ぐだ男が他のマスター候補生に奪われたマシュを奪い返すまでの話 作:大中小
夕食の時間を迎え、人で賑わう食堂の中で、グドン・ドーンは不機嫌だった。
取り巻きたちをピリつかせる怒気を隠そうともせず、苛立ちを抱えながら食堂へとやって来た彼は、懸命にその怒りを抑えながら食事を取りに向かう。
トレイを手に、今日のメニューからカレーライスを選択した彼は、その配膳を行うサーヴァントへとにこやかに挨拶をしながら声をかけた。
「やあ、タマモキャット! 今日も君のご飯は美味しそうだね!」
「おう、そう言ってもらえると嬉しい! たんと食え、力が付くぞ!」
にこやかな態度に対して、にこやかな反応を返すタマモキャット。
彼女の反応が好感触であったことに心の中で頷いたグドンは、一気に話を本題へと運んでいく。
「ところで……君が、藤丸立香とかいう男をマスターに選んだと聞いたんだが……本気かい?」
「ああ、本気だゾ。さっき既に正式な契約を済ませてきた。アタシは藤丸立香のサーヴァントだ」
ちっ、とその返事に心の中で舌打ちをするグドン。その様子に取り巻きたちもビクリと反応する。
彼を苛立たせているニュースとはこれだ。マシュを奪い、二度と再起出来ないように入念に妨害を施していたはずの立香に、どうしてだかタマモキャットが契約を結びたいと言い出したのである。
それは正に、青天の霹靂だった。
昨日まで何の関係性も見受けられなかった両者が、いきなり主と使い魔の関係を結ぼうというのだ。困惑しない方がどうかしている。
最初は狂戦士のクラス特有の気の迷いが始まったのかと思ったが……オルガマリーをはじめとした責任者たちがタマモキャットの話を聞けば聞くほどに、彼女が本気で立香との契約を結ぼうとしていることを理解してしまったのである。
当然、グドンたちの息がかかっている職員たちは、彼女のその意思を妨害しようとした。
他のマスター候補生たちの士気に関わるだとか、自由に使える戦力である君を頼りにしているマスターたちは多いだとか、何かしらの理由を付けて立香との契約を阻もうとした彼らであったが、運命の女神は立香の方に味方をしたようだ。
「いいのではないかな。彼女の意思を尊重すべきでは?」
そんな、何とかしてこのタマモキャットの意思を抑えつけようとする面々に対して、穏やかな声が投げかけられる。
自分たちの意思に反する言葉を口にしたその人物へと視線を向けた彼ら、及び所長のオルガマリーは、そこに立っていた男の姿に目を見開いた。
そこにいたのは、爆発事故の影響で昏睡状態に陥っていたはずのキリシュタリアだった。
つい先刻まで意識を失っていたとは思えないほどに優雅な雰囲気を放つ彼は、改めてタマモキャットとの交渉の席に座した職員たちの意見を懇切丁寧にへし折っていく。
自由に使役出来るサーヴァントがいなくなると困る?
タマモキャットの他にも十分な戦力はある。完全にいなくなるわけでもない。どうしても彼女の力を借りたいのならば、マスターとなった藤丸立香に頼めばそれで済む話だ。
他のマスター候補生たちの士気に関わる?
礼装もサーヴァントも与えられていない、戦力を保有していない人間がいる方が、いざという時に士気の低下を招くのでは?
そもそも、タマモキャットは
彼女がこう決断した時点で、もうその意思を止めることは不可能ではないかというキリシュタリアの意見が出た所で、カルデアの職員たちも全てを諦めざるを得なくなったようだ。
抜群のタイミングでキリシュタリアが目を覚まし、立香に味方したこと。
立香が一切の戦力を保有しておらず、彼にも戦いに臨むための力が必要であると判断されたこと。
タマモキャットがバーサーカークラスのサーヴァントであったこと。
以上、3つの条件が見事に噛み合い、立香は彼女の正式なマスターとなることを認められた。
他の魔術師たちに排除され、所属している組織からも冷遇されていたはずの青年が、見事に彼らに一矢報いたのである。
このニュースは即座にカルデア中を駆け巡り、多くの人々に驚きを与えることとなる。
あのぺぺですらも驚きと共に歓喜の表情を浮かべ、特異点Fで共闘したカドックは普段通りの仏頂面ながらも何処か嬉しそうな雰囲気が漂っていたとは、彼と契約した
全てを知っているベリルもわざとらしく驚いてみせると共に、立香がここからどう動くのかを期待し、事態を静観し続けていた。
そんな中で、この報に最も衝撃を受けた人物が、このグドンである。
徹底的に踏み潰したはずの立香が、しぶとく這い上がってきた。しかも、専属のサーヴァントという現在のカルデアでも有数の戦力を手にして、である。
彼を排除しようと積極的に動いてきたグドンからすれば、この状況は勿論面白くない。
たった1騎のサーヴァントでも、自分の策謀を潜り抜けて立香が何かを手にするということ自体が腹立たしく、我慢が出来ないことだ。
なので、早速彼は再び立香を叩き潰すための行動に出ることにした。
具体的に言えば、タマモキャットのマスター権限を彼らから奪おうということだ。
「なあ、君は優れたサーヴァントだ。あんな凡人に扱われるなんて勿体ない! 私が優れた魔術師を紹介しよう。だから、今すぐに彼との契約を破棄したらどうかね?」
猫撫で声で、機嫌を取るようにして……使い魔の機嫌を取るということ自体が彼にとってはかなり屈辱的なことではあったが……タマモキャットを懐柔しようとするグドン。
彼の言っていることは半分は本当で、半分は嘘だ。
扱いにくいバーサーカーであるタマモキャットを優れているとは思っていないが、立香が彼女のマスターになることは許せない。
だから、自分の息がかかった魔術師にマスター権限を移行させて……と考えている彼に向け、トレイにカレーを盛った皿を置きながらタマモキャットが答える。
「お断りだ。アタシは、ご主人に仕える。他の主に鞍替えするつもりはないゾ」
「なっ!? 何故だ!? あんな男に何故仕える!? 奴は魔術師としての才能は無い、落ちこぼれじゃないか!」
何の躊躇いもなく自分の提案を切って捨てたタマモキャットに対して、怒り混じりの言葉を吐きかけるグドン。
そんな彼の姿に食堂に集まった人々は腫物でも触るかのような視線を向けている。
そんな中、集団を掻き分けてグドンに近づいた1人の青年が、穏やかな口調で彼へと声をかけた。
「……俺のサーヴァントに何か用ですか、グドンさん?」
「ふ、藤丸……!!」
今朝の自分に対する意趣返しのような一言を浴びせながら、静かに笑う立香の姿にグドンの怒りは限界を超えた。
トレイの上の皿を立香目掛けて投げつけるグドンであったが、彼はひょいと飛来する皿を避けるとその進行方向を見やる。
フリスビーのように飛んでいった皿が運の悪い人間に当たり、真っ白な制服にカレーの染みを付ける光景を目にした立香は、あの黄ばみはそう簡単には取れないだろうな~、などと心の中で思いながら、再びグドンへと向き直る。
その、何処か余裕たっぷりに見受けられるその態度に増々怒りを募らせたグドンは、周囲の目も気にせずに立香へと掴みかかると、憎しみをたっぷりと含んだ言葉を投げかけた。
「調子に、乗るんじゃないぞ……! どんな手を使ったのかはわからんが、もう貴様には追加の戦力は与えん。礼装もサーヴァントも、何もかもだ! 貴様のような凡人が私に逆らうことなど、あってはならないことで――!」
「ぐ、グドンさん……!!」
胸倉を掴み、吼えるように立香へと怒りをぶつけるグドン。
そんな彼を冷ややかな視線で見つめる立香。
両極端な反応を見せる両者であったが、そのやり取りを止めたのはグドンの取り巻きだった。
何かに怯え、声を絞り出すのが精一杯といった様子の仲間の声に違和感を抱いたグドンがそちらを振り向いてみれば……彼もまた、自分に迫る脅威に身を竦ませることとなる。
「……何を、している? 我の前で、何をした?」
そこには、先ほどまでの朗らかな雰囲気から打って変わった、冷酷な殺意を漲らせるタマモキャットの姿があった。
大きく見開かれた瞳には獰猛な野生が宿り、お玉を掴んでいた手に生えている爪を鋭く光らせ、グドンへの怒りを見せながら、彼女は低く唸る。
「ご主人に手を出し、アタシの作った料理を粗末にしたな? ギリギリ2アウトで済んだことを感謝しろ。もう1つ何かをやらかしていたら、お前の胴体は真っ二つになっていたところだ」
「ひっ……!?」
バーサーカー特有の狂気が、殺意となってグドンに襲い掛かる。
その冷たさ、重さに圧倒されたグドンは小さく震えた声を漏らすと、即座に立香を掴んでいた手を放した。
そして、いそいそとタマモキャットと距離を取ってから、捨て台詞を吐いて食堂から逃げ去っていく。
「覚えていろ、藤丸立香! その理性のない駄犬諸共、お前を叩き潰してやるからな!」
その見事な小悪党ムーブに感心の念すら抱いてしまいながら、立香は遠ざかっていくグドン一行の背を見送った。
やがて、完全に彼らの姿が見えなくなってから、タマモキャットへと感謝を告げる。
「ありがとう、キャット。助けられちゃったね」
「うむ、気にするな。ご主人を守るのがキャットの役目だからな! だが、少しはご主人も強さを見せてくれると嬉しい! ベッドの上では我を組み伏せる荒々しさがあるのだから、あれを解放すればいいのな」
「あはははは……善処するよ」
確かに、このままサーヴァントに守ってもらい続けるのも格好がつかないと考えた立香は、自分の価値を高めるためにも自分自身を鍛え上げた方が良いとの結論を出した。
幸い、職員たちからも冷遇されている自分には時間もたっぷりある。差し当たり、トレーニング等に詳しそうな英霊かペペ辺りに頼んで、カドックと一緒に扱いてもらおうか……などと考えていた立香のトレイに、特盛のカレーが盛られた皿が音を立てて置かれる。
「おわっ!? こ、これは盛り過ぎじゃない?」
「うんにゃ。これくらいは食べて、精を付けてもらわないと我が困る。今晩も激しい夜になりそうだからな……♡」
先の不躾な輩の排除に対する褒美をくれとばかりに、熱を帯びた視線を向けるタマモキャット。
そんな彼女の性欲を感じた立香は、苦笑を浮かべると共に自らもまた興奮を滾らせる。
まだ、暫くは派手に動くことは出来ない。今はタマモキャットとの信頼関係を確固たるものにすることが優先だ。
それに……彼女との性行為に、自分が嵌ってしまったことも確か。昨日のセックスだけでは物足りなさを感じていることも確かだった。
「……キャットの仕事が終わって、部屋に戻ったら、やろっか。でも、毎日ぶっ続けでやるのは流石に無理だよ?」
「その辺はアタシの精力満天の料理で何とかする。覚悟しろよ、ご主人。野生の獣の本気を、今夜は見せてやるからな……!」
殺意とも狂気とも違う、熱く獰猛な気配を立香へとぶつけるタマモキャット。
そんな彼女の愛を一身に受ける僥倖に感謝しながら、今夜も眠れそうにないなと考えた立香は、山盛りのカレーライスを頬張って、体力を補充するのであった。