○秦始皇8年(紀元前239年) 秦国北部 朔方郡 朔方城 内城 大寝所○
「…それでどうにか向こうのお偉いさんを早めに呼び寄せられてあの銭ゲバ大男を早めに帰らせられたのね…。相変わらず運がいいわね」
梁魁との短いながら色々な意味で濃すぎる接触から数十日後、お腹の膨らみが更に増している紅華は夫である白漂に寄り添いながら安どの色を見せていた。
「…だが? あの将はあのようなチクりまでして追い返す必要があった男なのか? 確かに金にがめつくて喧しいが普通に話も面白くて戦術眼も肥えてて何より武力も以上に高くて性格もそれなりに良い―――!?」
ちなみに、二人が横たわっている大寝台の上にはナクタも混じっていて梁魁の悪評に対して懐疑的な声を上げるが、そこで梁魁をあれな意味で深く知る面子が割り込んできた。
「ナクタさん! あなたはあの人の恐ろしさとそれがもたらす大惨事でも生き延びる悪運と生命力を知らないからそんな事が言えるんだ!」
「人質に出されていた子供時代に全盛期
「その火災で私の種族で飼育してた馬が百頭以上も逃げ出されたわ!」
「その挽回の機会として与えられた初陣の時に鉄が取れる沼地を奪うために水攻めにした際に味方だった私の村まで水没にした奴だ!」
「10歳くらいの年で羊二百頭分くらいの羊毛を一晩で盗みやがった事もあるわ!」
「―――いってうおぉぉ!?」
彼女らの言葉と表情には実際に被害を受けたからこそ出せる怒りと恐れを滲ませた威圧感が籠っており、ナクタを思わず仰け反らせた。
「あ❣ あ❣ アアアァン❣」
その間にも仰向けで寝ている白漂の腰の上で己が尻を振りたくっている女性の嬌声が響くが、彼女を善がらせつつも白漂は梁魁の一件で一部明らかになった自身の母について問いを放つ。
「…それで聞きたいんだけど、僕の母…“司馬聆”…こちらでは“アシェリート”と呼ばれていたらしいあの人について…何か知ってる事はないかな? 里甲爺からの話は…祖父の副将をしていた司馬靳の養女としか話は聞いてないけど…?」
「「「「「………………」」」」」
その問いに対して、周囲に居る女性達で北の民に出自を持つ者達はしばし口が止まり、悩ましい表情を一様に浮かべていく。
「…私達は当時を生きていた年配の方々からの話しか知りませんが…当時、赤沙種が単于の地位を継承していた頃、
その中で、紅華と同程度にお腹を膨らませていた杏橋が能面で口を再び開いた。
「…その中で…当時“刃匠”と敬称されていたアシェリート様は…間違いなく最強であったとしか―――」
「ひぁアアアアアアアァアアン❣❣」
「…う…!」
「―――あ…」
だが、その説明の途中で白漂の腰の上で身を揺らしていた女性であるホノカが大きな極みに達してビクンビクンと背を大きく仰け反らせ、それも伴って反りを伴った女陰はグニュングニュンと大きな蠕動を伴った蛸壺と化して、会話に意識が逸れていた白漂の男根ごと丸呑みして消化していくような白濁の噴火を促して、両者の身を甘美な震えで満たしていった。
「…ほええぇぇぇ…❤️」
「…とりあえず詳しい事を調べつつ分かった事だけでも緘口令を敷きつつも王都の近しいお偉方に報告して中央でも同様にしてもらいましょう。良くも悪くも…
「ああ、そうだね…」
やがて極みが過ぎ去って余韻に頭を朦朧とされながらパタンと自身の胸に倒れてきたホノカの頭を撫でつつ、白漂は難しそうな顔を浮かべた紅華達と共に今後の対策を決めていった。
○秦国北部 朔方郡 朔方城 歓楽街 百華楼○
甘美な睦言を交えつつも城主の身元調査について真面目な会議が行われていた晩が開けると、夜中に置いて最も歓声と喧騒が沸き立つその区画は逆に静まっていた。
「…そういうわけで、もっと詳しく情報を集める必要があるから貴女の伝手を頼らせてほしいの」
「なるほどねぇ、それならその身分でここへ秘かにだけど直々に来た理由はわかるわ」
その歓楽街に多くある妓楼で最も大きい百華楼で、紅華はそこの楼主たる女性
(…青みがかった深い黒色の大きな瞳を中心に夜に瞬く星を思わせる美貌、それに添えられつつも単体で深くも澄んだ湖面の奥底を思わせる黒き長髪、私よりも長躯なのにそれすら美点に変えるハッキリした凹凸ある曲線美ある肢体、このような場にあることを忘れさせるまでに感じ取れるまでの知性ある雰囲気…、な、何であの方と誼のある女性はこうも格が常識とは別な意味で高すぎるのかしら…?)
姫昭が女性としての羨望を向けている間も、紅華と截宕の密談は続いていた。
「…そうねえ、どの道ここを含めて北の国で働いてる子はひょーきゅんには助けられたり出世できた子が多いし、ここならその恩義の伝手を使って情報は色々集められるわ。元々色町というのは人の話や噂が自然と集まるものだし。その代わりに―――」
「う…ぉえええええええええええ!!?」
「―――ぉ…あ…」
だが、截宕の眼差しに怪しげだが妖艶な色が浮かぼうとしたその時、彼女達がいる高楼の間近より激しい嘔吐とそれによる悲鳴が割り込んできた。
「…え、こんな時に何であの子の悲鳴が…」
それに嫌な予感を覚えた紅華が高楼の窓から身を乗り出すと、百華楼と外壁や街路を挟んで向かい側にある飯屋で、マルタが胃の中身を盛大にリバースして道路を汚すというその美貌に似合わぬ暴挙を働いていた。
「のわー!? 兄貴が焼いてる途中のお好み焼きにもゲロがかかったー!!」
「いくら美人面でも普段のしょっちゅう不良同然な色が出る態度とこの構わず下呂する癖で台無しだなこりゃー」
「松左テメエ他人事だと思いやがってぇ!」
「何でこんな街中で吐いてんのこの人!?」
「どうやらマルタここの拉麺を美味しいから何杯も食ってたんだけど今日初めての今さっきで豚骨使ってるの知らされると一瞬で顔が真っ青になってゲロしたんだよ」
そのまま口元を抑えながら弱弱しく地面に倒れるマルタを、同席していた同じ職場の客たちが取り囲んで騒ぎは拡大していく。
「…あー、確かあの子の民族ってカシュルートって掟で豚肉は不浄だから厳禁だったっけ。面倒な掟ねぇ」
その理由を諸民族との付き合いから察した紅華は面倒くさそうな事態の臭いを嗅いでしかめっ面になる。
「いやー、マルタちゃん十部族のそれはまだ寛容な方よー。西の方に留まってる二部族は他にも鱗が無い魚は駄目とか、そもそも他の宗教の信者が作ったもの全般が駄目とか食事の決まりだけでも何十とあるもの」
「…色々な民族や国があるんですねこの世界って…え? あの人は…」
マルタが引き起こしたゲロイン的大惨事でカルチャーショック的小話が始まるが、その最中に姫昭は騒ぎが起きている料理屋の片隅で、それに加わらず急いだ様子で麺を口に走らせている変装状態白漂の姿を発見した。
「…あ、あのぉ城主様…あれを収めに行かなくていいんですか…?」
「あまり大きな声を出すんじゃない。マルタのああいう騒ぎに首を突っ込むと間違いなく面倒な事に巻き込まれる。ささっと食べて代金支払って帰ろ―――」
「ああ!? 何じゃあこりゃあ!?」
「何を人が通る道をゲロなんぞで汚してやがる!?」
「―――お…あ…」
一方、妻達に見下ろされている事など気付いていない白漂は共に市井へ視察の名目での至高のサボり時間を潰されてはたまらんと、急いで食事を済ませてささっとその場を後にしようとするが、その望みはあえなくその場に現れたDQNらによって掻き消されてしまう。
見るからにガラの悪いチンピラ丸出しの大男を中心としたチンピラ集団が、地面に四つ足を付いて自身が吐いた物を見つめて俯いているままのマルタに絡んできた。
「ぬお!? おい! 馬鹿な真似はするなよ!」
「ああ!? テメエには関係ねえだろうが口を挟むんじゃねえよ出っ歯ぁ!」
「いや! 俺が言ってんのはあんたじゃなくてその子の方だその子ぉ!?」
「はぁ!? 何をほざいてんだテメ―――!?」
それを大量に脂汗を掻きながらも尾平が止めに入ろうとするも、チンピラの大男がそれに気を取られて声を荒げて今度は彼にからもうとした瞬間、彼の足元からぐしゃりと何かが潰される嫌な音が周囲の鼓膜を静かにだが重く振るわせてきた。
「―――え…!?」
チンピラの男がその音で嫌な予感を覚えて足元を見やると、彼の足元には赤い水溜りが出来ていた。
「おう? ちょっとにーちゃん私さー今なーすっごいむしゃくしゃしてて誰でもいいから拳を振るいたい気分なんだよ。ちょっと付き合えや♪」
その水溜りが生じていた理由は、輝かしいばかりの笑みを浮かべつつも己が手で彼の右足首を骨ごと片手で握りつぶして複雑骨折させてるマルタの握力であった。
(ま、まずい! これ絶対殴殺で死人がマジで出る流れだ―――)
「あ…アアアァアアアァあばァア!!?」
それに嫌な予感を覚えた白漂が即座に席を立って地面を蹴った次の瞬間、己が身に起きた惨事とそれで生じた激痛に気付いた大男が悲鳴を上げ、その流れで顎が外れんばかりに開いた彼の顔を右側から右目が飛び出さないのが不思議な威力でマルタの拳が叩き込まれた。
「―――あっていけない!」
「あぶべぇ!?」
その勢いのまま飛んでる先の妓楼の外壁に叩き付けられれば冗談抜きで死亡することを見抜いた白漂は、その場にあった適当な箒を掴み取って進行方向に先回りし、大男を胴から肋骨の何本かに罅を入れつつも箒で器用に上方へ打ち上げさせたが、その代わりに巨躯は外壁を超えて百華楼に投げ込まれた。
「きゃー!? 外から瀕死の大男が飛び込んできて韓から上手く安値で仕入れてきた三百年物の名陶器がー!?」
「その勢いでぶちまけられた油に火がついて燕から届いた最上級狐の毛皮で出来た毛布がー!?」
「水持ってきて水―!!」
当然、外壁を飛び越えた大男はその勢いのまま不時着して物品や住人を多数巻き込み、中から立ち上り出す悲鳴混じりの声が示す通り連鎖的に被害を拡大させていく。
「うわー!? よくわかんねえけどジュード―とかいう格闘技の自称習得者でショウチュウコウと意味わからん経歴における最後の一戦までは負け知らずだったってわけわかんないこと言ってたけど実際に俺達を腕っぷしで締め上げてた流れ者の頭のクガ・ダイチさんが!?」
「テ、テメーラ只で済むと思うな…ぶべらァ!?」
数秒遅れで大男の連れていたチンピラ共が驚きつつもマルタと白漂に襲い掛かるが、当然相手に非ず次々と拳と箒で地面に沈められていくものの、二人の内心はもはや彼等にはびた一文も振り分けられていなかった。
((…やっちまった…))
代わりに、内心をその一念で支配されたマルタと白漂は引き攣った笑みで冷や汗を一筋垂らしてしまっていた。
(((((…やっちまったなぁ…)))))
そして、その周囲を囲んでいる飯屋の他の客である尾平達、男が討ち飛ばされた先の百華楼の上層階の窓より見下ろしていた紅華達はその一念で乾いた笑みを浮かべてしまっていた。
○秦国北部 朔方郡 朔方城 歓楽街○
「お兄さーん♪ 西域より五十年物の葡萄酒が入りましたよー♪」
「そこのお二人―♪ 止まられるのならウチの茶屋はいかがっすかー♪」
昼間にチンピラが血の目を見ようと、夜になればそんな事など感じさせない優しい嘘と熱が昂りがちな歓声で満たされるのが歓楽街である。
「…うーん、今宵はどの店に行こうかの~。幸いに絹の取引で大儲けできたし―――」
「さー、我が店に興味あれば是非~♪」
「―――い…!?」
その街路の一角を人力車に乗って進んでいる羽振りの良い豪商の一人がいたが、そこで景気良さげで陽気な声が割り込んできて、その声の主は見やった豪商に息を飲ませた。
180センチ台の長躯ながらそれも美点に変える細身と魅力あふれる凹凸を併せ持った身を持ち、それを青基調の澄んだ水色系統の深衣で固め、輝く金髪のショートシャギーをオールバックにしてそれが似合う明瞭な中性的面貌で惜しみなく笑顔を晒す“男装の麗人”の見本というべき客引きであった。
「そ、そこの君! 君はどこの店の者かね!?」
「おお、お客様お目が高い♪ 私はですねー…」
心惹かれて頬を朱に染めた豪商はその麗人の言葉に誘われるまま、彼が乗る人力車を巧みにある店へ誘導していく。
○秦国北部 朔方郡 朔方城 歓楽街 百華楼○
「ここのお酒は三番の大部屋に持っていってー!」
「豪特様が来られましたー!」
「いやー! いつにも増して忙しー忙しー!」
朔方城歓楽街の中心部に位置するその店は普段から大勢の上客で賑わっていたが、今日はそうした日々の中でもとりわけ新規の乗客が多く入ってきていた。
「ええーーーッと!? 普段から忙しいけど何で今日はこんなにお客さん多いわけ―!?」
「私も詳しい話は聞いてないけど凄くやり手な客引きの子が短期契約でこの店に来たんだってー!」
各部屋やそれらを繋ぐ廊下を妓楼で働く様々な人種の従業員達が忙しい様子で働いてたが、その休憩室の一つに街路で客引きをしていた麗人の姿があった。
「いやー! まさか昔みたいに客引きをあなたにしてもらえるなんて思ってなかったわ! 本当に世話になるわねー」
「…ああ、そうかい…」
同じ部屋で身を休めている褐色の肌に短い金髪が似合う美女が屈託ない笑みを見せていたが、対峙している麗人は乾いた笑みしか返さない。
「…あ、あのー…本当に大丈夫ですか? 昼間に騒ぎを起こした彼らが非合法組織所属であの騒ぎの連鎖でそれを暴けて取り押さえられた際にわかった溜め込まれていた財産で、ここの損失の大半は補填できたのに…その僅かな残額をここで働いて返すなんて…?」
ちなみに、何故か同じ部屋には普段は気品を感じさせる麗しい黒髪を銀髪に染めて、ギリシャ風吟遊詩人の格好をした姫昭の姿があったが、その彼女の前で麗人がお湯とタオルで髪を洗い出すと金色が薄れていって代わりに深く艶のある黒色が姿を現しだした。
「…心配しなくていいよー、客引きは子供の頃に散々手伝わされてー体力は軍に入ってからの生活でめっちゃ上がってるしー、何よりこの店の主な客である男達の男心が分かる男だしねー…」
やがて洗面が終わると、そこには明るい笑みで客引きをしていた男装の麗人ではなく、乾いた笑みを浮かべている白漂の姿があった。
(…か、確実に人として大切な何かが薄れていってしまっているお顔をしているわ…。け、けれどどうしたら…)
戦場で英気と武威を鋭く見せる夫と相反する今の白漂の姿に、彼が此処での弁済労働中にまた面倒なことを起こさないように本日のお目付け役として、同じく変装させられた状態で傍らにて働かされている姫昭は少なくない苦悩に陥っていた。
姫昭、二十歳を過ぎてから旦那さんの巻き添えであっち方面での社会勉強をする羽目になってしまいました。
次回から、主人公のお勤め先での生活とそれに絡めてその身元調査に関する情報も少しずつ入ってくる様子が描かれる予定です。