○秦始皇12年(紀元前238年) 龍城攻防戦3日目朝 秦国外北方
秦では函谷関で叛乱軍が殲滅されてその本拠地が制圧された日の朝、龍城もまた戦の音色はほとんど止み、代わりに雪を掘り起こす人やその作業音が木霊していた。
二度の雪崩で積もった雪は龍城やそれとほぼ隣り合う近郊とは言え狩場にまで到達してしまっており、そこでも掘り出されて救出された人や間に合わず冷たくなった遺体も出てきたりしている。
『…何つ~かさー、戦ってる間はー絶対に負けないもーんって感じになりますし、勝敗決まった直後の勝った時はめっちゃうれしいですけど…それが過ぎるとー…“ここまでする必要あったの?”みたいな感じになりますよねー』
『うん、そうじゃのー…それで儂は
『私は秦軍白漂軍所属のホノカって言う身でー』
その光景を雪の中からポツンと突き出ている望楼より、生き残った兵卒達が立場を超えて言葉を交わし合いながら、朝日に照らし出されているその光景を眺めていた。
「…ウウゥウ、何やら右賢王の所で趙のあ奴に襲われたが…って…何なんだこれはーーーーーーーーーー!!!!??」
丁度その時、龍城から比較的離れた所に設置されていたことで雪崩から難を避けられた秦軍野営地の野戦病院にて、大源がようやく目を醒ましたが、そこで目にした龍城のあまりに変わり果てた光景は彼を絶句させるには十分過ぎた。
「ああ! そんな興奮して声を張り上げるとせっかく縫い合わせた傷がまた開きます!」
「ナ、ナイチンゲール君! これは何が起きたのかね!?」
「あー、その辺につきましては…あ、詳しく知っている方が頭の中で纏め乍ら近づいて来ているのであの方からお聞きください」
その彼の身を労わるように姿を現したナイチンゲールが指し示した方向には、豪勢な衣装と冠を持った状態の
「さ、朔方侯! これは何が起きたのですか!?」
「あーはい大源大臣、僕でもわかっている限りだけでも話せば長くなりますけど…」
それから大源は思いつく限りの質問を浴びせるが、白漂がそれに答えるたびに大源の米神を走る血管は増えて広がっていく。
「…そ、それでは朔方侯…あの馬鹿は…今は何処に…?」
「あっちですけど」
今にも周囲から雪が溶けて蒸気が出そうな空気の中、白漂が手で指示した方角には、全身を鎖で幾重にも縛られた人間雪橇状態のまま雪上に横たわっている龐煖と、その近くで白漂の前々世の記憶にある長野県を舞台にした推理小説で有名になったシーンのように、上半身が雪に埋まって下半身だけがY字状に大きく突き出た梁魁が意識を取り戻したのか足をバタバタさせている姿があった。
「………」
そのままやけに思い足音を床に鳴らしながら大源が梁魁の元へ歩を進め出すと、今度は白漂の所に側近達が色々とこの状況に対する疲れが非常に深く出た表情で戻ってきた。
「あー殿、咸陽から伝書鳩で何度も結果が伝わりました。加冠の儀の最中に反乱が起きたようですが制圧されて大王様方は健在のようです」
「あーそうかー、それじゃー肆氏に貂を集めて、それからー…」
白漂はそれから名を上げた二人と共に今後の段取りをこっそり話し合うが、それは戦後の救命作業及び、雪から引きずり出された梁魁と彼を引きずり出したが怒髪天で怒り狂う大源の取っ組み合いに周囲の意識は割かれたので気付かれる事は無かった。
「…本当に申し訳ございませんでしたー! 本当にウチの馬鹿が余計なことをしてここまでやらかして申し訳ありませんでしたー!」
「ぶ、ぶぐウウゥウウゥウウゥ!? だ、大源大臣苦しいです…よぶううゥウウウゥウゥウウウゥウう!?」
それから十数分後、未だに周囲では救命と復旧の作業等が続く中で、秦側の本陣ゲルで大源が梁魁の頭を掴んで全力の土下座を行っていた。
「…あーもう大源大臣そんな話が進まなくなることは一旦お止めください。その御仁の今回の過失はこちらではないことにする代わりにお願いがあってきました」
「何と!? どのようなご条件ですか!? もしこの馬鹿の首をお求めなら儂が腹を括らせて自害させた後に差し出します!!」
「ちょっとぉ大源大臣~~~~!!?」
「あーもうそんな死人をこれ以上増やす真似はおよしください。どちらかというと生きているそちら側、特にその御仁の協力が絶対に必要になってきますから」
「…え????」
その中で梁魁が悲痛な声を上げたりするも、白漂と大源はその事には構わずに後者の呆けた声を時折り挟みつつもトントン拍子で話しを進ませた。
『『『『『ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!』』』』』
『新単于誕生万歳ーーー!!』
『新たなる草原世界の王の誕生だーー!!』
秦燕の密談より数時間後、正午になった時間帯にて龍城のまだ雪に大半が埋まっている王宮区画にて、此度の戦いで勝利した側となっている
「………」
その彼らに挟まれた王宮の中央本道を、単于の衣装に身を包んだ白漂が無言を保ちつつも先頭で進み、続けてニヤニヤした笑みの梁魁、その後を肆氏ら秦側代表団の要人に大源ら燕側代表達とバラントら
『…ねえ、兄様…どうなるの…?』
『………』
『…私達…皆…死ぬの…?』
『…………』
それから続く最後列は此度の戦いで敗者となった側の首脳らが並んで歩いており、怯えて涙を流しているテノとそれを宥めるようにキッと強めた双眸を向けつつも指先が震えているバァトル、呆然とした表情でうなだれているドレゲネと、雪崩に巻き込まれて埋もれていた所を掘り出されて捕縛された目を瞑っている左賢王アルクサルトの姿が混じっていた。
(…り、李牧様の見込み通りに白漂の勢力と秦を切り離す策は成功したけど…このままだと皆が…)
その連行されていく最後列には此度の件で捕まった趙側の間者も混じっており、雪崩のどさくさに紛れて逃げおおせたカイネが危機感を募らせていた。
「…ねえ、このままだとどうなるの私達…」
一方、この事態に危機感を募らせていた女性達は秦側にもいて、彼女達は即位式が見える龍城内部の住民がいなくなった貴族邸宅の二階に集まってその様子を盗み見ていた。
「…こっちにいる私達はまだいいとして…秦領内に留まっている紅華さん達みたいに身籠っている子達やお子さん達は…」
主に竜騎等に所属していて主君である白漂と肉体含めた深い関係にある女性達である。
「…あの人の事だから、秦に残っている奥方達を見捨てて連中に乗せられっぱなしの状態は続けないとは思うが…」
その中で少数派の(まだ)肉体関係はない薙鍛は彼女たち以上に面倒な気配を覚えていた。
(…あれ? もしかして…これで紅華さん達には悪いけどもしもあっちが処断なんてされたら、正室は空位になるから…いやいや! そんなの考えたらだめよ私…け、けどー…この前にナイチンゲールに見てもらったら私の胎にはー…いやいやそんなの考えたら直ぐに怪しまれて以前に間男諸とも鉱山行きにされたどこぞの間者兼刺客の子みたいになるし…!)
(ナミさん口には出してないけど素振りからわかるけど安心して、そんなわかりやすいナミさんにそんなの出来るわけないし…)
一方で邪な思い(?)を無意識生じさせてしまい、頭を横向きにブンブン降りながらも己が下腹部を大事そうに撫でている女性や、そうした子に内心突っ込みを入れて生温かい苦笑を浮かべているミナイのような女性もいた。
「いいのかー? 白漂よーさっきの打ち合わせ通りにしてよー? こいつらの殆どがお前らを王として戴く気満々だぜ?
女性達がそうこうしている間に、彼女らの亭主である白漂は群衆が押し寄せている龍城王宮の望楼を上っており、その耳元に梁魁は面白そうなものを見る表情で囁き続けていた。
『よ、止せー! 止めんかー! 全て私がそこにいる趙人とその主人の李牧と共謀して仕組んだことじゃー! 新単于の名を幼子にすら怯えて手に掛ける無慈悲な臆病者という悪評で汚す気かー!?』
『や、止めろ! 出鱈目を言うな…あぎゃあ!?』
同時にドレゲネ一党に趙人間者らもその望楼の中間部に鎖で吊り上げられるが、群衆の中には彼らの投石をするものまでいて、ドレゲネを黙らせようとする口は潰されてしまう。
『言い訳がましいんだよボケェ!』
『さっさとそいつらを八つ裂きにでもなんにでもしろぉ!』
『ギャハハハハハハ!』
この時代の処刑というのは民衆には数少ない娯楽ではあるが、それに加えても怨敵である趙人の処刑が見られるというこの状況に、集まっている北の民は新たな強大なる単于の誕生の場面に出くわしているという興奮もあって昂り続けていた。
『…それでは白漂様、どうぞこちらへお立ちになられください』
遂に白漂はバラントの案内で望楼の最上階に設けられた縁台に立ち、龍城城内に集っている群衆を見渡した後に口を大きく開いて裂帛の気勢を乗せた声を放つ。
『ようし! それではこの場に集った北の民よぉ! これから新単于として命令を幾つかだすから静まれぇ!! 今の僕には諸君らから託された大権がある!! この状況を鑑みて即座に実行すべき命令だぁ!! 預けたのは諸君らだからそれで発せられるのは諸君らの意思ということだからだ!!!!』
『『『『『!!!!!!!!!!!!』』』』』
(…来たぞ…!!)
その若き覇王を具現化したような声に群衆は高揚をそのままに一斉に静まり返り、捕らわれた趙側間者の長である銀髪の青年は俯きながらほくそ笑んだ。
『まず一つ目、ドレゲネ達と趙側間者達の処分だが、前者は一人当たり平均分の家畜と家財以外の財産を没収した後で領域外の北に、後者は着の身着のままで燕側に追放だ』
『……は…?』
『『『『『!!!!????』』』』』
だが、まず初めに発せられた命令はこの禍根を立つ事が第一に求められるこの時代の戦後処理では、穏便を通り越して甘いとみられても可笑しくないものだった。
『白漂様いけません、こ奴らの手でここまで死者が出る事態が出た以上は死をもって償わせねば遺族らも多い群衆らは…!?』
バラントがそれを止めようとするも梁魁がその肩を掴んで止めさせ、更に戸惑いを見せて更に罵り声を上げようとした群衆らを睨みつけて黙らせる。
『…二つ目、話が終わったらさっさとこの場を離れてまだ埋まったままで助けを求めている人々を助けるか間に合わず亡くなった人を埋葬するように。その分の報酬はここ龍城王宮の財宝から功績分に応じて割って支払う。それが終わったらここ龍城は放棄して各々各自の部族に帰るように。帰る場所がないならここにいる大源殿に掛け合って燕側を頼るか、こんな命令を出した後で何だがここに暫く相談所を設けるので僕らを介して秦側に保護を求めるように、その単位は種族ごとでも各氏族や家族に個人でも自由だ。直ぐには決められなくても帰った後も朔方郡の方に相談所を設置するからそこへ掛け合ってもいい。但しそれぞれの領域内に暴れるかこっちの人間に手を出したらこっちの法に従ってやらせてもらう』
『はアアアァ!? ふざけるなぁ! そんな命令なんぞ聞けるか―――』
『あーーれーー!? ここにこの燕側全権を預かった儂がいるのにそんな事を言うやつは誰かなー!?』
『―――あってあああ!? りょ、梁魁ぃ!?』
白漂の命令の無茶ぶりが増していくと意義の叫びが上がろうとするも、梁魁がどや顔で白漂の真横の位置で演台に立って割り込むと大きく口を開く。
『さっきにこいつや大源大臣と話し合って儂が燕側代表全権を預かったァ! それはすなわちこの場での儂の言葉は燕王の意思だぁ! 更に言うと非常事態で戦時になればこいつも秦王から此度の北の地での全権を任せるとの言葉をこちらの証明書付きで貰ってるぅ! つまり儂ら二人にお前らが逆らうのは纏めてくれる王がいないという状況で秦燕二大国を敵に回すということだぞぉ!! それではー此度の秦燕使節団連合代表にして新単于の白漂殿ぉ! 最後の命令をこいつらにお下しく出せぇ!!!!』
梁魁は白漂に馴れ馴れしく接しながら王宮どころか龍城中に伝わる大量破壊兵器の爆音の如き大声で彼の命令に反対しようとする声を黙らせ、続けて白漂にその巨体に分却って腰の低さを感じさせる態度で続きを促す。
すると、白漂はその身に纏っていた単于の冠及びに衣と玉璽、更にこの戦いの終結直後に彼らに献上されたその権限で持ってこさせた左右両賢王の璽を抱えると、隣にて即位式様に着火されて燃え盛っている大火に近づく。
『…それでは最後の命令だ。
その最後の命令と同時に、白漂は単于及びその最側近の証明である品々を印璽など一部は粉々に砕いて粉にした後、燃え盛る大火に投じた。
『『『『『「「「「「……………………………………………………………」」」」」』』』』』
白漂の単于としての最後の命令が下された直後、龍城に集う群衆が所属問わず沈黙に支配され、群衆のあるものはエルサリアのように白目を剥いた後に倒れ、あるものは趙側間者達のように顎が外れんばかりに開き、あるものはバラントのように真顔のまま思考が停止し、あるものは河了貂らと違って今回の策を話されていない秦人達のように口がポカンと丸くなり、あるものはドレゲネのようにへなへなと足から力が抜けて膝が雪を静かに踏み鳴らす音で場の空気を僅かに震わせた。
これが後に紀元前238年の中華に置いて、秦国における嫪毐の乱、斉国における王家絡みの政変、楚にてこの数カ月後に起きる例の大政変と並ぶ四大政変の一つに数えられ、後にある界隈で
あの北欧海賊漫画の大作を何度読んでも思いますけど、あれだけ激しくやり合った後であんな風に纏め上げるなんて…本当にプロの方ってすごいですよね…。
次回は、前回の秦国と匈奴の両国それぞれの内乱終結とその結果を受けた各勢力の話が中心になります。