それらに尺を取られて今回も大人向けシーンはありません。
○秦始皇9年(紀元前238年) 龍城攻防戦日2目昼 秦国外北方
「…お、収まったか…」
「…し、死ぬかと思った…」
「お、俺…生きてる…?」
北の大地で
「ま、待て! 収容力の限界でギリギリ丘の麓のすぐ下にいた者達は雪に埋まって―――」
「ぶっハァ!」
「―――えって生きてたぁ!」
一方で、周りを見る冷静さが早く戻った者達が新たな懸念を口にするが、そこで雪崩が達してきたのと同時にその影響範囲内にギリギリ入っていた丘の麓に火薬燃焼式スノーモービル型兵器雪翔で逃げて来た羌瘣が雪中から咽ながらも起き上がり、同様に雪に埋まらされた者達も深々と積もっていたわけではなかったらしく続々と雪を掻き分けて出てきた。
「よ、よかったぁ!」
「そ、そう言えば周りはどうなってんだ!?」
それから秦兵達は周囲の状況を見回り始めるが、その中に入っていた龍城王宮の半分前後が雪に埋まってしまって入り、その一角は大きくも角度は緩やかな斜面となって王宮と庶民区画を繋ぐ通路となってしまっていた。
「全軍突撃じゃーーーーーーー!!!! 余りの暴虐ぶりに天にも愛想をつかされて雪崩を起こされたドレゲネの首を討ち取るんじゃーーー!!」
当然、その光景を梁魁が見逃すはずもなく、つい先ほどまで逃げまくっていた姿と打って変わって、高い雪飛沫を上げ乍ら龍城目掛けて突っ込んでいった。
「た、大将に続けーー!!」
「「「「「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」」」」」
それを見た燕兵達も何だかんだ梁魁に影響されているため、慌てながらも早足でまだ立ち直れていない龍城王宮へ攻め出した。
「…え、えーーーっと…白漂将軍…どうします?」
「とりあえず第一と第五隊はまだ埋まってる人々の救出を優先して。残りは僕と共に龍城王宮攻撃に加わる。但しーあの化物おっさんには巻き込まれないように注意するように…他にはー…」
その光景に秦側も戸惑いがまだ残りつつも、好機なのはわかっていたので速やかにその波へ乗ることにした。
○秦国中央部 旧王都雍 大王派要人迎賓館○
「五番街路から侵入を図ってきた敵は討伐成功しました!」
「但し八番街路から接近している暴徒が…!」
龍城での攻防戦が佳境を迎えようとしていた頃、雍でも起きた叛乱で混乱とそれに対する対処で各要人達が奔走し合っていた。
(…潰される一団が出てくるのは向こうも織り込み済みのはずだ。殊回の目論見からして潰されるのを前提としている連中にこちらの人員と気が割かれて限界に達した所で本命を持って攻め落としに来るはずだ―――)
「い、いけません! たしかに安産ではありましたがそんな出産したばかりの身で…!」
「あーー…歩くのはまだちょっと辛いけど手を動かすのと指揮は出来るわ。というかこの場をどうにかしないと死んじゃう可能性が高いし…」
「―――あ…なぁ!?」
成蟜が雍での叛乱呼応への対処に指示を矢継ぎ早に繰り出していたその時、少々やつれた様子だが甲冑に着替えた譜孝がその場に現れた。
「どういうつもりだお前は…? 平時はともかく今の状態では足手まといにしかならんのはわかっているだろう」
「ええー…まあ、いつもみたいに前線に立つ意味も込めてなら…そうにしかならないのは私にも分かりますので―…今回は色々愚策を呈する役を第一にします…王弟殿下ー、あっちをご覧ください」
厳しく吐きながらも労りが根にある言葉を向ける成蟜だが、自身の今の現状を把握している譜孝が指さした方角を見やると、そこには熟して落ちた果実とそれに群がる大量の蟻の群れがあった。
「…蟻というのは掃除しようとすると普段は小さいしばらけてるから大変なんです…。ああやって御馳走で招き寄せて集まった所なら一気に掃除できるようになるものですわー…。ましてや美味しいごちそう程より多く集まってくるものですよー…」
「お前…何を言って…あ…!」
譜孝の現状に関係なさそうなその言葉の意図を、成蟜は数秒で理解して暗雲が晴れて光明が差していく感覚を覚えた。
○秦国外北方
「突撃じゃーーーーー!!」
「「「「「ウオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」」」」」
「「「「「ワアアアァアアァアアアアアアアァアア!!!??」」」」」
秦の中央部でも大王派が事態打開の上で光明の一筋を感じられた頃、北の大地の覇権を巡る争いは終幕に向けて一気に動き出していた。
梁魁を先頭とした秦・燕・
『た、盾兵を前列に集めて矢を射駆けろ―――!』
「そうはいくかぁ! 適当な丸太を発見!」
『ぶはぁ!? な、何が起きて…アアアァアアあああ!!?』
『―――おってぶはぁ!?』
『『『『『隊長ーーーー!!??』』』』』
それを当然阻止すべく龍城王宮警備軍は雪の坂道の上で迎え撃とうとするが、梁魁は突進の途中で偶々通りかかった丸太を雪から引っこ抜き、それに内応の疑いで縛り付けられていたエルサリアの事など構わずに丸太ごとぶん投げ、警備軍隊長の一人を投げ飛ばした。
「おお! さっきの丸太を引っこ抜いた勢いで雪崩にて行方不明になった儂の得物も帰還したぞー!!」
更に、エルサリア付き丸太と共に雪中から露わになった己が得物を梁魁は引っ手繰って歓喜の声を上げた。
『お、おい…』
『あ、あいつの手にあれが…!!?』
対峙している
「…やっぱり…」
『えええい! 怯むんじゃねぇ!』
『まだ後続が追い付いて来ていない今こそがあのバケモンを討ち取る好機だぁ!』
一方で、血気盛んな若人の強者はその蛇矛を握った途端に俯いて小刻みに震えだした梁魁に先手必勝とばかりに襲い掛かりだした。
一人で突っ走りすぎて後続と離れてしまっていた梁魁は瞬く間に囲まれていく。
『殺れぇ!』
『梁魁を殺せば俺達が北方最強だ…!?』
だが、その剣先や穂先が梁魁の身に触れようとした次の瞬間、それらは大量の血飛沫と共に宙を舞った。
「…た、たまらん……!」
そう頭を下げて呟いている梁魁が横薙ぎに振るった蛇矛が取り囲んで襲い掛かってきた敵を、まるで草のように両断したからだ。
『ひ、ひぃ!?』
『怯むなぁ! 遠巻きから矢で射殺べばぁ!?』
一瞬で味方が草のように薙ぎ殺された光景に怯える部下を指揮官は叱咤するが、その者は梁魁が蹴り飛ばした大石で顔面から粉砕されてしまい、そうして戸惑いがドレゲネ派を支配している間に後続が梁魁に追い付いてきた。
「梁魁さん! 何を一人で突っ走ってぼさっとしてるんですか! そんなでかい図体じゃ的にしてくれって言ってるようなもんで―――」
「どんだけ踏まれても…! 柳宗とか…桓騎とか…紅剡とか見たいなのが生まれるのを間近で見ても…戦争が一番…!」
「―――え…!?」
「戦争がたまらんくらいに楽すぃぃぃぃいいいいぃぃぃぃぃぃいいぃ!!!!」
「うわぁああ!?」
追い付いてきた側近が大声で注意しようとするも、その彼の鼓膜を破らん勢いの大歓声と共に梁魁は大きく身を振り上げた。
『えええええええええい! 早くぅあの化け物を殺さんかぁ! バァトルは安全な場所へ避難させよぉぉぉ!!』
その大歓声にビクッと震わせつつも、悪党は悪運が強いの法則でなんやかんやで大雪崩を逃れていたドレゲネは、大雪崩の混乱に紛れて救出したバァトルを引き連れて宮殿の上階に逃れていた。
「「「「「ワアアアァアアアァアアアァアアアアアアアアァアア!!!!」」」」」
すぐさまに龍城王宮各地で怒号と喚声に悲鳴が剣戟の音と共になり出し、血飛沫と死体が辺りの雪原を赤く染めていく。
『バァトル様! さあ王宮の後ろへ!』
『え…ああ…う、うん……』
その中でバァトルは衛兵に守られながら後方へと退かされていたが、彼の瞳は不思議と恐怖もあるがそれ以上に期待と解放感が滲み出ていた。
(……ああ、そうか…これが僕の望みだったんだ…。本当は…こんな都…何でもいいから無くなればいい…皆死んじゃえば…テノも…自由になれるって…)
心中を安堵の念が染みわたっていく中、バァトルは衛兵に連れられて王宮の奥へ姿を消した。
「…ど、どうすれば…!?」
終幕に向けて激化していく状況とこれへと至る経緯の複雑怪奇さから、完全に戦場へついていけなくなっていたカイネは人が少なくなった秦側が抑えている高所のゲルの影に隠れていたが、そこで彼女の主と深い関りのある男の気配を覚えた。
「おい」
「ッッ!? ほ、龐煖様ァ!?」
主君にして現在は楚に亡命中の李牧と同じ趙三大天の一角たる龐煖が秦側のゲルを切り開いて現れたのだ。
「…あの小僧は…何処にいる!? そして…今さっき…あの小僧とは別に…天を震わせた声を放ったのは…誰だ!!??」
「…え…あ、いや…今現在…あそこに…攻め上がってる最中で…!?」
余りの急すぎる変化が生じまくる現状と、武神と言う自称に相応する武力が放つ威圧感にメンタルが普段と比べて大幅に低下していたカイネは自然と口が開くが、龐煖はその言葉が終わらない内に自身を苛立たせる存在が暴れている龍城王宮に向けて歩を進め出した。
○秦国中央部 王都咸陽 庶民区画 西市○
「ゴクゴクゴク…! ぷっはー! ただの水がメッチャうめーーー!!」
北の覇権を争う戦いが最終局面を迎えていた頃、同じように王権を巡って謀反の最中にある咸陽の一角で、それを鎮圧して大王派を勝利させるべく中央へ来ていた飛信隊の面々が水を飲んで一息つこうとしていた。
「よっしゃあぁ! ここを出て戦場に戻るぞぉ!!」
「いや! 早いですよー!?」
「「「「「そのとーりー!!!!」」」」」
その中で信はいち早く戦場へ戻ろうとするも、彼の手当てをしていた鍼濃が顔を青くして引き留め、続けて飛信隊の面々も涙目でそれに非難混じりの同意を大きく示した。
「ま、また戦場に戻るのですか!?」
後宮から脱出して今は治療の手伝いをしている扇琵も驚きを見せる。
「他に手がないんだよ! ここはまだ持ってる方だが如何せん開けられた門が開いたままの状態だからそこから雪崩れ込んで来る敵をぶっ倒さねえとどの道咸陽が壊滅しちまう! 外の戦いで勝たねえと全て無意味になるんだ! もう動ける奴から付いて来い!!」
「ぐへぇ!?」
そのまま周囲に構わず駆け出すと、信は反乱の証言者にすべく半殺しにされて捕縛された状態の樊琉期に気付かず踏み付けながら外へ出ていった。
「そ、その者は早く止めを刺さなくて良いのですか!? 女子供を笑顔で殺す様な下種です!」
「反乱を潰した後で首謀者連中を締め上げるにはそいつらに洗いざらい吐いてもらう必要があんだよ! 不安ならもっと縛って地下牢にでも打ち込んどけ!!」
田共召が不安を口にしたりするが信は理由を言うと直ぐに外の戦場へ戻っていく。
「ッ! いたぞー!」
「後宮を逃げた第二と第三王子がいる区画だ! 何としても攻め落とせー!」
信が西市の中心区画の正門を出ると、丁度悪く反乱軍の一部隊がかなりの規模で向かってきた。
「チィ! テメエらさっさと片付けて本命の所に戻るぞ…!?」
信は隊を纏めて敵の増援を討つべく馬を走らせようとするが、そこで敵の背後から悲鳴と血飛沫が立ち上り始めた。
「「「「ギャアアアアアアアアアアアアアァ!!!??」」」」」
悲鳴と恐怖を強める敵兵を背後から刈り取りながら近づいてくるそのフードを被った新手の手に握られているのは、その者の背丈を超す長柄の石突きに錨状の形状をした流星錘が括り付けられた大鎖鎌であった。
「ええい! それだけ巨大な得物など振った後にはどうしても隙が生じべ!?」
何人かその軽々と振られる大鎖鎌の僅かな隙を潜り抜けて接近を試みるが、そうしたものは背後から高速で手繰り寄せられた流星錘に頭蓋を粉砕されるか、その歯で喉元を掻っ切られて悉く潰されてしまう。
「だ、駄目だぁ!」
「前からも来るぞ! に、逃げろぉ!」
「ま、待て! 樊琉期様を置いたまま逃げれば後でどうなるか…や、止むをえん!」
結局、西市中心部の正門から復帰してきた信達にも挟み撃ちにされ、反乱軍の部隊は脇道から散り散りに逃げ出してしまう。
「速すぎるぞ隊長」
「
そして、敵がいなくなった正門前でフードを外して苦言を呈したその新手晳琭は、前髪で右目が隠れていて後ろがセミロングにされて左のモミアゲが編まれている黒髪をした長躯の美女で、肌の艶からして信より数才か年下に見えた。
晳琭は飛信隊で新規に入った五百人将の身で、元々は雁門の戦いとその後に起きた匈奴内紛で殆どが死んだその種族の一つである羌渠種の生き残り孤児グループのリーダーをしていて、盗みや強盗をしながら生きていた所を地域平定で出くわした北方赴任初期の白漂と信に捕まり、そのままの信の赴任先に預けられて親しくなった身である。
「弟はどうした?」
「
「よし! 俺達も直ぐに城外へ戻るぞ!」
戦況を聞くと信達はすぐさま馬を走らせ出すが、その背を晳琭は見ながら追いつつもここまでに至る思い出の一部に触れる。
(…男がいなくなった世界で…世話を焼かせるけど放っておけない道化に扮していた魔女に殺されたかと思えば…、今度は人の半分を男が占めているが女は軽く見られているこの世界に生まれ直した。前の世界でメアリと呼ばれていた頃の友であるマヤが見たら“度し難い”を連発しているだろうな…)
その時の晳琭は戦場の中でも鬱さを見せない苦笑を持って信の後を追いかけていた。
○秦国中央部 旧王都雍 天備宮○
「もしも本気なら…血の通った人間が描くものではございませんぞ!!」
「「「「「!?」」」」」
信が再び城外に向けて馬を走らせていた頃、雍では初めて耳にする呂不韋の憤りを宿らせたその言葉に、観衆を許されていた者達が強張りと困惑を覚えていた。
「…ならば聞くが、何をもって中華統一を狂気と断ずるか述べよ呂不韋」
それに対し、秦王嬴政は初めて覚える呂不韋の怒気に彼の根源を感じて斬り込んでいく。
「今まで大口を叩いて人を翻弄するばかりだが、今その始めて見せた怒りを除けば腹の底を感じさせる言葉を聞かせた事がない」
「「「「………………」」」」
周囲が沈黙して注視し続ける中、嬴政の切込みは続く。
それ受け、呂不韋は少し間をおいていつものどっしりとした雰囲気に戻ると、穏やかで包み込んで来るかの如き声音で言葉を再び放ちだした。
「…ふむ、それでは中華統一が狂気である理由を述べる前に…この呂不韋の目を通して見える“天下”像についてお話しましょう。まず初めに…“国”や“民”に“王”を語る前に“天下”の起源を明らかにせねばなりません。大王様は…我々が“天下”と呼ぶものがいつ始まったのか…何によって創造されたのかご存じですかな?」
「「「「「………………」」」」」
周囲の沈黙を帯びた注視が強まる中、呂不韋は懐からある一つの小さなものを取り出して見せた。
「答えは…これです」
呂不韋が不敵な笑みを添えて一堂に明らかにしたその天下の起源とは、一つの“タカラガイ”であった。
(貝!?)
(貝ですって!?)
(貝が天下を作ったと?)
そのあまりにもズレているかふざけているようにしか見えない呂不韋の答えに、周囲の大半は当然衝撃と困惑に襲われるが、一人だけそれが示している答えを口に出来る人物がいた。
「文字通り“貨幣制度”か」
「!!」
嬴政がその文字通りの本質を言い当てると李斯もまた呂不韋の答えに気付き、続けて主君の解説が始まる。
「…ハッハッハ、少々空気が堅苦しくなりすぎたので和らげようと思ったのですが、直ぐに見抜くとはさすがです。はい…この文明を問わず人が紡いできた歴史における“最大の発明にして発見”こそが、我が中華でも全ての始まりとなったのです」
「「「「「………………」」」」」
この呂不韋と嬴政の問答で姿を現した一枚のタカラガイに、この場に集った見届け人達の意識が離れられなくなった。
今回は原作のダンディ相国氏の大きな見せ場で終盤を飾りましたが、そのまま出すのも味気ないと思って貨幣の歴史も関わらせてパロディ要素も出しました。
次回は、この世界における呂不韋の始まりについてオリジナル要素も含めて描かれる予定です。