僕は、見てしまったんです。
先生と殿下との秘め事を……。
あの日、僕は青獅子の学級ルーヴェンクラッセから食堂にいるハンネマン先生に本を届けようとしていました。中庭を通っていった方が近かったんですが、温室にちょっと寄りたかったので、寮の前を歩いていたんです。
そしたら、ちょうど先生の部屋の前を通り過ぎようとしたとき、中でガタッと何かが倒れる音がしたんです。別に気にすることもなかったんですけど、そのときは何というか、自分でもよくわからないんですけどものすごく気になってしまって、いけないことだとは思いつつ、先生の部屋の扉にぴたりと張りつきました。
「大丈夫か、先生」
聞こえてきたのは殿下の声でした。殿下の声を間違えるはずありません。
「まったく、お前というやつは……無理をしすぎだ」
殿下の仰る通り、先生は僕たちの前に再び現れてからも、あのころと変わらず精勤に教師としての仕事を全うされていました。だからこそ僕たちも先生についていこうと思いましたし、殿下ももちろんその気持ちだったと思われます。
「無理はしていない」
先生は簡潔に答えていました。きっとあの無表情でいっているのでしょう。僕はそれを想像すると少しおかしくなりました。
「しているよ、先生。お前は少し働きすぎだ。休んだ方がいい。みなも心配するからな」
殿下のお優しい言葉を聞けて僕は嬉しく思いました。殿下は……殿下は本当に人が変わったように、ときどきおなりになるので。
「そうはいっても」
先生もそう簡単に引く人ではありません。殿下を相手にあそこまでものをいえる人は……フェリクス、くらいでしょうか。
「休め、先生。まもなくこの戦争も終わる……俺はそう思ってるんだ。だからそれまでは――」
突然、殿下の声が聞こえなくなりました。
僕は気になり、部屋の扉を、ほんの少しだけ開けました。
(……!!)
先生が……先生が殿下とキスしていました。危うく持っていた本を落としそうになり、心臓がどきどきしました。
先生は、床に座った殿下に覆い被さるようにして、唇を重ねています。顔を両手ではさみ込み、互いに見つめ合ったままキスしています。
「……くっ」
殿下が顔を背けます。その拍子に頭が先生の顔に当たりました。
「……っ、すまない……」
殿下は口もとを拭きながら謝ります。先生も口を拭いつつ、頭を押さえました。
「けがはないか? ……どうしたんだ先生。急にあんなことをして……びっくりしたぞ」
殿下は落ち着きを取り戻そうとしていましたが、その口調には動揺が隠しきれていません。いきなりキスされたら誰だってそうなるでしょう。
「さびしいんだ」
先生はいつものように手のひらを示していいます。
「苦しい」
「せつない」
いい続ける先生の目に、涙が浮かんできます。
僕は直感しました。
先生は、殿下のことを愛している、と。
「さびしい、だと……?」
ああ。あの殿下に先生の気持ちが伝わるでしょうか……僕は固唾をのんで見守っていました。
「みながいるじゃないか、先生。頼れる仲間たちが……」
殿下の言葉に、先生は即座に首を振ります。
「違う」
「何が違うんだ?」
「……あなたでないと……」
さすがの殿下も気づいたらしく、俯きました。
「……だめだ、先生。少なくともこの戦争が終わるまでは……」
「待てない」
「無理をいうな。俺だって……」
殿下の声が苦しくなります。
(はっ、まさか……)
僕は、殿下もまた先生のことが好きなのではないかと感じました。
しかし、こんなに切ない両想いがあるでしょうか。二人は生徒と教師。もう大人同士とはいえ、その恋愛感情は禁断……ましてやいまは戦時下。いや、だからこそ燃え上がるのかもしれませんね……僕にはわかりませんけど、互いに我慢に我慢を重ねていたのかもしれません。二人の気持ちを推し量ってみると、胸が締め付けられる思いです。
「ディミトリ」
立ち上がった殿下と先生は互いに視線を交わすと、どちらからともなく唇を合わせました。体格のいい殿下は少し自重しつつ、それでも先生の求めに素直に応じています。
殿下の背中を先生の華奢な手が這い、やがて二人はベッドになだれ込みました。
(あわわわわ……)
ぼ、僕はその先を見たものかどうか必死に悩みました。もう必死に。
(み、見届けなければ……殿下と先生を、最後まで……)
仰向けになった殿下の上に先生はまたがり、体を揺らしています。ゆっくりと服を脱ぎ捨て、殿下の服も剥がしていきます。
『ちゅっ……ちゅっ……』
殿下の熱い胸板の上に先生は優しく口づけし、そのたびに殿下はうめき声をあげました。
『はぅ』
そそり立つアラドヴァルを、先生は咥え込み、頭を上下して愛撫していきます。
「……くっ……」
それから殿下は上半身を起こし、対面座位で先生とつながりました。
「はぁ……!」
先生のあんな声を聞いたのは初めてでした。僕までもぞもぞしてしまいます。
「先生……先生……先生……!」
殿下は爆発しそうになる感情を押し殺しつつ、先生の体をやさしく受け止め、腰を振り動かし、やがて二人は一緒に叫びました。
「いくっ……!!」
部屋が静かになったとき、二人の体はベッドの上で一つになっていました。お互い、生まれたときの姿で、一方は雄々しく、一方は繊細な肉体を、永遠にこの時が続けばいいと思っているように、じっと動きません。
僕はそっとその場を離れました。
あの時の光景は今でも忘れられません。