それらに尺を取られて大人向けシーンは御座いません。
○秦始皇9年(紀元前238年)
「肆氏様! これはどういうことですか!?」
「俺もまだ詳しいことはわからん!」
「大将になったという白漂様は未だに姿をお見せしておりません!」
「報告ー! 先日に白漂様と元に行方不明になられた者達が何名かお戻りになられました!」
龍城に戻ってきた梁魁の勢いに押されて戦に巻き込まれつつあった秦側の残留組は情報が錯綜していたが、そこへ主と共に右賢王軍駐屯地からの脱走には成功したが彼等とは途中で別れた伍鬼達が戻ってきた。
「おい! 白漂は何処にいるのだ!? どうやったらこのような状況になるのか詳しく教えろ!」
「落ち着け、まずこれまで起きた事を全て話す…だが、無暗に誰にも聞かせて良い話ではないから場所を…」
そして、残留組と戻ってきた面子それぞれの纏め役達は周囲を厳重に固められた密室で、互いにこれまで起こった出来事を詳しく説明し合った。
「…まさか行方不明になったその日に焚き付けられた一部の暴走に紛れて近づいてきた
「ええ、ですがそのおかげでこっちは生き残れました。それに白漂将軍は連中の頭になるという話に乗らず、到着したその日の晩に向こうが夜襲されて起きた混乱に乗じて脱出なされたのです。ですが朝になった所で気付いてきた向こうの追っ手が見えて来たので、白漂様も含めて何名かと10名ほどと別れて各々にこちらを目指すことにしたのですが…この様子からしてまだあの方は少しばかり遅れているようですね―――」
「ごらぁーーーーーーーー!! つべこべ言わずにさっさと行くぞーーーー!!」
「―――えッつうぅ!?」
だが、その密談の途中でそう近くではないにもかかわらず梁魁の相変わらず聞く者の鼓膜を痛める大声が轟いてきた。
「た、大変ですー! こちら側の大将代理を名乗っている梁魁殿が一人で突っ走って
「「「「「な、何だってーーーーー!!??」」」」」
何とか情報を詳しく聞きだして情勢を把握すべく冷静に務めようとしていた秦側であったが、その名を上げられたはた迷惑な人物によって再び顎が外れんばかりの驚愕に押し上げられた。
○
「野郎共行けええええ!!」
『『『『『ウオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!』』』』』
まずそこをぶち抜くべく梁魁が陣頭指揮で率いる(困惑と混乱が続いている秦兵の大半を除いた)連合軍は攻めに出ており、特に梁魁は色々な意味で敵味方の驚愕を引き起こしていた。
「どうありゃあーーー!! 人間投石機ーーーー!!」
『『『『『ギャアァアア!?』』』』』
今も普通なら大型投石機でなければ投げられない大石をハンマー投げの要領で梁魁は連続で投擲しており、今も集中的に投擲を浴びせられている外壁正門の望楼が崩れかかっていた。
『何つ~おっさんだ…もうあのおっさん一人で城の大門は全て打ち壊されそうな気がしてきた…』
『エルサリアがまた一人で自由に出たからそれを探しに行って結局見つからず仕舞いに戻ったら…こうなってるなんて』
『これじゃあもう交渉での解決なんて期待できそうにないですよ…』
『まー、まずは俺達の隊長の様子を見に行こうか。何だかさっき湖の浅瀬から秦側の野営地に近づいていた騎馬隊にエルサリアが混ざってたし…』
『『…ああ、納得…』』
その光景を外壁の上の既に壊れかけた別の望楼の影より盗み見ている一団がいた。
○
「…あーーー、こっちが帰ってくる前に…何とまー状況は笑えんお笑い系気取りの講談屋みたいな展開に…」
「道中で話しを売り物にしてる芸人の法螺話ではないぞ白漂! このまま向こうの思惑通りに行けば我らは勝っても秦には戻れなくなる!!」
龍城外壁でのそのようなやり取りから十数分後、遅ればせで味方の元へ戻ってきた白漂と肆氏を中心として秦側は協議の中にあった。
「…まーねー、このままいって負ければ秦はこれまで
「そうなると王都でどっちが勝っても残った方は正当継承者であることを証明するために何が何でもこっちに討伐軍を送り込んでくるわよ」
「おいおい、待てよ…それじゃー咸陽とか中央辺りに身内がいる人はどうなるんすか!?」
「…あー、そうだなー…それじゃー肆氏に河了貂、この二人と僕以外は全員が外に出て遠くに離れて、それで周囲に太鼓を鳴らしまくって物音は聞けないようにして」
当然、現状が現状なので秦側の面子は全員が頭を捻らせたり、将来への不安が尋常ではなく上がっている表情になってしまっており、それらを一目した白漂はここで説明すべき面子だけを残して他をゲルの外へ追い払った。
それから自分達以外の気配は近くからは感じられなくなった白漂達は、ゲルの中で筆談や手話で話し合いを始める。
『…言うとおりにしたぞ白漂、それでどうやってこの状況を切り抜けるつもりだ?』
そして、再び肆氏が口を開くと、白漂は神妙な顔で対案を説明しだす。
『…そうだなー、まずはこの状況に乗らされたままの状態で勝つ。その上でー……』
『その上で…?』
『一番良い所で
『だ、台無し?』
『あー、詳しく説明すると-…』
そこで白漂が強調したその単語に河了貂は戸惑いを覚えるが、詳しい内容を白漂に説明されると、肆氏共々あんぐりとした表情を浮かべた。
『……漂、それ…本気でやる気…?』
『本気の本気、それでーこの事は絶対に他にはその時が来るまでは絶対に誰にも教えるな。知られたらバラント辺りに手を打たれて終わりだから』
『だ、だがそれでその場は切り抜けて中央への弁明は辛うじて通るとしても…その後にこの地は滅茶苦茶グダグダになるぞ!?』
仕舞には真面目な肆氏まで白漂とかが用いるこの時代らしからぬ表現まで口にするようになった。
『まー短期的には凄く混乱するだろうけど…それさえ切り抜けた後は秦とかには都合がよくなる。まーーー…燕の方がもっと都合がよくなるけどなぁ…特にあのおっさん辺りが―――』
「おあじゃあーーーーーーーーー!!!!?」
『―――あ…?』
だが、白漂もまた自身の口にした内容で非常に面倒くさそうな表情を浮かべたその時、彼がそこで口にした“
「たたた大変ですー! 先ほど敵方の火計にあった梁魁将軍が燃えている状態でここ目掛けて駆け出してきて―――」
「みみみみ水水ーーーーーー!!?」
「―――えってアアーーーー!?」
「「「えーーーーーー!?」」」
その直後、接近及び盗聴禁止命令が出されていた白漂達が籠るゲルに必死な様子の伝令がその危機を伝えに来るも、その彼を背後から跳ね飛ばす勢いで頭に猛火が付いた状態の梁魁が駆け込んできて3人に絶叫を上げさせた。
ちなみに、伝令は白漂達の密談など何一つ聞いていなかったが、梁魁に跳ね飛ばされたショックはその前後の記憶を悉く奪い去るダメージを与えており、梁魁からゲルに燃え移った火で白漂達の密談に用いられた筆談の書類等は全て燃えたので、彼らが進めていた謀議の内容はその他に知られることは無かった。
「…な、何が起きているのですか…?」
「…あー、見ての通り
「そ、そうでした! ご案内ありがとうございます!!」
ちなみに、その光景は秦国北部の開拓地から紅華に早馬で送り込まれてこいて、つい先ほど到着したばかりの伝令も戸惑わせたが、第一発見者で案内役を勘でした羌瘣の言葉で我に開けると、梁魁に衣服へ火を移されて川に駆け込んだ白漂の元へ向かった。
○
「…な、何という事だ…! 開戦を避けるための交渉に出向いていた大源君が…まさかあの龐煖に襲われて重傷とは…!? ドレゲネめ…どれだけ前から趙と通じておったのだ…!?」
梁魁が火計に遭って一旦攻勢を止めてから数時間が経過して夕方に入った燕軍の本陣で、今だに意識が戻らない大源の前で同僚の将軍が頭を抱えていたが、そこで彼を含めた周囲の燕人達がしかめっ面になる。
「!? な、何だこの異臭は…!?」
「どんどん強まって来るぞ…!?」
「よくわからん獣の臭いに…薬…何より…尋常ではない血の臭いが…!?」
「この臭い…まさか…!?」
それからすぐに縁側の諸将達は一斉に同じ方向を見やるが、そこには頭と顔を様々な種の動物の頭蓋骨で隠し、全身は獣の皮と呪術師のフードを合わせたような衣装で固めて肌を見せず、手や引いている車に厳重な封が施された箱を幾つも抱えている異形の集団の姿があった。
「「「「「せ、西遼!!!!」」」」」
燕側が気付いたその集団の正体は、白漂の選抜で此度の秦側使節団に加えられていた、表向きは白漂軍で畜獣や生物に薬物等の管理をしている西遼族の一団であった。
「た、確か…秦の傘下に…正確には白漂の元に帰順したという話は聞いたことがあるが…」
「こ、ここ北の大地で最も狂気的と知られるこ奴らが何故ここに…!?」
その姿に燕側が警戒と困惑を禁じ得ない表情を一様に浮かべている中、その西遼の一団の中より、彼ら全体の長を務めている壄瑮と、白漂の此度の主治医で今回の使節団の医療部隊を率いているナイチンゲールが進み出てきた。
「…あー、面倒なのでー手短に言いますけどー、ここで死にそうになってる燕のお大尽の一人がいるって聞きましたのでー
周囲から浴びせられている警戒の雨など意にも介さない、けれどもあまりに適当さを感じさせる声音で壄瑮が口を開くが、その内容は燕側の困惑を更に深めさせ、何名かの態度を荒げさせた。
「ふ、ふざけるな! 毒や獣を用いて人に人と思えぬ所業を平気でする貴様らに診せられるか!? というかこんな連中を野放しにするなど白漂は何を考えておる!?」
「いや、つーかねー私達は~今回その白漂さんのお達しでここに来たんですけどー?」
「は!?」
だが、その壄瑮がその人名を口にすると縁側の戸惑いが強まり、それを見計らってナイチンゲールが進み出てきた。
「ここから先はあなたに代わって私が話します壄瑮。面倒などという理由で言葉まで少なくするあなた方に任せると誤解を生みます。我々が来たのはそこにいる大源様の治療の為です」
「ち、治療だと!?」
「私達は今ここにはいない長である扁鵲に率いられ、何百年も各地を彷徨って医術を集めてきてそれの研鑽に務めてきましたが、その私達から見て西遼の蓄積は常軌を逸しています」
「あー、あんまその辺を言うと尋ねてくる人が増えて面倒なのも比例するからあんまり言わないでねー」
「…彼らは確かに対象に凄惨な責め苦を課すために、害をなす動物や植物、鉱物など各地のものを掻き集めて調べてきています」
「そ、それは知っておる!」
「強すぎる薬は毒になるという言葉がありますが、その逆もまたしかりという事です」
「!?」
「その結果、逆に人間含めて生物の傷の治し方やそれに有益な生物、解毒にも詳しくなっているという事です」
「「「「「なぁ!?」」」」」
時折り影を帯びるナイチンゲールの言葉は燕側に別の驚きを与えるが、それは知る者こそ少ないが根拠がない話ではなかった。
古来より、処刑や拷問にそれらで出た死体の処理を担う部署や一族は多くの一般社会から忌まれる存在だが、その中には医学や薬学で秀でるようになった一族は幾つか存在する。
何故なら、人権の意識が普及する前の刑罰は多様でその多くが見せしめのために、派手に且つ苦痛が長時間に渡る刑罰が多く、職務で出た死体の処理も任されている彼らは雇い主が求めるそうした要望に応えるため、死体の解剖などを通じて人体の研究を進める必要があった。
例を上げれば、そうして得た高度な医学による医療で貴族並みの収入を得ていたフランスのサンソン家や、人間の死体から作り出した薬である“人丹”の販売に死体を用いての試し斬りで秀でた刀剣鑑定で小大名並みの収入があった白漂前世の母国圏にいた山田家がそれに該当する。
「ま、待て! 確かにそ奴らに任せれば大源様は意識を取り戻されるのか!?」
「さーねー、実際に診せて貰わないとまだその辺のことは断言出来ないねー。でもさー助けたいのなら早めがいいよー。幾らなんでも死人を甦らせるのなんてほぼ無理だし、まだ生きてても症状の進行次第じゃもう楽にしてあげるしかないって場合もあるからねー」
「だ、だがー…」
ナイチンゲールの説明や壄瑮の催促に燕側は徐々に傾きつつもまだ躊躇いの色も見せるが、それに決定打を与えるのは意外な人物だった。
「そんなビビってばかリせんで良い! こいつらの怪我人とかを直したり解毒したりする技は
「りょ、梁魁!?」
昼間に火刑に遭って全身の各所に火傷を負って包帯を巻かれたミイラ状態となり、髪が巨大なアフロヘア―と化した姿ながら現れた梁魁であった。
「実際、儂が
「…いやねえ、君の場合どれもこれもこっちから見てもさぁもう楽にしてあげた方がいいんじゃないみたいな傷だったっていうかさぁ…。あんまりにも喧しくて暴れるから大人しくさせるための治療でよくそんな五体満足で生き延びたよねぇ…。まあ、役に立つけど捕まえたり見つけたりするのが非常に面倒な材料を良くとっ捕まえて来てくれたから良いけど…」
大笑いを上げている梁魁に壄瑮は非常に微妙そうな声音を発するが、結局前者のごり押しで大源は後者とナイチンゲール達の治療を受ける事となった。
○
燕側と壄瑮達が大源の治療で話し合いをしていた頃、秦が捕らえた捕虜たちがいる区画で秘かな集まりがあった。
「…この都が…もう戦場に…!?」
「…どうする? 今ならこの場の混乱が続いていて見張りも薄いからこのまま解放して都まで帰る事は出来るけど…?」
秦兵に偽装して侵入してきた仲間の問いに、エルサリアは別の問いで答える。
「……今この状況を早急に終わらせる方策は御座いますか…?」
その問いに無精ひげを生やした別の男が重苦しい声音で言葉を紡ぐ。
「…一番手っ取り早いのは…というか、まずこっちが生き残るためにまずしなくちゃいけないのは…向こうの錦になっている白漂を殺してその首を掲げる事だ…」
「!!」
仲間が出した問いの答えにエルサリアは身をビクッと震わせた。
「ちょっとそれは…!?」
「ああ、そうなればこの場を切り抜けた後で秦側と…こっちはかつての半分以下の力で全面戦争に入る…。だが、今はこの状況を切り抜けないとそもそも生き延びる事は出来ないし…、というか今ここで取れる手ではそれが一番犠牲が少ない手だ…!?」
その提言に他の仲間からも非難の声が上がりつつも、発案した男は重苦しい表情を強めながら今現在自分達が属する
(!? これは…!? あの男で…あの男ではない…!?)
その経験したことのない深く悍ましい威圧感に、エルサリアは戦場では見せない怯えた生娘の引き攣りを表情に出した。
○
「将軍…もうそろそろお休みになられても…」
エルサリアがその殺気に慄いていた頃、それの根源に最も近い竜騎の隊員達が歴戦の猛者にも関わらず、震えを全力で押し殺した状態でその根源に懇願するような言葉を口にしていた。
(……ハア、歴史書に出てくる笑い話みたいな暗君権力者みたいな感じだったのに…久々の息子との再会をこんな形で叶えてくれるなんて…やってくれるねぇあのおばさん…)
その隊員達が見上げている岩場の上には、梁魁の燃え盛る帰還とほぼ同時に、紅華達達からの早馬で長男である白陵が誘拐されたこと、それに続けて別に龍城王宮にいる密偵からその白陵が羌識らによって連れ込まれて幽閉されているという報せを受け取った白漂の姿があった。
だが、息子が誘拐されて命に係わる状況に関わらず、当の白漂本人は荒げた様子は一切見せず、感情の高ぶりすらも感じられず、歴戦の身ゆえにそうしたのには鋭敏になっていた竜騎の隊員達は却って恐ろしさを覚えていた。
実際、白漂本人からは骨の髄より凍てつかせてくる氷の如き威圧感を広範囲に放ちながら、その顔には小生物の命を弄る事に優越感を覚えた無邪気だが残酷な子供を思わせる笑みが浮かんでいた。
(…まずい、この人をこのままで戦に望ませたら…たとえ勝っても…今までのあの人じゃなくなる…何としても…いつものあの人に戻さないと…)
その主君の姿に、周囲を守る竜騎の隊員達はそれぞれが今の彼に必要なものだと覚えた行為を成すべく動き出した。
次回から、各方面が事態収容の為にまた裏で色々と動き出す予定です。