○秦始皇9年(紀元前238年) 龍城攻防戦日2目昼 秦国外北方
「「「「「『『『『『ワアアアァアアァアアアアアアアァアア!!!!』』』』』」」」」」
白漂と羌瘣が何やら後者の身内への対策で口合わせしていた頃、北の覇権を巡る龍城での攻防は激しいまま続いていた。
「ぬおりゃーーーーーー!!」
「ぐごぉ!?」
『『『『『ぶぼべぇ!!?』』』』』
その中でも梁魁は龐煖と人外の肉弾戦を繰り広げており、今も前者が後者を投げ飛ばして龍城王宮の一角が大岩に振って来られたように粉砕された。
『ゲホゲホ…! な、何が起きて…? 何だかずっと部屋の外から怖い声がたくさん聞こえてきて…ひぃ…!』
崩れた瓦礫より露わになった小窓から、バァトルの妹であるテノが姿を現すが自身を守りつつも部屋に閉じ込めていた衛兵達が、人外二人による死闘の巻き添えで瓦礫に押しつぶされて死んでいる姿を目にして怯えた。
『な、何が起きてるの―――!?』
「へー? 何言ってるかわかんないけど中々怯えた良い顔してる子がいるねー?」
『―――お…え…?』
どうやら状況が理解できていないらしいテノの前に現したのは、愉快そうだが故にこの場には底知れない不気味な威圧感を伴っている羌識であった。
「ちょーーっと楽しい事思いついたからさー。少しお姉さんと一緒にいかな…!?」
だが、テノの身に羌識の手が触れようとしたその瞬間、背後から結構な速度で投槍が飛んできて、羌識はそれを弾き飛ばすがその勢いでテノから身が離れた。
「…この状況でも小さな子が要らない巻き添えを食わないようにするとは…性格が歪んでも根っこがまだ大丈夫そうというあいつの読みは間違ってなさそうだな」
「…へー、そっちの方からまたこんな直ぐに来るなんてちょっと意外…?」
羌識は羌瘣との再会の早さに少し驚くが、それ以上にある点で目を見開かせた。
「…瘣ねー、剣はどうしたわけ?」
羌瘣が得意の帯剣である緑穂を持っていなかったのだ。
「お前なんぞを叱るのにわざわざ剣なんぞ要るか。さっさと来い」
「…ハア?」
だが、その驚きは少し気怠そうな表情に変わった羌瘣のその言葉で苛立ちへと変わった。
「詳しい経緯は知らんが何百年と続いた化石みたいな儀式を生き残った程度で舞い上がってるお前なんかに態々剣を使う必要があるわけないだろ。相手してやるだけでもありがたいと思え」
「……それさぁ、本気で言ってんの?」
苛立ちは殺気と共に増々強くなるが、そこで羌瘣が言い放った決定打となった。
「
「…殺す!!」
やや羌瘣が無理に作った嘲弄を添えて放ったその挑発は、羌識からこの事態を招いた奸智を奪って代わりに残像しか残さない俊足を彼女に与えた。
(速い! だがその分に動きが単純化して読みやすい!)
それに羌瘣は一筋の冷や汗を流しはしたものの、即座に動きを先読みして羌識の白鳳を振るう利き手を手首から掴み取った。
「…え!? ッ!?」
羌識がそれに一瞬が虚を突かれた表情を浮かべた次の瞬間、彼女にとって痛恨だが一番慣れ親しんだ
「…本当にこういう時の悪知恵には事欠かんなアイツは…」
その痛みの正体は、白漂が羌瘣より羌識達との生活を聞いた際に、彼女や姉に相当する羌象が妹分たちを叱る時に一番用いていたという拳骨であった。
懐かしいその痛みを頭蓋の繋ぎ目の中心へあまりにも強い衝撃を添えて味わわされた羌識の朦朧とした意識で、過去の記憶の情景が蘇り始めた。
○秦国中央部 旧王都雍 大王派要人迎賓館○
「行けええ! さっさと雪崩れ込んで成蟜めの首と譜孝めらの身柄を押さえろぉ! 連中がここから逃げようとしているのはわかっておるわああ!」
羌識の意識が過去に沈もうとしていた頃、雍では護送中に火災で焼死したはずの蒲鶮が遂に姿を公に見せて、大王派の要人達の首級や身柄を抑えようと直接攻勢に出ていた。
「譜孝殿ぉ! 謀反人達は相当に侵入してきたようですぞぉ!」
「よーし! 皆さーん! 後は宜しくー!」
「「「「「放てぇええ!!」」」」」
それを迎賓館望楼の上階より目にした譜孝の指示によって望楼の窓から無数の火矢が撃ち放たれ、それは叛徒が通り抜けている裏門に当たると骨組みから一気に燃え出した。
「「「「「ギャアアアアア!?」」」」」
そして、城門一帯の骨組みに当たる部分に切れ込みがあったらしく、火災によって負荷増加を起こした城門は一気に瓦解し、更なる大火へとなって蒲鶮達を二分した。
「なぁ!? こ、これはぁ―――!?」
「年貢の納め時だな! 下郎共ぉ!!」
「―――あぁ!? き、貴様は!?」
その一気に孤立へ追い込まれた状況に狼狽して背後を見やりかけた蒲鶮の眼差しを振り戻したのは、逃げようとしているはずの成蟜の毅然とした鎧姿であった。
○秦国外北方
「「「「「ワアアアァアアアァアアアァアアアアアアアアァアア!!!!」」」」」
秦の王都圏での王権を巡る争いの一場面が終幕間際に迫ろうとしていたその時、北の覇権を巡る争いの怒号と悲鳴が無数に交差するその地で、羌識は建物の上で大の字で倒れて意識が朦朧としていた。
『の~識~? 外に出たら何をしたいんじゃい?』
戦場の喧騒が響きつつも、今の羌識の意識は過去の情景、今の彼女がいる外界への憧れと興味を、姉妹同然に育っていて若いが老人口調が特徴の羌礼と共に語り合っていた頃の一幕を漂っていた。
『んー、礼がこの前に教えた霞の術のお礼に外界に出たら一番したい事を教えてくれるんなら良いよー』
『そうじゃのー、儂はなー…』
だが、そこで目にしていた羌礼の姿に写真越しに血を振りかけられたような赤が降りかかり、それが羌識の意識を現実へ切っ掛けとなった。
「っ!? はぁっ!!?」
「あ、もう少し寝てるだろうと思ったのに…」
ビクンとバネ仕掛けの人形のように地面から跳ね上がった羌識がまず目にしたのは、少し見直したという感じの羌瘣の表情であった。
「…どういうつもりだ…?」
「どういうつもりって少なくとも今回の戦におけるお前との勝負はケリが付いたからな。自分の身の回りを見てみろ」
直ぐに殺せる状況にあったにも関わらず、殺さなかっただけでなく戦意などが消えている羌瘣に羌識は陰鬱とした殺気を宿らせた両眼を向けるが、彼女のその指摘を受けてあることに気付いて驚愕する。
「!?
「あの剣ならお前が寝ている間にウチの馬鹿大将があろうことか他所に向けてぶん投げやがった」
「はぁぁあああああ!?」
「昔みたいに戻ったな」
自身が蚩尤の名を継いだ時と同時に正式に継承した得物が無くなった事と、そのあんまりな理由に数分前の冷酷無比な圧力など全く感じさせない様子になった羌識に、羌瘣は微妙な意味で懐かしいものを見る生暖かいものを見守る表情になった。
「少なくとも得物を選ばないと仕事が出来んお前が私と勝負なんて十年早い。それとあの馬鹿はこの暗がりで思いっきりぶん投げたから何処に落ちたかわからんし、更にこの状況だから蹴り飛ばされてもっと面倒な場所に行くか普通に拾われてそのまま持ってかれる可能性だってあるぞ。私を討ちたいんなら早く見つけてこの場を後にした方が良いぞ。お前さんじゃまだこの状況で剣を探しながら仕事を全うするなんて無理だし、ようやく見つけた頃にはもう戦が終わって今のお前じゃ付け入る隙は無いから今回は私を討つのは諦めろ」
羌瘣のその駄目だしは、あまりの急展開に狂気は薄れつつも頭の良さは残っていた羌識の決断を促した。
「…次に会うまでに白鳳は見つけ直して逃げられない状況で殺す。それまでせいぜいあの男に怯えを慰めて貰いながら待ってろ」
そう言うと羌識は少しながら陰鬱とした殺気を宿らせた双眸で睨みつけた後、闇へ溶けるようにして姿を消した。
「…よーし、じゃーここで最も厄介な面子の一人には今回はここで終わりにしてもらえたから、さっさと残りを締めに行くかーーーー…痛い!?」
代わりに羌瘣の背後にある瓦礫の影から白漂がひょっこり姿を現すが、それを見た羌瘣がジト目でゲシッと結構強めな蹴りを入れた。
「…象ねえの形見を思いっきり放り投げやがって…次に羌識と会った時に無かったら覚悟しとけ」
「あいたたたた…じゃー、今はその時が来るように…この戦の締めをしに行きますか…」
「まーな、戦が終わって帰った後は奢れよ」
蹴られた腰を撫でつつも白漂は真面目な表情に戻り、羌瘣と共に北の大地の覇権争いを終わらせるべく、剣戟の場に身を投じ直した。
○秦国中央部 旧王都雍 大王派要人迎賓館○
「…忌々しい面は変わってないな蒲鶮」
「…!」
北の大地の覇権争いを決める戦いの一場面が終わった頃、自らがあぶり出された事に気付いた蒲鶮は、毅然とした態度で姿を現した成蟜に血走った両眼を向けた。
「大人しく縄に着けば郎党は流刑に減刑してお前自身は楽な刑であの世に送ってやるぞ」
「っ! 舐めるなぁ! その程度で満足するならそもそもこの乱に身を投じてなどおらんわ! 貴様らには屯留を手に入れそこなった恨みを晴らすためにも! 今度こそれをも含めた栄達を得るためにも絶対に退かんし死なん!」
その蒲鶮の怒りは成蟜の降伏勧告によって更に昂った。
「ふん、屯留を手に入れそこなった程度の怨みでここまでするか」
「王族に生まれた貴様にわかるものかぁ!」
「…っ…」
成蟜はその大勢なら逆恨みと断ずる蒲鶮の咆哮を鼻で笑うが、続けて出た彼の苦渋さが滲み出た言葉に口籠る。
「明日の命も知れぬ底辺に生まれたものが! その才と努力と運で! 万を超す人間を仕切る立場に就くことがどれほどの困難な事か!!」
「………」
「たしかに屯留の時はしくじりこのような屈辱的な姿にはなったが…我々にはこの乱の後に玉座を奪う男呂不韋がいる! 私の価値を見抜いて屯留失敗後でも火災に偽装して救われたあの方が全てを捻じ曲げて貴様らを討った罪は全て逆賊となる毐国に被せて私は叛乱終結の後に英雄に加わる! まぁその過程でここのように大勢が粛清や隠蔽で消されるだろうがそんなのはこの戦国では珍しい事ではない!」
雍の各地で上がる悲鳴や怒号すらも心地よいBGMに感じているのか、蒲鶮の叫びは哄笑を伴っていく。
「所詮この世は勝者と敗者の二つのみ! 私は今度こそこの叛乱で勝者となって屯留を手にして勝者の側に立つ! 貴様らを殺した後で公主瑠衣や北の側室譜孝を凌辱するのもその特権よ―――!」
「ほ、蒲鶮様ぁ! 上をぉ!?」
「―――お…!?」
だが、その哄笑は蒲鶮と共に迎賓館へ雪崩れ込んできた叛乱兵の叫びで中断させられる。
「この状況で長ったらしくほざき過ぎだ愚か者…! 止めを刺すには十分だ!!」
成蟜のその静かな怒りが宿った笑みの先で、彼らがいる迎賓館の隣りにて火を上げていた高楼が、横向きへ勢いよく傾いて蒲鶮達に向けて崩れ出してきたのだ。
「「「「「あーーーーーー!!??」」」」」
自身の大弁舌に酔っていた蒲鶮とその一党の大半がその事にようやく気付いた直後には、彼らの殆どは横倒しとなった高楼の下敷きとなって一網打尽の形となった。
(…この状況で周囲の建物から人を避難させて、空になったあの高楼の柱の根元の何本かに切れ込みを入れて火を付けたけど、まさか王弟殿下の時間稼ぎがあったとはいえ…あれほどドンピシャで崩れて当たるとは思わなかったわ…!?)
その様子を迎賓館防衛隊の指揮所がおかれている別の高楼より、この状況になるように仕込みを施した譜孝は目にして大きく息を吐きそうになるが、それで彼女は眼下で先ほど下敷きとなった蒲鶮一党とは別のその凶刃の出現に気付くのが僅かだが遅れてしまう。
「殿下! 後ろです!!」
「!?」
表情に再び緊迫の色が強まった譜孝の叫びが降り注がれたその直後、成蟜もまた背後の殺気に気付くが同時に、自身の皮膚と肉が切り裂かれる感触を覚えた。
「し、死ねぇ!!」
先の西録における叛乱に伴って行方不明となった後、他勢力の手引きで生き延びてここ雍の地へ侍女を装った間者という形で紛れ込み、今回は蒲鶮らを手引きしていた流民の隠里の生き残りの一人である鵬の凶刃が、成蟜を背後から襲ったのだ。
○秦国中央部 旧王都雍 天備宮○
「…ああ、そうだったな…」
「「「!!?」」」
迎賓館で付こうとした決着に何かまた不穏な影が姿を見せるより少し前、呂不韋の持論に対する嬴政のその言葉で、場に集う者達の何人かが息を飲んだ。
先ほどまでの呂不韋による中華の起源と、それの要となった貨幣制度に触れたこの世界の現実についての論説を聞いていた彼らには、遂に嬴政が負けを認めたかのように聞こえたのだ。
(…やはり、あの光が…大王様を守っているあれが…呂不韋ら他の方々には見えていない…)
ただ一人、瑠衣のみがそれは諦めの言葉ではない事に気付いていた。
「…おぉ、ようやくご自身の道が誤りであることを認められましたかなぁ?」
光を見る事が出来ない呂不韋がやや肩透かしを受けたような感じで問うてくると、嬴政の両眼は再び彼を見据える。
「お前が目指す為政は結局“文官”以外の視点を閉ざしたものだ」
「!? なんですと…?」
そして、糾弾の言葉で闇が再び見える前の声音に戻り、呂不韋はそれに困惑とそれ以上の興味が沸き立った。
「戦と直視し合った時代と決別したお前が如何に耳障りの良い言葉を並べ立てて今の世を率いる者達を動かした所で今の中華を苛む諸問題の延長でしかない。一時は多国間協商で各国を“富”で繋げて平穏を齎した所で、それが当然となって代を重ねるとその時の富を持て余した指導者たちによってより大規模な
「………」
「手前勝手な諦めを“現実”と言う言葉で取り繕うな。呼び名や選ばれ方はどうあれ、お前が先ほど申した通り為政者の責務が国民の犠牲を抑えて幸福を最大限に供する事ならば、よりよい道へ人が向かうようにすべきではないか?」
「…よりよい道とは?」
「まず戦国を終わらせる」
「それこそが妄想の道だと申し上げたはずです! 人の感情が現れる戦争とはまぎれもなく人の営みの一部! それを否定することは為政以前に人の本質を否定する事です!」
「ならば聞くが、何故、我欲だけが人の本質の全て、その露われが戦争しかないように語る?」
「!?」
途中で呂不韋の語気に再び糾弾の色が蘇りはするが、嬴政は動揺を一切せずに言葉を続ける。
「…呂不韋、お前は人の我欲の闇とそれと繋がる戦争を注視するあまり…人の本質の全体像を見失っている」
「「「「「………………」」」」」
周囲もまた感情のあらぶりは収まり、嬴政の言葉が静かにだが深く胸に染み込むようになっていく。
「たしかに人が持つ凶暴性や醜悪さは紛れもなく人の本質の一部だ。だか、あくまで一部であって全てではないし、かといってそれを全否定すると人は人ですらなくなる。だが、それがもたらす苦痛と悲嘆を少しでも和らげようとするために…人から争いは無くならぬと結論を定めようとする。だが、その中ではどれだけ何をしようと諦観にしかならん。そこに…殆どの人間が気付かせない戦が続いているために…五百年もこの中華は争いが続いている」
「…では、大王が見られた人の本質とは何です? あの邯鄲で底すら見えぬ人の闇に浸からされた過去の上で、空虚な理想論ではない人の本質とは?」
「………………」
それに呂不韋は憤りではなく深い興味が再び首を擡げ、秦国太后もまた目が僅かながら見開いていく。
「…俺をあの闇より救い上げた道は実は趙で見つかり、それはここ秦で出会った…彼女との出会いで確かに定まっている…」
周囲の意識が深く注がれている時の中で、嬴政は冠を降ろして、ある種の人間が正史と呼ぶ世界にはなかったもう一つの出会いを思い返す。
『ねーねー
その出会いで誼を結んだ女性との言葉と共に、嬴政の脳裏にその時目にした雲が晴れて、光が差し込んでいく雨上がりの広大な大地と自然、その中で息づく人の姿が甦る。
『…綺麗だ。だが、これが俺に何の関係がある?』
『君とあたしもこの世界で生きてるの。つまり世界の
『言い表すと?』
『“梵我一如”って言うの』
『どういう意味なんだそれ?』
『んーーーー…ざっくり言うとねー…』
そこで彼女が気付かせたこの世界、そこで生きる人の在り方からを嬴政は虚飾なく口にする。
「…人の本質は、この“世界”そのものだ」
「「「「「!!!??」」」」」
その嬴政の言葉は、場に集う者達の心を、彼の友が早くなくなった時間軸における嬴政のそれ以上に深く染み込んだ。
今回、色々と各方面で急展開が起きる内容となりました。
特に、今回の話の最後で出てきた女の子は、果たしてどこの某杯探索ゲームの(ボケ役の方の)聖☆お姉さんなのか…(そこまでわかるまで連載が続けられるようになるまで、感想、お気に入り登録、評価付与の方を今後ともよろしくお願いします)。