それと、信長の忍びやスパイファミリー系のネタが混じっています。
○秦始皇9年(紀元前238年) 秦国北部 朔方郡 朔方城 内城○
「…ただいまー、戻ってきたぞー」
白漂が対趙国境線付近の山塞の一つでいつも通りに刺客に襲われつつも軽くいなしながら、それと共に不穏な品が来たと知らされてから数日後、対趙警戒の他にも北方安定化も業務に入っているため彼は早馬で自身の居城に戻ってきた。
「…おお、漂も戻ってきたんだな…」
「あー、その声は信かーーー、城の落成式は済んだんだなー…ってあ…」
城内を進んでいた所で違う門から入城していた信に出会うが、その顔がトマトの出来損ないのような状態で青痣と赤い痣で膨れ上がっていた。
「「「「「………………」」」」」
信の背後には虚ろな眼差しを添えた無表情を浮かべている河了貂、次に冷や汗をかいている微妙な表情で視線をそらしている晳琭、それらを微妙な苦笑いで見守っている玲花とステラに水谷の姿があり、白漂はそれらからして何が起きたのか察した。
「…あーうん、始拓の将来を決めるための、住民達各陣営の実質代表者達の話し合いは穏便に済んだみたいだね…(この時代にしてはね…)」
「…まーねー、信が身を這ってくれたおかげで地元のそれぞれの家の関係は深まりそうだよ…」
白漂の社交辞令的な言葉に、河了貂は虚ろで暗い表情のまま棒読みで答えた。
「まー、公的な関係はともかくとして私人としての間柄まで良好だとは限りませんけどね。さー、内城の中では新しい花嫁お二人がもう居られますから、私達の時みたいに待たせて進歩のない駄目亭主なんて印象を与えないようにしてください」
「…あーうん、君が居てくれる限りは最悪な事態にはならなさそうなので…よろしくお願いします…」
その傍には能面を浮かべた紅華の姿もあり、彼女から発せられる静かだが濃密な圧を添えた言葉に、白漂は大人しく従うしかなかった。
「…え、えーーっと…お久しぶりです。この度…貴方の第九夫人へ正式になった薙鍛です…」
十数分後、内城にある大部屋にて、譜孝が作図した中華と北涼諸民族の衣装が調和した花嫁衣装に着替えた薙鍛が、ぎこちない表情だが安堵とした様子で三つ指を付いた正座で白漂を出迎えた。
「うん、こちらこそ改めて戦友の一人として皆と共によろしく…と、言いたいけど…何かもう一人違う子がいるのだけど…? 誰かーご説明願いまーす」
薙鍛の嫁入りに白漂は始め自然体で受け取るが、直ぐに少々引き攣った表情で彼女の横隣りにいるもう一人の毛並みが異なる美女について問い掛ける。
その美女は落ち着いた暗みのある長い銀髪を三つ編みに結んで、白い素肌を飾る蒼き瞳で怜悧さとそれに隠された穏やかさが調和した美貌を構成していた。
それでいて白漂と正式な婚姻を結んでいる妻達と同様に、この時代の女性らしからぬ長躯をしていたがそれも組み込んだ、遠き西方の雪国の神々に仕えるという
「あら? 私には私達の祖国の王になりながらなったその日に勢いと舌先で潰してのけた…、壮烈な忠臣か理解不能な奸雄だとお聞きしましたが…私の方はまだお聞きになられておりませんか?」
その異質な美貌に意識を取られている周囲の前で、それとは別に嫌な予感を覚えている白漂に対して、その美女は新雪を固めて出来た氷製の琴のように澄んでいて且つ怜悧そのものと言うべき声音で、なかなか辛辣な言葉を言い放った。
「「「「「!!!!??」」」」」
「おい」
「あいた、あなたがそんな素直に怒った顔するようになるなんて…」
周囲に大半が驚く中で、驚いてない少数派に属する薙鍛がその美女の耳を捩じり上げ、痛みにその美女は少々驚きつつも新鮮そうなものを見た表情を彼女に向けた。
「…あー、貴方落ち着いてください。この中々に貴方には良く効く忠告を言ってくれた子はジークリンデ。秦では
その美女ジークリンデ改め捷璘を、紅華はまるで昔馴染みの友人を紹介するような感じで割ととんでもないようで紹介した。
すると白漂の微妙そうな表情が紅華へ向けられる。
「…僕さ君の何だっけ?」
「? 何を言うのですか? 私の旦那様でしょう」
「…ソウデシタヨネー…」
一夫多妻が基本のこの時代でも色々突っ込みたくなる白漂だが、紅華がいつも通りの笑みを浮かべつつも背後に色々複雑そうなオーラを醸し出した様子で返事したので、深く諦めた様子で視線を新たな嫁たちに戻した。
「「…………」」
その様子を薙鍛はある程度慣れつつもまだ深い理解には至れていない微妙そうな顔で、捷璘は少し目を丸くした様子でどちらとも無言で見守っていた。
「…で、単刀直入に聞くよ。僕の奥に来ようとする子なら、妻達の尻に使い回しで敷かれている旦那で、格子が無い牢屋がここの実態みたいな噂を耳にしたことがあるだろう? 自分の出身とこちらの利益及び生き残りのためとはいえここへ嫁ぐこととなって、その噂が真実と知って自分の身の不幸を泣いているかな? それともこんな情けない男に嫁がされた我が身と嫁がせた実家に受け入れたこっちを呪っているかな?」
その捷璘に白漂は戦場で思考と感覚が深まり出した時と同じ、澄みすぎているが却って深さも知れてそこがうかがい知れない湖面のような瞳を添えて、丁重も誇示もない正直な問いを放つ。
「…白漂様、嫁いできたばかりの身の方にそのような言い方は…」
「………」
白漂とその閨の先達達とは深く気心がしれ合わせつつも、後輩の面倒にはまだ十分になれていない魏亶が苦言を呈そうとするも、姫昭がその手をスッと抑えて静まらせた。
「…いや、それよりも…聞いていたよりも普通な家だなーと言うのが正直な思いで…」
だが、当の捷璘からは何処か拍子抜けしたようで目を丸くしていた。
「え? どんな感じなのを予想していたの?」
それに少し戸惑った白漂が何となく問うが、その事が何名かの女性達の意を攻撃し始める。
「そうですねぇ、侍女の方が遠慮なく当主や目上の客人を張り倒したり…」
((ギクウ!))
まず、主人である白漂に故意やそうではないのも含めて手を上げた経験の持ち主である、マルタやナクタが頬を引きつらせる。
「城の中で普通に麾下の方が盗みを堂々働いたり…」
「…くぴくぴ…」
続けて内城や練兵場における盗み食いの常習犯で、各厨房のブラックリストに載せられている羌瘣は茶を飲みながら他所を向く。
「酷い時には奥方に乱暴された時の負傷が原因で、戦場で討たれそうになったともー…」
「あら、そんな事もありましたっけ?」
「私が言うのもあれですけど笑って済ませる話ではないです」
最後に黒羊戦で肩透かしを味方に喰らわせた夫を蹴り落とした紅華が懐かしそうな苦笑を浮かべて小さく呟き、その後の戦闘でその自身の夫でもある白漂を討ち取りかけた姫昭が引き攣った笑みで小声ながら突っ込んだ。
「…ですが、これでしたら杞憂のようですね―――」
「いや、詳細な点は省かれているけど概ね事実だね」
「―――え…?」
その事情を知らず、噂として聞いた白一族及び白漂軍の話を風聞と結論付けようとする捷璘に、白漂は真顔のまま噂を肯定した。
「あ、言っちゃった」
譜孝が目を丸くしながら軽く言い放ったその言葉が、微妙な沈黙に陥った周囲に軽くない感じで響いた。
「…で、どう思う? こんな家とそこへ嫁がせる実家と、嫁ぐことになった自分を?」
「…そうですね。貴方の眼差しや語気からしてその言には偽りがないのは見えます。ただー、ここまでそういうのがまかり通っているとなるとー…」
それから改めて投げ掛けられた新妻にはふさわしくない問いかけに、捷璘は少し考えてから言葉を選んでいく。
「…家中で広範に提言を遠慮なく出来る空気を醸成したり、それに乗じて人々の本音を探ろうとしたり、そう言った際に出る陳腐な醜聞でしか人を判別できない人をあぶり出そうとしているように見えますけど…」
「「「「「……………」」」」」
その捷璘の言葉は、場に集う北の要人達の内の少なからぬ人数を感心させた。
「まあ、うちの人の場合は意識してそうやっているというよりも、素のままに動いて結果としてそうしているって方が正確だけどねー」
「この場でそういう言い方はしなくていいから…」
一方で、藍蘭がカラカラとした調子で蛇足を加えるのを王京が窘めたりした。
「…そうですか、だとしたらそれはそれでー…?」
その明け透けとした白漂家のやり取りに捷璘が新たに言葉を紡ごうとしたところで、彼女らがいる応接間に目掛けて慌ただしい足音が近づいて来た。
「申し訳ございません。城外の近くにある祭り中の村で大きな虎が複数出て人を襲っていると騒ぎになっていて…、それで城外のまだ処遇内容が決まっていない流民達も大きく騒ぎ出したようで…」
「…(このタイミングで…?)そうか、わかった。バラント、事が終わったら話は直ぐに再開するので見に行ってもいいかな?」
「いいや、我々としても貴方のご力量の方はまだ測りかねている部分も多い故、それを計れる機会とさせていただきましょう。それに…」
そして、応接間に入ってきた従者の報告に白漂が立ち上がると、バラントも同じく深い興味を示した眼光を浮かべて立ち上がったが、その視線は一瞬だが座ったままで静かな表情を浮かべつつも周囲の反応を見ている捷璘に設けられていた。
○秦国北部 朔方郡 朔方城近郊 某村落○
「ガルルルルルル…」
「グウゥゥウウウゥ…」
数分後、朔方城の近郊にある黄河支流域を埋め尽くす穀倉地帯にあるその村を、中華にいるものよりも大きな虎が複数で人々が避難した後の村を徘徊していた。
「…す、すげえデケえな…」
「ロイドさん、さっき虎に深く引っかかれたこの子の傷を…」
それを村や周辺の町村から駆けつけて来た治安隊や住民達が離れた柵の向こうから恐ろしそうに見ており、その中にロイドと呼ばれる白人系の医者の姿があった。
怪我人の手当てをしながらもうろつく虎を観察しているロイドに表情には難しそうな色が浮かんでいた。
(…まさかパルティアにとって
その心中が示している通り、ロイドは秦と友好関係にある楊端和率いる白漂前々世で言うチベットや中国青海省辺りを統べる西方山界の西部と隣接する、ペルシア系の大国パルティアの密偵であった。
ちなみに、パルティアは史実通りにペルシア高原で発生したが、セレウコス朝が史実と違って東方運営を主軸に置いていたので初期の段階でペルシアから弾き飛ばされていた。
現在、ロイドを送り込んだこの世界のパルティアは、白漂の前々世で言う新疆ウイグル自治区西部や中央アジア西部を勢力圏としている。
「皆さん落ち着いてください。虎など猛獣は自分より上だと認識したものや自分に危害を加えないと判断したものは襲わない生き物です。むしろ死んだふりをしたらそのままがぶっとやられる可能性があります。立ったまま背を向けずに見据えたままじりじりと少しずつ後退って離れるのです。幸いにも虎達はあそこで仕留めた家畜を食するのに夢中ですから無暗に騒がないように…」
「あう!?」
だが、ロイドが密偵としての性分からこの急な危機でも冷静に周りの住民を避難させようとしていたその時、虎達が獲物をむさぼっている現場にある家屋の屋根から一人の少女が茅葺と共に落ちて来た。
「っ!? 何であの子があんなところに!?」
避難民に混じっていた水谷が蒼白とした表情を向けたその少女は、彼女自身の娘であるアーニャであった。
「(…あ、あウウゥう…さっき…お母さんといっしょに城へいってたとちゅうで…かっこいい黄色いかみのひとがいて…心聞いてみたらみってーらしくてわくわくしたから…おってみたらまさか虎さんが出てくるなんて…屋根の上に逃げたらあしばこわれて…)い、いたアアァいいいいいいイ…!?」
どうやらロイドを追っていたらこうなったらしいアーニャだが、痛がっているとその周りを獲物の血で口周りを赤く濡らした虎達が囲ってきていた。
『おう? こんな所にまだ小さくて柔らかそうな人間のガキがおるでぇ?』
『人間はあんま油が乗ってないから好きじゃないんじゃがのー、まーこいつは柔らかそうだからええか』
「ふつうに食べる気まんまんだーーーーーーーーーー!!!!」
前世から心を読む超能力が動物にも通じるアーニャが、虎達が次の獲物として自分を襲う気満々なのを悟って速攻で失禁して泣きだした。
「アーニャ!? 止めてーーーーー!!??」
「アア!? 水谷先生駄目だー…!?」
それを母の勘で悟った水谷が引き攣った表情で駆け出して我が子を救おうとし、他の村人がそれに切羽詰まった声を上げたその時、彼らの間を黒い影が豪速で駆け抜けて水谷もあっという間に追い抜いた。
「っ!!」
「ゴギャアァ!?」
そして、その影は虎達の合間を駆け抜けてアーニャを牙から離すように抱き上げると、その片足で虎の一匹を胴から宙高く殴り飛ばした。
『アアァ!? 何じゃああ貴様ぁ!?』
『邪魔し追ってからにぃ! まずは貴様から食ってやろうか―――』
「ガルウゥウウウゥウ!!!!」
『―――あってすいませんしたーーーーー!!』
それに虎達は驚きつつも怒りの唸り声を上げるが、それに対して影が猛獣顔負けの獰猛な殺気を交えて睨み返すと、アーニャにはそんなちびりあがった感じ全開なのが丸わかりな様子で村から走って逃げ去った。
「…な…!?」
「あ、ありがとうございます! 何処のどなたですか―――!?」
「お母さん! 虎よりもこの人が怖いいいいいいいいいイ!!」
「―――あってぇぇ!?」
ロイドがそのあり得ない光景に驚きつつも、その状況よりも娘の安否が重要な水谷が泣きつつも安堵とした表情で駆け寄るが、今度はアーニャが別の意味で泣き出していて慌てふためかせた。
「…アア! すみません! ちょっと驚いて考えるよりも体が先に動いてしまって…子供の頃に実家が武術道場もやっててそこで鍛えていた癖で…!?」
泣き続けているアーニャを水谷へ返したその乱入者は、160センチ代後半の身を袖が長い男物衣装で固めた、緑がかった長髪をツインテールに結って赤い瞳を中心に心優しさを感じさせる美貌をした、十代後半と思わしき美少女だった。
「…ちょっと、今の動き…どう見えた…?」
「…私より一歩遅れ程度ですが…少なくとも腕力は段違いですね…」
その様子を村の外れにある小高い丘の上に到着した、白漂と薙鍛が尋常ではないものを見た静かな表情で見下ろしていた。
(…ん? 何かあの子…すっげー昔に見たことがあるような…)
その白漂達は城からこの騒ぎに不審な気配を覚えてやってきた一団なので、中には信の姿もあったが、信もアーニャを救ったその少女に深い懐かしさとそれを起因とした不審を覚えていた。
「…リナリー…今じゃヨルだったか、あ奴め…また悪目立ちしおって…」
「…まあ、今は取り合えず…姿を見せたあの白漂の所へ…あの“兄”の傍を介して如何に向こうの中枢へ忍び込ませるかが課題であるな。ヨルではなく“李填”として…」
そうして普通ではない接触を果たした彼らを、村を高所から見下ろせる山林の隙間から、まだ秦以外には導入されていないはずの望遠鏡で盗み見ている、例の墨字意匠の一団の姿があった。
「………」
その墨字意匠の者達の視線に気づいて、彼らがいる山林の方へ視線を何度か向けているのは白漂も含めて何人かいたが、それには穏やかな笑みを浮かべた捷璘の姿もあった。
今回現れた原作主人公と同性の女の子、色々と面倒くさいシスコンな身内が多そうな幾つかの名前を持ってそうですね。