※この作品はR-18です。

天下の大将軍になる!! ~夜の睦言~   作:oosima

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今回から、原作における第一部の最終幕に相当するが色々と加速していく内容になります。
それらに尺を取られたので、またしても大人向けシーンは御座いません。


145 闇とて差異がありつつも繋がり合うもの●

 ○秦始皇9年(紀元前238年) 龍城攻防戦2日目昼 秦国外北方 匈奴(ヒョンナ)領中心部 首都龍城 庶民居住区○

 

 秦の函谷関で静かにだが不穏な事態が起きていた頃、北の地で秦側が占拠した匈奴(ヒョンナ)首府の一角で、その捕虜にされている匈奴(ヒョンナ)中央派で左賢王アルクサルトの娘であるエルサリアの憮然とした姿が有った。

 

(…まさか…大勢の女性と淫らに交わった後の男と…あのような気品などひとかけらもない男に…この都をここまで荒らされるなんて…!)

 

 そんなエルサリアが捕らわれている部屋の隣からヒソヒソ声が聞こえてきたのはまさにその時であった。

 

「おい、聞いたかぁあの話…」

「ああ、本当らしいな…」

(…? 何の話を…?)

「…どうやらなあ、ドレゲネの奴…アルクサルトがこっちに寝返ろうとしてるんじゃないかって疑って…そいつを殺して軍権を奪おうってしてるらしいぞ」

「あー、確かこっちにその左賢王の娘が捕虜にされてるのを斜めに見て、密通の担保にしてるんじゃないかって疑ってるという話だろ」

「…!!??」

 

 その兵士達のヒソヒソとした話し声の内容はエルサリアに険しい顔をさせるには十分過ぎた。

 

 

 

 

 

 ○秦国中央部 函谷関○

 

「お、おい…何だか咸陽の警備にしては多くないか…?」

「それに…結構な数で敵に向ける顔をこっちに向けてくる者もいるような…」

 

 エルサリアが不審な話を聞いていた頃、秦国の中枢を守る最大防衛線でも現地の兵達が不審と困惑を覚えていた。

 

「か、関長、やはり通行を許可される前に一度王都へ確認を取るべきだったのでは…!?」

「ならん、大王様直々の御認可を受けた王都警備隊だ。お邪魔することは出来ん」

「し、しかし…角英様…」

「玉印による指令は絶対だ」

 

 実際、将兵の何名かが現在の函谷関の関長角英に進言するが、当の本人によって却下されてしまう。

 

「…ぶ、無事に抜けられました…!」

「最大の障害函谷関を戦わずして抜けられるとは…」

「間違いない…! この戦…勝ちますぞ毐王様!!」

「フー! フー!」

 

 その事に通過している当人の一部である側近達ににやけた言葉を小さく吐かれている間も、嫪毐は決して表情から緊張の色は抜けていなかった。

 

 

 

 

 

 ○秦国中央部 旧王都 雍 蘄年宮○

 

「…とこれを持ちまして…大秦国の霊廟とそれに宿る祖霊の方々のご祝福の元! 嬴政様は帯剣し正式に加冠された事をここに宣言いたします!!」

「「「「「ワアアアァアアアァアアアァアアアアアアアアァアア!!!!」」」」」

 

 そうして脅威が着実に近づいている最中、雍で嬴政が正式な秦王として即位するまで儀式は進み、式典会場内部とその外部は大きな歓声に包まれ、その事に呂不韋派もまた少なからず心が揺れ動き、首領である呂不韋本人もまた少々胸に来ていた。

 

(…どういう事だ? 隠し子に密かに気付いて…極秘で白漂に討伐軍を捻出させているという話ではなかったのか…?)

 

 その大歓声で揺れ続いている会場で唯一、嬴政の実母である秦国太后は感動を覚えずに訝しんだ表情を見せていた。

 

(昌文君とかの表情もそうだ…。あまりに私から意識が逸れている…。何より…まだ騒ぎの報せが届いていない様子からして嫪毐達も函谷関を無事に通過しているのは確かだ。それで偽の玉璽でも効果が発揮されることは証明された。だとしたら…こいつらの私に対する薄い反応…隠し子には気付いていないという方が納得できる…。だが、それでは謀反を私達が起こして得をするのは…いった―――!?)

 

 この時代の女性には一般的には求められていない高い思考力は秦国太后を悩ませていたが、それはこの場で唯一彼女に向けて注がれているある男の視線によって氷解する。

 

(―――あ…まさか…また…貴様…!)

「さよう」

「…!!」

 

 静かだが深い憤懣に満たされている秦国太后の声こそないが唇で示された問いに、呂不韋は隠す素振りすら見せないまま肯定した。

 

(…我が仕込みは其方が太源に逃げるそのはるか前より始まっている。遊説家を雇い…秦の巨大化に恐怖を強める各勢力の暗部を動かし、匈奴に内紛を起こさせてその縁者である白漂を北の地へ追いやり、その地で王を求める者らを利用してあの若人を単于にせんとする者らに動きを激しくさせて咸陽との間に不審と対立を生じさせ、そうしてすぐには戻れなくなった所であの者は裏で毐と密約をして独立を狙っていたと情報操作した上で、北の地で内戦を起こさせて単于(はんぎゃくしゃ)に仕立て上げてまず秦王家最大の逃げ道を塞ぐ。その上で儂の息がかかったものが大勢いる毐軍を嗾けさせて咸陽を攻め落とさせて逃げ道を失った秦王家を族滅させるのだ。全国民が待ちに待った祭典で起きたまさかの凶事。その元凶と全国民が認識した毐国と疲弊した匈奴を儂が蒙武を従えて討つ。そのあと…宿り木を失った秦国民は英雄となった儂を自然と王として推戴するというわけだ)

(…この狸が…またしても私を捨て駒にする気か…)

 

 呂不韋の両眼に宿る重き野望の光を見抜き、秦国太后は静かにだが深く歯ぎしりした。

 

 

 

 

 

 ○秦国外北方 匈奴(ヒョンナ)領中心部 首都龍城 高所区域 燕・秦・匈奴右賢王連合軍野営地 秦側野営地 本陣○

 

(なるほどねぇ…想定以上にアルクサルトとドレゲネの対立は早くも加速しているなぁ。向こうの王宮に取り残されたけどうまく隠れたらしい蒙恬達も羌瘣達と合流できたらしいし…)

 

 咸陽で反乱を嗾けさせた黒幕の正体に秦国太后が気付いた頃、温めている策と併せて龍城内で王宮と共に高い区域に移した自軍本陣にて白漂は暗号文で王宮の内部から寄せられた情報を読み漁りつつ思索を深めていっていた。

 

(…藍蘭はいないけどここを抑えられたなら僕でも目標地点に仕込ませておいた仕掛けは作動させられる。太行山脈での実験で実証済みだし。問題は…!?)

 

 白漂が秘かに温めている策を中心に今後の対応について思索を更に深めようとしていたその時、彼は自身がいるゲルに味方とも敵とも違う気配を覚え、そこ目掛けて籠手の内側に仕込んでいる鏢を撃ち出した。

 

「…おやおや、如何に無断で侵入してきたとはいえ気付いて早々に本気でないにせよ殺しうる手を打って来るとは…、静かな顔をして内面には祖父や母譲りの情け容赦の無さがあるようですね…」

 

 その鏢はゲルの天井にある暗がりの一角に吸い込まれるが、貫通する音の替わりにスッと引っ手繰られる静かな音しかせず、代わりに影から抜いでてくるように墨意匠の者が姿を現して小さく言葉を吐いていく。

 

「…この状況にそんな怪しさ全開の装束でそんな登場の仕方をすれば他にも似たような出方をするのはいるぞ。それと、他も気付いていないふりをしているだけで皆がお前も刃で返せば即座に出てくるようにしている」

 

 平時でよく浮かべる少々気だるそうな表情のまま、隠しても隠し切れない静寂として慧敏さすら覚える殺気を白漂に向けられながら、墨意匠のものは表情を頭巾と覆面で隠したままだがその気配に怯えも憤りの色も滲ませず、平静な声音のままで言葉を続ける。

 

「これは手厳しい。では、失礼ながらこのままでお話させていただきましょう」

 

 墨意匠の者は天井を構成する材木の一本に片膝を付かせると、白漂を見下ろすままの姿勢で言葉を続ける。

 

「この戦は間違いなく貴方様の勝利で終わりましょう。ですが、このままの状態でその先が続くとお思いですか?」

「……………」

 

 その内容を受け、白漂の瞳に白陵が人質に取られたと初めて聞かされた時と同じ、激情を感じさせないが故に、却って見る者に親しいものほど畏怖を起こさせる虚無の如き深みが生じた。

 ちなみに、そうして白漂が何度目かの謎の訪問者との邂逅をしていた頃、そこを遠目に見下ろせる龍城王宮の背後にある雪山の一角で岩肌に隠された密室にその一団はいた。

 

「…想定にはなかった懸念が幾つか生じているが…むしろそのおかげで最初の想定以上に事態は深刻化しているな…」

 

 龍城王宮や毐など各所の暗部で度々姿を覗かせていた墨風衣装の者達で、その彼らの手はこの時代では秦以外にはまだないはずの望遠鏡が握られており、秦側本陣ゲルに居る白漂も含めた各所の様子を盗み見ていた。

 

「…この調子でいかせればあの白漂は今度の秦の内乱で勝ち残った方と次の内戦を起こすぞ」

「起こすんじゃない。起(・)こ(・)さ(・)せ(・)る(・)の(・)さ(・)」

 

 望遠鏡を通して見える白漂を嘲りながら見る者とは別に、背後の岸壁に貼り付けられたこの時間軸での現時点における中華全土地図を背とした者がしたり顔で相槌を打つ。

 

「…現在の中華を地政学から見て…中央の三晋と斉は周囲を敵国に挟まれてこれ以上の地力の向上はほぼ無理、燕は後背地こそだだっ広いがそこに住んでる連中も含めて人口が少ない、楚の方は国土こそ広いが一部を除けば未開地が多くて諸侯の大半が現在の楚中枢に征服された連中だから心中しておらず、王族や無駄飯食いな冗官の数も多くて纏めるのが困難。それに比べて秦ばかりが強くなりやすすぎる環境になっていて勢力均衡からして都合が悪い」

「だったら秦自体に分裂してもらうのが一番ってわけだな」

「まあ、咸陽で勝ち残るのが誰であろうと向こうの勝者が容認するわけはないだろうから、その辺はまた我らのさじ加減だろうな…。咸陽の狸の方もそれくらいは気付いて色々対策を進めているだろうからな…」

「だが、当の白漂本人への交渉はあの者に任せていいのか? 手腕は認めるがあの者の出自はー…」

 

 小声と手話で密議を深め合う墨意匠の者達であったが、その彼らが聞き取れぬと見ている距離の山小屋よりその音を確かに聞き取っている者達がいた。

 

「…ど、どうです? 左慈さん?」

「…お前の声はまだ大きい。雪が音を吸って聞こえづらくするから手話も禁止だ」

「は、はは!」

 

 白漂が羌瘣達とは別ルートで龍城深部に潜入させた左慈一行である。

 

 

 

 

 

 ○秦国中央部 咸陽函谷関中間北道○

 

「「「「「ワアアアァアアァアアアアアアアァアア!!!!」」」」」

(……これが戦争か…)

 

 龍城にて何者か達が謀議を進めていた頃、会話の内容からして龍城と連動して彼らが関わっているらしい秦王都圏に置いても、王都圏中枢北道の秦国守備軍と毐軍の間で戦闘は開始されており、初めて目の当たりにする戦争に嫪毐は息を飲んでいた。

 秦国守備軍は毐軍に対して咸陽に警備許可の確認を取るために少々待つようにと数分前に通達されたが、それに半日かかると言われた毐軍に攻撃を仕掛けられてこの状態に至っていた。

 

「殺せぇ!」

「け、けどお!?」

「ここの秦のくそ共の数は万にも満たん!」

「だ、だがぁ…うわあ!?」

「さっさと押しつぶせぇ!」

「う、うぉおおおお!?」

 

 咸陽警備隊と偽って王都圏中枢に侵攻出来た毐軍だが、兵士達の喚声に混じる戸惑いが示しているように、その内情は烏合の衆であった。

 

「まだお前達は動くな。先ずは躊躇いが強い連中を見極めろ」

「御意」

 

 まず第一が樊於期率いる毐軍主力1万で、彼らの多くはこの場の戦闘には加わらず交戦している味方の監視及び査定を優先していた。

 

「そこに秦のくそ共が集まっているぞ! 気を付けろ味紺(マイコン)!!」

「おお! お前もそっちのくそ共を逃がすなよ戎籊公ぉ!!」

 

 次に百年ほど前に秦に併合されて一県にされたが恨みは消えず、此度の毐軍による叛乱の呼びかけに呼応した戎籊軍1万と、白漂による趙西部進出に伴い表向き帰順したが叛乱の機会をうかがっていたところ、郭開によって送り込まれた趙将で白漂軍に討たれた味広の弟でもある味紺によって束ねられた元趙兵の1万もいて彼らは特に秦への敵意と憎悪が強かった。

 

「う、討てって俺らも秦軍だろ!?」

「し、知るか! 今は殺らないとこっちが殺られちまう!!」

 

 それらとは対照的に戦わされながらも困惑と拒否感が所々で上がっているのが、道中で徴収されてきた2万の兵士達で、彼らは戎籊公と味紺の下に付けられてこの前哨戦を戦わされていた。

 結局、抗議してきた徴収兵の指揮官もまた斬り捨てる戎籊公らの苛烈な命令に徴収兵達は秦軍との戦闘を続けざるを得ず、結局数の差に押し切られて秦軍の北道警備隊は一部の投降者を残して殲滅された。

 

「樊於期様、一千人ほど投降してきたようですが…?」

「よし、まだ躊躇いが残っているこちらの兵士共に斬首させろ。断ればそちらを斬り捨てるとの命令付きでな」

「!? 樊於期よどういうつもりだ! 我々はここで時間を無駄遣い出来る身ではないぞ!」

 

 だが、その投降者に対する樊於期の酷薄な決定に嫪毐は焦りもあって制止を口にした。

 

「これも必要だ。交戦に至った後でなお戸惑いが残る兵共にやらせることで連中に逃げ道は無いと腹を括らせるためにな。これが終われば叛乱軍は完成する」

「………っ…!!」

「そのための作業にそのように狼狽する大将こそ心配になって来るぞ。これから咸陽で起こる阿鼻叫喚はこの比では―――」

「要らん心配などするな!」

「―――あ…む…?」

 

 それに対し樊於期は酷薄なれど一定の合理性を宿した反論をし、逆に侮るような眼差しを向けようとするが、当の嫪毐が発したその気勢にやや驚く。

 

「私は貴様らよりも覚悟を決めている! 史に悪名を残す覚悟も…! それすらできなくなった後の咎を第一に負う覚悟の何方もだ!!」

「…ふ、だったら斬首が終わり次第…いや、他は先遣隊として先に向かわせるとするか…」

 

 嫪毐の愚鈍なれど確かな覚悟を宿したその叫びを受け、毐軍は再び咸陽に向けてその足を進めた。

 

「…あれが叛乱軍の首脳ですか…将軍達には相変わらず微妙ですが…その首脳は愚鈍さを否めなくとも…前にこっそり見た時と比べて割と変わりましたね…」

 

 ちなみに毐軍による捕虜虐殺が終わって数十秒後、その彼らを見下ろせる北道を挟む山間の深い森林の一角より、どういうわけか望遠鏡を片手にした甄遼頊が姿を現した。

 

 

 

 

 

 ○秦国中央部 旧王都 雍 蘄年宮○

 

「…ほ、報告ー! 先ほどにて函谷関を通過したと寄せられた毐軍ですが北道守備軍と交戦状態に入った模様! 更に別隊の動きからして咸陽へ向けて歩を進めている模様です! その数はおおよそ5万!!」

「「「「「!!!!!!??」」」」」

「…?」

 

 北道での戦闘より数分後、加冠の儀の式典会場にもその事での報せが届いて出席者の多くを驚愕させ、呂不韋もまた少し困惑の色を見せていた。

 

(…どういう事だ? 確か太源を出発した時点で…向こうの数は1万ほどであったはずだが―――)

「もしや…真に玉璽の複製か…!?」

「―――!?」

 

 だが、その思索の途中で昌文君が小さくも深い憂慮を込めて口にしたその可能性に、呂不韋の視線は次に秦国太后に向けられた。

 7年前に異母弟成蟜が当時の左丞相竭氏と結託して王位と実権を簒奪すべく叛乱を起こした際、嬴政は自身の首と共にその実質的な成功証明書と言える玉璽を王以外の男は不可侵の領域で、国内外の名家の子女が集うが故の裏のコネクションを誇るが故に当時の成蟜陣営も手を出せなかった後宮に預けた。

 叛乱鎮圧後に玉璽は返還されたが、それまでの間は後宮にあった以上は複製は意思さえあれば可能である。

 だが、この時間軸は正史と呼ばれるそれとは違い、偽の玉璽を用いての秦国太后から嬴政陣営への呼び出しは無かったので、呂不韋も昌文君の口からそれが出るまでは思考の埒外にあったのだ。

 

「その眼差しは何だ相国? 毐国の君主は嫪毐だ。女の私に彼のものによる軍動員に関与できる余地など無いぞ。交戦も玉璽も私の知る所など無いぞ。何か言いたければ証拠でも持ってこい」

(ふ、ようそこまでふてぶてしく…)

 

 その呂不韋の眼差しに秦国太后はこの時代の男尊女卑が強い価値観からすれば自然だが、彼女の口からだと極めて白々しく聞こえる正論をぬけぬけと言い放つ。

 

「ですが、玉璽複製の件が真なら事態は極めて深刻です」

 

 そんな中で昌平君がいつもの真面目な表情で現状をより詳しく説明しだす。

 

「偽の玉璽でそこまでの軍を動員できるのなら、毐国は咸陽を落として中枢と本物の玉璽を抑えられれば秦国中の軍を統率することが可能になるからです」

「「「「「!!!!???」」」」」

 

 それは危急を告げる事態であるため簡潔に纏められていたが、明白に事態の深刻さを説明するものであり、周囲に声も出ない震撼を及ぼさせた。

 

(正解だよ。今の咸陽はそこの狸が勝手に手を回してくれたおかげで1万さえあれば落とせる防備しかない。その状態なら嫪毐でも直ぐに陥落させられて玉璽と中枢なんざさっさと手に入る。そうすりゃあ四柱の蒙武を動員して叛乱鎮圧に動いた所で数の差で押しつぶせる。何なら白漂なり他の面倒な武将と潰し合わせる事も可能さ。その前に中枢を落とした際のどさくさに紛れて謀反を起こしたのは相国だという事にもしてな。いつまでも…こっちが都合よく踊るだけだと思うなよ呂不韋)

 

 それに応じて睨みつけてくる秦国太后に、呂不韋は不敵な笑みを崩すことなく、次に壇上の嬴政を見上げる。

 

(……ふ、まさか…全国民が待ちに待った加冠の儀で、実母が本気で殺しに来る反乱を起こし…ここで歴史を終えられそうになるとは…我が大望が原因とは言え流石に同情いたしますぞ大王様…)

 

 自身が関わっている因果の惨劇を思いながらも、呂不韋はこれまでの事も思い返していく。

 

(正直なところ私はあなたの事は嫌いではないし認めてすらいた。初めの頃は敵にすらならんと思っていたが…こちらが仕掛けた計略を潜り抜け…飛躍の機にすら変えていき、この私をあまつさえ苛立たせすらもした。この想像を超えた成長ぶり…世が世なら私もお支えしたい存在にまでなられた。ここまで私が次のかじ取りを担う土台を大きく強くなされてくださったことは感謝いたしてますぞ…)

 

 呂不韋はゆっくりと立ちあがりながら、騒然としている出席者の群れを見渡していく。

 

「こ、この秦で反乱軍発生だと!?」

「しかも五万だと!?」

「既にあの函谷関を抜けられたと言うではないか!?」

「す、直ぐに避難せねば!」

「だ、だが何処に…」

「(ならば名残欲しいが最後は私が幕を下ろして差し上げよう…)各々方よく聞かれよ! 報告通り叛乱を起こした毐国軍5万が函谷関を通過してこちらに接近しつつある!!」

「「「「「!!!!??」」」」」

 

 その騒然としていた衆目の大半が口を開いた呂不韋の号令に集められて行く。

 

(奴め…! 式典すらも潰す気か…!)

「極めて遺憾だが国家存亡の事態故に加冠の儀はここまでとし―――」

「狼狽えるな呂相国、既に討伐の準備はしてある」

「―――ぃ…!?」

 

 だが、大王派を憤らせるその呂不韋による式典中止宣言は、彼の背後より発せられたその静かなれど大きな言葉によって刺し止められた。

 

「……!?」

 

 秦国太后も目を見開かせて見上げると、そこには反乱軍が迫っている状況にも関わらず、毅然とした風格と言葉で見る者に安堵を抱かせる嬴政の姿が有った。

 

「加冠の儀もあとわずかだ。事態が事態故に幾つか省略するが…叛徒共は討伐軍に任せて残りも執り行うぞ!!」

「「「「「!!!!!????」」」」」

 

 そして、嬴政が言い放ったその宣告に、式典会場に集う者達が所属先を問わず言葉を失う大きな無言の驚愕に包まれた。




色々と細かい点で違ってますけど、ようやく原作の第一部における終幕辺りに入れました。
次回、そうした変化も含めて嬴政達の落ち着きの理由が明かされる予定です。
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