「だから、勝負のためのチップを手に入れることが最優先。この場合で言うなら、チップっていうのはサーヴァントですよね? それを手に入れる方法がセックスだなんて、俺には意味がわかりませんよ」
「まあまあ、そう言っちゃう気持ちもわかるぜ。でもよ、これって案外しっくりくる作戦なんだよな」
そう言いながら、ベリルは立香に立てた指を突き出し、それを見せながら話を始める。
「立香くんが今からサーヴァントを入手するとしてだ。まず最初に考えられるのは無難に召喚って手だが……これは無理なのは誰もが理解済みだ。グドンの奴が手を回してる以上、立香くんが召喚を行う機会はやって来ない。この方法はまず無理ってこった」
そう言いながらベリルが人差し指を折りたたむ。
一つの可能性を潰した彼は、続けて二つ目の可能性についての話を始めた。
「で、次に考えられるのは、カルデアに在籍してるが専属のマスターがいない、所謂フリー状態なサーヴァントを狙うって方法。俺がおススメしてるのはこっちな。でも、こっちにも問題があるっちゃあるわけだ」
「……俺がサーヴァントたちと仲を深めようとすれば、グドンたちからの妨害を受ける、ってことですよね?」
「正解! ここが問題なんだ。サーヴァントたちもよくわからん奴をマスターにしようとは思わない。だが、相互理解を深めようとすると絶対に邪魔が入る。この方法の問題点は、契約にこぎつけるまでに時間が掛かりすぎるってことだよ」
そう言いながら、二本目の指を折りたたんだベリルであったが、その後即座に折った指を立たせると、二本まとめて立香に提示しながら解説を続ける。
「だが、ここにセックスという行為をぶっ込むとだ、話が一気に変わってくる。要するに、立香くんのテクで女サーヴァントをメロメロにしちまえってことなんだな、これが」
かっかっか、と愉快気に笑うベリルは、ともすれば冗談でこんなことを言っているようにしか見えない。
だが、立香にはわかっていた。彼が、本気でこの提案をしているということを。
「フリーのサーヴァントと契約しようとすると、時間がかかってしまう。その間に他者からの妨害を受けるから、契約が上手くいかない。けど、女性サーヴァントを篭絡させられたのなら、時間の問題は一気に解決する。本来ならば絆を深めてから行う行為を、絆を深めるために行うということですね?」
「……正解。わかってるね、立香くん。その迷いのない目、俺は好きよ」
笑うことをピタリと止めたベリルは、真顔でそう言うと立香へと掌サイズの小瓶を差し出した。
中身が何らかの液体であることだけがわかるそれを受け取った立香に対し、ベリルは内部に収められている薬の効能を説明する。
「概念礼装に【愛の霊薬】ってのがあるだろ? そいつは、それを極限にまで煮詰めた代物さ。サーヴァントにだって効く、超強力な媚薬だと思えば良い。無味無臭でどんなものにもよく溶けるから、上手いことごまかせば簡単に飲ませることが出来るだろうよ。だが、効果は一晩限りだ。ワンナイトだけのチャンスを逃せば、立香くんはサーヴァントをレイプしようとしたクズとしてカルデアの人間から見られるかもな」
「………」
それは、あまりにも分の悪い賭けだった。
たった1回のチャンスに全てを賭け、失敗すれば本当に全てを失う。ベリルもこれ以上の手助けや弁明はしてくれないだろうし、カドックたちにも愛想を尽かされるかもしれない。
だが、その1回のチャンスを何よりも欲していた立香にとっては、これ以上ないほどにありがたい申し出であった。
即刻、ベリルの差し出した小瓶を掴む。
それを懐にしまい、無言のまま頷いてみせた立香に向け、ベリルは楽し気に笑いながら言った。
「……楽しみにしてるぜ、藤丸立香くん。お前が負け犬になるか、ここで勝負に臨むためのチップを手に入れるか……俺は、期待して見守っているよ」
標的の選定には、何重にも及ぶ思考を巡らせた。
現在、カルデアに在籍しているサーヴァントのうち、明確に女性と呼べるサーヴァントは6騎のみ。この中から、自分が堕とすサーヴァントを選ばなければならない。
もたもたしていてはグドンの魔の手がマシュに伸びてしまう。彼女に何か被害が出るうちに、立香はグドンを牽制出来るだけの材料を手に入れなければならなかった。
だが、絶対に失敗は許されない。チャンスはたった1回しかない以上、慎重な獲物選びが必要だ。
「成功率を考えろ。誰が良いかじゃなく、誰が駄目かで考えていくんだ」
失敗する可能性を出来るだけ排除し、成功率を高めるための思考を重ねる立香は、現在の状況と自分の状態を踏まえ、標的を絞っていく。
まず、今回の作戦においてはセックスの主導権を立香が握ることが好ましい。
相手を快楽で堕とすという目的がある以上、その相手に好き勝手されることは目的の達成が遠のくことを意味する。
しかし、立香は残念ながら童貞であった。そういった行為の知識はあるが、本番は済ませていない。どこにでもいる思春期の青年である彼にとっては、相手もまた出来れば処女であることが望ましかった。
となると、生前に夫が居たサーヴァントや淫らな逸話があるサーヴァント、男性を翻弄する術に長けたサーヴァントはダメだ。
この条件を満たしてしまうのは、【マリー・アントワネット】【カーミラ】【ステンノ】の3名。このメンバーは除外する。
次いで、身持ちが硬すぎる者もよろしくない。
立香が行おうとしている行為はレイプであり、媚薬の効果があるとはいえ、その行為に流されるような精神性を持たないサーヴァントに手を出すことは危険だ。
聖女として名の知られる
狙うのは、性交にそこまで慣れておらず、されど立香の求めを拒まずに受け入れてくれそうな女性サーヴァント。
媚薬の効果で発情した体を立香に預け、最終的に自分との契約まで持ち込めそうなサーヴァントを探すとなると、相当に厳しいことになるのだろう。
しかし、立香は幸運だった。こうして除外された5騎のサーヴァントたちを端末の画面から削除した彼は、残された最後の1騎の英霊へと視線を向ける。
彼女とは、そこまで深く話したことはなかった。だが、ほぼ毎日のように顔を合わせている関係性だ。
毎日のように二言、三言の会話をして、多少の関わりは持てている。それは立香だけに限った話ではないが、この状況下では非常に有難いことだ。
「決めた。俺が堕とす、サーヴァントは……」
じっと、その画像を見つめる。
胸の中に湧き立つ覚悟と興奮に心臓の鼓動を逸らせながら、立香は計画を実行するためのプランニングを丁寧に立て始めた。
現在時刻午後9時55分。人気の無くなった食堂にて、立香は温くなった紅茶を啜っていた。
普段よりも遅くに食堂を訪れ、普段よりもたっぷりと時間をかけて食事を取り、普段は飲まない食後の1杯をのんびりと味わっているのは、偏に標的と2人きりの状況を作り出すため。そのためだけに、彼は慣れない演技をしていた。
そうやって、食堂の開いている時間ギリギリまで居座っている立香の下へ、何も知らない獲物が近づいて来る。
頭から生えた耳をぴくつかせ、大きくふわふわとした尻尾を左右に揺さぶりながら立香のテーブルにやって来た彼女は、そのまま無遠慮に彼へと声をかけた。
「客人、くつろいでいるところ悪いのだが、そろそろ閉店の時間なのな。出て行く準備をしてくれると、アタシとしては嬉しい!」
「ん? ……ああ、もうそんな時間か。ごめんね、タマモキャット」
全てを知り尽くしていながら、立香は白々しく時間を失念していたふりをした。
本日の食堂の遅番であり、この食堂の副コック長であるサーヴァント【タマモキャット】は、そんな立香の様子に首をふりふりとしながら話を続ける。
「まあ、そこまで急ぐ必要はないのだがナ! 別段、客人以外に食堂を利用している人間はいないし、そこまで遅くならなければ多少は利用時間をオーバーしても構わないとキャット的には思っている!!」
「あはは、ありがとう。それじゃあ、もう少しだけゆっくりさせてもらおうかな」
「うむ、よかろう! 時間がアウツになったら我が言うので、それまではのんびりするといい! ……ちなみに、お茶のおかわりはいかがかな?」
「ありがたく頂戴するよ。……そうだ、タマモキャットも1杯付き合ってよ。ほんの少しで良いから、話相手になってくれると嬉しいな」
「アタシがか? ……よかろう! もう洗い物も済んだし、暇してたところだ。カップとおかわりを持ってくるから、暫し待たれよ!」
少しだけ嬉しそうにお茶のおかわりと自分用のティーカップを取りに行ったタマモキャットは、すぐにそれらを大きなミトンを付けたような手に持って戻ってきた。
お茶を2つのカップに注ぎ、対面の席に座ろうとしていた彼女に向け、ふと思い出したように立香が言う。
「ああ、ごめん。お砂糖、取って来てもらっていい?」
「ん? 客人はキャット使いが洗いナ。だがよかろう! またまた暫し待たれよ!!」
そう言って厨房へと引っ込んでいったタマモキャットの様子を伺いながら、立香は懐から小瓶を取り出すと、その中身をタマモキャットのカップの中へと注いだ。
臭いも色もついていない媚薬はすんなりと紅茶と混ざり、何一つとして異常を感じさせないまま湯気を立ち上らせてるようになる。
仕込みはこれで済んだ、とばかりに立香が頷けば、そのタイミングを見計らったようにタマモキャットが砂糖の入った瓶を手にテーブルへと戻ってきた。
「待たせたな。他に必要なものはあるカ? キャットが席に座ったら、もう取りには行かないゾ!」
「うん、大丈夫だよ。色々と言い付けちゃってごめんね、タマモキャット」
「
「えっ……!?」
含みのある言い方をするタマモキャットに驚きの視線を向ける立香。
まさか、媚薬を混入させたことが看破されたのかと焦る彼であったが、タマモキャットが口にしたのは全く見当はずれの話であった。
「確か、フジマルリツカとかいうんだったな? 悪~い男にマシュを奪われた口惜しさはわかるが、ずっと凹んでいては幸せも訪れないゾ! キャットを見ろ! いつでもニコニコスマイル満開だ! まあ、そのお陰で幸せかどうかと聞かれたら、少し答えに詰まるがナ……」
「あ、ああ、そういう……」
ここ最近の出来事は、サーヴァントであるタマモキャットにも伝わっているようだ。
彼女が立香に付き合ってくれたり、優しく接してくれているのは、この一連の出来事で哀れみの感情を抱いているからかもしれないと思いつつ、自分の企みがバレていないことにほっと胸を撫で下ろす立香。
しかし、安心したのも束の間、彼は今、自分のことを気遣ってくれているタマモキャットを罠にかけようとしているという罪悪感に包まれるようになった。
(本当にいいのか? これで……?)
自分を慰めるために、こうしてお茶に付き合ってくれるタマモキャット。その優しさに漬け込んで、自分は彼女を堕とそうとしている。
そんな、恩義を仇で返すような真似をしてもいいのか? これが踏み止まれる最後のチャンスであると拳を握り締めた立香の脳裏には、マシュとグドンの姿が浮かんでいた。
(……そうだ。もう決めたじゃないか。俺は、マシュを取り返すんだ。そのためには……!)
相手は悪辣な手段を用い、集団で立香を苦しめる魔術師たち。彼らに立ち向かい、マシュを奪い返すためならば、自分は何だってすると決めたはずだ。
今更、その覚悟をなかったことには出来ない。ここで留まってしまえば、自分は負け犬のままだ。何も出来ず、何も成せないまま、マシュが壊されていく様を見続けることしか出来なくなってしまう。
必要なのだ、力が。マシュを取り返すために、サーヴァントの力が必要なのだ。
自分は欲した力を得るために、こんな最低の手段を取った。良心の呵責など捨て置け、そんなものが何の役に立つというのか?
必要なのは力だ。守りたいものを守るために、欲したものを得るために、どんな手段を使ってでも力を得なければならないのだ。
手の震えを、込み上げる罪悪感を。必死で押し殺し、笑みを作る。
そして、紅茶の入ったカップを手にした立香は、自分でも驚くくらいに穏やかな声で、タマモキャットへと語り掛けた。
「それじゃあ……乾杯、っていうのも変だよね? 頂きます、タマモキャット」
「うむ。時間を気にしつつ、のんびりと過ごすが良い! 我も頂きます、だ!」
どうやって持っているのかわからないが、器用にカップの持ち手を掴んだタマモキャットが、一息に紅茶を嚥下する。
その中に混ぜられた【愛の霊薬】をも一息に飲み干した彼女の姿を見て、立香はもう自分の計画が止められない時点にきているを実感するのであった。