○秦始皇8年(紀元前239年)魏家殺人事件改め事故二日目夕刻 秦国北部 温泉町
「痛い…痛いよぉぉぉ…」
「水はこっちで沸かせろ! 包帯は三番ゲルに運べ!」
白漂と魏亶がテラス崩壊に巻き込まれて行方不明になった直後、浴丹の地はその崩落及びに付随して発生した堤防決壊による水害で生じた大量の怪我人への対処に追われていた。
「…はあ、まさか前回の四男子事件が微妙極まるけど一応解決した後で…こんな事件が起きるなんて…」
「調査によればこの地で実地試験する予定だったが盗まれた新兵器で山荘展望台が破壊された模様です。吐かせた間者の口からも確証は得ています。ですが…誰が用いたのかは本人も知らない様子ですが…」
当然、その対処は同地に駐屯していた白漂軍で仮設本部に加わっていた玲花たちは頭を痛めていた。
「先ほど収容所より脱走したものが何名かいたようなので、その者らが手引きしたと考えるのが普通ですが…」
「皆ー、展望台崩壊に巻き込まれて意識を失っていたマーティカが先ほど目を覚ましたわよ」
「ああ、それは良かったねマルタ」
そんな彼女達が机仕事に追われているゲルに、竜騎隊部隊長の一人で同隊の厨房を仕切っていて白漂軍の糧食担当の一人であるマルタが現れた。
マルタは西域から移住してきた色目人系部族の族長の娘で、青みが強い藤色の長髪とそれが似合う凛々しい美貌、健康的な凹凸を備えた肢体が似合う身で、そのために叔孫通の下半身スキャンダルが原因となった前日の騒動で対劉端幻惑部隊に選ばれた身の一人でもあったりした。
河了貂が彼女の姿とその上げた名に安堵の念を示すも、そのマルタの口から新たに不可解な報せが発せられる。
「…そのマーティカなんだけど…意識が無い間にまた夢占い出来たんだけど…激流に飲まれて今また行方不明になってる漂とそれに巻き込まれた魏亶さんの今の姿と、二人が今いる地の風景が見えたって…」
「え、マジで…!?」
「…何でもー、内部に苔が大量に生えて敷き詰められた岸壁に囲まれている部屋で、僅かな岩の隙間から月光や山荘が見えて…更に別の部屋には金銀財宝が山みたいに積まれてたとか…?」
そのマルタの解説に河了貂が驚きと安堵の声を浮かべるが、伝言されてる最中に仮設本部近くの茂みより足音が聞こえてきた。
「おい、そこの茂みより誰かが盗み見しているぞ! 直ちに取り押さえろ!」
「「「「「ハハァ!!」」」」」
「わ、わあぁ!?」
家業と出自から警戒には抜きんでて鋭い羌瘣の号令で彼女の配下が茂みに飛び込むと、あっという間に彼らの手でそこから平凡で善良そうだが何処か翳を感じさせる中年男性が引きずり出されてきた。
「え、あ、あなた…お父さん!?」
そして、仮設本部ゲルへお茶を偶々運びに来ていた預華が目にしたその中年男性は、知らぬうちにとは言え間者の手引きをしてしまっていたために逮捕されるも、先程他の間者数名と共に脱走していた彼女の父である預銀だった。
「ん? 今晩は満月だったか…!?」
ちなみに、同じ鏡の館で怪我人を運んだりしていた信は建物を挟んだ向こう側で新たな騒ぎが起きているなど知らず、肉体労働中に館にて多数飾られている鏡の一枚とそれに映し出されている月の姿に何かを感じ取ると同時に、魏哲が財宝の隠し場所として言い残したあの歌のことを思い出した。
○秦始皇8年(紀元前239年)魏家殺人事件改め事故二日目夜 秦国北部 温泉町
「ほら、焼けたよ」
「はい、頂きます」
浴丹の中心部で河了貂達が新たな重要参考人を発見し、信が此度の騒動の真相へ繋がり得る糸口を見出してから数時間後、白漂と魏亶は激流に飲み込まれて流れ着いた遭難先で食事をとっていた。
幸にも白漂は前回における姫昭と共に経験した“出来ちゃった遭難”の苦い経験から、防水機能が付いた手提げバッグを常時持っていてその内部にサバイバル道具一式を詰め込んでおり、それを用いてこの広大な洞窟内部で取れた魚に自生していた山菜やキノコ等を採って調理することが可能であった。
「…何というか、前の世界で経験した野外宿泊体験を思い出しますね…」
「その頃と比べれば危険難易度は跳ねあがってて食事のレベルはそれに反比例してるけどね…」
幸いにも食料は当面困らない量は発見されていたが、如何せん今現在の状況は絶体絶命程ではないが芳しくないものである事には変わらなかった。
二人が流れ着いた洞窟はどうやら魏家山荘の至近を流れる激流の途上にあるらしいが、通ったらしい先は地下水道になっていて武人ではない魏亶を連れての脱出は無理そうで、彼女一人を置いて白漂が助けを呼びに戻ることも考えたがどうやら猛獣や致死性の毒虫も近場にいるらしいので置いていくことが出来ずにいた。
更に、この洞窟は天井辺りの高所に僅かな隙間があるのが見受けられたが、そこに至るまでの岸壁が深い苔に全面を這われていたので登ることも出来そうになく、今現在はそこから狼煙を上げて救援を呼びかけるくらいのことしか出来ていない。
「…ハグハグ、でも…本当に驚きましたね…まさか祖父の代に隠された財宝がここにあったなんて…」
「そうだよねぇ、金銭価値以外にも…君みたいな人間が喜びそうな文献資料もたくさん混ざってるし…」
だが、そのような状況で二人は隣で山積みとなっている金銀財宝に対する興味、特にその中に混ざる文化的価値の高い各種資料へのそれが強まり続けていた。
「失われていたと思わしき文献が錆びないよう加工された金属板でありましたからね。こういう財宝なら父には生前の内にて早く教えてほしかったものですけど…ムシャ」
「…ハハハ…」
学者肌の魏亶は高揚まで抱いており、一方で亡き身内に対する恨み言を吐けるまでメンタル面では余裕を取り戻しており、それに白漂は苦笑いを浮かべていた。
○秦国北部 温泉町
「信殿ー、言われた通りに鏡の館にある全ての部屋の戸は開けました!!」
魏亶が少々ムスッとした可愛い拗ね顔を見せていた頃、鏡の館では信の指揮の下で白漂兵達が慌ただしく動いていた。
「し、信、言われた通りに怪我人やゲルも動かして他の灯は最低限以外は消したけど…!?」
「まだはっきりしたことは言えねえが…俺の勘と考えが正しけりゃあ…、こいつで財宝の在処と…何より漂達が今いる場所が示されるんだよ!!」
多くが戸惑う中で信だけは何か確信を得たに近い表情で取り仕切っていたが、その動きに反対を示すものが一人だけいた。
「お、お止めください信殿、今は怪我人を助ける事が先決で何をこんな思い付きに皆さんを巻き込んで―――」
「こら、お前はまだ取り締まり中だから勝手に出てくるな。早く収容所に戻れ」
「―――えァああ、し、しかしぃ…」
夕方にて再び逮捕された預銀が度々止めようとして来ているのだが、此度もまた警備兵に見つかって再び収容所へ引きずり戻されていっていた。
「…あの人なんか非常に恐れている様子を見せてましたね。その理由は凄く言い辛そうな表情で言おうとしないけど―――」
「おい、皆気を付けろ。そろそろ雲が晴れる…そうすりゃあ道が見えてくる」
「―――お…」
その様子に何名かは怪訝な顔を浮かべているが、信が注意を促した直後に夜空を敷き詰めていた雲が晴れて、そこから満月が姿を現して月光が人々を薄く照らしていく。
「…っ、これは…!」
その現象で起きた山荘の変化を信の次に気付いたのは羌瘣だった。
「え、ど、どうかしたの?」
「外から室内の鏡をよく見てみろ」
「え……………あぁ!?」
その様子に戸惑った周囲だが羌瘣に促されて鏡を見やると、曇天の時との変化に徐々に気付き始めていく。
魏家の鏡の館には、その名の通り魏家が魏冄の代より集めてきた鏡の名品が衆目にも見えるように飾られて解説文も載せられており、そうした博物館や美術館を思わせる要素で白漂達も含めた客を楽しませる良い工夫となっていたのだが、そうした鏡たちが大きな変化を見せた。
満月が正面から入る窓辺にある鏡から月光が反射されていき、それは繰り返されて室内の鏡を一本の光線で繋いでいったのだ。
「この先を追うぞ! そこに次の手がかりがあるはずだ!!」
信に率いられて皆がその光線に沿って進んで行くと、その先は何本もの柱で天上を支える構造となっている玄関があったが、その内の一本だけが鏡の反射光に照らし出されていた。
「…この柱、他のそれとは違って内部に空洞があるな」
「そいつの表面を剥がせ! 光が当たっている箇所だけだ!」
他の柱とそれの違いに気付いた羌瘣の言葉を受け、皆が各々の得物でその柱の光に当てられた表面を削り取っていく。
「こ、これは…!」
「ドンピシャだな…」
そして、表面を削り取られた柱より見えてきたのは、魏家宗家が代々受け継いできた四種の神器の一つである鏡の本物で、それに注がれた月光は鏡の館よりやや一段下にある鼎の館の一角であった。
「…はあはあ、ここが本物の鏡が反射した月光の先か…」
数分後、鼎の館に到着した一同が目にした反射光の終着点は、屋根付き屋外庭園に飾られていた無数の歴史ある鼎の群れであった。
その中で、一つだけ反射光に照らし出されている鼎を信達が調べると、そこだけ台座ごと可動式なのが分かったので回転させていくと台座がせり上がってその下にあった本物の神器の方である饕餮の鼎が姿を見せ、完全に上がり切った所で鼎の館の真横に位置する鉞の館からガコンと何やら石材が動く音が静かに響いてきた。
「これはこれは…良く出来たカラクリですねぇ…」
数分後、信達が鉞の館に行きついて音がした箇所に向かうと、館の壁に掛けられた状態で他と同じく無数の鉞が観光客向けに展示されていたが、その壁の一カ所がパカリと開かれて現れた本物の神器の一つである鉞が抜き出た状態で現れており、その刃は山荘を囲う山地の一角にある急流が何本も流れている岩場を指し示していた。
「…ここまで来たら…」
「行くしかないわね…」
玲花とステラその言葉が、それらの現象を目にした白漂兵達の意思を代弁していた。
○秦始皇8年(紀元前239年)魏家殺人事件改め事故二日目深夜 秦国北部 温泉町
「…ふううぅぅぅ、色々貴重な文献が多かったからその調べで夢中になって遅くなったけど、もう夜も深くなったし眠ろうかしら…!?」
自身の家で財宝探索と何より自分達の捜索が大きく進みだしたことなど露ほども気付いていない魏亶であったが、遭難先である財宝の隠し場所で眠りに付こうとしたところで白漂に肩を掴まれてしまう。
「…え、さ、朔方侯…何を…?」
だが、此度のその手はテラス崩壊から救われた際の力強さが無く、酷く重い錘を課せられたように鈍い動きで、魏亶が振り向くと目にした白漂は酷く汗に覆われていて顔から血の気が退いて歪んだ表情をしていた。
「…まずい、どうやら…君に食べさせ多分と違って…僕が食したものの中に…食するのはあまりお勧めできないのが混ざってたみたいだ…図鑑などで見た記憶を頼りに食用可能なものを選んだつもりだったけど…」
「だ、大丈夫でぶ!?」
見るからに白漂は腹部を苦しそうに擦っており、それを魏亶は介抱しようとするも当の彼に口を塞がれてそのまま財宝の物陰へ引きずり込まれてしまう。
「…え、な、何が…!?」
その行為に戸惑う魏亶であったが、その疑問は彼が指さした物陰の向こう側より現れた望まれぬ侵入者の姿を見て氷解すると共に恐怖へ変わってしまう。
「…グルルルル…」
大きな傷持ちの餓狼が、今にも獲物を見つければ噛みつきそうな勢いで大きく開いた口から唾を滴らせている姿でのしのしと歩いていたのだ。
「…お、狼!? 何故このような所を…!?」
「どうやら幾つかある天井の穴から落下してきたらしい。よほど獲物との巡り合わせが悪くて僕らの匂いに引かれてきたようだ…。傷持ちだけど僕もこの状態だから…死にたくないならこれから言う事をちゃんと聞いて…」
始めて目にする飢える猛獣の姿に、人生三度共に令嬢育ちで全くそういう系の荒事への免疫が無いゆえに恐れを含んだ戸惑いを隠せない魏亶に、白漂は魏亶に生き延びるための対策を教えていく。
「…グウゥウウウゥウ…ウゥ?」
それから数分後、二人の匂いを辿ってようやくその姿を視認した狼が初めに抱いた獲物は戸惑いだった。
「………………」
狼が見たのは直立して毅然とした無言の表情を見せる魏亶で、彼女の手には灯をともされた枝が握られていた。
これは白漂によく熊など野生の肉食獣を見た時に死んだふりをしてやり過ごすという俗説を実際にやれば、手頃な死肉があると誤解されて襲われる可能性が高いことと、動物は自分よりも大きい生き物は本能的に恐れると教えられたためである。
そして、怯えた様子を見せず堂々と直立して大きな姿を見せつつ、火をよく見えるように振り向けてくる魏亶に狼は徐々に恐れの色を見せ始める。
(…今だ!)
そこで別の物陰に隠れていた白漂が火を付けた果実を狼の鼻目掛けて投げつけた。
「ギャイイイイイイイン!?」
それはどうやらかなり強烈な悪臭を放つものだったらしく、人間の数万倍といわれる嗅覚を持つ狼はそれを鼻に当てられると、鼻から脳髄目掛けて焼いた鉄槍で撃ち抜かれたような激痛に襲われて悶絶しのた打ち回ってしまう。
「はい、止め!」
「ギャン!?」
それを見た白漂は重度の腹痛に苛まれる体の残る力全てを振り絞り、地面をはいずり回る狼の喉に抱きつくと短剣で一気に喉を切り裂いて絶命させた。
「や、やった! やりましたよ朔方侯…え!?」
魏亶はその雄姿を見て勝利を確信して喜色を見せようとするも、狼を殺したがその返り血を浴びた白漂がバタンと声も無く倒れたのを見ると再び不安に襲われた。
「…う、うぅぅ、お、お腹…」
「そ、そのような弱気になってはいけません! 大将軍ともあろう方が腹を壊して死ぬなんて笑いものです!!」
「…い、いや…お腹も痛いけど…加えて…今度はその下も……」
「…え…!?」
声音も弱くなっていっている白漂を何とか介抱して励まそうとする魏亶であったが、彼に新たな痛みとその根源を告げられると再び気まずい感じで固まった。
○秦国北部 温泉町
「越どうだ!?」
「…薄くなってるけどこの辺りから焚火をされた後の臭いがするべ。それと薄いけど漂とあの嬢ちゃんの匂いも時折りだがしてくるべ」
魏亶が白漂の急な容体悪化に直面していた頃、信達は魏家の家宝の一つである鉞が指し示していた山荘近くの岩場の探索を行っており、そこで彼らは主君に近づきつつあるのを感じ取って捜索を更に強めていた。
「! あそこの隙間から何やら一番新しい焚火と血の匂い…それと金物の匂いに混じって二人のそれがプンプンしてくるべ!」
そして、遂に越が確信を得た表情を浮かべて急流が何本も走っている岩肌に出来た無数あるひび割れや穴の一つ目掛けて駆け出し、信達もその後を大急ぎで追っていく。
すると、ある岩窟に出くわしてその奥辺りに進んで行き、小さな亀裂が走る岸壁に行きついた。
「…ここまで来て行き止まりなんて…」
「いや、待て。ちょっと見つけた鉞を貸せ」
それに落胆する周囲と異なり、信は見つけた四神器の一つである鉞を岸壁に浮き出ている亀裂に差し込んだ。
すると、信が力を籠めると共に鉞は岸壁に刺さった状態で鍵のように動き、やがてガシャンと大きな音を添えて吊り橋のように岸壁が奥に向けて倒れ、新たな道が姿を現した。
「…まさか鉞が鍵になっていたなんて…」
「確かに先代宗主様は政治や軍事はともかく、商才とカラクリは異様に詳しかったですが…」
その光景に一同は驚きつつも先へ進んで行き、やがて驚愕の光景を目の当たりにする。
「う、うおおおおおおお…こ、これは…!?」
「見上げるばかりの金銀財宝で御座るー!」
白漂兵達が目のあたりにした苔がほぼ全面に生えている岸壁で囲まれた広い地下空間と、その中を埋め尽くしているように見える財宝の山であった。
「…こ、これが話に聞いていた魏家の財宝か…!?」
「成程なー、こりゃーガキの内は余り見せなかったのはよくわかるぜ。小さい内からこんな大金に囲まれた生活してると大抵は駄目な奴になるからな…」
「どうやらこの部屋に漂とあの嬢ちゃんがいるみたいだべ」
「! 皆で手分けして探せぇ!!」
その財宝に目を奪われつつも白漂兵達は今もっとも探している人物がもう近い事に喜色を見せ、一斉に散らばって探し始める。
「! その気配は人ですか!? こっちです!!」
「その声は…魏亶様! 直ぐに行きま…!?」
その一人であるナクタは行方不明になっていた一人である魏亶の声を耳にし、安堵の念を強めて財宝の影の一つに回り込むが、その姿を目にして身が固まってしまう。
「…う、うぅぅぅぅぅ………」
ナクタが発見したその時、魏亶は紫を帯びた黒基調金属製レオタードのままで、その傍らで看病されているのは毒物を食した影響からか充血をし過ぎてペニスケースに圧迫されだしたので彼女に腰帯を外してもらい、禍々しさまで感じさせるレベルで勃起した逸物を見せつつも仰向けでうめき声を上げている白漂の姿が晒されていた。
「…え、何をそのような固まって…あ…」
ナクタが始め固まった理由を魏亶は当初分からずにいたが、直ぐに理由に気付くと非常に気まずそうな表情で赤面していった。
最後の最後で周りにめっちゃ疑われる痴態みられてしまいましたね魏亶氏。内情はどうあれ本作主人公の女性関係はあれですから疑いを強める要素はたくさんありますから…。次回からは、ある治療の話に入ります(ゲス顔)。