それにしても白漂達のイケメン大先生であるあの方があんな生まれだとは思いもよらなかった…。
○秦始皇5年(紀元前242年) 山陽攻略戦決戦勝利直後 秦国中央部 王都咸陽 王宮○
それは魏国山陽攻略が成功してからまだ数日しか経ってない日の晩であった。
「おい! どうなっている!?」
「駄目だ! あの家も急に呂不韋に付くと!」
深夜の王宮の一角にて嬴政を中心に集う彼の陣営を動揺と緊張が支配していた。
近年は互角か自陣営やや有利で推移していた呂不韋陣営との権力抗争であったが、ここに来て急に彼らが勢力を膨張させて巻き返してきたのである。
「どういう事ですか李斯様!」
「俺も知らん。何が起きているのか…?」
だが、一方の呂不韋陣営もまた急な自派拡大に多くが困惑の色を隠せずにいた。
「李斯様、しょ、少々宜しいでしょうか…?」
「む?」
そこで呂不韋派大幹部に当たる四柱の一角で司法や内政を仕切っている李斯に、中堅幹部が話しかけてきた。
「…裏で太后派が動いているだと!?」
「は、はい! 全て呂不韋様の思惑通りなのです! 呂不韋様が太后様を味方に引き入れられたのです!」
他には誰もいない密室での中堅幹部の告白に李斯は驚きを隠せない。
確かに諜報も担当している面から嬴政が実母と不仲という珍しい王族間関係を構成しているのは知っていたが、だからといって息子を脅かしている自分の主に着くなど生真面目な性格から予想の範疇になかったのだ。
「…実を言いますとお二人は先王荘襄王陛下に太后様が嫁がれる前は許婚の間柄でした。そのため、荘襄王がお亡くなりになられた後は太后様は空膣を覚えて縁りを戻そうと執拗に求め続けておいででした。ですが戦神昭王様のお母君の宣太后様の例があるなど我が国が他国に比べて特殊と言えど、今の時勢で発覚すれば外聞が悪く何より自陣営の弱体化を招くと呂不韋様は危惧されたのです…」
実を言うと秦は儒家の影響が強い他国や別時間軸の後世とは違い、中原とは異なる異民族起源の風習も多いためもあってか、女性の地位は他国よりも高く権利も保護されていた。
実際、昭王の母である宣太后は息子が幼い内は代わりに摂政として政治を代行し、更には義渠という異民族国家の王との間に二子を儲けたという記録や、夫の死後に別の男性と関係を持った女性が義母に訴えられても無罪となったという判例がある。
「そこで私が呂不韋様の食客である嫪毐という男を送り込んだのです。その者の男の象徴がそれを車軸代わりにして車輪を通して勃起力だけで回してのけるというあれな芸もこなせる強靭なものでー…そいつを宦官に偽装して太后様専属の情夫として送り込んだら…結果は太后様大喜びでご覧の有様というわけです!」
この時間軸では嬴政と呂不韋は互角に近い情勢で政争をしていたので、後者と後宮勢力の接近は別の時間軸のそれに比して小規模で発覚が大幅に遅れた形であった。
そうした事情は知らない李斯は内心で舌打ちする。
「……………(前々から呂不韋様が…夫が早世して寂しがってる太后に呼ばれて慰められているという話は何度か聞いたが…真実はそれなんぞ可愛い醜聞ではないか…)それで、その件を知っている者は…?」
「ご安心を、買収して見逃させた去勢担当の獄吏も含めて関係者は全て私が闇に葬っております…」
「それで俺に話した理由は?」
「呂不韋様が貴方様にだけ話しておけと…」
「…そうか、相分かった。お前はもう今晩は家に帰ってよいぞ。適当な土産を送る」
「は、ありがたき幸せ!」
そうした特殊事情や昨今の情勢の違いに情報等を素早く計算した李斯は、中堅幹部から必要な情報を聞き終えると話を終える。
ちなみに同日の夜で呂不韋派の幹部の一人が帰宅途中で謎の事故死を遂げるが、それは白漂のオルドスへの帰還後に起きた呂不韋の国王に次ぐ相国への就任の話題に吹き飛ばされた。
○秦国中央部 王都咸陽 後宮○
「…ふぇぇええ…こんな夜遅くまで凄いね琵ちゃん…」
「女官長も音楽になると凄い人が変わるしね…ありがとうね向ちゃん」
呂不韋の相国就任から数日後、深夜の後宮の廊下を扇琵と向が木簡や紙の書類を詰めた箱を抱えながら歩いていた。
「…ん? 誰?」
「? 如何したの?」
「誰か歩いてる…え、この足音は……?」
時間帯からして王の夜伽役と警備員の宦官以外は寝静まっている筈の後宮から、扇琵はその鋭敏な聴覚でそれや自分達以外の足音が遠くない場所から伝わってきたのを感じ取る。
「…え…あれって太后様…?」
「はえ…もぐ!?」
二人が廊下の窓を覗くと、向かい側を護衛の宦官に守られた嬴政の実母たる秦国太后が歩いており、思わず向が口を漏らしそうになるが扇琵に塞がれて事なきを得る。
「…さあー、状況はどうだい趙高?」
やがて太后は向かい側の廊下に近い大きな池に囲まれた庵に移り、そこで侍らせている宦官の長らしい趙高に報告させる。
「は、はい…既に先にご報告させたとおり、に相国殿にこれだけの勢力が合流なさっております。もう…大王陣営が押しつぶされるだけの差をつけられるのも時間の問題かと…」
「はっは、そうかいそうかい。最近はぁ政のガキが思った以上にしぶといから
(…え、夜の誘いって…?)
常人には聞き取れないその距離がある密談を、扇琵は宮廷音楽家に選ばれるだけの鋭敏な聴覚で聞き取り、混じっている不穏な言葉に只ならぬ感覚を覚える。
「で、ですが本当に宜しいので? これ、では実子の大王様が…相国様に葬られるのも時間の問題かと…?」
「別に構いやしないよ。何度か政のガキの面を見たがねーーー…情なんざちっとも湧かなかった」
(なっ!?)
(ど、どうしたの琵ちゃん…?)
だが、続けられた密談の内容は彼女の想像の斜め上を行く酷薄なもので、扇琵の引き攣った顔を目にした向は戸惑いを強める。
「…それにねー、邯鄲で恋仲の元許婚だった秦国太后と相国がーこの大国秦を乗っ取るだなんて面白いだろ。くっくっくっく! まーあいつはもう爺手前だから夜の方はさすがにもうこれからは難しいがねぇ…」
「…………」
(な、何々琵ちゃん!? え、こっちじゃ話せない…?)
それからしばらく密談は続き、最後に太后の必死に堪えている嘲笑を聞き終えると扇琵は向に小さく耳打ちするとやや離れた書物庫に連れ込む。
「えぇ!? 太后様と相国様が裏で大王様を潰すべく姦通込みで結託…もが!?」
「しー! 声が大きい!」
そして、他には誰も居ないことを確認して扇琵が話した内容に思わず絶叫しかけた向の口が再び塞がれる。
そのまま必死に息を落ち着かせて小声で密談を二人は始めた。
「…で、でも可笑しくない? 確かに謁見で見るあの方は本当に温かみがない様子だったけど…実の親子でそんな…」
「……声だけで証拠は無いけど…どうやらあの2人は先王様と会うまでは許婚の間柄で…そのー…邯鄲で受けた迫害が原因で太后様は陛下に情を生じられてないと…」
「…そ、そんな…血の繫がった親子で……それで…」
語られるあんまりな内容に向は真摯に悲しみを露にし崩れかけるが、扇琵は憤って彼女を立たせる。
「…涙を落とすのは後にして! 今はこの事を一刻も早く陛下に伝えないと…!?」
だが、扇琵が部屋を出ようとしたその時、本棚の向こう側から突き出てきた剣先が彼女の脇腹を穿ちぬいて、そのまま向の腹部に突き刺さった。
「…っ!?」
「っん!?」
自分達の血で染まるその凶刃に驚きつつも2人は悲鳴を堪え、扇琵は反射もあり刀身をスカートで掴み血を拭きながら押さえ込む。
(声だしちゃ駄目…うぅ!)
(わ、分かってる…け、けど琵ちゃん…あ!)
そのまま2人は刀身の血の消滅を確認してから向こう側に引き抜かせ、近場にあった紙や絹の巻物で止血するとそのまま書物庫を後にする。
「…如何した!?」
「いや…人の気配がしたのだが誰も…念のために奥まで調べてくる…」
「そうか、私も手伝おう…」
その後、剣の主である太后つき宦官が大きく本棚を迂回してきた頃には、2人は止血が保たれている間に書物庫を立ち去っていた。
「…むぅ、遅いな…」
「規則正しいあの女官長が遅れるとは…何があったのか…?」
後宮で刀傷沙汰が起きた晩が明けて次の日の正午にて、嬴政と昌文君は外国の要人との謁見へ望むべく準備を進めていたが、そこで後宮楽団がいつもに比べてまだ到着していない事に怪訝な顔を浮かべる。
だが、少々経つと今度は門の向こう側から女官長と陽が揉めながら近づいてくる音が響いてきた。
「し、失礼します! 後でどんなお咎めを受けても構いません!」
「あぁ陽!」
「「!?」」
青ざめた表情の女官長も引き摺りながら扉を開いて現れた陽に嬴政達は驚く。
「も、申し訳ありません! こちらが厳しく叱っておきますのでどうかご容赦を…」
「い、いいえ! どんなお咎めも受けますから一度だけ! 今だけどうかご上奏のお許しを! もしかしたら後宮で国家の一大事になるかもしれない話が進んでいるかもで…!!」
「? 女官長、そのままでよいからその者に話させよ」
「は!? はは!」
演技を感じさせないその必死な顔で述べられた陽の言葉に、嬴政は最近の不可解な政情から何らかの繫がりを感じて口利きを許した。
「…け、今朝に起きた時に部屋の入り口から物音がしたので見てみたら…血だらけの向ちゃんが同じ様子の琵ちゃんを背負って現れて…何か昨晩に後宮で只ならない陰謀を聞いてしまったようなんですけど…その場で宦官の方に刺されたみたいで…今は二人とも生死の縁を彷徨ってる状態で…」
「何!?」
「そ、それで何が起きたのかと聞いても大王様と直近の方にしか言えないとの一点張りで…もう命も危ない状態で……!」
「……相分かった。昌文君、斉からの使者との謁見は明日だったな?」
「大王様!?」
「予定を変える。女官長はそちらで準備をしろ。それから京令ら王宮医師団を招集せよ!」
「は、はは!」
異変を聞きうけた嬴政は直ちに行動に移る。
「…駄目です! 向の方は傷こそ浅くはないものの五分五分ですが…その盾になった琵の方が…」
「くそ! こんな時に陽は何を…!?」
それから少々した後、後宮宮女専門の医師たちに囲まれた状態でふさがれた傷口が変色し消耗している向と琵が苦痛に喘いでいたまさにその時、嬴政が陽に王専属の医師団を引き連れて現れた。
驚く周囲を他所に、医師達が二人に当時最高峰の医術を施した事で彼女らは一命を取り留める事に成功した。
「ふぇえぇええぇ…ふ、二人とも良かったぁ~~~~え…あ、ちょちょっと!?」
それに陽が喜んで膝を付いたのも束の間、彼女は医師達に掴み上げられて部屋の外に引きずり出されていく。
そして、残った医師最後の一人が嬴政の耳元に囁きだす。
「大王様、向からどうしても貴方様にだけ内密の話があると…」
「何?」
「琵の方も先程まで起きていたのですが一番傷が深かったのでやっと寝ました。反面、彼女ほど傷は深くは無い向が薬湯による睡魔を跳ね除けるほどで…早くお聞きになって眠らせた方が安全です…」
「分かった。この部屋から直ちにしばし離れよ」
「は」
嬴政は直ちに医師も立ち退かせると、未だに魘されつつも目を開かせている向に近づく。
「……大王様…」
「よく耐えた。だがまだ危ないからその話を手短に話せ」
「は、はい…距離があったので…私は聞き取れなかったために耳が凄く良い琵ちゃんからの又聞きになりますけど…」
「…琵が…それで?」
「…太后様と宦官の方々が密談を交し合っていたのですが…どうやら内容が…相国様と裏で結託していると…!」
「!?」
「ど、どうやら…あのお二人は大王様のお父君と会う前は許婚だったらしく…更に…姦通も行われているかもしれないと…!」
「!!」
そして、向の語る内容に声こそ出さなかったものの嬴政は驚きを露にするが、それは何処か既に心当たりというか予想に触れているという感じであった。
「…三人ともよくぞやった。俺はお前達に救われた」
「はい…ありがとう…ございます…」
この場にいない向も含めて嬴政から感謝された後、向はようやく深い眠りに身を任せられた。
「…大王様! 如何なる内容だったので…!?」
「内容は車の中で話す。それよりも肆氏ら側近衆を集めよ!」
「え、な、何のために…!?」
「あの城に向かうぞ!」
「っ!? ま、まさか!?」
再び後宮から昌文君の元に戻った嬴政は驚く彼を連れてそのまま足早に先を進んでいく。
「「「「「……………」」」」」
向と扇琵が一命を取り留めて数週間後、白漂達がオルドスに帰還した頃に王宮の本殿には朝廷の重臣達が集っていて重い静寂に包まれていた。
(…あの老い耄れ共が出て来るとは…)
その中の一人で珍しく笑みを浮かべていない呂不韋が着目しているのは、王族やそれに次ぐ公族の長老達で、彼らは震えながらも手を上げて口を開く。
「…そ、それでは…先の相国誕生を受けて空位となった…右丞相に昌平君を任命するものとする!!」
「「「「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」」」」」
そして、本殿の中心で新たな右丞相に就任した軍総司令官の昌平君に対し派閥問わず多くから祝辞の歓声が上がった。
「お、おい! どういうことだ!?」
「相国様の前職の後任は李斯様ではなかったのか!?
「それが何故熊啓(近年の研究で分かった昌平君の本名)様になっているのだ!?」
上げていないのは呂不韋陣営の臣らの中堅以下の者達の幾つかであった。
「…それがなぁ、あの向かい側に見えている王弟君が関わっているらしい」
「「「「「なっ!?」」」」」
そこで呂不韋陣営に表向き属している嬴政派の間者が、向かい側のテラスより嘗ての歪んだ笑みではなく強かさを感じさせる不敵な笑みを浮かべている王弟の成蟜を指し示す。
成蟜は呂不韋の密通事件による後宮勢力取り込みで生じた彼の隙を突いた嬴政に解放され、その派閥に合流し昌平君の右丞相就任も深く支援した。
それが呂不韋陣営に少なからぬ亀裂を生んだ。
「あの裏工作と闇の人脈に長けている王族らが関わるとは…まさか昌平君は…」
「馬鹿なことは言うな! その生まれから呂不韋様に大恩があるあの方が…」
「だ、だがしかし…もし取り込まれてしまっているとしたら…」
「…っ…やってくれるわ…」
「耐えよ、いずれお前の時代もやってくる」
少なからぬ動揺が配下らに及んでいるのを見て舌打ちする李斯を蔡沢は宥める。
「……………」
そんな中、そうした各陣営の様子を事細かに観察していた文官の一人が沸いている周囲に気付かれない内に本殿を後にする。
○秦始皇5年(紀元前242年) 昌平君右丞昌就任当日深夜 秦国中央部 王都咸陽 後宮○
「…そ、そういうわけで…結局…大王様と相国様は…ご、五分五分の情勢に…も、戻り…」
「っっっっ~~~~~~~! そう…かい…!!」
式典が終わったその日の夜、部下の一人に文官に変装させて式典を監視させていた宦官趙高の報告に、太后は身を覆う汗を撒きながら聞き入っていた。
そのカーテン越しに見える肢体は一部の豪勢な装飾品を除いて生まれたままの姿であり、生殖機能を失った宦官が情欲を掻き立てられるまでに淫らに狂っていた。
だが、一部の目利きに鋭い者達が忌避感を憶えるだろう酷く化膿した傷口を思わせる劣情が滲んでいた。
それ以前に、詳しい事情を知らないものが見れば何故未亡人の太后がここまで淫らになっているのかと疑問を覚えるだろう。
「た、太后様ぁあぁぁぁあああぁ!!」
その答えはカーテンが太后の淫らな躍動に抑えて捲れて露になった、野太い唸り声を上げる男にあった。
「…あぁぁ! 趙高ぅぅぅ! 次の手を下がってぇぇぇ! か、考えなぁぁぁぁ!!」
「は、はい…(さ、昨晩あれだけ淫らに蠢いていて今晩もまた…ろ、嫪毐殿と言えど大丈夫か…?)失礼します…」
先日に李斯が部下に知らされた嫪毐であるその男に、羨望ではなく心配の念を抱いた後に趙高は速やかにその寝室を後にした。
「…た、太后様ぁ急に他の方を呼ばれると外に知られ…うぎぃ!?」
「…っ! 嫪毐が要らない心配をするんじゃないよ! お前はここに集中しなぁ…あぁああ!!」
獣の如く四つ足を付いた太后を嫪毐は気遣うが、それは車輪すら回す強靭な男根すら圧し折りかねないのではと思わせるギチギチという膣圧に止めさせられてしまう。
「は、はいぃぃぃぃ!」
「…っ! う…っ~~~~~~~~!!」
そのまま、息子らの陣営に気付かぬ存在嫪毐との肉欲に溺れ続ける大后。
この秘密の肉欲の関係が、自身の運命をも大きく変える事になるなど彼女はこの時点で知る由もなかった。
本紙や単行本でも見ましたけど…ここまで色気よりもううーむ…という感じを催す濡れ場はそうそうないですよね…。
次回はそういった詫びも兼ねて地元の白漂達中心に甘酸っぱいのが中心のお話です。