※この作品はR-18です。

SLAYER'S CREED +α R-18   作:EGO

55 / 147
リクエストから。

ヒロインは漫画版イヤーワン、冒頭の三姉妹。

原作では安否不明(たぶん死亡)ですが、この世界線ではログハンに助けられてます。
カラーページじゃないので髪の色とかは勝手なイメージですし、三姉妹の順番も自己解釈ですが、そこら辺はご了承ください。

ログハンが四方世界に転がり込んで二年くらい経過。
ですが勇者ちゃんにも、銀髪武闘家にも出会っていないので、もはや可笑しくなるくらいに鈍感です。

没プロットの供養ついでに書き始めたら、思いの外長くなってしまったので今回は導入部分。
エロ抜きなので、興味ない方はブラウザバックか、更新されていれば次にお進みください。




Memory?? 惨劇の生存者①

 双子の月の輝きも届かない、とある洞窟の中。

 そこかしこから聞こえるゴブリンの声に怯えながら、三人の女性が身を寄せあっていた。

 ゴブリンの手により衣服が全て裂かれ、剥き出しになった白い肌には爪で引っ掻かれた跡や、痣などが残り、その四肢も痩せ干そっている。

 三人がここに連れてこられ、どれ程の月日が流れたのだろうか。

 陽も、月も見えない洞窟の奥では、それさえもわからない。

 

「大丈夫、大丈夫だから……」

 

 光が消えた瞳を揺らし、それでも愛する妹二人を抱き締めた長女は、何の根拠もなくそう告げた。

 だが妹二人の反応はよくはない。小さく呻くか、啜り泣く声が漏れるのみだ。

 ゴブリンに村を襲われ、友人たちは皆死んでしまった。

 笑いあっていた隣人も、頼りにしていた村の男たちも、皆殺されてしまった。

 愛する人に捧げたかった純潔は、あの醜い怪物に奪われた。

 自分たちがこうして生きているのは、ひとえにゴブリンたちの気紛れによるものなのは、間違いない。

 そして自決できない理由もまた同じ。

 舌を噛みきる力も残っておらず、万が一にも上手くいって自分が死ねればそれでいいが、もし他の二人が生き残ってしまったら?

 自分が受けるべきだった暴力を、唯一残された家族に向けられることを、三人は望んではいない。

 今はこうして放置されているが、時間が経てば我先にとこの部屋に雪崩れ込み、好き勝手に弄ぶのだ。

 助けが来るのかもわからない。そもそも、自分たちが拐われたことを知る人物が、果たしているのだろうか。

 長女はそんな過った思考を振り払うように頭を振って、ぎゅっと妹たちを抱き締めた。

 出来るだけ優しく、それこそ昔のように髪を撫でてやり、一人じゃない、私はここにいると教えてやる。

 二人の身体から僅かに力が抜けて、呼吸も落ち着きを取り戻した頃。

 

「GBGOBRR!!」

 

 一匹のゴブリンが、何かを喚き散らしながら三人がいた広間へと駆け込んだ。

「ひっ!」と悲鳴をあげたのは、末娘だ。

 彼女は身体を強張らせながら小刻みに震え、爪が食い込むほどの力を込めて長女に抱きついた。

 妹も爪が食い込み、血が滲み出る痛みに耐えながら、長女は二人の盾になるように身体を乗り出した。

 ゆっくりと両手を広げ、やるのなら私にしろと言わんばかりにゴブリンを睨む。

 睨まれたゴブリンはその迫力に多少狼狽えるものの、すぐに相手が自分よりも非力な女だと思い出してニヤリと嗤う。

 

「GBR!!」

 

 そして長女に向かって飛びかからんとした瞬間。

 大上段から振り下ろされた銀閃により、頭蓋から股にかけてを切り裂かれた。

 肝心のゴブリンは断末魔をあげることなく、身体を左右に泣き別れにしながら、その醜い生涯を終える。

 

「……?」

 

 ゴブリンの声はすれど、全く襲いかかってこない状況に長女が首を傾げると、洞窟の闇からがさごそと何かを探る音が漏れた。

 何かいると長女は身体を強張らせるが、ついで彼女の視界に映ったのは橙色の光だった。

 突然の光に手で顔を庇った三人は、けれど衰弱しきった表情に僅かな希望を持ちながら、その橙色の光──松明の炎を見つめた。

 そして、そこにいたのは一人の男性。

 右手には剣を、左手には松明を構えた男性は、頭の上から爪先まで、黒を基調とした衣装に身を包んでいる。

 その男性の彼女らがいたことに驚いているのか、松明を掲げた姿勢で固まっているが、おもむろにその場に片膝をつき、頭巾を脱いだ。

 露になった黒い髪と蒼い瞳を松明の炎で照らしながら、金髪の女性(長女)、茶髪の女性(次女)、黒髪の女性(末娘)を一瞥し、無表情のまま、淡々と告げる。

 

「遅くなってすまない。助けに来た」

 

 明らかに助けに来た男の表情ではないのだが、三人にとってそれはどうでもいいことだった。

 次女と末娘が涙を流しながら抱き合い、長女もまた耐えきれずに涙を流す。

 蒼い瞳の男性はそれを拭ってやると、「よく頑張ったな」と彼女を讃え、ちらりと背後へと目を向けた。

 そこに控えていた短い青髪の神官にあとを任せ、彼女の相棒である巨漢──黒い髪の大剣使いと並び立つ。

 

「それで、ここから先には行かせられんな」

 

 大剣使いは鮫のように獰猛に笑いながら告げると、蒼い瞳の男性が小さく頷く。

 小遣い稼ぎに余っていたゴブリン退治を請け負ったのだが、思いの外ことは複雑そうだと、大剣使いは笑う。

 ばたばたと闇の奥から聞こえてくる足音に合わせ、大剣使いは予備の片手剣──洞窟でだんびらを振り回すのは馬鹿がすることだ──を、蒼い瞳の男性も剣を構える。

 二人が迎え撃つは最弱の魔物──ゴブリンの群れ。

 だが、二人が負けることはない。

 片や辺境最強とまで呼ばれる純粋な戦士であり、もう片方は辺境最高とまで呼ばれる斥候兼戦士だ。

 ゴブリン程度、物の数ではない。

 迫り来る数多の足音に、二人は怯むことなく飛び込んでいった。

 ゴブリンたちがどうなったかは、もはや言うまでもないことだ。

 

 

 

 

 

 それから半年ほど経った頃。

 辺境の街、眠る狐亭。一階、酒場。

 双子の月が昇り、暗くなり始める降魔が時。

 旅行客や冒険者などでごった返すその場所を、杯や料理の盛られた皿を持ちながら右往左往している、三人の女性がいた。

 一人は肩にかかるほどの金色の髪を揺らす女性。

 もう一人は短く切り揃えられた茶色い髪の女性。

 最後の一人は、頭の後ろで黒い髪を纏めた女性。

 似た顔立ちの彼女らが姉妹であることは、素人目からしても明らかで、最近雇われたばかりの給仕係というのも、ある程度周知の事実。

 そんな彼女らが、先日まで神殿に入っていたことや、何がどうしてここで雇われたのかを知る者は極僅かだが、彼女らとしてもそれは都合がよかった。

 ただですら将来がわからない状況なのに、過去の出来事──ゴブリンの虜囚になっていた──が知られれば、きっと回りからの目が冷めたものへとなるだろう。

 もしそうなれば、きっと自分たちの未来は潰えると、三人の認識は一致していた。

 冒険者になろうにも腕っぷしがよいわけでもなく、ゴブリンに襲われた女を娼婦として抱える娼館もあるまい。

 街外れの牧場の主が声をかけてはくれたものの、あの娘(こ)と面と向かい合う勇気もない。

 

 ──臆病者、と言われても仕方がないわ……。

 

 長女はその不安を表情には出さずに小さく溜め息を吐き、客に呼ばれたことを合図に笑みを浮かべた。

 妹たちも慣れない接客を頑張っているのだから、自分も頑張らねばならない。

「よし!」と気合いを入れ直して、注文を取ろうと駆け出そうとした直後だった。

 制服に隠された尻に、誰かの手が触れた。

 

「っ!」

 

 ピクリと身体を跳ねさせて、ゆっくりとそこに目を向けてみれば、そこにはやはり誰かの手が伸びてきていた。

 その手を伝っていけば、そこには酔っているのか赤くなった顔に、気の抜けた笑みを浮かべている男がいた。

 単純に酔った男がお触りをしただけなのだが、長女にのってはそれが問題だ。

 その男の笑顔が、ゴブリンたちの醜悪な笑顔と重なり、その瞬間には封じ込めていたあの夜のことが、あの地獄が次々と掘り起こされていく(フラッシュバック)。

 

「あ……ああ……!」

 

 途端に表情が怯えと恐怖の色に染まり、身体が震え、強張り、力が抜けていった。

 するりと指から抜けた杯が、がしゃん!とけたたましい音をたてて床へと落ち、中身をぶちまける。

 酒場にいる人々の視線が一斉に彼女に集まり、なんだなんだとざわめきが広がっていく。

「え……」と声を漏らして慌てたのは、問題をやらかした男だ。

 思わぬ事態に酔いも醒め、次に出たのは心配の声だ。

 

「あ、おい、大丈夫か……」

 

 立ち上がらせてやろうと席を立ち、手を差し出すのだが、長女は呼吸を乱しながら自分の身体を抱き締め、とりつく島もない様子。

 困り果てた男は仲間たちに目を向けるが、肝心の彼らも困り顔で首を傾げるのみ。

 

「お客さん」

 

 そんな彼らに声をかけたのは、筋骨隆々の男だった。

 眠る狐亭の制服がはち切れんばかりに筋肉がついたその男は、この店の用心棒だ。

 どこかの国の剣闘士だったとか、名のある傭兵だったとかと言われる彼は、ごきごきと拳を鳴らしてその男たちに告げた。

 

「うちは、店員へのお触りは厳禁です」

 

 ぎろりと睨んだ眼光には、怒りを通り越した殺気さえも宿り、言われた男たちはこくこくと頷きながら、荷物を纏めてそそくさと酒場をあとにしてしまった。

「またのご来店を」と頭を下げた用心棒は、ちらりと店主へと目を向け、頷きあった。

 

「給仕殿。彼女の裏に」

 

「は、はい……!」

 

 表情を僅かに和らげながらの言葉に次女が応じ、長女に手を貸して立ち上がらせ、一旦裏の店員専用の部屋へと連れていった。

 そこで休ませ、気持ちを落ち着かせようという判断だ。

 用心棒がパン!と手を叩いて注目(ヘイト)を集めると、「お騒がせしました」と改めて頭を下げる。

 そして、この騒ぎでそれで終わりだった。

 客たちが話し始めれば、それに合わせて喧騒が強まっていく。

 一人残された次女が末娘は心配そうにしていたが、客に呼ばれてそれどころではなくなってしまう。

 ある意味この忙しさのおかげで、あの頃を思い出さずに済んでいるのは確かだ。

 

 

 

 

 

 

 夜も更け、酒場からも人が捌けた頃。

 

「ごめんなさい。せっかく雇っていただいたのに」

 

 顔色が悪いままカウンター席に腰掛けた長女は、カウンターの内側にいる店主に頭を下げた。

「気にするなよ」と苦笑する彼は、そっと白湯を差し出した。

 それを受け取った長女は「いただきます」と呟き、こくりと喉を鳴らして一口呷った。

 心地よい温もりが身体に染み込み、ほっと息を吐いた。

 

「この店には、ちょいと訳ありの店員が多いからな。あいつを含め」

 

 店主が顎で示した方向にいるのは、直立不動の用心棒だ。

 彼は小さく会釈するのみで、何かを言うことはない。

 長女が「は、はぁ……」とよくわからないまま頷くと、店主がぽんと手を叩いた。

 

「病み上がりで悪いが、ひとつ頼まれてくれ」

 

「は、はい。先程は迷惑をおかけしましたから」

 

 その言葉に長女は内容も聞かずに即答すると、店主は「いい返事だ」と微笑んだ。

 同時に厨房から盆に乗ったサンドイッチが運ばれ、カウンターの上に置かれた。

 

「これを、ここに書いてある部屋まで運んでくれ。なに、渡すだけか、最悪これで入って構わん」

 

 店主は笑いながらそう告げ、部屋番号が彫られた木板と鍵を盆に乗せた。

 長女がそれを確認するが、随分と上の階であることに気付き、僅かに表情をひきつらせる。

 

「それじゃあ、頼んだぞ」

 

 店主はそう言うと長女は否もなく盆を持ち上げ、「任せてください」と応じた。

 そのまま慣れた様子で階段に向かっていき、こつこつと音をたてて登っていく。

 

「……大丈夫だと思いますか」

 

 彼女が二階以上には行ったろうと判断した用心棒が問うと、店主は苦笑混じりに肩を竦めた。

 

「それは、あいつ次第だ」

 

 面倒事を任せるようで悪いが、彼なら彼女を救えるだろうと判断してのこと。

 妹たちには姉という支えがあるが、その姉には支えがないのだ。

 あるのは守るべき妹たちからの期待(重圧)と、それを果たさんとして空回りしてしまう想いだけ。

 先程のあれは、いつかくるだろう限界が、彼女の予想に反して早くきてしまっただけのこと。

 なら、どうするか。

 少し乱暴だが、彼女にとっての心の支えを、多少無理矢理にでも用意してやればいい。

 そしてそれにちょうどいい人物が、ちょうどいい時機(タイミング)に、今の彼女でもできる、とても簡単な頼み事をしてくれた。

 この好機に乗らずして、いつ乗るというのだ。

 

「怯える乙女くらい救ってみせろ、冒険者」

 

 

 

 

 

 壁に立て掛けられた角灯(らんたん)の明かりを頼りに、暗い廊下を進んだ長女は、件の部屋の前にたどり着いた。

 暗い廊下を一人で進むのは少々不安ではあったが、流石にゴブリンがここにいるわけがない。

 一度深呼吸をし、僅かに激しくなっていた心臓の鼓動を落ち着かせると、こんこんと扉を叩いた。

 中からは「なんだ」と淡々とした声が返され、がちゃりと音をたてて鍵が開く。

 そして開かれた扉の隙間から顔を覗かせたのは、蒼い瞳の男性だ。

 その男性は長女の顔を見つめ、ついで彼女が持つ盆へと目を向けた。

 

「配達か。すまない、面倒をかけた」

 

 彼は手短にそう言うと盆を受け取ろうと手を伸ばすが、長女は驚いた表情のまま身体を固めていた。

 

「……どうした」

 

 蒼い瞳の男性は僅かに怪訝そうに眉を寄せるが、改めて彼女の顔を見つめて僅かに目を剥いて驚きを露にした。

 

「お前、あの時の」

 

「……っ。……っ!」

 

 長女は頬を伝う涙をそのままに、蒼い瞳の男性──巷では、ならず者殺し(ローグハンター)と呼ばれている冒険者に対してこくこくと頷いた。

 

「なぜ泣く。……とりあえず、入れ」

 

 突然泣き出してしまった彼女を気遣ってか、ローグハンターは扉を開いて彼女を部屋に招き入れた。

 一人で寝るには少しばかり大きめのベッドと、何かを組み立てる作業台、長持ち、服入れ(クローゼット)と、あるものは必要最低限。

 

「それは、そこに置いておいてくれ」

 

 その部屋を涙目で見渡した長女は、ローグハンターが示した作業台に盆を乗せた。

 

「……いつまで泣いているつもりだ」

 

「ごめんなさい……。でも、止まらなくて……」

 

 ローグハンターが溜め息混じりにそう言うが、長女は涙を止められずに四苦八苦。

 いくら擦っても涙は止まらず、次から次へと溢れてくるのだ。

 ローグハンターはそんな彼女の手を引いてベッドに座らせてやると、「ほら」と手拭いを差し出す。

 

「ありがとうございます……」

 

 それを受け取った長女はそれで目元を拭いながら礼を言うと、ローグハンターは「気にするな」と告げるのみ。

 そのまま泣き止むのを待つがてら、食事を済ませようとしたのか、作業台に寄りかかりながらサンドイッチを頬張り始める。

 さくさくとパンに挟まれた野菜や、ベーコンを噛み千切る音と、長女の啜り泣く声が部屋に響く。

 それから数分が経ち、それぞれの音が止んだ頃、ローグハンターが口を開いた。

 

「ここで働いていたんだな。あの二人も一緒か」

 

「はい。姉妹三人で、あの人に雇っていただきました」

 

「そうか。立ち上がれたのなら、何よりだ」

 

 ローグハンターは相変わらず淡々とした声音でそう言うと、何かに気付いたのか目を細め、無遠慮に彼女の隣に腰を下ろした。

 そのまま彼女の手に触れ、二の腕を掴み、脈を確かめるように首に触れ、体温を確かめるように額に触れ、頬を撫でる。

 僅かに震えている手、柔らかいものの僅かに痩けているように思える腕、不安定な脈拍に、僅かに熱い体温。

 

「すまない。体調が悪いのに、余計な仕事を増やしてしまった」

 

「……」

 

 ローグハンターは今の彼女の状態をそう判断し、すぐに謝罪の言葉を口にしたが、肝心の彼女の反応は何とも微妙なものだ。

 自分の身体に触れている彼の手を見つめ、不思議そうに瞬きを繰り返している。

 

「……どうかしたのか」

 

 ローグハンターが首を傾げながら問うと、長女はそっと彼の手に自分の手を重ねた。

 彼は無表情のまま疑問符を浮かべるが、長女もまた疑問符を浮かべているのがわかる。

 お互いに訳もわからないまま触れあうこと数分。

 どうしたものかと無表情のまま困っているローグハンターを他所に、長女はまた別の事を考えていた。

 

 ──嫌じゃ、ない……。

 

 彼に触れられても、激しい動悸や寒気に襲われることがなく、むしろ安堵している感覚すらある。

 

「……」

 

 ぼんやりとした表情のまま、ぎゅっと手を握ってくる長女の様子に困惑しつつ、ローグハンターはとりあえずされるがままになることを選んだ。

 女に下手に逆らうなとは、師から教えられたことのひとつだ。

 そうして彼女を放置すること数分。ようやく意識が戻ってきたのか、ハッとした彼女は慌てて彼の手を離した。

 

「ご、ごめんなさい……!その、私……」

 

「いや、気にするな。だが、なんだ……」

 

 ローグハンターは彼女の温もりが残っている手を開閉しながら、小さく肩を竦めた。

 

「何かあればまた来い。これも何かの縁だ」

 

「……っ!はい……っ」

 

 彼の言葉に、長女は表情をパッと明るくしたが、すぐに照れたように顔を背けてこくりと頷いた。

 そのまま勢いよく立ち上がり、「失礼します!」と一方的に告げながら部屋を飛び出していった。

 

「……」

 

 一人残されたローグハンターは頭を捻ると、作業台に放置された盆へと目を向けた。

 朝一に返せばいいとして、この部屋の鍵が残されているのは問題なような気もする。

 

 ──まあ、どうでもいいか。

 

 どうせ明日の朝には片付く問題なのだ。今考えても仕方があるまい。

 ローグハンターはごろりとベッドに寝転ぶと、そのまま目を閉じた。

 数分もしない内に寝息をたて始めるのは、余程眠かったからか、あるいは時間を無駄にしたくないからか。

 

 

 

 

 

 彼が流れるように眠りについたのと、ほぼ同時。

 長女は赤くなった頬を手で隠しながら、壁にもたれ掛かっていた。

 赤くなった頬は熱を持ち、思い出すだけでも身体が火照ってしまう。

 いやいやと首を振り、誰にも見られない内にと駆け足で寮へと戻る。

 そのまま駆け込むように妹たちが待つ部屋へと飛び込み、ベッドへと潜り込んだ。

 

「お姉ちゃん!?どうしたの!?」

 

「お、お姉ちゃん……?」

 

 愛する妹たちが声をかけてくれるが、今の彼女にはそれに返してやれる余裕がない。

 こんな真っ赤になった顔を、力が抜け、ふにゃふにゃになってしまった顔を見られれば、姉としての尊厳が失われてしまう。

 

「ど、どうしよう。やっぱり、あの時のこと気にしてるのかな……?」

 

「だ、大丈夫よ!私たちのお姉ちゃんなんだから!」

 

「そうだよね。きっと、大丈夫だよね」

 

 聞こえてくる二人の声は、こちらを本気で心配している時のそれだ。

 それに「大丈夫だから」と返してやれないのも情けない話だが、今顔を出せば、間違いなく二人に心配をかけてしまうし、何より怖がらせる可能性もある。

 

 ──とりあえず、今日はこのまま寝よう。

 

 長女は着ていた制服をそのままに目を閉じて、無理矢理でも眠ろうと努める。

 両脇のベッドからか「「おやすみなさい」」と少々覇気に欠けた妹たちの声が聞こえ、長女はなけなしの矜持(プライド)が働いて「おやすみ」と返した。

 シーツを被っていたのか、あるいは寝巻きに着替えていたのか、微かに聞こえていた布擦れの音が唐突に止まり、鈴を転がしたような小さな笑い声が耳に届く。

 二人が笑ってくれたのならいいかと、長女もまた笑みを浮かべ、その穏やかな気持ちのまま眠りに落ちた。

 心配した妹たちがベッドに入り込んでおり、知らぬ内に二人の声は抱き枕にされていたことを知るのは、翌朝になってからのことだ。

 

 

 




感想、リクエスト等ありましたら、よろしくお願いします。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。