○秦始皇9年(紀元前238年) 秦国中央部 王都咸陽 王宮○
「反省文提出じゃ」
「…はいはい、わかってますよー。反省してまーす」
「棒な感じで口上されても腹立つだけだから止めろ」
咸陽での反乱と龍城の内戦における軍同士での死闘が終わってから数週間後、大急ぎで呼び戻された白漂は王宮にある一室で先のドタキャンの反省文を書かされており、それに嬴政と昌文君は慣れたジト目を向けていた。
「王都圏復興のための北や西部との人と資材のやり取り及び、今回ので空白地域となった旧匈奴領平定に必要な官僚の派遣の段取りを直ぐに済ませて北へ即座に戻ってもらうぞ」
「勿論するよ。その頃には北方最大勢力に胡坐をかいていた
「まさか王位に押し上げられた直後にそれをぶち壊しにするとは…ぶち壊しにせずに内情はそのままにして体裁をこちらと共に上手く取り繕おうとは考えなかったのか?」
その中で嬴政は真面目な表情に戻るが、それに白漂は苦虫を嚙み潰したような表情になりつつも真面目に反論し始める。
「無茶を言うな。たとえ表向きの看板を変えてもこの法治国家秦の領域内で政府が大々的にそれをやったら、あのおっさん達が起こした今回の事態以上のグダグダになるでしょーに。あんた自分の影武者を車裂きに掛けようってか?」
「おい、そいつはどういう意味じゃ?」
「新しく入ってきた新規の勢力が元から纏まりのある大勢力だった場合、それ以前に入っていた古参との間で派閥対立はほぼ必ず生じる。匈奴達をそのまま受け入れれば彼らとそれ以前に入ってきた林涼及び秦人を中心とする従来の派閥で対立が生じる。そうなると秦国内で太源を勝手に分捕ったあいつらの時みたいな混乱がそれ以上の規模で起きるんだよ。それを防ぎながらその彼らが持ち込んだ勢力を無駄なく取り込んでいく方法…それは一旦なるべく細かく解体してこちらに都合がいいように再編成して組み直すこと。それをするにはあの場で棚から牡丹餅で得られた単于の権限で相手の準備が整わない内に勢いで既成事実化するのが一番でしょうが」
「じゃが、今回の経緯を考えると元左賢王を始めとする匈奴東部の諸勢力は燕に先取りされるぞ」
「まーねー…だったら極力こっちを速めに終わらせて、全力で距離的な都合から燕の庇護下には入り辛い西部諸勢力を取り込みにかからないとな」
「だったら何でわざわざ混乱の火種になるドレゲネ一族を大減封しながらも追放に止めたりした?」
始め昌文君が半分睨むような質問攻めをしていたが、その途中で嬴政が少し複雑そうな表情でその問いを放った。
「…個人的に巻き込まれた子供に責を問うのは趣味じゃないから」
「否定はせんが私があるなら公もあるだろう」
「もう旧
「お前本当に嫌な時は嫌な男だな」
初めは孤児の時代の物憂げな記憶を滲ませた表情を浮かべながら、それへの塗布が一応あるが将としての立場から策を述べた際の白漂の嫌味全開な笑みに嬴政は非常に微妙そうな表情を向けた。
「それを言うのならこっちが咸陽に全力で向かっている最中に処刑された今回の反乱の神輿のあの遺児二人を、表向き処刑したって事にして北の方へ逃がせっていう密使を送ってきたのは…」
「…正直に言うと、連座自体がいけ好かん」
「…まーねー、子供の頃あんな目に遭わされたらそういう考えが出ても可笑しくないし、ていうか個人的にはそういう嗜好が好きではあるよ」
逆に白漂が意外そうな表情でそう言い返すと、嬴政は他所を向いたが複雑そうで且つ嫌悪感を滲ませた表情を街中へ向けた。
邯鄲での人質時代に秦王族へ生まれたというだけで、長平など大敗の恨みを趙人達から心身共に向けられた身として、個人の意思や履歴に関係なく血縁や縁戚だけで罪が問われる連座というのは好きにはなれないようだ。
「…まあ、それぞれの遺児の話は別として…それとお前の考えで始まった秦のそれぞれ広がり続けている北部と南部を繋げるための例の大工事も大きく進んでいるからな。それも含めてお前には北と南を当分は何度も行き来してもらうぞ」
「へいへーい…(ということはあの変態4人組とまた会わなくちゃいけないってとか…)というか幾らいち早く恭順を示したからって、今は咸陽迎賓館に泊めているバラント達と早々に有って話をするなんて意外だったな」
その暗い空気から真面目な話が色々と自分も巻き込んで面倒くさくなりそうになった所で白漂は話題を変えてきた。
「ああ、咸陽へ入って来た時の彼ら
「解放感から来る安堵だね、あれは」
「安堵じゃと?」
「ああ、漂の言うとおりだ。今まで強引だが領内を守護し繫栄させてきた尊敬する父とそれを共に支えてきた兄弟が一挙に賊の手に掛かって失ったことで、その分の役職が重圧と共に準備無く降り積もられた状況から解放された事に解放感を覚えているという感じだ」
「な、なるほど…」
「それでこれからどうする? 北はバラントのように安堵を覚えているものばかりではないぞ。むしろ逆に不安を覚えてそれが現実になっている者達が大半だ」
それから嬴政がこの場での話の締めの準備も兼ねてこれからの北での方針及び対策を問うと、白漂は立ち上がる。
「まーねー、即位式をぶち壊しにしたその日の後も既に都のあちこちで喧嘩やら乱闘やらが起きていた以上、元々中華とは比べ物にならない自由が横行していた北の大地を曲がりなりにも束ねていた
「「………………」」
今後の北での大まかな方針をそう述べた白漂はキラリとした白い歯を見せるが、嬴政と昌文君は実績による信頼と共に微妙な意味で慣れた冷めた眼差しを向けていた。
その微妙な空気が十数秒ほど流れた後、嬴政は再び窓の外を見やって真面目に今後の国政運営へ戻す。
「…とりあえず、今後は叛乱制圧に伴って噴き出た国内諸問題の解決が中心となるから最低でも1年、可能ならば3年は大規模な外征は控えねばならん。特に呂不韋派は長らくこちらと国権を二分してきたからその抱えてきた人員も膨大で、それを上手く吸収せんと今まで高まっていた国力がしぼみかねん。そこへ今回の反乱で大きく失点が付いた後宮派も加わるから…呂不韋本人を裁くのは半年以上先になるだろう」
「それだけ大きい敵であったし、大人物だったということさ。それだけ彼が集めてきた人材は無駄に費やしていいような人なんていない」
「ああ、これからは…呂不韋が言っていた前代未聞の“苦難の時代”だからな。その事を考慮した上で昌平君は既に中華制覇の絵図を頭の中で練り上げていたようだが…その中に休養の時を終えた後で来る“十五年”と言う恐ろしい数字がある」
「………」
それで嬴政が口にしたその単語の重みとその理由に白漂は厳かな表情となる。
「東方六国を併呑するには秦国全体が一滴の無駄なく一丸とならなくてはいかん。合従軍戦の時の士気と集中力を今の秦の全国力に乗せ六国を飲み込むまで維持しなくてはいかんが…敵もまたそれを防ごうと全力で当たるが今の秦との地力の差を考えると…向こうの負担はこちら以上と見ていい。その限界の差を見極めて秦が中華統一を成すのに最適だと割り出した時間が…“十五年”」
「要するに今後の長い休みが明けた後で十五年掛けて秦で中華を飲み込むということか」
嬴政がその表情を見て言い放つったその答えに、白漂はいつもの淡々とした表情のままだが雰囲気は凪に雍に静かでありながら全てを飲み込まんばかりに深い大海のように澄み渡りつつも深い眼差しで受けた。
「ああ、そうだ。最初にこの話を聞いた信は顎が外れそうになるまで驚いた。何せまだ一国も滅ぼしていない状況だからな。だから今の流れによる国力開発の継続とそれに伴う軍強化を進めて更に内外の人材を有名無名問わず掘り出して吸収していかねばならん。そうなれば遠くない内に…“秦六大将軍”が復活する」
「だろうね」
「お前も当然今の時点でその候補に確定で入っている。だが、その座に付かんとするのは当然六人だけで済むはずがない。こっちもそれを見込んで今後も将兵の掘り出しと育成に取り組まんといかんからな」
「そうじゃなければこちらも張り合いと頼りがいあいが無いから良い」
「………!!」
若き主従がそれ以上の熱意と不相応な深い深みを抱いて向き合っての決意に、昌文君は無言のまま息を飲む。
「だからこそ、白漂、お前にはここ咸陽からは早く北へ帰ったら直ぐに早くしてもらわなくてはいけない事がある」
「北と中央を結ぶための人員の調整だな」
「ああ、その為にでもあるが、それ故にお前個人にも深くかかわって且つ避けられん事態が目前まで迫っている」
「僕個人の…?」
その上で嬴政は白漂と同じ目線で向き合って言葉の重みをより強めていき、それの只事ではない重さを感じて白漂は見極めようとする両眼の透徹とした深みを増しつつも疑念もまた深めていく。
「紅華が北に帰った後で直ぐにお前が9番目の妻を向かえ入れられるよう準備を咸陽のお前の館ですすめているから、お前も早急に北でのやらかしの反省文を書きあげて館に戻ってやれ」
「………はい????」
だが、嬴政の重々しい口調に似つかわしくない内容の答えで、今度は白漂がポカンと呆けた表情になった。
○秦国中央部 王都咸陽 白一族宗家咸陽別館○
「くうぅ…」
「あーもう、若君またお腹を見せて眠られて…」
王宮でそのようなやり取りが行われていた頃、咸陽での白漂の館でナクタがお腹を見せて寝ている白陵に布団を被せ直していた。
「…全くもー、まさか龍城まで誘拐されたとはいえ遠出していたなんて…父親と似て人騒がせな子ねぇ…」
その様子を夫である白漂と共に此度に北での大政変への今後の対策のために咸陽へ上京していた紅華が呆れを交えつつも微笑ましい様子で見待っていた。
「…って奥様、そんなもう予定日が近づいてる身でまた…」
声から気付いたナクタが見やって諫めている紅華はそのお腹が臨月まで数週程度という状態まで膨らんでいた。
「身籠ったお腹が大分目立ち始めてるあなたが言っても説得力ないわよ。この前に誘拐を防げなかった仕置きとしてこの子が生まれるまではあなたにはその子の当分の面倒をしっかり見てもらってちゃんとした母親になれる勉強をしてもらいます。この前も袋を被せた竹刀ではなく真剣で秘かに稽古をしようとしてたんだから」
「いや、それを言うなら若君の誘拐を防げなかったこの身への罰が…若君の育児などというのもあれなのだが…それにもう二人…」
ナクタが非常に微妙そうな表情で視線を部屋の隅に向けていると、そこには縫物をしておる二人の女性の姿があった。
「…んん、これは…子供服というのも縫うのは難しいな…」
「いた…! また血が出た…槍と違って扱い辛い…」
「…何故長い付き合いの味方とは言っても若君の誘拐犯の身内とその誘拐犯と組んでいた北で敵だった匈奴の前王族出身元間者が育児に加わっているのか?」
ナクタが指さした部屋の隅には、白陵の子供服を共に縫うのを命じられたが、慣れない縫物に四苦八苦している羌瘣と薙鍛の姿があった。
「いやねえ、薙鍛の方は表向き自分の子供ということにしてる甥っ子を人質にされていたとはいえ間者していたけど、実際にはうちの人含めて筒抜けでこっちが知られても却って有利になる情報を流す二重間者ということに改竄できたし、羌瘣は昔から軍功重ねてて付き合いがあって今回の件が起きる前から蚩尤各部族に干渉してやばい風習止めさせようとしてたし、まー後者は蚩尤族が今回の件で一挙に消息不明になったから今のところは停滞してるけど。だからこそ裏切りや身内の敵対行為をこれまでの功績と何よりウチの子を救出した功で連座の罪は相殺として許されたって事になってる二人ならウチのこの育児手伝わせても裏切られる心配ないでしょ。ここまでしてなお下手な真似しても堂々と対処できる理由になるし」
(…あの人もそうだが、その正妻であるこの人もこの人で非常に図太いというか逞しいというか…、身内とは厚い信があるというか…だけど若君もおとなしそうな顔してその血なのかこの齢で随分ずぶとそうだけど…)
ちなみに今この部屋で寝ている白陵は普通の子よりも心身の成長が割と早い子であったが、当人は今回の事件は救出された後まで自分が誘拐されていた事に気付いてはいなかった。
むしろ、父と長らく会えずにいて寂しさを覚えていた所で、侍女達をテキパキと眠らせた羌識の登場には驚いたものの、大道芸人を名乗る彼女に目を輝かせ、あまつさえ父に会わせようという彼女の甘言に乗って付いていくも、守られた城での生活よりも初めて目にする大自然溢れる北の大地での旅の方が楽しかったようで、救出されてから朔方に帰ってそれから咸陽に行くまでの道中も楽しげに語り、上京中での動向でも余所見や他所道を楽しもうと勝手に抜けようとして母である紅華に毎日叱られる毎日であった。
「……ん? だれ? ん…なんか…じ~~ッと見てくる感じ…?」
「……え? 何を言って…っ…」
その好奇心に釣られての行動が幸か不幸かはさておき、白陵は周囲の気配と感情への間隔が鋭敏に育ち始めていて、その事は母である紅華が続けて目を細めて部屋に面した中庭を見やった事でも裏付けされていた。
「「「「「………………」」」」」
一瞬遅れて他の女性達も中庭を見やって、辺りの空気は静かになり始める。
「ホギャア、ホギャア…」
「あー皆ごめんなさーい、この子が中々泣きやまなくてーもう一度あやし方教えてくださらな―――!?」
だが、その空気は部屋の扉を勢い良く開けた珍しい慌てた様子の譜孝の登場と、その彼女の首筋付近の空気を槍が気鋭よく空気を切り裂く音が打ち消した。
「ちょっと譜孝殿、子供をこんな毒虫がいる場に連れ込むなど危ないぞ」
「―――あーーーー…え、えーーーーっと…あんがと」
「いや、そのやり取りの方が断然危ないと思いますけど…」
丁度自身の首元付近に忍び寄っていて鳴き声を上げている赤子に毒針を突き立てようとしていた雀蜂を正確に槍先で貫いて見せた薙鍛と、それに若干引き攣りながらも笑みを見せた譜孝に魏亶は乾いた笑みを向けていた。
「あーもう仕方ないわねー、ちょっとうるさすぎて白陵が起きそうだからあやし方を教えるから譜孝は私と共に別の部屋に来て、皆ーこの場はよろしくねー」
そのやり取りに動じた様子を見せない紅華は早速譜孝を連れて部屋を後にする。
「…さっきの間にさっさと退いてくれていったみたいですね」
「まあね、怪しい雰囲気だけどまだ敵意を抱いていない感じじゃなかったし…、この場の面子との戦力差に気付けずに手を出してくるような能無しでもなさそうだったけど…」
「また何れは会いそうな気がしますね…」
結局、素の反応を見せながらもしっかり戦国の女として感性を忘れないのが白漂の女中で、その事は部屋を後にして赤子の泣き声を隠れ蓑とした譜孝と紅華が示していた。
「…それよりも早く旦那様にこの子を抱かせてあげたいのですけどー…?」
「あー大丈夫、早く謝罪文書き上げて館に戻らないと先にこの子達を連れて北に帰るって内容の手紙を王宮に出してるから。全力で書き上げて戻ってくるわ。薙鍛さんの婚約に付いても帰りながらだけど今も話を早く進めないといけないし…」
その一方で現世の損得を絡めつつも公私混同な女の話を進められるのも白漂女中の特徴でもあった。
こんなに都合よくハーレム継続出来ないだろうって意見はありますけど、実際の世界史におけるハーレムとはラノベよりもご都合主義的非常識な展開がありながら、昼ドラ真っ青のドロドロした逸話がザラですので、本作主役のそれは割と普通(?)です。