○秦始皇9年(紀元前238年) 龍城攻防戦日2目昼 秦国外北方
「…えーーっと、今度は何が起きてるんだ?」
龍城王宮の某所でバアトルが蒙恬達に策を話し終えていた直後、左慈達と共に王宮区画に近いが壁で遮られている庶民区画の物置小屋から白漂は、自軍野営地にある最も高い望楼からそれを怪訝な表情で見やっていた。
「そ、それがーこちらの撤兵と将軍の出頭を求める看板や垂れ幕と共に出された人質にされている将軍のご嫡男が晒されだしたようですが…どうやら各要人らの死亡や意識不明を受けて同時に内ゲバが発生しだしてるようでして…」
望楼から王宮を見やる白漂は、人質にされている白陵とそれに伴っているように向こうから立ち上っている火の手や喧騒に剣戟の音を知覚しており、息子の身への心配も回復してはいるがそれ以上にグダグダを増しつつある敵陣への場違いな心配も生じ始めていた。
「……ん…この音は…? ん…んんん!?」
「どうした左慈、(どこぞの琉球出身心眼みたいになりつつある)その順風耳がまた何か捉えたか?」
「…どういう経緯かわからんが…正門の裏側で蒙恬達がバアトルを盾に陣取りだしたようだ…」
「「「「「……はい????」」」」」
そこで左慈が口にしたその発言の内容は、望楼に集っていた白漂側陣営の参謀達をポカンとさせるには十分過ぎた。
○秦国外北方
「え、ええーーい! それ以上蒙恬様達にそのような凶刃を向けるなー! さもないとこちらにあるお主らの太子の身の保証は出来んぞー!! 秦語が分かる者はこのことをわからんものにも直ぐ伝えよー!!」
『た、助けてー!』
左慈の言が白漂軍参謀達に我が耳を疑わせていた頃、彼の言うとおりに龍城王宮正門の裏側で胡漸が何処か棒な感じでバアトルを抱えて刃を突き付けており、それにバアトルは自然に怯えている様子を見せていた。
(良い演技だな…。よし、ここの連中の意識が彼方に向いてるその隙に…)
王宮内部の
『き、貴様ぁアアアァ! バアトルにそのような真似をするなどオオオ! 絶対に楽には殺さんぞ―――』
「う…ごほ…ごほ…!」
『―――おっひぇええええええええええええええ!!??』
それにドレゲネは鬼の形相で胡漸達を睨むが、その腕に抱えられているバアトルが口から血を吐くと今度はこの世の終わりが来たような凄絶な表情に切り替わる。
蒙恬はそれでその美貌が手伝って却って下種度が非常に高いニヤリとした下種顔を浮かべ、ドレゲネの動揺という名の火に注ぐ言葉という油を発し始める。
『(本当はこの子の口の中に含ませといた羊の血なんだけどねぇ…。まー遠慮なく使わせてもらいまっせ)あー、ヤバいな~この症状は~。もうこの子を捕まえた時に飲ませた毒が結構回りだした来たようだな~。早く解毒剤を飲まさないとあと半刻くらいで血を全て吐いて死んじゃうかもねー♪ ちなみに解毒剤は秦の陣地にしかなくて~しかも長持ちできない種類だからその場でウチがお抱えしてる高度な薬学持った人たちにしか調合できなんだよね~♪ 早く門を開けて♪』
『わわわわかったわかったわかったァアアアア! 早くするからバアトルを殺すなぁアアアァアア! これ貴様らァ! 早く門の開閉装置に向かえええええええ!!』
『『『『『ええええええええ!!?』』』』』
その蒙恬が口にした恫喝にドレゲネはムンクの叫びの如き表情を更に強め、ヒステリックに甲高い声で周囲を更に動揺させる無茶な命令を出した。
『お、落ち着いてください太后様! そのようなことをしたら外の敵軍がすぐに雪崩れ込んできます!!』
『バアトルが死んだら意味ないわぁ!!』
『落ち着いて聞いてください! 門を開けるふりをして時間を稼ぎます! その間に連中の刺客を狙える箇所に狙撃兵を向かわせてバアトル様以外の全員を射殺して救出するのです!!』
『う、うむ! そのようにせい!!』
それにドレゲネ派側近の一人がその命令の危険さを説きながらもバアトル救出案も同時に出し、ドレゲネを少し落ち着かせながら秘かに兵を動かし始める。
「…っ、少しだが門が開きだし始めた。後は周囲から狙ってくる狙撃より身を守りつつ―――」
『ギャアァアアアアァアア!!??』
「―――う…!?」
一方、蒙恬もまたその英才と経験からドレゲネ派のそのような行動を見抜いており、剣と盗み出した盾を構えて備えようとするが、そこで白陵が捕らわれている王宮望楼より断末魔の悲鳴が鳴り響いてきた。
「ッ!? お前は…!!」
その直後に、白陵が捕らわれている望楼最上階に登りついた羌瘣が目にしたものは、今この北の大地のこの状況では最も相手にしたくない身内であった。
「おー、また会えたねー瘣ねー、血ー繋がってなくてもこましやがった野郎のガキは大事なわけ―?」
白陵を捕えて見張りをしていた兵士だった死体を踏み付けた姿で、現蚩尤である羌識が歪んだ笑みを浮かべており、その手勢達が白陵を引き上げるも今度は自分達の拘束下に置いたのだ。
『お、おおーー! よくぞやったぞ! 石の都の者にしては上出来じゃあ! さ! その小僧の指の一本でも切り落とせ―――』
それを見たドレゲネは希望を取り戻した表情で残酷な命令を繰り出すが、思いもよらない答えを返される。
『ば~~~~~~~っかじゃんの~~~~~!!??』
『―――え…!?』
それを羌識は西域の大国ペルシャの勝利に手を貸したその敵国の将軍が寝返った時か、それを元ネタにしたような某農業高校の元アイドルのようなシンプルなれど明確な暴言で斬り捨てた。
『おばさんさぁ、あんたさあこのチビッ子を捕まえてきて大喜びした後で褒美やるっつって奥の部屋に連れて来た時にさー口封じにころそうとしやがったじゃん? あんたさーそんなのやった後でよくそんなガキの物忘れや我がままみたいなこと言えるよね~? もしくはもう痴呆症でも発祥したわけぇ?』
『き…貴様アアアアアアアァアア!!!!』
羌識のその素地はいいので可愛い分却ってムカつく小悪魔的笑みを添えた痛罵に、ここ数日の間のストレス常時マッハな状況で擦れ切れていたドレゲネの堪忍袋の緒を斬り、彼女に本来ならこの時代らしからぬ行動を取らせた。
『この海向こうの
「!? 何で
ドレゲネが血走った両目と共に何処からか取り出して差し向け、向けられた先の望楼に居る羌瘣が困惑混じりの驚愕を交えた既視感を覚えたその新兵器は、何故かこの時代にはまだないはずの抱え式大筒に酷似していた。
(…!? 何だ…? あれを見た瞬間に…まるで自然災害を目にしたようなこわばりが身を…!?)
それは望楼の下にて救出された白陵を受け止めるべく待機していた薙鍛の身にも大きな悪寒を走らせたが、その隙を突かれたのか彼女の身は背後の影より現れた何者かによって抱き寄せられた。
「…チ、あのおばさん…あの
「え…その声は…死んだはずの…うぐ!?」
自身を拘束した何者かの声音に嫌な意味での既視感を覚えた薙鍛だが、その人物に口を塞がれた直後に、その何者かの背後に現れた新たな人物の姿を見てさらに驚きつつも勘による反射で口を噤んだ。
『さあ! 死ねー! この子娘どもがァアアアア!?』
薙鍛の身にも何者かが接触していたその時、ドレゲネは唾を滴らせた歪な笑みを添えて新兵器の起動装置らしき引き金を引くが、その内部にあった物質の化学反応で生じた爆発は彼女の膂力の限界をあっさり超え、銃口らしき箇所から火を噴いた直後に彼女の身は新兵器に釣られてひっくり返った。
「のわぁ!?」
「うお!?」
その煽りで新兵器から発射された弾は望楼目掛けて飛びはしたものの、驚く羌瘣と羌識の間を通り抜け、龍城王宮の背後にある裏山に着弾して小さな爆発を起こした。
「…あ、あーーーびっくりしたーーー。でもま~いーや、さー続きといこうか瘣ねえ…!?」
それに気を取られはしたがすぐに立ち直った羌識であったが、その刺客一族として研鑽された聴覚はジジジという音を捕えて、彼女の第六感に嫌な意味で囁きかけた。
「…え、何で…今度はあの反応が…?」
羌瘣が嫌な既視感を刺激された表情でその音がした方角を見やると、王宮裏山の斜面をジジジっとした燃焼音を添えてヒバナのような火が裏山の表面に向けられた道を走り抜けていく姿であった。
○秦国外北方
「…え、な、何で…こんな北の大地で…!?」
「あの
「……………………」
この時代の純粋な人々が見れば摩訶不思議としか言いようがないその火は、城壁を挟んで対峙している連合軍側にも見えており、その中で白漂陣営の何名かが既視感やそれゆえの戸惑いを露わにしていたが、他とは違って白漂は冷静な表情を見せつつも思考は激しく回転していた。
(…あれは旧型の導火線が燃焼している時の現象? だが何であれが連中の背後にある裏山の方で起きている? それよりも確かあの火の手が向かっている先は
だが、白漂のその思考の最中にて彼が見抜いた導火線の火は龍城王宮背後の裏山の洞窟に入ると、そこを基点として火竜が吐き出す火のような爆炎が裏山各所より噴き出て、その轟音と震動で辺り一帯を揺らした。
「「「「「ワアアアァアアアァアアアァアアアアアアアアァアアァアアアア!!!??」」」」」
大爆発は周囲に居たもの全てを驚愕させ、多くの者が痛めつけられた鼓膜を抑え込んだり、震動のあまり倒れてしまう。
「………な、何だ…? 今の音…? まるで…雷が一度にたくさん…地に落ちた時のような―――」
「ヤバいぞ! お前らァ何が何でも高台に逃げろぉぉおおおおおおおおお!!!!」
「―――あ…!?」
十数秒後、爆音と揺れが収まった所で慣れぬ大音量に身が震えて耳から頭がズキズキと痛み続けながらもどうにか立ち上がろうとした変装中のカイネであったが、そこで何か知ってるようで血相変えて青ざめた表情になった梁魁の列車砲の如き怒声を間近から浴びせられ、両耳から小さな噴水のような血を出すと糸が切れた人形のようにパタリと倒れた。
「え…、何だどういう意味だ―――?」
「そのまんまの意味だ! 今はその言うとおりにしろ! 連絡班は即座に緊急全軍対象命令警報で高所への退避命令を出せ!!」
「―――あってぇぇ!? な、何でですか…あ…」
その梁魁の大音声にそれなりに距離が有った秦側の幕僚達も痛む耳を抑えながらも不思議がるが、至近より白漂から只事ではない声音で命令を下されて驚くが、その理由を直ぐに悟ることとなる。
「…え、何か…また揺れが…」
「徐々に大きくなってないか?」
「というか音も大きく言ってないか…!?」
『さ、さっきのとは違うが危うさでは劣らん気が…!?』
数秒後、龍城に集っている者達の大半が陣営問わず、その口にしている現象の理由について悟らされてしまう。
『『『『『「「「「「雪崩だァアアアアアアアァアアアアアアアアァアア!!!!???」」」」」』』』』』
先ほどの龍城王宮裏山表面で起きた
○数十分前 秦国中央部 旧王都雍 天備宮○
龍城を大雪崩が襲うよりも数十分前、咸陽で信の激励で討伐軍が勢いづいて近衛兵の助けもあって彼らがようやく東側正門を奪還して城内への突入に成功していた頃、雍にて最も高いその宮殿で秦の№1と№2が対峙していた。
「いやいや、まさか当時の秦王…まあ当時は公ですが…22代目君主恵公が国造りの思案で天の啓示を受けたいがために立てたこの宮殿を選ぶとは…、大王様も中々悪くはない趣味で…」
「今この状況だからこの場を選んだ。咸陽の戦いで
その天備宮の上座にて、秦王嬴政と相国呂不韋が対等の席で対峙していたのだ。
「では、お互いに腹を割って話し合いに入りましょうか…と、その前にそこにおられる観客の方々も姿を見せてもらえませんかな?」
「「「「………………」」」」
静かな緊張感が張り詰めていた宮殿内だが、そこで呂不韋の言葉に応じて扉が開かれた。
「ヒョッヒョッヒョ」
「「……………」」
「…ふん…」
秦国の外務長官に当たる蔡沢、無言ながら鋭い表情をした李斯と瑠衣、不機嫌さを隠さない表情の秦国太后が現れたのだ。
「ハッハッハ、この呂不韋と二人きりで話すのはさすがに力が入りますかな?」
「要らん茶化しを挟むな。これまで歪な関係を続けながらも国政を支えてきた者達同士…そして、新しき朝廷でも大役を担う仲として我々の話を聞いてもらう必要があるだろう」
「!?」
その姿を見て嬴政が言い放った言葉に李斯は驚愕するが、蔡沢はいつもと同じ軽そうな調子を崩さない。
「ヒョッヒョッヒョ、勝った後は我らも登用なされると?」
「…まあ、咸陽での戦いに大王が勝利すればですがな」
同じく呂不韋もまた普段通りの余裕綽々とした態度を崩さないが、その彼から微かに漏れ出ている感情の高ぶり故の揺れを嬴政は見逃さなかった。
「ならば聞くが、お前のこれまでの道筋は…何を追い求めての道筋だ?」
「………………」
「即位した次の年に弟が叛乱を起こしてそれを見殺しにしようとした時も、屯留で弟を嵌めて内戦を起こさせようとした時も、そして…今も北の地でこれまでの中華の外に位置する者達も巻き込んで漂らを戻れぬようにしている現状も、今の咸陽を襲っている戦火も…ただ王位に対する野心だけで起こせるものではない」
「………………」
「加冠の儀で口にした
「「「「「……………………」」」」」
その揺れを感じ取った嬴政の重なる問いかけを、問われた本人も含めて皆が重く聞きとめるが、やがて呂不韋の口が開かれる。
「ならばこの際にお互いこれまで聞く者によっては拙く感じられる話も含めてお互い話すべきでしょうな。例えば…大王様の場合は…“中華統一”と言う狂気の夢を?」
「!?」
嬴政が目指す道に対するその問いかけに李斯もまた目を見開かせるが、呂不韋はそれに構わず一呼吸を置いてから言葉を続ける。
「天帝にでもなられるおつもりですかな? 夢の一種ならまだ童心の残り火とでも済ませられるが…もしも本気なら…血の通った人間が描くものではございませんぞ!!」
「…!」
その時、嬴政は初めて呂不韋から余裕でも作られたものでもない、静かな声音だが計り知れず重く真摯なる“怒り”を確かに覚えた。
何だか、こっちのダンディ相国氏は何か昔に原作と違って何かあったっぽいですね…。
次回、だいぶ前から実験やら何やらで存在がにおわされていた白漂の奥の手の手札の一枚が登場する予定です。