※この作品はR-18です。

天下の大将軍になる!! ~夜の睦言~   作:oosima

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今回はこち亀で何度か出てきていたサバゲ―回と、暗殺教室の運動会編が元ネタです。
それらに尺を取られて大人向けシーンは無いです。


135 演習と実戦は重なったりすれ違ったりする●

 ○秦始皇9年(紀元前238年) 秦国外北方 匈奴(ヒョンナ)領中心部 首都龍城近郊 狩場○

 

 そこは、秦国では国の将来を決める中枢での内戦に決着が付いた日の翌朝に差し掛かった、匈奴(ヒョンナ)で単于が優先して使用することが決められている大きな狩場であった。

 

『誰かー! 手を貸してくれー!』

『こっちにも雪に埋もれてる人がいるぞー!』

『そいつはドレゲネ派だ! 縛り上げろ』

 

 巨大な雪崩の跡で秦燕匈三カ国の将兵らが救助活動に当たっており、一方で匈奴の何割かは捕縛されていっていた。

 

「……………………」

 

 その広大な狩場の一角で、燕側使節団代表の一人である梁魁が、白漂の記憶にある某弧状列島の島国の地理的中心部の一つに数えられる地方の財閥の出自で、頭全体を白いゴム製の頭巾で隠していた男の最後と同じく、下半身だけ露出した状態で両足が天に向けて大きく開いた状態で雪に埋まっていた。

 

「ぐ…ぐおおおおおおおお……」

 

 ちなみに梁魁の隣では、どういうわけか穴から血を流しつつ苦悶の呻き声を上げ、隣には刃の先端が極端に婉曲している大矛が転がり、幾十もの鎖で縛り上げられた状態にて横たわっている髪が無造作に伸ばされた梁魁に次ぐ巨漢の姿があった。

 

「……あのー、隊長…どうしてこんな事に…?」

「知るか」

『…あー! 何かまた死ぬ前に掘り出せたと思った奴がいたかと思えば…雁門のあいつらじゃねーか!』

『こいつらも縛っとけ!』

 

 別の場所では、一仕事終えていつもの真顔に戻った羌瘣の姿があり、近くでは新しく雪の中から救出されつつも縛られていく男女もいたりした。

 

『…あ、あのー…白漂様…色々…想定外の事態は起きましたが…何はともあれ…貴方様の御威光は十分に皆へ広まりましたので……もう臨時ながらそろそろ始まる…“即位式”へ…』

 

 最後に、この混乱が退いていない現場の中心では北の地の有力者達や将軍達に取り囲まれていた状態で、彼らに何やら豪勢な冠と衣を献上されそうになっている白漂がいた。

 

(………どうしてこうなった!!!??)

 

 その時、白漂の心中はこの場に集うものの大半の心中を占めているその一念が最も強く響いており、彼は耳を通して各所からの報告をいつも通りに受けつつ、こうなるに至った原因と経過を全力で回想しだしていた。

 

 

 

 

 

 ○数日前 秦国外北方 匈奴(ヒョンナ)領中心部 首都龍城近郊 狩場○

 

『…この情勢で他国の使節団も招いての狩猟とは…』

『次期単于もとい太后様も随分心根では余裕がおありですな』

 

 龍城での乱闘騒ぎより数日後、頭曼の重病や急逝などによる混乱で長らく使われなかった大きな狩場が龍城の近郊にあったが、久々に開かれたそこに集う北の民の有力者の多くからは陰口が結構な数で登っていた。

 

『…おい、見ろ…』

『秦燕それぞれの使節団代表が姿を見せて来たぞ』

 

 その集まりは遡ること狩場で懸命な救助活動が行われ始めた日の数日前にして、白漂とシャンディアが秦側居留地の酒蔵前で言葉を交わした晩より数日後のことであった。

 雪崩に覆われる前の当時の狩場は匈秦燕三国代表団による友誼を深める事を題目とした鷹狩りが急遽開かれることとなり、その代表達が集う貴賓席には当然白漂と大源の姿があった。

 

(…相変わらず大源は武骨そうで地味な半面、静かに周囲を威圧する雰囲気があるが…)

(…李牧を退けたという話とは裏腹に細い男だと報告にあったが…これは…)

 

 そうした陰口を叩くもの達は長きの付き合いから大源を手強くも信が置ける相手として見ているのに対し、その彼と和気藹々とした感じで穏やかに談笑している白漂に他称拍子抜けしたという感じを向けていたが、少数派の者達の彼に向ける眼力は違っていた。

 

(…あれが度々…違う女性と淫行に耽っていた…あの惰弱さ丸出しの男ですか…!?)

 

 その少数派の中に、ドレゲネ派の後援者最大手であるアルクサルト左賢王の娘エルサリアの姿があり、彼女は緊張を押し殺した表情を白漂に向けていた。

 ちなみに鷹狩り用の道具を運ぶための使用人として混じっているカイネも同様である。

 

(……何だあの男は…!? あれだけ大きな気配を感じさせるのに…“癖”と言うのが未だにわからない…!!)

 

 カイネとて若い内から中華世界では激戦区に属する趙北部で戦い続けてきた身で、その武将に対する目利きは若さに反して高く、何度か目にすればその者が武将としてどのような傾向にあるか、またはそれがどの程度まであるのか大まかに見抜くことが出来た。

 だが、そのカイネの眼は白漂の行動をここ数日にわたって間近からたびたび見れているに関わらず、武将として長短がどのようになっているかが判然とせず、それが彼女には非常に恐ろしく感じられた。

 

「おい、秦側で冷や汗を掻いておるあの女…」

「ああ、確か趙のな…」

 

 ちなみに、そんなカイネの時折り挙動不審とした姿を、数日前の龍城での西部住民暴動で白漂を盗み見していた者達は気付いていた。

 

「おい! そこの新入り何をぼさっとしてやがる! さっさとそこの罠を入れた箱を運ばんか!」

「す、すみません!!」

「寝返ったか捕まったのかは知らんが…まあ、これもこれで後で使えそうだな」

「だが、今は―――」

「どうありゃーーーーーーーーー!!」

「―――あっと…彼方だな」

 

 だが、そんな彼らの意識は秦側に世話しなく扱き使われているカイネから直ぐ離れ、今先ほどその大熊の如き巨躯で咆哮を上げ乍ら大槍をぶん投げた梁魁に向けられた。

 

「ぶぎぃぃ!?」

「うわ!? あんだけ離れてる林の中に隠れてた猪を一発で仕留めちゃったよ!」

「あれさぁ、下手すると一里の半分くらい離れてなかったか…?」

「うーん、その距離の先の獲物を判別できる河了貂の視力も凄いと思う…」

「何というか…顔も体の存在感も…向こうのあの御仁は」

 

 カイネら趙側の工作員が白漂に対して空恐ろしい気配を感じているように、秦側もまた梁魁のバトルギャグ系作品の主人公の如き出鱈目な強さとそれを含む存在感の濃さにしばしば唖然とさせられていた。

 

「!!」

 

 その直後、白漂が合成弓を番えて梁魁が穿ち殺した猪と同程度に離れている別の茂みに向けて矢を同時に三本放った。

 

「ゴアアァ!?」

 

 すると、三本の矢はその茂みにて別に隠れていた大熊の頭部を全て同時に穿ち抜き、それは先ほど猪が梁魁に投槍で仕留められた時と同様に歓声を所属問わず上げさせた

 

『おい! さっき白漂は矢を一度に三本放って熊を仕留めて今度は梁魁が猪を投槍で仕留めたってのに! ウチはまだ獲物が上がってないぞ!』

『このまま石の都の連中の好きにさせていいのか!?』

 

 特に狩猟を生活の一つにしている北の民からの興奮は強く、彼らは賞賛を上げると同時に身内に激励や叱咤の声を上げていた。

 

「…燕の梁魁が底なし馬鹿力任せの人間兵器なら…こっちの大将は技巧成長上限無しの人間兵器だな…」

『…うわー! 凄いです! お二人ともあれだけ遠くに離れた獲物を一瞬で仕留めるなんて…ところでーどちらが大きいのでしょうか?』

 

 だが、貴賓席の一角で紅武が少々引き攣った笑みを見せた直後、その近くに居たドレゲネの息子バアトルが無邪気な子供らしく何となく言い放ったその言葉が事態を思わぬ方向へと曲げてしまう。

 

『ハア? そんなのうち等の大将が仕留めた猪がデカいに決まっているだろ!』

『何を言うのだ? そんなの我らの主君が射殺された熊が大きいに決まっておろう!』

 

 バアトルの子供らしい疑問に対し、秦燕それぞれの騎馬民族出身の将校の口から出たそれぞれの主を推す意見が同時に出されたのだ。

 

『…はあ? 何を言ってんだコラ? あんな冬眠に失敗してフラフラしてたに決まってるガリガリ熊なんざよりこっちの猪の方がデカいに決まってんだろ?』

『そちらこそ何をほざく? 熊と猪でどちらがデカいかなど童でもわかる話であろう?』

『ああん!? あれがそこらの猪と同じ尺に見えるのか? 医者に行けばどうだコラ?』

『む!? 何だ貴様らー…!!』

 

 そして、論争はヒートアップしていって仕舞には気が早いものから取っ組み合いが始まる始末であった。

 

「うわ、若いのから喧嘩しだしてるよ? どうする―――」

『じゃー、双方とも“試し合戦”で正否を決められたらどうです?』

「―――か…?」

 

 それに白漂は億劫とした表情を浮かべるが、そこで急に現れた匈奴(ヒョンナ)側の有力者のその入れ知恵が、事態を思わぬ方向へ進んでしまう事になる。

 

『…そ、それではー! 秦燕友好を願っての両者雪合戦式試し合戦の開催を宣言いたしますー!!』

 

 数十分後、次期単于(の予定…多分)バアトルが狩場で最も高い壇上に登ってそう宣っており、彼が立つ望楼の下には甲冑を着込んではいるが獲物は棒に盾など殺傷性が低い装備で固められた、秦燕双方の使節団に参加していた将兵達より選抜された代表者達の姿があった。

 

「…シャンディ…何でこうなってんの? 白漂もいつの間にかやる気になってるし…」

「軍師河了貂、白漂様曰く、こういうのは口喧嘩で決めてもしこりが残ってモヤモヤするから、思いっきりこういう風に体を動かしつつも健全な方向に誘導した方が良いとの事で…まあ、本人は上手くこの後の各方面からの面倒な挨拶回りから逃げられると呟いてましたけど…」

「…あの野郎、こんな状況でもサボり癖発揮しやがって…」

 

 観客や支援者などの席の一角で要人の本音などが語られていたりしたが、そこで別の観客席より審判が北の言葉と中華の言語双方で説明を始める。

 

『それでは今大会の規則及び決まり事を説明させていただきまーす! まず、皆さんにはそれぞれ目印となる鉢巻を付けてもらい、これを奪われた人は脱落したとして観客席に戻ってもらいます! なお、この鉢巻きには階級ごとに点数が決められていまして、既定の時間までに取った点数が多い方が勝利となるか、決まった点数に先に到達した方が勝利となります。他にも細かい規則はー…』

 

 そして、説明が終わってから数分後、白漂は自分達の陣地で味方の試し合戦参加者達を全員集め、試合が公式に始まるまでの作戦会議を始めた。

 

「…えー―、そういうわけで…不詳、この僕が今回の試し合戦の秦側大将を任せてもらう事になりましたが…はっきり言って、今回の状況と相手はある意味で実戦において名を馳せている諸将らを相手にするよりも面倒だと言えます」

「そこまでの相手ですか? 確かに最近ではよく名を聞くようになってる方ですが…」

「向こうの大将を侮るな。秦で例えれば桓騎将軍から色気と残忍さを抜いて代わりに馬鹿みたいな武力を足したようなおっさんだぞ」

「わかりやすいような分かり辛いような…」

「子供の頃に深山で遭難して何年か熊に育てられたって話もあるくらいだ」

「あ、何かそれは現実味がある」

「他にもなー…」

 

 色々と話を上げて集っている者達の気を引き締めさせたところで、白漂は話の内容を本格的な作戦の解説を始める。

 

「…そういうわけでー、今回は幼少期を対趙前線で同年代の若人らと共に泥竜結成して生き延びた僕の経験で得た策を多く使う。皆それぞれに作戦を説明するので耳貸して耳ー」

 

 そして、何人かに小声で耳に囁いたり、全員に大まかな作戦を伝えたり、一部の面子に手話で伝え終えた後、秦側参加者のほぼ全員がそれに従って動きだしたが、概ね引き攣ったり唖然としたりした表情を概ね浮かべていた。

 

「…確かに、それなら規則にも違反事項にも接しないな」

「で、ですけどー羌瘣五千人将…狡すぎではありませんか…?」

 

 白漂とそれ以外では一人だけ感心した様子の羌瘣に対し、周りの何名かが苦言を呈そうとするも、それに白漂は目を細めて口を鋭くする。

 

「これでもまだ不安なくらいだ。あのおっさんなら―――」

「どうありゃあああああああああ!!」

「「「「「のわアアアァ!!?」」」」」

 

 だが、その回答の途中で遂に試合開始の鏑矢の音が周囲に響いた直後、秦側陣地の後方外縁部で、今現在彼らが最も警戒している相手の喚声が轟き、殺伐さはないが悲鳴がその周囲から大量に木霊した。

 

「―――あ…やっぱもう来た」

「…え!?」

 

 白漂が予想しつつもウンザリとした視線を向けると、そこには毛布に包まれた丸太を盛大に振り回す梁魁と、それに木の葉の如く吹き飛ばされる秦兵達の姿があった。

 

「…え、な、何が起きて…?」

「あの馬鹿もん…また…姑息な手を使いおって…」

 

 その光景は観客席で観戦している河了貂にも見えて戸惑わせ、隣で座している大源は嫌な意味で見慣れて引き攣った表情を浮かべていた。

 どうやら、梁魁は視界開始の鏑矢が放たれる前に雪の中を掻き分けながら秦側陣地の後方まで進み、開始直後に奇襲を掛けてきたようだ。

 

「あ、あれはどうなんだ!?」

「…え、えーーッとですね―。鏑矢が放たれる前に攻撃を仕掛けると失格ですが…鳴らされた後での攻撃ですので…規則には接触しません…」

「それに開始されるまでは動いてはいけないと書かれても説明されてもいないからな」

「ちょっとぉ将軍!?」

 

 それに秦側の観客が抗議の声を上げるが、審判も梁魁の汚さに唖然としつつもグレーゾーン的行為と判断し、あろうことか白漂の副将の一人紅武まで冷静にルールの穴を付いた行為との見解を示して、秦側の観客達に悲鳴を上げさせた。

 

「安心しろ皆、俺の義弟(おとうと)はこの場に集っている皆が考えてるよりも狡(・)い(・)からな」

(…え? 強いじゃなくて…ズルい―――??)

「こらぁ新入りぃ! ぼさっとしとる暇があるなら手を動かさんかぁ!!」

「―――いぃってすすすみません!」

 

 それに対する紅武の落ち着いた信頼を添えたその見解に、今も秦側使用人として会場設備運営の為に顎で使われているカイネは戸惑った。

 

「ぶへぇ!?」

「アア!? 官鐡がやられちまったぁ!?」

「ちくしょう! あんな丸太を振り回すなんて反則じゃねえか!!」

「毛布で何重にも撒いてるから規則範囲内だとよ!」

「あの怪力と速さじゃ意味ねぇ!?」

「あ、諦めるなぁ! 白漂様の言う通り我々は逃げに徹しろぉ!!」

 

 少なくない経験から自身が不意打ちを噛まして無軌道に暴れれば、それだけで敵は大いに混乱することを梁魁は知っており、秦側の悲鳴を聞きながら噛んでより暴れたらより相手が混乱するところを目指して丸太を振りまくっていた。

 その光景に秦側参加者の雑兵達は必死に躱したり逃げたりしながら、主君が自分達に出した指示を思い出す。

 

『梁魁は逆境には鬼のように強くなるが、反面として自身が有利な状況が続くと調子に乗って強欲となるも弛緩しだす。今は奇襲が成功したと思わせるように必死そうに逃げたり回避するのを優先するように』

(((((いやいやいや!? これ演技どころかマジで生き延びるのに必死なんですけど!?)))))

 

 秦側参加者達は冗談抜きで死の気配を放つ梁魁の丸太から逃げまくるが、その間にも梁魁は周りの燕側参加者達に指示を出して彼らの逃げ道を塞ごうとする。

 

「野郎共ぉ右の林の隙間を埋めろぉ! そうすりゃそろそ…!?」

 

 だが、その指示の最中に梁魁は頭上から近づく敵意を、きわめて気配は消されていたにもかかわらずその猛獣の如き勘と感覚で感じって、丸太を上方へ振り上げた。

 

「ッ!! 速い!!」

 

 そこには老化による影響か内部が腐って空洞化していた大木の倒れようとしている姿があり、丸太が轟音と同時にそれに叩き付けられて軌道が反らされると、破片が生じて飛び散った大木の影より羌瘣が逃げるように飛び出した。

 

「「「「「のわアアアァ!?」」」」」

「皆ー、さっきので空いた逃げ道より私を担いで逃げて」

「は、はい!!」

 

 怪我人こそ出なかったが衝撃の影響で勢いよく倒れた大木の影響で燕側の包囲網に穴が開き、そこから羌瘣を背負って秦側参加者達は逃げ出した。

 

『うわ、みっともなく逃げ続けてるよ』

『虎狼之国といっても石の都の連中なんざこんなものか?』

『まあ、あの梁魁が相手なら無理もないだ…?』

 

 その光景に北の民の観客達は秦側の情けなさを嘲笑ったり、妙な納得感を浮かべたりするが、一部の目利きが優れている者達は彼らの行動に違和感と不穏を覚えた。

 

『え、あ、あれ…どういうつもりだ?』

『? どうかしたのか?』

『いや、秦の連中…こっちに向けて逃げて来てないか―――!?』

「逃げろー! 皆で伍は組んだまま散らばるように逃げろー!!」

「「「「「ぬおおおおおおおおおおおおお!!」」」」」

「待ちやがれーーーーーー!!」

『―――あってぶへぇぇ!?』

『『『『『ギャアアアアアアアアアアアアアァアア!!??』』』』』

 

 目利きに優れたものの一人がその懸念を口にした次の瞬間、秦側の参加者達は散伍の戦法であろうことか観客席に逃げ込み、そこへ猛烈な勢いで追い続けている梁魁があろうことか丸太を振るいながらきて飛び込んできて、口にしたものは呆気なく叩き飛ばされて辺り一面から観客達の悲鳴が巻き上がった。

 

「あ、あの馬鹿もんがー!? 何をやっとるんだー!!?」

「…これ、絶対あの馬鹿の悪知恵だ……」

「まー観客席に逃げてはならないとは言われても書かれてもいないからな…あ、今度はこっちに逃げそうだから早めに逃げるぞ」

 

 その惨状に梁魁の上司で責任者である大源の悲鳴混じりの怒号が鳴り響き、河了貂は凄く微妙そうながら納得の顔を見せて小声で主犯の正体を言い当て、紅武は彼女を脇に抱えるとさっさと観客席から避難した。

 

『『『『『うわぁぁアアアァ!?』』』』』

「間違いない! 此処の観客席にこそあいつの匂いが猛烈にピンピンとするぞ―――」

「この状況で何を試し合戦のままでおるんだ馬鹿もんがーーーー!!」

「―――おってぐはぁあ!?」

 

 数秒後、梁魁は先ほどの観客席と同様に紅武達がつい先ほどまでいた別の観客席に殴りこんで彼らに悲鳴を上げさせたが、試し合戦に夢中になりすぎていたためか、明王の如き憤懣の相を浮かべた大源の鉄鞭による一撃には脳天へ浴びせられるまで気付けなかった。

 

「試し合戦で観客まで巻き添えにする馬鹿がおるかー!? 戦場ならば挑発に乗って味方まで潰して回っとるようなものだぞ!!」

「ぐ…グオオオオオオオオオオオオオ…! だ、大臣~~~! 勝負の時に何を邪魔してるんですかぁぁァァァ…!? 実際にここからあいつの匂いがして―――」

「はい、その通りです」

「―――え……」

『『『『『「「「「「………あ…」」」」」』』』』』

 

 当然の説教を噛ます大源に、梁魁は常人なら死んでも可笑しくない一撃に悶絶しながらもその異常な頑健さから耐え抜いて反論しようとするが、そこで此度の原因を作ったあの男の声と同時に梁魁の頭の兜から布が外される音が静かにして彼の目を丸くさせ、その原因を目にした周囲の観客達はポカンとした。

 

「はい、向こうの大将の鉢巻きを取ったよ」

 

 そうした周囲の視線を浴びつつも、梁魁から奪ったその大将鉢巻きを、何時の間にか乱闘の場面から姿を消していて今再び姿を現した白漂は審判にポンと渡した。

 

「……あ、は、はい…それでは…試し合戦は秦側の勝利ー!!」

「「「「「『『『『『な、何だってーーーーーー!!!!??』』』』』」」」」」

 

 そして、あんまりな経過によるその結果発表に、周囲から北の民や中華出身者問わず唖然とした叫びが上がった。

 

「そ、そんなのあるかー! 大源大臣ー! 規則に無いとはいえ秦側が行った先の観客の盾化戦法は十分に非難されるべき事案だと儂は思いま―――」

「プ」

「―――あ…グオオオオオオオオォォォォォ…」

 

 当然、勝ちを奪われた梁魁は抗議の声を上げるが、そこで越の麻酔吹き矢を後ろ首に撃ち込まれ、瞬く間に大きな鼾を立てながら雪の上にドサッと倒れた。

 

「…え、えーーこほん、し、秦側の観客の安全を無視した戦法も言うべきところはありますが、将として慎重になるべきそのような場面で挑発に乗ったかの如き彼の動きで実際の被害を出したウチの馬鹿にも問題はあります。この問題は後日にお互い賠償を出すという事を基本として、交渉で決める事にしてよろしいですかな?」

「あ、はい、それでよろしければ…」

「おお、それはありがたい! おい、この馬鹿が目を覚ます前に鎖で縛って早く屋敷へ運べ!!」

「「「「「……は、はは!」」」」」

 

 それからすかさず大源と白漂は言葉を交わして梁魁の一応の処分をささっと決めたが、前者はそれに対して安堵の念を感じ取れる者には感じ取らせる表情を浮かべていた。

 

「え? あの人…味方が負けてこれだけ大勢の前で恥を掻かされたのに…何かむしろホッとしてない?」

「あー軍師河了貂、それがどうやら今回の試合で燕側が勝ったらその報酬としてー梁魁に朝鮮の金掘りへ行く自由を認めるとの約束をされてたみたいでー、また前みたいに被害と恥を掻かされるのではと内心で大源大臣は戦々恐々としていたようで…」

「そ、そうか…味方の敗北を願う存在がいるのは何処の国にもいるんだな…」

 

 非常に個人的な事柄で国とそれを成す人の後ろ暗さに触れさせられた河了貂であるが、彼女がそれに非常に微妙な気分に陥ると、実質的にこの場を取り仕切っている左賢王アルクサルトが白漂の前に神妙な表情で現れた。

 

「………此度の試し合戦、貴殿には色々と言うべきこと、言いたいことがある…」

「当然でしょうな、この惨状からして…只では済ますというわけにはいかないでしょう」

 

 それから二人はこれまでのギャグ漫画的な雰囲気など感じさせない真面目な表情で向き合う。

 

「そうですな…ですが、正直に私が此度の振る舞いにて貴方に感じたのは…“驚愕と新鮮さ”です」

「それは…」

 

 だが、そこでアルクサルトが幾分か表情を和らげてそう感想を口にすると、白漂は意外そうな反応を見せた。

 

「…先ほど、梁魁殿の性格を見抜いて各兵員たちに適切な指示を出してその被害を抑えられるようにした後、彼の奇襲による混乱に乗じてその姿を小川に面して溶けて周囲に比べて低くなっている窪地になった河原に隠れ、そこから観客席までわざと彼が気付ける程度の匂いを撒きながら進んで隠れ、梁魁に観客を巻き添えにさせながらもそれが取り返しのつかない事態にならないようにうまく誘導し、あろうことか彼の弱点と言える大源殿にぶつけて動きを封じ込め、その隙に乗じて勝ちに持っていく…。殺し合いではないが…いや、だからこその規則の穴を付いた…冷静で分析力と対応力が高くなければ出来ない結果だと言える。久々に面白いものが見れた…」

「…おお、お褒めに預かり光栄ですな」

 

 そう流暢な秦語で素直に感心している風に見せながら、それによって相手がどのような反応を示すか一部の隙も無く観察してきているアルクサルトの眼光に、白漂は素直に言葉の額面から喜んでいる反応を示しつつも、それによって隠されている観察眼で彼の動きや雰囲気よりその人となりや警戒すべき点を探ろうとする。

 

「よって…此度の惨状の贖宥はそちらによるこの言葉にはうまく言えない現場の後片付けにしておきましょう」

「…あ、はい…そうですか…」

 

 だが、その表向き和やかそうな内実ビリビリとした鋭い観察力による探り合いは、アルクサルトの至極真っ当なその意見と、それに対する白漂の“ですよね~”という感じが素直に丸出しとなっている承諾で敢え無く今回は幕引きとなった。

 

『…や、やはり…色々な意味で凄いな…』

『…だが、これも右賢王に伝えるべきかどうか…』

 

 一方、梁魁の暴風的暴走で巻き添えとなった観客席に混じりながら、意識を取り戻していた例の龍城での暴動における不審な観察者達は、白漂に改めて畏怖する眼差しを向けつつも一抹の不安もまた生じさせていた。

 

『…あ、ぐ…げ…』

 

 どういうわけか貴賓席も含めて此度の鷹狩りや試し合戦には急病を理由に、不参加を表明していたはずのドレゲネが雪塗れの泡を吹いてる姿で担架にて秘かに運ばれている惨状もそれに拍車を掛けていた。

 ちなみに、今回の一件がこの直ぐに起きる北の地全土の運命を揺るがす例の大事件を起こす隠れた理由の一つになるなど、この時点ではまだ誰も気づいてはいなかった。




今回、あの春秋戦国版リ●ーさんに良くも悪くも酌を取られましたが、その影で何やらとんでもない事態へ加速しそうです。
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