他にも、歴史ネタも幾つか絡めていて、それが原因で良くも悪くも影響がより広範囲に広がっています。
それらに尺を取られていて、大人向けシーンは御座いません。
○秦始皇9年(紀元前238年)
「……ぅアアアァアアアァ…やっと終わったぁぁぁ…」
白漂達が
「…何? 秦側代表の一人である白漂が昼間より姿を消していると…?」
「はい、秦側に潜らせている間者の一人がそう報告してきました。さして珍しいことではありませんが、どうやら今回のは珍しく側近の何名かも含まれてなので、残っている向こうの側近達も怪しんでいると…」
「…む?」
その梁魁が大源達のその密談を聞いたのは、酷使されまくった影響で足音すら非常に小さくなるまでにゆっくりとなっていた時の事であったが、彼はその内容に新たな波乱の匂いをかぎ取って瞬時に幾分か回復すると、音を殺して大源達がいる部屋を囲む外壁に耳を押し当てた。
「…報告です。どうやら最後に白漂を見た現場の近くに、右賢王派の主将の一人バラントの姿が目撃されたと…だがその目撃者は重傷の為すぐに息を引き取ったとの事で…」
(!? こいつは話の流れやここ最近の情報からして…秦への割譲予定地に勝手にされた西部の連中が、既に名を上げていて且つ自分達とも縁が深い生まれなのが分かった白漂をこっそり引き込もうとしているって流れか…?)
「…そうか、だが…今すぐに内乱を起こされても困る。向こうには伝手がある儂が…」
普段の悪影響が目立ちすぎる行動力とは裏腹に、繊細な戦闘技術も持つ梁魁は気配を殺した状態で大源達の密談を盗み聞きし続け、内容が深まるにつれてニヤリとした表情を浮かべていた。
○秦始皇9年(紀元前238年) 秦国中央部 王都咸陽 王宮○
「…まさかこの時点で漂の母親の身元がこんな形で公になるなど…」
大源の密談と梁魁によるそれへの盗み聞きが行われていた頃、同じく深夜にも関わらず咸陽で大王派の面々が非常に難しそうな表情で会しており、昌文君のその言葉が一堂に重く圧し掛かっていた。
北からの伝書鳩で白漂の母方の素性が
「…子は生まれる際の親を選ぶことは出来ん。故に…この時代と情勢では無関係ではいられん」
玉座より、その口にした因果で幼少期に凄惨な時を過ごしていた嬴政が最も深刻な表情を浮かべており、故に今現在もっとも決着が近づきつつあるあの男の顔が浮かび上がる。
「現在、中央での漂達の身内の人間は如何している?」
「は、呂不韋が動く前に先の身元判明を元に、北の地での不穏な動きがあると敢えてして、その調査の為の拘束を名目に譜孝氏ら朔方侯並びにその諸将らの親族もまた瑠衣夫人らと近しい場所で保護下に置いております」
「…あの男がこれをまだ知らんとは思えんし、何もしていないとは思えん…。いや、既に何か始めていると見てよいだろう」
決着の時が近づくと共に強まる暗雲を嬴政達は明敏に感じ取っていた。
○
この世界は白漂の前々世とその過去に当たる春秋戦国時代とは類似点を抱きつつも、大きな相違点もまた幾つか存在している。
それはここ北の大地にも存在しており、前々世の史実における匈奴の時代より北の民で崇められてきた天上神の名を冠するテングリ湖がその一つだ。
『総員! 拝礼!!』
『『『『『!!!!!!!!』』』』』
「「「「「…………………」」」」」
そうした幾割か季節から凍り付いた湖面を介して湖岸と繋がっている知られざる島嶼の一角に、白漂達が半ば拉致同然で案内され、そこに集っていた大量の兵達による出迎えを受けていたのは嬴政達の密議より数日後の事であった。
「…将軍、この者達は…」
「ああ、同じ
出迎えを受けていた白漂達はその兵士達より嗅ぎ取った気配を受けて小声を交し合っていた。
(…嘗て
白漂は考え事をしながらも
(…!? この数にこの気配…やばい…!?)
非常に良い勘と頭の回転の良さから白漂はここに留まることの危険性を悟って高台を降りようとするが、そこで向かい側より大きな気配を感じて意識を引き留められてしまう。
「…俺が
相手に対し殺気や怒気を込めたものではないが、対峙するものに威圧感を与える竜を意識したような衣装を身に纏う巨躯も合わさり、相手に気を自然と張り詰めさせる武力とそれだけではない老獪さを確かに感じさせる、今現在の北の大地で最も懸念を抱かせている人物の一角が姿を現したのだ。
(…見るからにデカい…!)
(秦語も上手い…)
(西方の血筋が強い釣り目の風貌に威風…)
(それでいて気配からして只者じゃねえ…!)
(冗談抜きで列国の大将軍以上だぞ…)
自分達の前に姿を現したレベロントに秦側の多くが息を飲んでいたが、その先頭に立っている白漂はカツカツと静かに彼との距離を詰めて行き、透徹とした眼差しを向けつつも北の言葉で口を開く。
『始めまして右賢王殿、初対面の身でここまで歓迎してくださるとは…。情勢とこの地の習俗からして…このような良からぬ縁の方々が多くいやる都の近くの地で…これほどの精兵達をここまで引き連れてまで迎えに来られるとは…よほど仕込みの方も隙のない方のようですね…。それほどの方にこうして他に味方がいない地まで連れて来られるなど光栄です…よほど他には聞かせられない話があるのでしょう?』
(((((ちょっとぉ将軍!?)))))
それは賞賛と皮肉も交えた堂々と且つ静かなもので、北の言葉が理解できる秦側将兵の何名かがギョッとした表情を向けるが、レベロント本人は白漂を見据えたままでまだ言葉を返さないまま彼との距離を詰めて行く。
『…してくれていた…』
『…ん? 何を言われて…!?』
そして、両者が頭一つ分の距離まで詰めあった時、白漂はようやくレベロントの声を再度聞けたが、その内容を確認しようとしたところで彼にガシッと肩を掴まれて陣幕へと突き出された。
『皆!! ラルゴール陛下が…!! 我々を焦がれさせてきた姫将アシェリートが息子を残してくれていたぞ!! これぞまさに天恵だ!!』
『『『『『!!!!!!』』』』』
そして、レベロントの嗚咽混じりの北の言語による咆哮が周囲の大気を振るわせた後、陣幕が降ろされ、彼らのいる高台を囲むように存在する将兵達が声こそ出していないが期待に満ちた表情で見上げてくる姿を見せた。
『さらに最初の統一を果たした当時の大単于リトリノスと趙武霊王の血を受け継ぐ
(…え、単于と…武霊王…!? それに…李曇という名前…何処かで聞いたような…)
その様子を島嶼に設けられていた野営地の物陰より趙からの間者達が盗み見ており、それに加わっているこちらの世界のカイネは生まれ育ちから北の言葉は概ね理解出来ているがゆえにその内容が理解でき、故に不吉な予感を禁じ得なかった。
「…沙丘の乱が起きる前後より屠各種とそれに秘かに会っていた中原からの豪商という李曇の一族は怪しい噂が耐えなかった。表向きは反中だの反狄等とほざきつつもな。それから匈趙双方の通商派や中立派の有力者が不審な死を遂げていって連中の地位は上がっていった…。だが、長らくその繋がりを示す決定的な証拠は得られなかった…」
数分後、レベロントは白漂達を陣中へ案内しながらも今度は彼ら全員にわかるよう秦語で熱弁を振るい続けていた。
「だが我々は諦めなかった! そして! 遂にお前の両親の仇の黒幕にも繋がる決定的な証拠を得たのだ!!」
「は?」
だが、レベロントの熱弁に混じるその不穏な事柄に白漂は怪訝さを覚えた。
当時の白漂の両親は、彼が物心ついた頃には趙との国境に近い秦の辺境地帯にて行商で生活しており、侵入してきた趙軍の蹂躙部隊から彼自身や住民を守るべく奮戦してそれで戦死したことを憶えていたので、それと遠方の北の地の情勢と関わっているような言い方をされたためだ。
「当時、屠各種と趙で暗躍していて今は李曇の子孫共も加えて中継ぎをしていた一族の者どもを捕えたのだ。出せ!」
「ハ!」
「うわぁアア!?」
「い、痛い!」
「た、助け…」
白漂がその事にも思索を深めようとしていると、レベロントの命令で檻から全身に激しい暴行や拷問の跡が見える数名の老若男女が彼等の前に引きずり出されてきた。
「…お、お願いします…! 知っている事は全て話しました…! か、家族だけはどうか…!」
命乞いをする彼らの前でレベロントの熱弁は続く。
「元々はこちらに潜んでいた内通者を取りしまっていた際にそいつらに武器の横流しをしていたので捕まえた連中でな。余罪を吐かせておったら自分達は屠各種と李曇一族の仲人をしていたことも吐いたのだ」
「ちょっと待ってください。表は強硬派の面々で互いを敵視し合ってる連中がどうして発覚したら立場を失うようなそんな陰謀を…?」
「そうは言うが内心では既に気付いているだろう。屠各種は単于の位を奪うため! そして李曇は当時連中の母体の手が伸びていなかった趙の中枢まで手を伸ばすためだ! その結果わかる通り通商が絶たれて利益と立場を失った赤沙への責任追及で屠各は単于の位を奪い、今でこそ現当主は楚に逃げてはいるが李曇の一族はその後の匈趙の争いに乗じた密輸による巨利で趙北部での不動の地位を手に入れた! 連中はそれぞれの地で今の地位を得るために我らを争わせて続けてきたのだ! お前の両親が殺されたのも単于の地位を守るためにドレゲネ達がこ奴を仲人にして趙の部隊を蹂躙目的だと信じ込ませて襲わせたのが原因だ。アシェリートが北の地に留まって選んだ場合の夫には次の単于の地位は約束されていたも同然だったからな。臆病な奴らは亡命でそれがほぼ不可能になっていた当時でも残っていること自体を恐れて族滅を目論んだのだ。薙鍛は血が薄かったので急いで始末すべき脅威とはみなされなかったが早く戦死に追い込むため激戦地に送られ続ける生活を強いられてきた。その最中に先走った馬鹿どもの襲撃で一族や家臣の殆どを殺されながらも逃げ伸びた先で知っての通り吉蘭泰でお前に保護されたが…その後に生き残りを知ったドレゲネ共は他に生き延びていた一族を人質として秦側で間者をするように仕向けたのだ」
「「「「「!!!!!!????」」」」」
レベロントの熱弁に混じるその衝撃的な内容の数々に秦側の多くは驚愕を顔に浮かべて言葉を失う。
「………………………」
只一人だけ何も反応を見せずにいつの間にか誰も視界に映らない定かでない方角を見やり続ける白漂に、レベロントは目線を合わせて寄り添って咆哮の如き熱弁を続ける。
「戦え白漂!! 大義はこちらにある!!」
「「「「「……………………」」」」」
その二人を秦側は言葉を失ってしばし見守り続けるしか出来なかった。
○
「大源大臣—、この調子なら今日の夕方レベロントら右賢王軍が秘かに陣を構えている島嶼へたどり着きます」
「秦側の彼らが姿を消してからもう何日も経ってるからなー。ややこしい話が進んでおらねばいいが…」
一方その頃、その白漂達が連れ込まれている島嶼に燕側の代表である大源達は複数の船団で向かっていた。
今回、彼らは
(…ぐふふふ…儂を撒けるなどと思っていたら大間違いですよ大臣~~~?)
ちなみに、その大源達の船団を泳いだり島嶼の陸地を走ったりしながら尾行している梁魁の姿があった。
テングリ湖は面積こそカスピ海に匹敵する広さがあったが、湖底自体は少数を除けば最深でも十数メートル程度で各所には小島や葦が群生して出来た浮島が多数あったので、それらに隠れたり進んだりしながらなら、異常に頑健すぎる梁魁ならこの冬場での寒中水泳も交えての尾行もさほど難しくはなかった。
○秦始皇9年(紀元前238年) 秦国中西部 某山間地○
「……おお、数カ月ぶりの秦国だ…!」
「私なんぞもう2年ぶりですよ!」
『おー、これがアジアの東の果てに位置するという中華の地か…』
『かのマケドニアの大王も見れなかった東のオケアノスを見れるかなー』
『セレウコスが分捕ったペルシアに北東へ叩き出されたパルティアと姫将らが生きてた頃の
白漂達とその元へ向かおうとしてる大源達の船団に近づいている不穏な影が増々濃くなろうとしていた頃、秦国と楊端和ら山界勢力の境界線上に、秦国風やらこの時代のオリエント一帯に中央アジア遊牧民風の色が強い衣裳や白人系人種が多い一団が到着して各々の感想を口にしていた。
「皆さん、懐かしがるのは進みながらにしましょう。先生にはもうあと数日でやってくるあの儀式に合わせて戦える味方を大勢引き連れて戻る様にと出発前から事前に言われていたので帰国を早めましたが…砂嵐などでこれでも予定より遅れているのですから…」
「ソノトオリダ。ココマデ来テ道半バデ倒レテ全部ゴ破算ナド今更ゴ免被ルダト殆ドノ族ノ長モ言ッテイル」
その中で中心にいたのは、正史と呼ばれる時間軸ではある集団より不評であったある衣服が無くなっているやや童顔の青年と、仮面に隠された素顔はイケメン説が囁かれている一時期狼少女的な野生児体験をしたことがある山界の勇将であった。
○
「はぁ!? 馬鹿な事を言う…なもが!?」
「しー! 声が大きい!!」
秦国にもある一団が帰国を果たした日の夜にて、テングリ湖の一角に設けられた
「…ぶはぁ!? だ、だがあり得るものか!? 匈奴が白漂軍に送り込んでいた間者なのが分かった薙鍛という女が…我が王家の血も引いてるなどという与太話など!?」
「そ、それはそうだが…」
彼らが敵地にも関わらず所々で静かになり切れない雰囲気に陥っていた理由は、昼間に彼らも群衆に紛れて見ていたレベロントによる白漂一行の歓迎で、白漂と共に素性を暴露された薙鍛の素性であった。
「当時の趙を北から攻め滅ぼす寸前であった“あの百王殺し”と恐れられてた当時の単于ダレンが…沙丘の乱で武霊王と共に敗死したはずのその公主の子で…それがあの女の先祖などあり得ん!!」
彼らが冷静でいられなかったその最大の理由は、彼らの知っている歴史では建国時よりずっと仇敵であるはずの匈奴と自国が昔は友好関係であった事と、その頃の王である武霊王の娘が当時の単于であるリトラノスに嫁いで、それで生まれた子が薙鍛の祖先になったという話を、レベロントの熱弁で知ったためである。
「あんなの侵略を正当化するための捏造に決まっておる! 中原に位置する我が王家が北狄と交わるなぞ! しかも友好が切れた理由は沙丘の乱で餓死した武霊王への援軍に出向いてた当時の単于リトラノスを講和の名目で呼び寄せて騙し討ちしたのが原因など―――」
「あ…でも確か……」
「―――お…?」
それに対する反応は概ね反発からくる憤りが主であったが、ある一人がふと思い出した表情で口にしたその内容が波紋を広げていく。
「…確か…確か武霊王時代に騎馬軍創設のために匈奴ら北方の諸騎馬民族と密約を結んでいたが、沙丘の乱に伴って復権した保守派によってその時の資料が破棄されて招かれていた胡人も口封じで粛清されるも…その事に不満を持っていた共に粛清されし廃太子章派の生き残りが書いたという古書でそんな内容の話を読んだことがある…」
「「「「「………え…??」」」」」
その身内から出た予想外の内容に、周囲、特に狩場近くでの混乱に乗じて右賢王側の荷に紛れてこの地へ忍び込んでいたカイネから呆けた声が上がった。
「お、おい! 何だその話は―――!?」
だが、その発言への追及は思わぬ横槍で中断となる。
「…ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!
「―――あ…ひぃ!?」
『!? 何だこの声は!?』
『方角と震えからして遠いがここまで届くなど…!?』
それは辛うじて人の声音ではあったが、声量とそれに宿された威圧感は人というよりもその皮を被った鬼神か何かを想像させる咆哮で、趙側の間者達の何名かが驚きで怯えた声を漏らし、周囲の野営地に居る
「…え、こ、この咆哮は…まさか…!?」
周囲の変化を促したその咆哮より、カイネの脳裏に自身の主君と同格の地位にはあるがここ数年は姿を見せていないあの人の形をした天災というべき存在の姿が過ぎった。
今作ではこれまで少ししか出てなかったあの山籠もりと自然破壊がライフワークの人外殿が、次回にてようやく本格的に登場する予定です(…多分)。