それらに尺が取られて大人向けシーンは無いです。
○秦始皇9年(紀元前238年) 秦国北部 匩涼系領域内 白漂軍野営地本陣 某所○
(…怪我人及び死傷者の分類わけで今日の分は終了。戦闘継続が困難になった重傷者の後方への移送は終了か…。その為の医療物資及びそれに乗じての工作活動に必要な物品の密輸も順調か…)
信と李填が生き別れていた兄妹の感動の再会(?)を果たしていた頃、軍医と言う形で上手く白漂軍に潜り込めていたロイドは書類の整理をしていた。
「あー先生、やっぱりここにいたんですねー。あの話を憶えていますかー?」
そんなロイドだが軍に従軍している女性達から誘われることが増えており、今もこうしてその一つが行われていた。
「? あの話と何のことで…あ…」
「あー、忘れてたんですねー。数日後にやる近くの町で開かれる宴会のお誘いー。先生もいい歳して人気もあるんだから参加した方が良いですよー」
(…ッ! しまった…俺としたことがその事をすっかり失念してしまっていた…! 秦の上層部へ更に食い込みながら例の疑念も打ち消す機会なのに…!)
その女性達の言葉で、ロイドは表情こそ動揺を見せないが内心でしまったと歯ぎしりした。
この時代、各国は戦争などの為の人員確保と補充のために人口を非常に重視するが、とりわけ秦では法律でもそれを推進している。
商鞅の頃より成人男性が複数人いる家には税金を割り増しにするなどの法があった。
今でも、独身よりも既婚者の方が税制などで優遇される他、子を多く設けた家庭には軽減税率が設けられるなどがあった。
何より、この時代においては独り身の成人は間者などの疑いを掛けられやすく、婚姻の内容次第で人物や家の浮き沈みが大きく左右されるのだ。
「すみませーん、西の二番倉庫はこちらの近くと聞いたんですけど…?」
李填がその身に似合わぬ大きな荷物を抱えて現れたのは、ロイドがその事で深く悩みそうになったその時だった。
「(ッ!? またこの俺が気付かれることもなく背後まで近づかれたと…)あ、そのお荷物でしたらこちらですよ」
「あ、ありがとうございます」
「夜道で分かりづらいでしょう。中身の確認もしなくてはいけないので…」
ロイドは驚きつつも作業していた女性達に振られていた話に窮していたのもあって、李填の案内に乗じてその場を後にした。
「…え? 何よあの子?」
「急に現れてロイド先生と何してんの…」
故に、色恋なら付き物の後ろ暗い女の争いが、時代ゆえに過激さも交えて秘かに始まった事には現時点では気付けなかった。
○秦国北部 匩涼系領域内 白漂軍野営地本陣 総大将ゲル○
李填が生き別れになっていた実兄信との感動の再会(?)を果たし、それから仕事を思い出して荷物を目的地に運んだところでロイドと再び出会ってから一時間以上経過した後、総大将ゲルの窓が開いた。
「…今日は月が良いな…」
そう静かにぼやきながら夜風に当たっている白漂の背後には、彼から今宵の情けを貰った女性達で肌色の海が出来ていた。
「…将軍、これ…数日後に来る秦からの移住組の新豪族とこの地域で新たに恭順した各種族大人達の名簿です」
但し、疲労が回復した何名かの女性達は既に今後の予定についての段取りを進めていた。
人間の適応力とはすごいものである。
ちなみに、情事の最中に感じ取られた外部の不審者の気配は、こちらに対して敵意と害意の類いは感じられなかったこと、正直、襲い掛かられても直に交わっていない女性達なら返り討ちに出来るレベルだったので今夜は無視された。
「…これはこれは…と、準備の方は順調だけど…給仕役が足りていないな。何名か新しく陣中の面子で補充するか」
「それなら知名度の高い武人の方を表向きは招待客の一人と言う形で接待に回ってもらうのは? こちらの要人方に幅広く顔を売りたい大人も多いですし…」
「そうだね紅華…と、こっちは咸陽からの指令書か…?」
話は戻って情事の後の後での今後に行事予定の事務処理だが、その中の一つで白漂の関心と疑念を強く退くものがあった。
「…今回も、燕側と秦本土を繋ぐ街道の治安回復を最優先で行うように…か。南回りの街道は何方も予定通り進んでいてそれは中央にも報告済みなのに…。咸陽は何か向こうから大きな客が来る予定なのか…?」
「燕在住の諸民族と同族の人達は秦にも増えてその伝手も利用していますが、如何せんあの国がこちらからも見ても秘密主義と情報統制が強すぎる面がありますから…」
その咸陽からの指令書に、白漂は大きく関心と警戒を強く掻き立てられていた。
○秦国中央部 王都咸陽 王宮○
白漂が月を見ていた晩の次の日、その日も秦は後方の地がある意味で前線よりも熱気を増している状況にあった。
現在、秦国は国境線でこそ中規模程度の戦線を何カ所か抱えてはいるが、基本として嬴政が内戦終結後に帰還した白漂に語ったように、主要な力を内に向けて注ぐべき時期に入っていた。
その事は咸陽にある大本営の方も強く認識されている。
「今現在の趙の動きはどうだ!?」
「あそこは大丈夫だ! 李牧が失脚して楚に亡命して更に北での工作失敗で国内に残留している傘下に、秦領へもはや大規模な工作を行える余力はない」
故に、今も開かれている会議においても、最大の懸念はそれを阻まんとする外部からの干渉であった。
「問題は魏の方だ! あの国が呉鳳明を中心としてまだ日が浅い山陽と著雍への工作をあきらめてはおらん!」
「更に楚も
「中間の韓がその楚と魏の仲介に立って両国と同盟を締結させようとしているという情報もあるぞ!」
「友好関係にある燕や斉もどんな些細な動きでも見逃すな!」
「中華だけに目を配るのも危険だ! 合従軍の時の匈奴の侵攻やその後の内戦を見れば無視は出来ん!」
会議の熱は下がる所を知らず、あるものが最大の懸念を口にする。
「今この状況でまたしても合従軍を起こされでもしたら…!!」
「「「「「!!!!!」」」」」
その懸念に議場に集う者達の大半の緊張が増す。
「合従軍はそう起こらん」
「「「「「!!!!??」」」」」
だが、その懸念を真っ先に否定したのが、別の時間軸で同じく緊張を強めていた昌文君であった。
「前々回は当時の各国に名声が既にとどろき、更に秦六将にも戦場で勝ったことで確固たる武威を示した魏の信陵君、前回は大楚の令尹*1として名声があった春申君と、王騎・劇辛を討った李牧の武威があってこそ成り立っておった」
「だが、春申君は前回合従軍の失敗で一度失脚して復帰した後も現在は東方から目を離せぬ状況にあり、李牧も合従軍敗戦で地位低下したところで現趙王との政争が極致に達して楚に亡命する羽目になり、未だに汚名返上が出来ていない」
「今となってはあれを起こせる大人物は少なくともこの中華にはおらん」
「何より合従軍なんぞこちらが作らせん」
続けて昌平君もより詳しい解説に加わり、周囲の期待と安堵を増させていく。
(…それに、前に漂が言ったとおり、たとえ起こされたとしても…もはや合従軍は脅威になるとは言えん…)
その中で昌平君が内心でとんでもない事を思い浮かべるが、彼の記憶は嫪毐の乱が鎮圧した後、白漂達が靖涼の変鎮圧の報告のため、咸陽に上京して滞在していた時期に遡る。
「…あーー、疲れたー…長ったらしい反省文を書かせるだけじゃなく…それに紛れて今回の北で起きた事の詳細を絞れるだけ絞り出そうとするもんなー…」
当時、白漂は咸陽に呼び出されてドタキャンによる謝罪文及び反省文を連日書かされていた時で、その日も肩を大きく落とした様子で王宮を出ようとしていたところだった。
「…ん? 何だあれ?」
王宮と外部を繋ぐ高層式渡り廊下を進んでいた白漂は分かれ道の先にある嘗て母校たる軍師学校で、昌平君含めた十数名の生徒らが今の秦全体が詳細に描かれた大地図を机上に広げて模擬戦をしているのに気付いた。
「…先生お久しぶりですー」
「漂か。今日も王宮への釈明への帰りか」
「はい、その通りでー-…って、今回はどんな内容で訓練をーー--…って、これは…」
それに興味を抱いた白漂は渡り廊下から飛び降りる模擬戦の場に加わるが、その机上の状況は前回の合従軍戦初期の頃に似ていた。
「…ええ、前回の合従軍戦も含めて大戦というのは戦技や軍略、兵器研究においては格好の検証材料なのです。ただー…合従軍戦になると…もう、函谷関中心に防衛に徹して普通に根気勝ちというのが常態化していまして-…」
「前回と比べれば前回合従軍以上の兵力を中央に集めつつ、連中が通ってきた道を遮断して兵糧攻めにするくらいの余裕が出来ていますし…」
「正直、それが最良の策なのでこれ以上は思索を進める価値が薄れていっているという感じなのです…」
但し、今回の模擬戦はややマンネリ化している節があり、それが昌平君にはやや不満のようだ。
白漂の後輩に当たる現在の軍師学校生徒達は、今の富国化してからの秦で物心が身に付き、先の合従軍戦にも参加していないものも多かったので、白漂が生徒だった頃に比べて真剣みに乏しい感じがあった。
経験のある教官達も自分達の若い時期と比べて取れる手は豊富になっていたので、意識は別として実際に取る対応策は大差がない状況であった。
「…そうだよなあ、他にはもう…咸陽の守備は一旦捨ててそこで合従軍を根こそぎすりつぶすしかないしなぁ…それも馬鹿みたいに手間がかかるし…」
「「「「「…はい!!??」」」」」
故に、白漂が少し難しそうな顔で投じたその意見は、そうした生徒達と経験のある教官達の何方も、マンネリ化した空気を葬られるには十分過ぎた。
「漂、その状況を詳しく説明しなさい」
ただ一人、昌平君だけが怜悧且つ深い探求者の光を宿した両眼を向けてきた。
「秦も昔と違って咸陽以外にも大きな城市が多数育ってきて、それを支えられる開発が進んだ土地も増えているじゃないですか。昔は咸陽とか関中を落とされれば終わりだという感じでしたけど、今では割と大きい痛手程度に済むようになっています。函谷関の方も今のものだと前回以上のものに攻め込まれても半年は最低で守り続けられる状態になっています。それだけあれば人に物や資料などを蜀にも一時遷都して全国の情報網を再構築ということも出来ますし…。そうした後は程ほどに敵軍を通した後で収穫終えた田畑を目くらまし代わりに焼いた後で、バレにくい程度に財貨残した咸陽まで明け渡した後で、そこを取り囲めば兵糧攻めにでもなんでもできるし…」
「合従軍くらいに巨大な軍をどうやって包囲するおつもりですか?」
当然、常識的な疑問も出てくるが白漂はさして動揺を見せずに言葉を続ける。
「それまで咸陽を敵から守るのに古くから使っていた壁を今度は敵を囲むのに再利用すればいいさ」
「壁? そんな都合の良い壁がどこにあると言うので…あ…」
困惑した生徒の一人が問い詰めようとするも、その言葉は白漂の背後に広がる咸陽、そのまた更に遠方に広がる四方に広がる“壁”に気付くと言葉が止まった。
「ここ、咸陽王都圏は別名“関中”と言う名が示す通り、その出入口となる函谷関含めた四つの関所を除けば、周囲は軍勢の行き来が非常に困難な山岳地だ。守るのは容易いが逆に言えば打って出るのは難しい。ここを空っぽにした後で敵は王都に引きずり込んだ後で、四関含めた出入口を塞げば中で連中は飢えだす」
「合従軍が元気なうちに数任せで強行突破しようとしてきたらどうするのです?」
「その数を生かせる最大の場所でその強みを潰せばいい」
「強みを生かしながら強みを潰せる?」
周囲から注がれる視線を浴びながらも白漂が次に指さしたのは、この中華で有数の穀倉地の一つを潤す渭水とその流域であった。
「…ここなら合従軍級の兵力を広範囲に広げられるし…けれども、そうして展開した所で上流に幾つも建設している貯水池の堤防を切り崩せばその濁流で殆どがおじゃん」
「「「「「………………」」」」」
軽い調子で且つ簡単な言葉で解説されてはいるが、その内容は聞く者達には軽い調子で済ませてよい内容ではなかった。
「…だが、言葉で言うのは簡単だけど…ここまで行くと本当にかかる時間も費用も人員も尋常じゃないんだよ。多分これで合従軍を残らず潰せても最低でも1年くらいは大規模な外政は出来ない。他にも作戦と言ってもそれを公に出来ない以上、首都陥落の報を聞いて動揺する地方とかも出てくるし…」
「介億、この方策や状況も研究の対象にするぞ」
「…………え?」
だが、その方策を口にした白漂本人が今度は否定気味に語ろうとしたところ、話の主導権は昌平君達に引き戻された。
そこで昌平君の改装は途切れて、時は咸陽での会議に戻る。
(…しかし、本来なら死守すべき王都圏すらも相手を引きずり込んで逃げられなくし、自由に縊り殺せる状況に出来る撒き餌と罠にしようなど…漂め…、普段は軽いくせして恐ろしい時は本当に恐ろしい事を考えおる…)
その場で、当時のその模擬戦の内容を後で聞かされていた昌文君は、合従軍繋がりでその事を思い出して冷や汗を掻いていた。
一方、昌平君の思考は現在における合従軍の可能性に戻って視野は再び広がる。
(…いや、それにしても誰にも起こせぬし、脅威にもならぬというのは言い過ぎか…念のための
その昌平君の思考は、この中華で嘗て最も統一に近かったとされる大陸東端の国と、それと海を挟んで更に東に位置するこの世界におけるその群島に向けられていた。
○秦国北部 朔方郡 朔方城 内城○
「……ん…く…これは…あいた…」
咸陽でそのようなやり取りがなされていた頃、北に位置する大都市でそこの城主でもあるその男を夫や愛する男とし、その子を胎に宿した女性達が子供服を縫っていた。
その中で魏亶がやや慣れない様子で、今も縫い針で指先を傷つけてしまって眉をしかめている。
「魏亶様、これはこうです…」
「あ、ありがとうございます…」
魏亶の指を労わりつつも彼女に織物を教えているのはナクタで、この中にいる女性達の中で彼女は大きく膨らんでいる部類であり、その表情には妊娠が発覚した当初の不安はなく、我が子の誕生を待つ穏やかな母親の表情が浮かんでいた。
ナクタは白漂が北方の安定化と練兵の為に回っていた時期、ある農園に駐屯していた時期に彼に抱かれて身籠り、この中では二番目に腹が膨らんでいた(詳しい内容は番外編115.4に載っています)。
「いやーさー、真面目な表情しててさーちゃっかりしてますなー。でも母親がこんなお堅い子だと子供が息苦しそー」
そのナクタを茶化しているのが、龍城攻防戦の時に白漂を逆睡姦(?)した時に子を身籠ったナミである(詳しい内容は本編148に載っています)。
「お前が母親になるよりも子にはマシだと思うが」
ナミとは違って無表情だが頬が薄っすらと朱色に浮かんで、瞳に満更ではなさそうな色が浮かんでいる扁鵲が突っ込んだ。
ちなみに扁鵲は浴丹の時で白漂に抱かれたのが大当たりして、この中にいる女性達の中では最も腹が膨らんでいる(詳しい内容は本編112に載っています)。
何はともあれ、この時代ではトップクラスに穏やかなハーレムが白家では日常となっていた(本人達の感じは別として)。
「…失礼しまーす。先ほど北から伝書鳩が来ましてー、しばらくしたらシャンディさんもこちらに加わることになりましたー…」
「「「「「……ア、ハイ…オメデトウゴザイマス……」」」」」
その証拠として、当の愛する夫から妻やその想い人として冷や水を送り付けられても、同時に微妙極まる乾いたシンクロを放つまでになっていた。
今回はあのロイドさん絡みで何やらきな臭い感じがちょこっと…果たして、近代以降とはデンジャラス度がけた違いな紀元前ではどうなるのでしょうか…?