○秦始皇9年(紀元前238年) 秦国北部 朔方郡 朔方城近郊 農村部 タマキ(譜孝)隊商野営地○
「いでええええぇ…!」
「我儘言うな、手当てしてもらえるだけでありがたいと思え」
輝漂(白漂)とジーク(捷璘)が夜の散歩に出る事を決めていた時、昼間に子供相手に暴行しようとしていた自称行商の余所者達は治療を受けていたが、それをしている医者の中にロイドの姿があった。
(…昼間に見た少女、歳は十代後半と言ったところか…あの体裁き…幼少から武術を仕込まれている動きだった。だが、あまりに荒事慣れしている動きと言うべきか―――)
「すみませーん、この包帯と薬を必要としている二番ゲルはこちらでよろしいですかー?」
「―――っ!?」
ロイドが治療に並行して昼間の乱闘について考察していると、その件の少女が背後に突然現れて、その双眸を大きく見開かせた。
(この俺が昼間の時みたいに気配を感じられなかったと!? 何者だ―――)
「あ、あのー、昼間の時から何度か…熱心に見られてますけど…何か私に御用でも…?」
その少女の目立たない異様さに驚くロイドだが、彼女のほんのりと恥ずかしそうに頬が赤く染まった表情を向けられると、半ば条件反射で当たり障りの少ない言葉を吐き始める。
「―――あ…いやー、綺麗な子だなと思いまして…」
「え…それは私の容姿が好みだということですか!?」
「…え…あ、ま、まあ…」
だが、その少女が一瞬にして距離を詰めてきて、嬉しそうな表情を近寄らせてくると戸惑い始める。
「…ここは夜も風が強いな。おかげで風車とそれに動く螺旋水車が今夜も回っている…」
ロイドと昼間で大暴れした少女が接近しだしてから数分後、白漂は同じ村の近くを走る用水路と並行して走る農道を散歩していた。
「…そうですね、この地を見て回りましたが…何処も地に足をしっかとつけた豊かさが育っていると思います…」
その輝漂(白漂)の夜の散歩にジーク(捷璘)は行動を共にしていて、彼女の砂漠から緑が生い茂る大地に変わった畑へ向ける眼差しには深い温かみがあった。
「君みたいな無視できない大きな存在に認められるのは感慨深いね」
「それでは、この光景を通して貴方に問いたい事が幾つかありますがよろしいでしょうか?」
「ああ、良いよ。こっちもまだ若い身だからそんな答えには期待しないでほしいけど…」
遠くに見える砂漠とは相反する命が溢れる大地の中で、相手の了承を取りつけたジーク(捷璘)は温かみと同時に怜悧に刺し通して暴こうとする鋭き眼光を備えた両眼を向け始める。
「…貴方は…今の命を育みながら…その命を奪うという立場にある今のご自身をどう思われますか?」
「…もしも下手な返事をしたら、良くて今にも背を向けてさっさと実家に帰りそうな眼付に変わったねぇ…」
そう問いを発してきたジーク(捷璘)に、輝漂(白漂)は隠す気が一切ないビビりも交えた微妙な苦笑いを添えて向き直る。
「あら? 悪かったらどうなると思われますか?」
「綺麗な笑顔へ戻った君に鈎を抜かれて首をスパンと飛ばされると思います」
「これはまた御厳しいご評価ですね」
「…まあ、そうされようとしても、こっちも遠慮なく首の骨からへし折らせてもらう可能性が大だけどねぇ」
だが、当の輝漂(白漂)もまた数秒経つと、その場一帯を静かにだが深く且つ怜悧に浸していくような殺気を交えた気を向け出してきて、それにジーク(捷璘)も綺麗な笑顔を浮かべたまま対峙する。
「…まーそういう物騒な話は脇に置いて…、君のその問いに対する答えだけど…韓で発生して今現在流行っている流行語で言うあの…“矛盾”にドはまりしてるのは間違いないだろうね」
「そうでしょうね。ですがあなたはその矛盾を無視しない人間性には見えませんが、縛られるような存在にも見えません。あなたはその矛盾をどのように思いますか?」
けれどもその殺気を輝漂(白漂)はまた自分から勝手に取り下げて自虐も交え始め、それにジーク(捷璘)は微笑ましそうな様子を見せながら更に問い詰めていく。
「…そうだね、とりあえず…その矛盾と言うのは…人間の…いや、命を持つものすべてが生まれた時から持つ…“本質”だろうね」
「「「「「…………」」」」」
その深まる問いに対する輝漂(白漂)の答えに、周囲の茂みに隠れてその散歩(実質はお見合い)を見守っている紅華ら付き合いが長く深い者達は深く聞き入れる。
「…人間の、命の本質が…“矛盾”だと…??」
一方、その紅華達と共に同行して白漂達を盗み見ているバラント達は、困惑を覚えつつも同時に無視し難い重みも感じて目を大きく見開かせている。
「“矛盾”が我々の本質…ですか? それはどのような意味ですか?」
「そこまで深い意味じゃない。色々な物事で関わったり頭を悩ませたりそれらを解決していったりを繰り返したら…、命とか人間とかそういうものだよなーって感じになって、それを自分にもわかりやすくなるようにわかりやすい言葉に当てはめてるだけだよ。例えばほら」
その答えを間近から受け止めているジーク(捷璘)に対し、輝漂(白漂)は今現在の自分達が歩いている農道から見える、畑から幾つもポツンと伸びでている蟻塚を指さした。
「あれもまたシロアリ達が生きるために気が遠くなるのを通り越して胃潰瘍になるだろうくらいの時をかけて学んで築き上げてきた彼らの知恵の積み重ねだよ。だけど、そうして大勢生かせるようになったけど同時に大勢死ぬようにもなったということだ。近くへいっしょに行こう」
輝漂(白漂)はタマキ(譜孝)から借りた硝子灯*1を頼りに、ジーク(捷璘)を連れて畑には言えている黒麦などを踏まぬように掻き分けながら、その蟻塚へ案内する。
「ほら、この蟻塚の今の現状を見て」
「これが何か…あ…」
輝漂(白漂)が蟻塚の下あたりに硝子灯を近づけると、ジーク(捷璘)はそこで良くない意味で親近感を覚える光景を目にする。
その蟻塚では、そこを根城としているシロアリと、この地域に住まうグンタイアリ系と思われる肉食性の蟻が大軍同士で戦争中だった。
『く、くそぉ! この地がやっと豊かになった途端に攻め寄せてくるはぁ!』
『攻め落とせぇ! アリもどきの白いG共*2の巣には我々が欲する卵が腐るほどある! 奪えば冬を越せられるぞぉ!』
『蟻の皮を被った畜生共めぇ! 我らの祖国を奪わせはせぬぞぉ!!』
『ほざけぇ! 貴様らこそ我が祖国の肥やしとなるがよいわぁ!!』
ちなみに輝漂(白漂)の脳内フィルターを通してそのような叫び声がシロアリとグンタイアリの戦場で木霊していたが、実際に彼らがそう叫んでいるかは定かではない。
「シロアリの巣が大きさと数を増すにつれて、それを餌とする肉食性アリもまた数を増やしてきたんだ。生きるための工夫がより死人を増やす要因にもなる…これだってれっきとした“矛盾”だ」
「…つまり、人間のように複雑になっても…命は“矛盾”からは逃げられない…と?」
その人間と違って複雑な感情や恨みつらみが無い野生の世界ですら、生きるための争いは無くせないという真理が、改めて人の業と言う存在をジーク(捷璘)に再認識させた。
(…私の前にいた世界でも、人は異星起源種を相手に文字通り絶滅するか否かという状況に立たされていても…生きたいという根源は同じなのに…その為の内輪もめに明け暮れていた…だが、その事実は…本来なら貴方みたいな立場の人が口にしてはならないのは…貴方自身がよくわかっているはず…なのに……)
同時に、ジーク(捷璘)は輝漂(白漂)が露わにしている人間観とその思考の危うさにも気付いて困惑を覚える。
「…その矛盾に気付いた後の進み方で、その人間が自身の価値を見出せているか、価値を見出せる道をどのようなのにするか…それで、その人が自身と他者に見出せる価値…“可能性”と言う“余分”を、人ひとりひとりは見出す生き物だと思うよ」
「…“可能性”が…“余分”?」
その困惑は輝漂(白漂)の言葉によって更に強まりつつも、暗闇で見出した光が強まってくような感覚も覚えてジーク(捷璘)は彼への意識の注力を更に強めていく。
「君が髪につけている髪飾りがもしているもの…ヤブランの花言葉は“誠実”や“追悼”を意味するけど、そういう花言葉だって人間が元から合った花に後付けしたものだ。けれどもその意味から色々考えをめぐらして行動に移れるものもいるのが人間と言う生き物で、そういう余分なものがあってこそ人間は“可能性”を見出してあれこれ考えたり動いたりできる生き物だよ。多分、そういう余分なものを無くした方が人間はより楽に生きられてより楽に死ねるだろうけど、逆に言えば可能性もまた少なくなって無味乾燥とした生になっていく。そして、人から助言を受けたりをしても、それを完全に人任せじゃなくて一部かもしくは全部を自分で余分なのを選べるのが人間の権利だ。本質だけを見ていたらジッとして固まるだけになるよ」
「………………」
輝漂(白漂)の言葉は色々話が飛んだりしている面もあるが、その事でジーク(捷璘)には却って視野が広がっている様な感覚も覚えさせていた。
だからこそ、ジーク(捷璘)は自然と次の問いを放ってしまう。
「…だったら何故、貴方は…矛盾から生じる可能性をより多く見いだせる…という余分を多く手に入れられる王位を…“単于”を…あの時に捨てたのですか?」
それに対し、輝漂(白漂)は重々しさなど感じさせない様子で考える間もなくに答えを返していく。
「まず少し考えて。家の内でも外でも色々大勢の手を借りるためにお願いしなくちゃいけない生まれから育った僕が…、どうして“土の上に一人”と文字通りの意味で、この大勢の人が暮らす大地の上に余分なものを少なくしなくちゃいけない一人の存在となってその視野で物事を見なくちゃいけない“王様”にならないといけないんですか?」
「………それは…」
「多分周りが不幸になるよ」
「……」
「何より何で僕が“土の上で一人”だなんて半分独りぼっちみたいな詰まんない人生を送らないといけないんですか?」
それは童みたいな凄く嫌そうな顔と頓智も交えた答えで、却ってジーク(捷璘)は心に深く新鮮な清水が染みていくような感覚を覚える。
「…でもま~、うちの王様みたいに仕事は独りぼっちに徹しながら裏では周り巻き込んで思いっきりはっちゃける器用な人もいるし、僕自身さー…既にあそこで王様そのまま続けてればよかったなーって思ってる場面も幾つか出くわしてるんだけどねー…」
「…あう!?」
故に、その深く感じ入って身から力が抜けた状態で、今度はやつれた社畜のような表情を添えたその輝漂(白漂)の愚痴は、彼女からガクッとよろめかせてその頭を蟻塚に打ち付けさせ、普段からは想像し辛い可愛い悲鳴を上げた*3。
「…って…え、えーーっと大丈夫? 今日一日色々あり過ぎて疲れたとか?」
「…い、いや…さほど疲れてはいませんけど…」
自分が原因にも関わらず都合よくそれには気付かないで戸惑い介抱しようとしてくる輝漂(白漂)に、ジーク(捷璘)は昼間にて紅華から聞かされたある言葉を思い出す。
『漂は言葉でも相手を揺り動かすけれどもそれで傾いた時に、自分で蛇足としか言いようのない言葉で続ける癖があるから、今回の会談だけで話しが付くとは思わない方が良いわよ。いろいろと身も含めてぶつかったり手を取ったり足を引っ張り合ったりしないとわかって来ない部分が多すぎるわ』
その言葉を思い返したジーク(捷璘)はフッと口元に軽く笑みが浮かんで、故に行動でも彼との問答をより深めて重ねていきたくもなった。
「…とりあえず、私も貴方の周りにいるそうした余分な一人になった方がよいのか、貴方が私の周りにいる余分な方の一人になってもらった方がよいのか…ここからは、言葉だけではなく身の方でも確かめさせてもよろしいですか?」
「…むしろ喜んで…」
そして、痛む頭を撫でながらそっと(薄っすら涙目ではあるけど)微笑みを添えて伸ばされてきたジーク(捷璘)の手を、輝漂(白漂)もまた微笑みを添えて静かに手に取ると、お互いにこれから行う行為を無暗に人目へ晒されない場所へと歩を並べて進めさせた。
「…あそこまで上げては落とすの繰り返しを意識なくやる男も珍しいな」
「それで結果はどういうわけか良い方向に持っていくけど、それに至るまで周りに無茶苦茶苦労させる人なんだけどねぇ…」
その様子を終始真顔のまま見守っていたバラントに対し、紅華は嫌な意味で慣れ親しんだものに対する凄く微妙そうな表情を浮かべていた。
「さー、皆ー朔方城へ行く準備をしましょー(明日に帰って明後日の嫁入りの正式な儀式の仕上げに入らないといけないから)。そっちの二人も手伝ってー」
「あ、やっぱりいた」
「!?」
それに対してタマキ(譜孝)は何食わぬ顔で近場にある別の蟻塚からヒョコっと姿を現し、輝漂(白漂)はキョトンとした表情に変わったに対して、気付けていなかったジーク(捷璘)はギョッとした表情で頬が結構濃い朱色に染まった。
会話ばかりに時間を割く話になりましたが、次回は大人向けのお話になるのでお待ち下されば幸いです。