○秦始皇9年(紀元前238年) 秦国北部 匩涼系領域内 オアシス都市水階 白漂軍駐屯地○
「いやー失礼した。私は趙雲子龍と申すもの。今は各地を武芸の修行で回りながら各地で戦働きをしながら暮らしている身で、今回はこの辺りに隠れ潜んでいる怪しげな方士の集団を退治してそ奴らに誘拐されている娘たちを助けてくれと言う依頼があってなー」
茂みの中で白漂がいつものように情事とそれを隙ありと狙った奇襲に襲われて数分後、彼はその襲撃した身だが今は友好的に接している美女と話をしながら夜道を歩いていた。
美女の名は趙雲と言って字は子龍。
ここ近年に秦領に編入されたばかりの太行山脈の某所に出自を持つ身で、女性ながらに戦働きが出来る程の槍の腕で各地を流離う、水色の短髪と赤い瞳が似合う美女だ。
ちなみに、白漂達にはこの辺りで女性を誘拐するカルト宗教的組織の一員とその交わり及び周囲の死体から誤解して襲い掛かるも、気付かれぬ内に白漂によってその賊から救われてお礼を言おうと追ってきていた娘の一人が間に入って誤解が解けていた。
「…ちょっと将軍、確かに我々もその彼女が上げてる組織を退治してくれって地元から頼まれてますけどこのまま付いていっていいんですか?」
流れでその趙雲と正体をまだ告げていない状態で勘から動向を決めた白漂に対し、同行する竜騎の一人で小柄だが豆タンクのように屈強な肉体とその渋い表情が付いた頭と同程度の槌がついた錘を得物とするダーズが問いただす。
「…まあ、気配からしてその例の集団はそこまで数は多くなさそうで且つ腕っぷしもそこまで高くはなさそうだし、いざという時の為の後詰の指示を出した幾つかの隊も、例の怪しい方士集団の根城に着いて少々した頃には追い付くだろうからー…あ、見えてきた」
白漂は部下からの懸念を説き伏せつつも趙雲に付いていき、そこで怪しい臭いを何種類も実際に漂わせている廃城の姿をした根城に辿り着いた。
「…ハァァ!」
「ぐふぅ!?」
数分後、その根城の領内で趙雲は気勢を上げて巧みなやり裁きでカルト宗教のメンバーを次々と倒していっていた。
「殿ー、こっちの牢に誘拐されていた娘たちが居ましたー」
「そっちに任せるー。僕はこっちの色々見つけた品々を運ぶからー」
そして、白漂達は戦闘の主だった部分はその趙雲に任せ、自分達は誘拐された人々の救出や、重要そうな資料の接収を進めていっていた。
「そっちも戦わんかー!!」
そんな白漂一行に趙雲は正体を知らされていないというもあって、真面目な表情で何度も叱りつけたりしていた。
「知らないというのは本当に凄いですねぇ…」
その様子を証拠集めしつつも捕虜の捕縛もしていた竜騎の部隊長の一人炳廷が凄いものを見ている表情で見守っていた。
「…それにしてもこの集団が持っている資料…毒物や薬物に関するものが多いですね。暗号が多用されていますから解読には時間がかかりそうですが…」
「そうだね…(何か前の世界で見たヴォイニッチ手稿や、斉陽移転後のアトラス院の秘密図書館で読んだそれと同系列の医薬系の魔導書に似ているな―――)」
「死ねぇぇええ!」
「―――あって邪魔」
「ギャアアアアア!?」
そうした炳廷達と共に白漂は押収していっていた資料に知的好奇心も含めて興味を示したりするが、その間にも敵の残兵が襲ってきたりするもほとんど見向きもせずに返り討ちにしており、それが趙雲を悩ませていた。
(…のんきなように見えて尋常ではない戦技を見せたり、女子に心惹かれる惰弱かと思えばそれに隠れた思惑を見抜いて逆手に取る器用さを見せたり…何なのだこの男は…?)
その趙雲が悩んでいる間も白漂は押収した資料を読み漁っていく。
(…あー、こういう時勢で将来に不安を覚えた庶民を軽く釣って得たような情報ばかりだな。直ぐに強硬策を取る必要は無さそうだが。む…こちらは植物の挿絵付きだけどー……っ…)
その時の白漂は背を趙雲に向けていたので彼女には知る由もなかったが、弱ったりした家畜を正確に品定めして処分する屠殺人の表情になった。
それを見た味方は何度覚えても慣れない悪寒を帯びて、何人かはその極寒の穂先を向けられたまだ知らない相手に同情の念を生じさせた。
「…ハア!? 延期になった宴会は止めて朔方に帰るだぁ!?」
数分後、急に後詰として呼び出されながらも追いついてきた信はその決定に口が大開きした。
「ああ、燕側から追加の使者で向こうからの到着は無期で延期してほしいとの書と侘びの品が送られて来たからな。出席予定者も半分以上が例の水害で来れなくなったし、既に来ている人たちには詫びてその品を持たせて帰らせ、まだ来てなかったりしている方にも侘びの使者を品付きで送る事にした。今回の調べで前々から出ていたある懸念の調査を強める必要があるのが分かったからな」
一応は事件解決させて趙雲には正体を明かさないまま彼女を帰らせた後、白漂は増援及び後の調査のために駆けつけてきた信達をそう説き伏せた。
○秦国北部 朔方郡 朔方城近郊 某負郭○
「…合言葉は…?」
「…………………」
水階での掃討作戦から数週間後、白漂の居城から近くもあまり人が近寄らないその山間の地で、見るからに素性が怪しい者達が集まって取引をしている村があった。
平時においても貧困が無くならない以上、戦乱の時代であるこの中華では貧困層やその出自の為に罪を犯さざるをえないものは一定数以上存在する。
そうした者達はこの中華では城外で負郭と呼ばれるスラム街を形成しており、その村もまたその一つであった。
「……近頃は町の城外近くでは見受けられなくなったけど…、今回は近くの深い山間にあったな…」
その負郭の一つを囲む山の一つの中腹にある茂みの一角から、水階での宴会を取りやめて戻ってきた白漂達が盗み見ていた。
「…他所のは殆ど貧しい人ばっかで大抵の大きな町の城外付近に広がってるけど…秦のは少ない分に実際に見つけると闇がめっちゃ深そうやな…」
ココロがボソッと呟くが間違ってはいない。
この時代の負郭と言うのは、正史でも描かれる戦災で出た難民が原因である。
逆に言えば戦災が減ればその供給人数は減るし、そもそもここのような不衛生且つ危険な場所には居たがらないのが人情なので、良い仕事に付けたりで脱出出来れば自然と減っていくものでもあった。
実際、この世界での秦は嬴政即位以降だと辺境拡張に伴う雇用の増加と、王様本人の育ちからくる孤児の時点からの支援の制度化で他国に比べて大幅に減りつつあった。
逆に言えば、その状況下でも存在する負郭とはそうした正業には着く事の出来ない
「…あーうん、ぼろを着てるのが多いけど…その下に見える身体は…食事に困ってる類の人達じゃないわね…。それを中心に賊生活が染みついたのが大勢雇われてるって感じ…」
その事は、山中の茂みよりその狙撃手もこなせる視力でステラが確認できていることからも明らかだった。
「まあ、いつも通りにやるだけだけどね」
そして、ステラが見つめているその負郭の運命も、白漂が小さくそう呟いた時点で彰隆だった。
数分後、少しの怒号と嘲笑の後に、悲鳴と命乞いをしばし奏でた後にその負郭は幕を閉じた。
○秦国北部 朔方郡 朔方城 研究所○
「…何だか見慣れない文字だな。倭人が使うカナ文字に似ているが…」
「この薬品は何か見慣れないなあ…」
「おい、詳しい解析は部屋に持ち帰ってからにして今は整理を優先しろ」
白漂軍の平時における日課(?)の一つがこなされた日の翌日、同じ郡内に有って今現在白漂軍本軍が付近に駐屯しているそこで、学者達が届いた資料に研究所の門前から好奇心で輝いている表情を向けていた。
それらは数日前に白漂達は潰したカルト系組織が根城にしていた廃城などから押収された代物が中心だった。
「こっちは薬だなん…ん? 何か黒い粉みたいなのが…っ!?」
そうした品々に混じる薬品の一種に学者の一人が興味を浮かべようとするが、それは視界に映し出された人の影のシルエットの形に対する恐れで塗りつぶされた。
「ちょっと待ってねぇ、その薬は君にはまあだ早いよぉ…」
「「「「「!!!!!?????」」」」」
続けて間が抜けた声を発するその影の主の音もない登場に、周囲にいた学者や警備兵達のいずれもが戦場とは別の恐怖を覚えさせられる。
「…せ、西遼…や、壄瑮殿…何用ですか…?」
「私が呼んだ。今回押収された薬品で気にかかるものがあってな。薬学には私の知る限り最も詳しいこいつらをな」
その変人揃いで知られる白漂軍でも異質な意味で者達を連れて来たのは扁鵲であった。
「ちょっと先生、その身でまたそんな外出を…」
「これくらいはまだ軽い方だから大丈夫だ」
当然、その身は妊娠中で且つ彼らの庇護者の子の一人を宿していたので周囲の学者達は眉をしかめるが扁鵲はどこ吹く風だった。
「…せ、西遼の連中の姿を裏山以外で見るなんて…こいつは何か厄日じゃねえか…!?」
「ああ、何か最近は…流れものとかだけど…“バラバラ死体”とか…いやなもんが見かけられるようになったからなぁ…」
周囲は恐れで気が気ではなく、それ故にその様子を見守っている群衆の中に混じるその異物に気づけなかった。
「…“
「………」
深い頭巾から西遼達を盗み見ているその異物は、より背後から無言の無表情で変装中の白漂が見やってきている事に密か乍ら気付きつつも、この場のことを考えて間を遮る通行人に紛れてその場から音もなく消えた。
○秦国北部 朔方郡 朔方城 歓楽街 百華楼○
「ありがとう截宕さん。何か変わりはない?」
「構わないわよ奥さん、そちらのおかげでこちらも商売がし易くなっててうちの子達も安全になれてるから。おいたが過ぎない限りはね」
白漂が異物に気付いた日の夕刻、紅華は秦北部で最大の妓楼であるそこへお礼回りをしていた。
城主の奥方が妓楼へお礼回りするのは不可解だが、楼主である截宕の秘かな影響力は秦北部における一般の上級幹部以上に強い事を知る面子からすれば不思議ではなかった。
その証拠は二人が談笑している上階から見下ろせる妓楼の中庭での雑談を聞けばわかる。
「あ、久しぶりー。今度の水階行きはどうだったー?」
「うーん、馴染みのお客さんばかりで新しい子はあんまねー。いたけどそんなにうまくも立派でもないし」
「こっちはこの前の兵隊さんがまた夜長くてさー」
「何万ッているから客には困らないけどねー」
ここを始めとして北部に居を置く妓楼の多くは秦北部軍から慰安の注文を受けており、截宕はその取り纏め役であるからだ。
いつの時代でも戦場と性は切り離せるものではない。
戦場と言う生死の境があいまいになる環境では兵士達は、自覚の有無を問わずに生存本能と子孫を残そうとする生殖欲求が否応なしに高まる。
全員がそれを自制できるわけがなく、中には現地人に強硬な手を出して反感を買うのが自然であった。
幼少期から中華各地を紫夏の従者と言う形で回って各地でのその変わらない世相を見ていた白漂はその事も知っていた。
故に、白漂は北部赴任に伴って自身中心の軍を編成しなくてはいけなくなった時、昔に築いた伝手も用いて、妓楼などとも協力して営妓の攻勢にも取り組まざるをえなかった。
皮肉にも、戦争が耐えないこの時代は否応なしに男性に対して女性が余ること、相手に先に逝かれる女性が多かったので、そうした女性達の救済事業と言う形もあった。
現在は紡績産業の発展に伴って女性の失業問題は列国の中で秦は最も改善されているが、それでもこうした性が関わる生業への女性の供給は欠かせない。
「でも、こうした所にも所属は様々でも腹に一物抱えた子が絶えないのは変わらないでしょ」
「それを半分取り締まりつつも半分上手く乗り回してるのがあなたの旦那さんだけどね」
そうした表と裏が交わる場所にしてはマシな部類に入っているこの地の一角で、截宕はこうした地の創出者の一人を指さした。
「えー!? おじさんマジー!?」
「面白ーい! もっとよく聞かせて~!」
「お礼に私が前にお偉いさんに連れていってもらえた場所のこともさー…」
「はいはい、お喋りするのは良いけどお客さんの前ではあまりしないようにねー」
截宕が指さした中庭の一角では、声音を変えて見た目はひげを伸ばして話は面白いが見た目は何処にでもいそうなおじさんに扮した白漂の姿があった。
「…本当に見た目と声が変わっても口のうまさは変わらないわねぇ」
但し、まだ本気ではないのもあっただろうが、上階から生温かい目で見守っている妻の目をごまかせていなかった。
一方で、こうした場にいる友人達や、彼女達から何食わぬ顔で旦那が持ち帰ってくる情報には、彼女自身も含めて大勢が何度も救われたりしているので、がなり立てるような神経質さを紅華はもう残っていなかった。
だが、この場所も含めて妓楼とは人に釣られて情報と金が多く行き来する分、それに混じって歓迎されない客もまた来ることが多い。
「よぉ、そんな詰まらねえ奴と喋りする暇があるなら俺と酒を飲もうぜ」
変装中の白漂を囲う女性達に、まさにそうした客の一例が声をかけてきた。
「あ、あいつたしかついこの前に注意した味方と暴力沙汰を起こして砂漠地帯の田舎に飛ばされた乱銅って男の下にいた…」
今回のそれは上階から見守る紅華にも少しだが見覚えのある輩らしかった。
「あー、確かあの男の子って今あの場には居ないうちの子の一人が少し前に別れた子だわ。金遣いも酒癖も悪いから一時の気の迷いだっただろうけど」
「どうする? 王京やレキシントン達も連れてきているから手を貸しましょうか?」
「大丈夫大丈夫、うちの子達にも育ち柄からああいうのを軽くあしらえる子がいるから…あ、来た」
截宕がその野暮ったい場面に見慣れた表情を向けていると、こうした場面で欠かせない荒事対策要員の一人がつかつかと面倒な男の背に近づいてきた。
「止めてちょうだい、偶々一発当てた時の思い出くらいで調子に乗らないで」
「何だと…オデュアアアァアアアアアアアア!!??」
妓女達が鬱陶しそうな顔で追い払おうとするも、それに男が浮かべたしかめっ面は下半身から盛り上がるその激痛でこの世の終わりが来たような悶絶したものに切り替わった。
「…ふん、相変わらず小さい胡桃…」
痛みの根源となっている足の付け根を抱えながらも口から噴出させている泡で地面を男が汚し始めると、蹲った彼の身に代わって一人の女性が姿を現した。
170近い長躯をフード付きの黒を基調とした褙子で固めていて、マスクで顔の方も隠されているが僅かに覗ける瞳は滴り落ちたばかりの血のように闇を感じさせつつも美しい。
「あ! 先輩!」
「相変わらず闇も感じさせつつもお美しくて頼りになります」
どうやらその女性は絡まれていた妓女達の先輩で、截宕が言っていた荒事にもたけている妓女のようだ。
「…っ…お嬢さん、大分昔のだけど…あまり“後々にはよくならない薬”を使っていた香りだね…」
だが、白漂は変装中の身だがその女性の体臭に混じる良からぬ意味での懐かしさに、無意識で戦場で見せる怜悧な眼光を見せた。
「…え、お、おじさん…?」
「そう言うあなたは色々と大きいのを上手く隠しているようだけどね」
それに荒事には幾度か巻き込まれているが故に若い妓女達は只ならぬ気配を感じて反射で距離を少し取るが、先輩と呼ばれた女性は何かを感じたようで微笑みながらも相対する。
「…つ…こ…の…くそ大あまぁ!」
だが、そこで苦痛がようやく引いた男が懐から短刀を何やら
「あ! 先輩! 逃げて―――!」
「ぶぼべぇ!?」
「―――え…?」
それに気付いた若い妓女達は悲鳴混じりで声を上げようとするも、それが終わる前に男は彼女達の合間を飛び越して、紅華達が覗き見ている窓の近くの壁に叩きつけられた。
「………」
飛ばされた男の顔には深い靴の痕が残っており、その男が壁に貼り付けられる前にはいた現場には、冷たい相貌のままで片足を大きく振り上げている白漂の姿があった。
「…あーー、ちょっと野暮な場面を見せたようだねー…じゃあ―――」
その場の気まずい空気を直ぐに察した白漂は現場に背を向けるが、そこで若い妓女の一人が慌てつつもその背に抱きついた。
「ま、待って!」
「―――あ…?」
「…あなたは…その瞳のまま帰っても大丈夫…? 今晩…時間があるなら…」
背に抱きついたその妓女の瞳は潤んでいて、そこまでの行動には咄嗟に移れなかった他の妓女達も程度の差はあるが同じ様相になっていた。
「…今晩…空いてる部屋があるなら貸してもらえる?」
「………」
「あの瞳から普段に引き戻すとなると…私達だけだときついから…」
「………」
それを上階の窓から見下ろす紅華の瞳から深い憂いとその根源樽深い情愛を感じた截宕は無言で肯いた。
何だか前からフラグ(?)を見せていたやばそうな薬が本格に取り上げられましたがどうなるでしょうか…?
次回は今回書けなかった分に大人向けシーンから始まる予定です。