○秦始皇9年(紀元前238年) 龍城攻防戦日2目昼 秦国外北方
「「「「「ほ…龐煖だァアアアアアアアァアアアァアア!!!!」」」」」
その一時的同盟関係にある秦燕双方の兵達の驚愕と恐怖が混ざった叫びが示す通り、その趙三大天の一角の出現は再び戦場に大きな混乱を巻き起こそうとしていた。
「!? ああ! たしかあの劇辛のおっさんを瞬殺したっていう趙の新顔か!?」
「いや! あの六将の摎を殺ったのを考えると間に結構の間があるとはいえ割と歳有りますよ!」
「面白れぇなぁ…! もう消化試合化が見えてきたから丁度最後の大トリを飾るには悪くねえ…!」
「え…ま、まさか梁魁さん…!? あーーーやっぱりー!!」
龐煖の出現を見た梁魁は味方が制止する前に蛇矛を振りかぶって突進した。
「どりゃーーー! 先ずは試しに一ぱ―――!!」
「チィ!」
「―――いってぬぉおお!?」
そのままの勢いを乗せて梁魁の蛇矛が龐煖の頭に振り下ろされようとしたが、触れる寸前のところで彼が振るった大矛で、梁魁は打ち返された蛇矛ごと大きくよろめいてしまう。
「!? これはやられるか…!?」
それから今度は大矛ががら空きになった梁魁の脇腹目掛けて振るわれるのを羌瘣は目にするが、次に彼女は信じられないものを目にする。
「なんのぉ!」
「ッ!? ぐおおお!?」
何と梁魁は蛇矛をあっさりと龐煖目掛けて投げつけて怯ませてその太刀筋を僅かながら歪ませると、迫りくる大矛を蹴り飛ばして今度は龐煖を鼻っ面から頭突きで叩き飛ばした。
「あ、あの龐煖様が素手で―――!?」
「ふん!!」
「―――ぇええエエエエ!?」
それだけで戦場に紛れ込んでいた趙の間者は驚くが、続けて梁魁がぶれた龐煖の大矛を引っ手繰って真ん中からへし折ってしまうのを見てしまう。
「き、貴様ぁ!」
「こんな足場の悪い雪の上じゃ素手の方が良いだろ! どうありゃああああ!」
「ぬおおおおおおおおお!!」
「おりゃアアアァアアアァ!!」
そのまま人外の膂力を有した巨躯の持ち主同士による雪上デスマッチプロレスが始まり、それは周囲の敵味方に建造物を巻き込みながら長期戦になっていく。
(うははは! 李牧め役立たずばかり送ってくるとは思っておったが中々の化物を送り込んで来るではない―――)
「うおりゃあアアアアアアアアァアア!!」
「がアアァアアアアアアアアァアア!!」
「―――かアアアァーーーーー!!?」
壮絶な肉弾戦を繰り広げ出した両名を何とか大雪崩を生き延びていたドレゲネが建物の上より盗み見てほくそ笑んだが、雪を猛烈に掻き分けながらあちらこちらを移動するその乱闘は彼女がいた建物にも移ってそれを根元から倒壊させてしまう。
「……こほん、とりあえず羌識は怒られる時は言葉以外にはどんな感じで怒られていたんだ」
「…え、あ…うーーん…そうだなー。確か象姉にー…」
その様子に半ば呆けた眼差しを向けつつ、周囲の敵を斬り捨て乍ら白漂は羌瘣とこの場における羌識への対策を振るいながら話し合った。
○秦国中央部 王都咸陽○
「だ、誰でもいいから助けろぉおおおお! 儂は三代前の秦王昭王の甥たる郭景だから礼は弾むぞぉおお!!」
北の覇権を巡る最終戦の激闘が続く中、同じく王権を巡る内乱の真っただ中にあった咸陽では今も助けを求める声が悲鳴や怒号に混じって鳴り響いていた。
「おい! あそこにも傍流だがいるぞ! 首を取れぇ!」
「ハハ!」
「ひいいぃ! こっちにも来た―――!?」
今も王族らしき人物が一人消されようとしたが、その襲い掛かろうとした叛乱兵達は声も上げないまま胴から横一文字に両断され、周りの敵も高速で飛来してきた何かに頭を粉砕されるか喉元を大きく掻っ切られた事で絶命した。
「…とりあえずここの敵はこれで終了か? とりあえずそこの生き残りは西市の方に走れ」
地面に打ち倒された叛乱兵に変わって現れたのは、その血に濡れた大鎖鎌を肩に担いでいる晳琭であった。
「お、おぉ! 何処の所属か知らんが助かった! お前らはこのまま儂らとこの家を守べ!?」
その晳琭に郭景は状況の深刻さが分かってないのが丸見えな救援要請を出すが、そこで割れた煉瓦が落ちてきたのが痛恨となって、脳天へ真面に受けた彼は泡を吹いて失神した。
「あ、貴方アアアァ!?」
「(あ、さっき錨型流星錘の煽り壊れた屋根の一部から落ちたっぽいな。バレてなさそうだから言わないでおこう)そこのこの家の従者、裏の小道ならまだ敵もいないからそこを通って主人達を西市まで連れて行けばいい」
「は、はい!」
幸にもそれが不幸中の幸いとなって、飛信隊はこの場へ釘づけにされずに別の区画へ向かえた。
だが、依然として全体の戦況は叛乱軍には少々の遅れが生じつつも有利に進んで行っていた。
「報告! 王族の大半は西市区画に逃走して立てこもっている模様! ですが維持している南門から順次部隊を投入しているので時期に包囲網は完成します! 他の市内各所も火の手は上がっており、城外の方も復仇に燃える元趙兵と戎籊兵で互角に持ち込めている模様! 多少は遅れていますがこの戦の勝利はもう直かと…!」
「うむ、相分かった…!」
その事は覚悟を決めていると言っても根は小心な嫪毐にも分かる一方で、本来の時間軸ほど苦しくはないが討伐軍側は余裕のない状態が続いていた。
「あの金髪の女を殺せぇ!」
「あ奴が侵攻を良い所で邪魔をする!」
「左からワナイ隊三百を向かわせ! それで反対からギムジ弓隊で逃げ道を塞げ!」
「全く…! この状況で相変わらずご執心な事で…!」
その中でも討伐軍各隊の中で知勇共に一際抜けている甄遼頊に、戎籊部隊は正史よりも大幅に早く主君を討たれた怨みもあって集中的に襲い続けていた。
「ああ! また黄隼の所に敵が集まってきておる!」
「あと少しで敵の前の防陣を抜けそうだったのに…!」
「こちらからも加勢を―――」
「駄目! それは悪手だから!!」
「―――おってええ!?」
それを何度も見ていた味方の中には支援しようとする者もいたが、そこを城内に向かっている信の代わりに城外で指揮の一角を担っている玲花が止めさせた。
「一番足が速い黄隼の皆がああして敵で一番の精鋭である戎籊軍越しに無視できない切込みを何度も入れてるから敵はこっちと城内に注力できなくてこの状況が保たれているの! だけどこっちが甄遼頊さんの所に行くと足の速さの違いで彼女が遅れて単独の時ほど斬り込みが入れられなくなる! そうなると最悪だとより敵が城内へ入れるようになって意味が無くなるから!!」
「で、ですが! さすがのあの人達でもあの突撃を何度も繰り返してるせいでもう半分近くが減っています! このままだと直にじり貧であの人はやられて―――」
「やられはせん!!」
「―――えってうおお!?」
玲花が説く理由を前にしても周囲はそれでも甄遼頊の消耗を危惧するが、そこで元王騎軍所属の老兵である黄桜が一喝してきた。
「今は亡き大殿が…先にお亡くなりになられた摎様と同等の才と見抜かれた甄遼頊殿は…このような所で終わりはせぬ! だが…あの方の奮迅だけではこの戦は勝てぬ! 儂らも摎様が率いられた時以上に行くぞぉぉおおおお!!」
「「「「「ウオオオオオオオオオオオオ!!!!」」」」」
今は亡き主と共に新たな時代への戦を見いだせた古強者達が再び咆哮を上げた。
○秦国中央部 旧王都雍 大王派要人迎賓館○
「うわぁ! ここまで火が付いたぁ!」
「もう駄目だぁ!」
元王騎兵達の咆哮が上がった頃、秦の王権を巡る争いでもう一つの大局を握る雍でも異変が起きていた。
「蒲鶮様! 大王派要人達が集う迎賓館で内応者達が大火を付ける事に成功した模様! 既に混乱状態に入っている模様で何人も裏門から逃げ出し始めています!」
「やっとか! あの西録の馬鹿共が時間を掛けさせおって…! まあいい! 我らも行くぞ!!」
その異変を雍の倉庫街より盗み見ていた叛徒達もまた静かに気勢を上げて動き出し、その中心である蒲鶮も表立って大きく動き出した。
「! 譜孝殿ぉ! 敵が先ほどよりも大勢向かってきだしておりますぞ!」
蒲鶮らが今回の謀反で大きく攻勢に動き出したのを、迎賓館の高楼より見ていた譜孝達だが、その彼女の手勢の何名かはどういうわけか自ら迎賓館の何カ所かに大きく煙が立つような火を自ら付けて回っていた。
「…あーうん、見えてますわよー。それでー寿白殿ーあとは王弟君と共によろしくお願いします…(…うぅ、また産後直後の気持ち悪さが戻ってきた…)」
「う、うむ! 建策ありがとうございますぞ!」
そして、その煙に狼狽して逃げ惑う使用人など事情を知らない者達に紛れて、成蟜達も何やら大きく動き出した。
○秦国中央部 旧王都雍 天備宮○
「……………ッ……」
迎賓館で大きく動き出していた頃、その様子が見えて動揺が走る警備兵に守られている同都市にある天備宮にて、嬴政は息苦しい表情を浮かべていた。
『苦しい…』
『お前も地の底へ…』
『逃げられると思うな…アアアァ…』
そして、その彼の周囲より壁や柱から滲み出てくるように、
「ハッハッハ、お顔色が悪いですぞ大王様。遂にご自身の道の危うさを知って愕然としましたか? それとも今まで見て見ぬふりをしていたものを見せられて腹が立ちましたかな?」
「……?」
呂不韋に応じて再び姿を見せてきたような怨念の怨嗟に苦悶を浮かべる嬴政に、瑠衣は戸惑いを見せる。
「お前のやり方では…戦は…無くせぬ…」
「はい、残念ながら減る事はあっても無くなりはしませぬ」
互いに現実を強く直視し合う者同士での会談に関わらず、行きさえ重苦しくなっている嬴政に対し、呂不韋はいつもの淡々とした口調に戻っていて崩さない。
「…なのに…何故…その道以外を…閉ざす…?」
「…若き頃、自身が如何なる意味を持って生れて来たかもまだ考えぬ頃、その最初の問いとなり、一つの答えもまた示した人物から始まったためです。最もその人物はその大望を現実に僅かながら感じさせようとしたところで、今のまま…“停滞”を望む多くのものによって倒れましたが…」
だが、嬴政の何処か縋りすら感じさせる問いを受けると、呂不韋は口調こそ淡々としているが瞳に何処か懐古を覚えさせる光を浮かべて言葉を再び続ける。
「…あれほどまで多くの人を動かしてきた
(…彼女…?)
その言説に混じるある特定の人物を指しているだろう言葉に、瑠衣が違和感を掻き立てられている中でも呂不韋の言は続く。
「どの戦場でも命懸けで戦う者達の想いは人それぞれ。何かしら大義を抱える者、仲間の為に、愛する者の為に、責務の為に、私欲のために、復讐の為に…ですが
「「「「「………………」」」」」
「だから延々と堂々巡りとなる」
淡々としている呂不韋の言葉が続くほどに、室内の空気は逆に圧迫感を強めて落とさせに掛かる。
「しかしかといって…その感情を否定することは人の可能性を狭める事を意味する…故に、復讐心一つすらも無くすことが困難であることは…邯鄲でそれに晒されてきたあなた方がよくご存じでしょう」
「…チッ…」
呂不韋の止めを強めていく言葉で重くなっていく室内で、秦国太后の舌打ちが小さくも重く鼓膜を震わせていく。
「よって…戦争は無くせませぬ」
「「「「…………」」」」
改めて明言されたその呂不韋の結論は、聡さと覚悟を持つものほど、言葉を奪い去っていく重さを実感させた。
「……ん?」
だが、その内の一人である瑠衣の目は、呂不韋の言葉が誰よりも重く圧し掛かっている嬴政の近くに、小さくも確かに見えるその“光”を確かに見た。
『何をそんな暗い顔をしているの?』
「……ッ!?」
そして、その光は再び人の闇が色濃くなっていく世界に戻り始めた嬴政には懐かしく、何よりも強い道筋を再び取り戻させていく。
その光は、ある種の人間が正史と重ねる物語では既に生を終えている商人の新たな姿として選ばれたもので、この世界では嬴政に新たな可能性を示した別の、されどもより強い輝きとして道を指示した女性の今の姿。
『あの時、あたしと君でもう答えは見つけてるでしょ。少なくともそこの目の前に座ってる諦めをカッコつけたおっさんに突っ返せるくらいのは』
「…ああ、そうだったな…」
「「「「「……!?」」」」」
その光の言葉を受けた後、嬴政にいつもの明瞭な存在感が戻っていくのを対談の場に集うもの達全員が確かに感じ取った。
今はもう消されてハーメルンでは見れませんけど、晏嬰さんが書いていた本編では紫夏さんは生存ルートになってますので、今回にて嬴政にガッツを入れ直した光の玉の人は別の方です。
誰かというのはまだ明かせませんが、ヒントを上げるとすれば、本作でも色々と力を貸してもらってるヒロインさん達の多くの原作元であるあの英雄譚スマホゲームで、聖☆お○○さんでボケ役をしていたあの人です。